障がい者交流促進事業



このたび、三重県の「障がい者交流促進事業」のコンペに参加し、正式にうちの会社が受託させていただくことになりました。
障がい者交流促進事業とは、津市の総合文化センター内に新しくできる、ステップアップカフェ事業(仮称)と同様、障がい者雇用率が全国最下位の三重県がその脱却に取り組む事業であり、当社が担うのは、障がい者雇用を促進するために、一般社会や雇用する側である企業に対して、障がいに対する正しい理解と柔軟な思考・対応力を向上させるとともに、誰もが働きやすい環境づくりにつながる取り組みを拡げる支援員(コーディネーター)を育成していくことです。
まあ、わかりやすく言えば、色々な分野の方のご協力を得ながら、様々な取り組みを通して、障害を持った人達にとって、住みやすく、働きやすく、生きやすい環境をデザインしていくプロジェクト、ということです。
 
本事業自体は平成28年までの取り組みですが、その後は「バードライク・プロジェクト」として、引き続きコーディネート事業を展開していく予定です。
デザイン事務所がなぜ?と思われる方もいらっしゃるでしょう。
その答えは今後の取り組みの中であきらかにしていきます。
もちろん、デザイン事務所が取り組むからには、これまでの障がい者支援事業のイメージとは異なった取り組みになるはずです。
雨の日には
雨の日には雨の日にしか得られない何かがある。
それを見つけられた時、無性に嬉しくなる。
雲のアート、風の匂い、葉っぱの形、虫の背中の模様。
まだまだ吸収しなければいけないものがここにもいっぱい。
もっと時間がほしいなあ。
訓練
昨年、ある若者に「クリエイティブな人になるためにはどんな訓練が必要ですか」と聞かれたことがありました。
そんなものは知らない、と言いたいところでしたが(笑)、それじゃああまりにも冷たいので、参考になるかどうかは全くわからないけど、日頃から僕がやっていることの中からひとつ紹介しました。

本当になんてことないことだけど、何かを捨てる時に、もう一度だけ何かに再利用できないかを考えてから捨てるようにしています。
それは、たばこの空き箱でもそう、ヤクルトの容器でもそう、チュッパチャプスの棒でもそう、ペットボトルでもそう。
とにかくどんな物でも、もう一度だけ利用法を考えてみる。
これを「訓練」と呼ぶのかどうかはわからないけど、あくまでも参考までに、と。
96回目の甲子園
96回目の甲子園。
三重高校が初の決勝進出も、残念ながら準優勝で幕を閉じました。
でもすごいことです。
胸を張って帰ってきてほしいと思います。

大阪桐蔭、優勝おめでとう。
いい試合でした。
戦いは戦いでも、こういう平和な戦いはやっぱりいいものですね。

そういえば、さだまさしさんの「甲子園」という歌の歌詞に、こんな言葉がありましたね。

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3000幾つの参加チームの中で
たったの一度も負けないチームはひとつだけ
でも多分君は知ってる
敗れて消えたチームも
負けた回数はたったの一度だけだって事をね
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現代では参加校数は約4000校に増えたけど、敗れて消えたチームが負けた回数は、やっぱりたったの一度だけ。
だからこそ重い。
次にがんばればいいよ、なんて言葉は、あまりうかつに使ってはいけませんね。
その一瞬は、やっぱりその一瞬しかないと思います。
もちろん、結果がすべてじゃないし、かと言ってプロセスだけを重視するのもちょっと違う。
確かなことは、三重高校の彼らが、一生に一度だけの夏を全力で駆け抜けた、ただそれだけのこと。
そしてそれが、ものすごく大事。

三重高校野球部、そしてそれを本気で応援した全ての人達、お疲れ様でした。
三重県人にとって、今年の夏はいつもよりいい夏になったのではないでしょうか。
いつものビールがさらに美味しく感じられたことでしょう。
それを静かに祝おう。
そして感謝しよう。
この夏の出来事が、彼らのこれからの人生にとって、自分自身を支えるよき想い出になるよう、願っています。

三重高校のみんな、いい試合を本当にありがとう~!
まな板





2011年の震災のあと、デザインで三重県の食と農業をサポートしていこうと立ち上げたプロジェクトが「のとわ」。
伊勢うどんはその代表的な存在だけど、立ち上げ当初にデザインしたほかの商品もいくつかある。

その中のひとつに、まな板があった。
デザインして、サンプルを作ってもらったけど、結局、生産におけるコストが見合わず、あえなく中断したまま。
いつかは世に出してあげたいと思っていたけど、なかなか難しそうです。

B5サイズとA4サイズの2サイズで、縁を斜めにカットしてあるので、まな板を持ち上げやすい。
企画立ち上げ当初は、三重県の間伐材を使って作る予定だった。

このまな板の制作工程は、おおまかに言うと、

(1) 四角いヒノキを準備する
(2) 機械で側面を斜めにカットする
(3) 丸い穴をあけて、サンドペーパーで角を丁寧に丸くしていく

の3つです。
現在の僕の考えは、この3番の工程を、三重県の障がい者の方の作業所でしてもらって、のとわブランドではなく、バードライクのブランドで販売できないかなあと考えています。
機械や刃物を使うことなく、サンドペーパー作業だけの3番の作業ならば、複数の作業所で作ってもらえるだろうし、そうすれば生産量の問題もクリアできるのではないかなと。
3番の穴空けは、2番の工程時の工場でしてもらうか、僕が担当してもいいし。

また、ヒノキを作ったまな板は世の中にたくさんありますが、専門家の方によると、もともとヒノキは傷がつきやすく、その傷のところからカビが生えてくるそうなので、堅くて傷がつきにくい尾鷲ヒノキならば、ヒノキでもまな板として使えるんじゃないか、ということでした。
なので、現段階では、尾鷲ヒノキが最有力候補ですが、大紀町や大台町のヒノキも、傷やカビの実験をしてみたいと思います。

なんとか商品化できればなあと、希望を持って取り組みたいと思います。
また続報をご報告しますね。
今年の4月に、多気町の小学校で「夢」というテーマで授業をさせていただいた。
その講義のあと、児童達が感想文を書いてくれて、その中の2人の女の子の感想文が青年の主張みたいなものに選ばれた。
彼女達には叶えたい大切な夢があって、それを追いかける勇気をもらったと言ってくれた。
僕のつたない言葉で、子ども達の夢の背中を押せたのだとすれば、素直に嬉しい。
さらに9月は大台町の高校で、10月は再度多気町の小学校で、同じく「夢」というテーマで授業をさせていただくことになった。

近年、キャリア教育というものの重要度が高まった影響で、こういう依頼が増えてきた。
おそらく、僕がしていることや、僕が発行している「ミエノコ」というフリーマガジンがそれにもってこいってことなんだと思うんですが、ふと思うのは、周りの人からは、僕は夢を叶えた人に見えているってことなのかなあと。
まあ、それはそれで嬉しいことではあるんだけど、もちろん全然、叶えるどころか、まだまだ夢中で追いかけてる只中にいる身だし、本当に夢を叶えることが出来たスーパースターな人達はギャラが高くて呼んでこれないですからね(笑)。

とにかく、授業が進むにつれてどんどん輝きだしてくる子ども達のまぶしいくらいにキッラキラしてるあの目と笑顔を見ると、こちらがたくさんの元気をもらえます。
考えてみればあの子達には、可能性しかないもんなあ。
まぶしいはずです。

よく、夢じゃだめだ、目的(または目標)を持たないと!って言う人がいますが、僕としては、目的(または目標)は、日々挑んでいくカリキュラムであって、夢は、僕の人生という名の道を照らしてくれるものだと思うんです。
だから、どっちも大事なんだけど、夢のない人生なんてものはつまらなくて嫌です。

僕は今、42歳。
人生80年とすれば、すでに復路を走り出しているわけだ。
やりたくないことをやっているヒマはない。
全身全霊で夢を追いかけて、いつかは夢を叶えたいと思います。

というわけで、感想文が選ばれた女の子にプレゼントしたウォルトディズニー氏の言葉を、いつまでも夢を追い続ける全てのドリーマー達と、僕自身にも、改めて。

「夢を見ることができるなら、それは実現できるんだ。いつだって忘れないでほしい。何もかも、全ては一匹のねずみから始まったということを。(by ウォルト・ディズニー)」
未来への希望
モラルや心よりも先に、経済が成長してしまったこの国の末路。
3歳の子どもに、ハーレーやハマーを与えるようなもの。

デザイナーという仕事はしばしば、悪しき経済成長を助長してしまう。
デザイナーも、センスや技術を使いこなせる、「心」を成長させないと。

「学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困しむを知る。」

未来への希望を捨てずに、心して。

https://secure.avaaz.org
車椅子ブランコ・プロジェクト
車椅子のまま乗れるブランコが作りたい!
この笑顔が、日本でも見てみたい!

http://youtu.be/v5YaLD1uum0
車椅子ブランコ・プロジェクト
車椅子ブランコですが、まずは子ども用からスタートしましょう。
実現の可否を問わず、一度デザイナー仲間とデザインを考えてみたいと思います。
ただし、友人からも指摘がありましたが、車椅子ブランコを遊具として公園とかに設置するには、結構厳しい安全基準などのクリアや許可とかが必要になってくるはず。
それを踏まえた設計が不可欠です。
かなり専門的な分野なので、一度このあたりも調べてみます。
どなたか詳しい方をご存じの方がいらっしゃったら、ご紹介もお願いします。

まあ、いきなり公園とかは難しいようなので、どなたかの私有地でスタートってのが現実的かもしれませんね。
大台のフォレストピアとかには、木でできた遊具がいっぱいある公園があるので、そこに設置してもらうってのも手かもしれません。
ほかにも候補地の情報があれば、合わせてご紹介ください。
宜しくお願い致します。
ブランコ



16年ぶりに三重に戻って、現在借りているこの家に引っ越してきたとき、娘のために簡易の手作りブランコを作った。
時間が出来たらもっとちゃんとしたやつをって思っていたけど、娘はそのまま楽しそうに使っている。
最近では立って乗れるようにもなった。
現在は、第2弾として、すべり台を考案中。
冬までには完成させないとな。

そういえば、公園へ行って、そこにブランコがあると、今でもなんだか乗ってしまう。
僕の見た目で乗ってるとかなり怪しい感じになるけど、娘が一緒ならたぶん許される。
許されてると、信じてる。

きっと、車椅子を使っている子ども達の中には、まだ一度もブランコに乗ったことがない子がいると思う。
その子が生まれてはじめてブランコに乗ったとき、どんな笑顔を見せてくれるだろうか。
その笑顔が見れるなら、ただそれだけでいいんじゃないかと思う。
そのためだけに、いい歳した大人達が全力でプロジェクトを立ち上げる。
車椅子ブランコを作る理由なんて、それで十分だと思うんです。

さあ、実現させよう。
待っててね、子ども達。
車椅子ブランコを作ろう!プロジェクト



どんなことでも諦めずに挑戦していこう。
楽しいことをひとつずつ実現していこう。
どんなに困難な問題でも必ず答えはある。
明日やっと見つかるかもしれない答えを
今日で諦めてしまうのはもったいない。
 
君にもできること、僕にもできること、
僕らにしか出来ないことが、きっとある。
 
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ということで、まずは車椅子ブランコを実際に作ろうと思います。海外製のものを購入すれば済む話かもしれませんが、自分達で作ったらもっと楽しいと思うので、以下の中でご協力いただける仲間を募集します。ご参加いただける方は、直接またはメッセージにてご連絡ください。

(1)設置する場所をご提供していただける方
(2)作業場をご提供していただける方
(3)設計をお手伝いしていただける方
(4)材料をご提供いただける方
(5)組み立てをお手伝いしていただける方
(6)車椅子の方でテスターになっていただける方
(7)材料費をご協力いただける方
 
設置場所は、できれば誰でも気軽にいける場所が理想です。
僕は僕で、既存の公園で設置できる公園がないかを行政にも聞いてみます。
それ以外にも設置できる候補の場所は多いほうがいいので、場所をご提供いただける方、またはそういう人を知っている方はご紹介ください。

設計に関して、できれば車椅子の構造に詳しい方もいると大いに助かりますね。
車椅子のメーカーにも問い合わせてみます。
あと、基本はすべてボランティアでの参加となりますのでご理解ください。
できればこのプロジェクトで作ったオリジナルデザインの車椅子ブランコは、そのあと販売もできればいいなと思います。
売れたらそのお金でもう一台作る。
さらに売れたらさらに作る。
全国の車椅子の方が普通に日常的にブランコを楽しめる世の中になるために、どんどん作って広めていきたいなあと思っています。
 
どんなことでも諦めずに挑戦していきましょう。
楽しいことをひとつずつ実現していきましょう。
僕らにしか出来ないことが、きっとあるはずだから。
丸い穴に丸いものを入れていく作業



障害者雇用率ワーストワンからの脱却を目指すプロジェクト、バードライク。
少しずつ準備を進めています。
障害者雇用についての勉強も進めていますが、やはり、色々と問題や課題が多いなあというのが正直な感想です。

あるサイトでは、雇用する側である企業が求めるものは利益や効率で、雇用される側の障害者のある方たちが求めるものは配慮や安全であり、そもそも求めているものが違う両者は相反する関係であり、無理に企業という枠組みへ障害者を押し込もうとするのはナンセンスだ、とありました。

いうなれば、丸い穴に四角いものを無理矢理に押し込むな、ということでしょう。
その中で、ユニクロ会長の柳井さんの言葉が引用されていました。
「障害者がいる店舗の方が障害者がいない店舗より売上が高い。それは、障害者が仲間にいることで、みんなが彼・彼女をサポートしようとする。そうするとお客さんの困った点に気づくことができる」。
なるほど。

つまりはやはり、企業側の意識改革も必要だし、障害者を持った方々を単純に既存の企業へ無理矢理に押し込んで、雇用率さえ上げればいいっていう感じの障害者雇用促進事業ではダメだ、ということなんだと思います。
それは何も障害者の世界だけではなく、男性のために作られたような会社のルールの中で女性が出世するのは確かに大変で、その中でのし上がるために産まれたばかりの子どもを保育園に預けなければならないような世界はやっぱり異常で、それなら女性のためのルールを採用している会社がもっともっと増えていくべきなんだと思うんです。

ちょっと話がそれましたが、一方で、農業の分野での障害者雇用率はあがっているそうで、太陽が昇ったら畑へ行って仕事して、日が沈んだら家に帰る、という自然体な働き方があっているとのことでした。
まあこれも、障害の種類や程度によるので一概には判断できませんが、僕はやっぱり、障害者だからこそできることが必ずあると思うし、それを活かせる場を作っていくことが何より大切なんだと思います。
そのためにもまずは、三重県内の障害を持った方々が、それぞれどんな得意技を持っているかのデータベース化も必要だなあと感じています。

素直に、単純に、地味に、丸い穴に丸いものを入れていく作業。
それを、たくさんの人を巻き込んでいきながら、デザインな、クリエイティブな感覚や方法で実現していきたいなあと思っています。
BIRDLIKEプロジェクト



すでに皆さんご存じの通り、三重県は障害者の雇用率が全国ワーストワンです。
実際は数字のマジックがあって、単純にワーストワンとは言い切れなかったりするんですが、それでもかなりダメな状況であることには変わりはありません。

ここ数年、障害者の方や障害者の子どもを持つ方との交流が不思議と増えました。
その中で驚いたことは、障害者の子どもを持つ方達が、もちろん大変なことだらけなんだけど、その子との毎日を心から楽しんでいる姿でした。
そんなこともあって、昨年、二人目の妊娠がわかったとき、「最近、障害者の子を持つ人との出会いが多いってことは、もしかしたら、この子は障害を持って産まれてくるって合図かもしれないな。心構えをさせてくれているのかも知れない。」と、そんなことをふと思ったりしました。

それを奥さんに話したら、奥さんも「そうかもしれないね」と。
でも二人とも、「それならそれでなんとかなる。どんな天才が産まれてくるか、この子といる人生を目一杯に楽しもう!」って笑いながら、奥さんのお腹に向かって、どんな君でも大好きだから、安心して出ておいで、お姉ちゃんも心待ちにしてるよ~と、奥さんと長女と3人で話しかけながら10ヶ月を過ごし、先日、無事に産まれてきてくれました。
この子に障害があるかどうかは、もっと大きくならないとわかりませんが、障害があってもなくても、美人でもそうでなくても、お父さんが大好きって子でもそうでなくても(泣)、変わらず愛おしい存在です。

そんなこんなもあり、昨年から、うちの事務所でも何か障害者関連のプロジェクトが出来ないだろうかと模索し、準備を進めてきました。
そしてようやく、準備が整ってきて、プロジェクト名も決定しました。
プロジェクト名は「BIRDLIKE(バードライク)プロジェクト」。
バードライクマン(鳥みたいに自由な人)という言葉からとりました。

以前、横浜のイベントで、しょうぶ学園の福森さんが、「世間一般から不自由だと思われている障害者は実は、自由だと言われている僕らよりも自由だ」ということをおっしゃっていて、それを僕なりに解釈し、「障害者=自由人」という発想から名付けました。
確かに、僕らは実はとても狭い世界の中で、本当はよくわからない大量のルールに人生を縛られて、便利になるはずの新しいテクノロジーのせいで、それについていけずより不便になってしまう人達がいたり、あれが出来ない、これが足りないと毎日何らかの不安をかばん一杯に詰め込んで一人で焦りまくっている僕らって、パソコンもできない、新聞も読めない、手紙も書けない、電話もできないけど、でも別にだからといって困っているわけではない彼らよりも、やっぱり不自由なのかもなと感じます。

僕らの社会のルールに当てはめようとするから「障害」だと言われるわけで、彼らの世界において彼ら彼女らは「普通」ってこと。
ただ、障害とひと言で言っても、内容や重度によっても事情は全然異なるし、全ての障害者の人達が、「障害者雇用」という枠組みに当てはまるってわけではないから、焦らずに確実に進めていくことが大切なんだと思います。
まずは勉強。
何事もまずはそれから。
バードライクな彼ら彼女らの世界を、ゆっくり、じっくりと理解していこうと思います。

バードライク・プロジェクトでは、今後、障害者雇用促進事業や商品開発、小売り、商品のブラッシュアップサポート、イベント等を開催していく予定で、正規スタッフとボランティアスタッフを募集する予定です。
まだサイトもオープンしていないし、スタッフの募集もはじまっていませんが、もしすでにご興味がある方がいらっしゃいましたら、ご連絡いただければ優先的にご案内させていただきます。
プロジェクト自体のスタートは今秋頃を予定しています。
好きを仕事にするために必要なこと
ウォンテッドリーの仲暁子さんの「好きを仕事にするために必要な、たったひとつのシンプルなこと」というエントリー。

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「好きなことをやればいい。けど、何が好きなのか?そもそもわからない。そういった方がすごくたくさんいると思います。
28年間生きてきてわかったことは、「情熱を注ぎ込めるものを、最初から持っている人はいない」ということです。
これは岡本太郎の言葉から気づきを得たのですけれども。

世の中の偉業を成し遂げている人たちというのは、最初から情熱があったり、「これが好きだ!」と言って、そのことをしたのではなくて、とにかく目の前にあったオプションを、ひとつひとつ、愚直に地道にシンプルにやっていって、ダメだったらすぐ次! そしてその次のことに全力で向かう! ということを、愚直に地道にやっていった結果、これは自分が情熱を注げるものだと気づいたり、これは自分が好きなことだ、これを自分はやりたかったのだ! と気づく。

ということが、私もわかってきたんですね。
ですので私も、ともかく目の前のオプションに全力でタックルして、やってみることにしました。」

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彼女が言うように、自分が心底情熱を注げる仕事や役目を見つけたい、でも、どうすれば見つけることができるのかがわからない、という話はよく聞きます。
僕だってそのひとりでした。

今でも、これが本当にやりたかったことだろうか、という思いというか戸惑いというか不安というか、そういうものを常に心のどっかに持ちながら仕事してます。
僕にしか出来ないことがきっとあるはずだ、僕の使命はなんだろうか、と。

でも、いつの頃だったか、とにかくひとつひとつ乗り越えていけば、きっといつか、これだ!と「感じる」はずだ、その出会いを「心」は知っているはずだから、だから今はとにかく心が導かれるまま歩いていこう、みたいなことを大切にするようになりました。

僕がここ数年、気になって取り組みだしているのが、教育の分野です。
これまでにも、多くのデザイン会社やデザイナーやクリエイター達が取り組んできていることだし、東京などの都会では今や当たり前のように理解されていることだろうし、中小企業の中でも、デザイン思考が大切だ!と取り組みを始めているところも少しずつ増えてきましたが、三重県ではまだまだ全然です。

デザイナーだからできる、想像力と創造力とイノベーションのコツというか感覚を子ども達に知ってもらい、理解し、会得してもらうための教育。
子どもの頃にそういう教育を受けて、それを多くの子ども達が理解できれば、さらには、そういう土壌というか土台を作ることができれば、おのずと地方は活性化するはずだ、という思いからです。

簡単ではないですが、もしかしたら、これが使命であったりするかもしれません。
とにかく今は、心が導くほうへ、歩いていこうと思います。
主夫業



多くの皆様から大変温かいメッセージをいただき、心から感謝致します。
本来ならばおひとりずつにお返事したいのですが、この場をお借りしてお礼申し上げます。

実は、おなかの中の赤ちゃんの発育状態があまり良くなく、出産日の2~3日前の最後のエコーの時も2300gほどしかないということで心配しておりましたが、生まれてみれば2900g近くあり、最新技術もわりと当てにならないもんだなあと実感しました。
でも何より、無事に、元気に生まれてきてくれたこと、それだけで十分です。

現在、奥さんと次女は産後入院中で、つまりは僕が仕事をしながら主夫業も担当しなければいけないわけで、長女の世話に掃除に洗濯に、なんだかこういう時は仕事もじゃんじゃん重なったりして、正直もうフラフラです(笑)。

なんだか次女の誕生の感動に浸っている暇がないって感じです。
どこでもそういう感じなんでしょうかねえ。
数日後には母子ともに帰ってくるので、浸るのはその後のお楽しみにとっておきます。
長女も、日に日にお姉さんモードになってきた様子です。

というわけで、長女「いと」、次女「こと」ともに、今後とも末永く、宜しくお願い致します。
次女



私事ですが、6月27日午前1時55分、次女を授かりました。
母子共に元気です。

今回は夜中の出産にも関わらず、3歳の長女も分娩室に立ち会い、家族全員で新たな命を迎え入れることができました。
一切ぐずらずに、母親の頭をなでながら「がんばって~お母さん」と小さな声で呼びかけ続ける長女の姿に感動しました。
これからまた、賑やかになりそうです。
楽しみ~!
かっこいい大人
反面教師には次々と出会えるのに、学びたい大人達にはなかなか会えない。
自分の思い通りにならない相手だとわかった途端、全力で潰しにくるじーさん達が本当にうざい。
持ち物が多い人間は失う恐怖から逃れられず、それでも足らない場合は奪いにいく。

まわりのイエスマン達は洗脳できても、王様は裸だと言える若者もいるんだよ。
そういう若者の邪魔をして、いったい何がしたいんだか。

かっこ悪いじーさん達は放っておいて、かっこいい大人に会いに行こう。

かっこいい大人になれるように。
日事記



丸川商店の最初のオリジナル商品は、松阪木綿で装丁した10年日記帳の日事記(ひじき)。
「日々の出来事を記す」という意味でこの名前をつけた。
日付と罫線だけのシンプルな日記帳。
1年が1段。
それが10段あるから10年日記。
日記を書くとき、必ず去年までの日記を目にすることになる。
2006年から試行錯誤を繰り返して、2年後の2008年6月10日にようやく完成。
「あなただけの、10年物語」というコンセプトで販売を開始して、今日で丸6年がたった。

日事記は、僕らにいろんな出会いを引き合わせてくれた。
アメリカから、娘の結婚のお祝いにしたいから購入したいという英文のメールがきたときは対応にあせった。

丸川商店のサイトでご購入していただいた場合は、メッセージカードを無料で作成している。
いろんな人が、いろんな想いをもって、大切な人へ日事記を贈る。

僕らはそれを見るたびに、この日記帳を作って本当によかったと、心から思う。
長年連れ添った奥様へのプレゼント、子どもが生まれた人へのプレゼント、長年待ち望んだ我が子の誕生、結婚式、就職、定年退職、母の日、父の日、などなど、日事記を贈る相手もシーンもそれぞれみんな違うけど、共通しているのは、「あなたのこれからの10年が、幸せな日々でありますように」と、そんな暖かい想いを込めて、日事記を贈られること。
もちろん、自分用にご購入下さる方も、10年後に笑って読み返す日を、心から楽しみにされているはず。

1日の終わりに、今日という日を短い言葉で記録する。
来年の今日、その言葉をどんな場所で、どんな気持ちで読み返すだろう。
今日もきっといろんな人が、いろんな場所で、自分だけの人生の物語を日事記の中で積み重ねているはず。

これからもきっと、ずっと。

そうそう、日記をつけるという行為は、科学的に見ても良いことのようですよ。


▼丸川商店「日事記」のページ
http://www.marukawashoooten.com/hijiki.html
 
▼科学的にも証明された、日記を書き続ける実用的なメリット
http://www.lifehacker.jp/2014/06/140604journal.html
デザイナー丸川竜也の仕事 無事終了



津市のボルボックスで開催した「tatsuya maruakwa archives ~デザイナー丸川竜也の仕事~」も無事に終了。
ご来場いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

色々と新たな出会いもあって、楽しい日々でした。
中でも、デザイナー志望の高校3年生の女の子やデザインを専攻している大学生の子達と出会って、色々な話ができたことがすごく良かったと思います。
偉そうなことが言える立場ではありませんが、僕が実際に経験して感じたことや学んだことを少し手渡すことができたのではないかと思います。
彼ら彼女らは、三重県をどんどんかっこよくしていってくれるでしょう。
期待しています。

さて、僕は僕で色々な気づきがあったイベントでした。
あいかわらず時間も予算もない中で、デザイナーとしての自分の現状を考えるいいきっかけになりました。
最近は、ソフトもハードもどちらの仕事もいただいて、それはすごくありがたいことですが、もう少し、プロダクトのデザインにもしっかりと時間を取りたいなあと思っています。

ある方から、今の僕は、僕の潜在能力の4分の1しか出力していない、というお言葉をいただきました。
残りの4分の3をちゃんと出せるように、ここからは100%ではなく、150%でいきます!
薬の飲ませ方
3歳の娘の高熱が数日経っても下がらず病院へ。
ウィルス性のものらしく粉の薬が処方された。

薬を作る技術がこれだけ進歩してるのに、薬の飲ませ方は全然進歩しない。

子どもの薬の飲ませ方、これデザインしないとって感じですよ、世のデザイナーのみなさん。
tatsuya marukawa archives



本日、「tatsuya marukawa archives」、無事に初日を迎えました。
ミエノコ第3号ゲストの伊藤圭祐くんも来てくれました!

さてさて、ふざけているわけでもなく、時代を錯誤しているわけでもなく、自分の顔になんでわざわざ落書きしたのか、そしてダンボールでデコってるのはなぜか、それは全て、今回のテーマでもある「デザインって誰のもの?」に関連した理由があってのことですが、全容は土曜日のトークショーにてお話します!

ぜひお越しください。
大台町長さんと。



先日、三重県多気郡大台町の尾上町長さんと面談させていただきました。
大台町もほかと同様、止まらない人口減少に苦しんでいます。
僕に何ができるかわかりませんが、一緒に盛り上げていければいいなと思っています。
デザインは誰のもの?



津市のボルボックスで開催する僕の個人展が、いよいよ明日からとなりました。
土曜日にはトークショーもやります。

トークのテーマは「デザインは誰のもの?」。
僕が普段思っていること、気にしていること、気になっていることなどをご紹介しながら、来場者のみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

ぜひ、会いにきてください。
会期中は、デザイン相談会も開催しています。
人生をかける意味
「本当に自分はこれをしたいのか?」

古い記事だけど、こういう活動を続けている、こういう人のこういう言葉には勇気をもらいます。
他人頼みかよって言われたらそうなんだけど、こんな人でもそう思うんだなあって、そう思う。

この人の活動や経験と僕のそれでは比べ物にならないけど、僕も今、僕なりに色々なことをやっていて、器用貧乏の典型みたいなことも言われて、全部が中途半端じゃねえかと思われたって、本当に自分はこれをしたいのかと自分でも不安になりながら、それでも、今思うことをやっていくしかないんじゃないかって思うんです。

結果がどうであれ、自分が行く道のプロセス。
それを大事にしながら。

望む望まないに関係なく、所詮自分の道を行くのは、自分なんだから。

▼人生をかける意味
https://logmi.jp/business/articles/1955


ところで今日は、大切な人の誕生日。
おめでとう。
ゴリラ化



テーブルに手をつくとき、気がつくとゴリラや猿のような手のつき方になっている。
いよいよ退化しているのか、それとももしかして、進化なのか?

僕はやっぱり、ゴリラが好き。
卒業アルバム



久しぶりに高校の卒業アルバムを引っ張り出してみた。
そこには、当時の彼女のメッセージや、面倒かけっぱなしだった先生からのエールや、ずっと好きだった子からのメッセージや、仲がよかった友達からのメッセージなどなど、懐かしい想い出が書き綴られていた。

やりたい放題させてもらって、中には失敗もあるけど、それ自体にはもう後悔はなくて、今でも後悔してるのは、やっぱり、やらなかったことのほうだ。

人間は、やった後悔より、やらなかった後悔のほうが強く残る、というのは本当にそうだと思う。
最近はとくに強くそう思うようになった気がする。


「おい、おっさん。俺の未来なんやから、ほんま頼むで。」
アルバムの中の僕に、そう言われている気がした。
ごきげんさん
見えてきた、見えてきた。
覚悟を決めたら、見えてきた。

頭痛で頭が割れそうに痛いけど、なんだかやけに、ごきげんモード。

何か僕に頼むなら、ごきげんな今のうちですよ~。
松阪もめんの手織りのストール


丸川商店の商品に、「フアヲ」という松阪もめんの手織りのストールがあります。
フアヲはいろんな縁をつないでくれたストールで、その中でも、特に印象に残っている出逢いがありました。

それは、2010年の銀座手仕事直売所に参加中のこと。
なんとも優しい眼差しでフアヲをご覧いただいていた80歳代と思われるおばあさまから、とても素敵なお言葉をいただきました。

「色使いも風合いも手触りもネーミングも、この商品は全てが完璧。とても美しい。私は最近、108歳の母の長い看病を終えたばかりで、お金をそっちに全部使っちゃったから、残念だけど買うことが出来なくて、でも、この商品を織り上げた方にぜひともお伝えください、心が洗われる想いがするくらい素敵な商品だって。こんな綺麗なものを見させてもらえて、本当にありがとうございます。本当にいいものに出会わせてもらえたわ。」

僕はウルってするくらい、真っ直ぐに心が震えました。
お客様の中には、作り手へのリスペクトがない人もいて、そういう人は商品を「雑」に扱っていかれる方も結構いる中で、このおばあさまは、むしろ僕達よりも、このフアヲを優しく優しく撫でておられた。

僕は想像してみた。
残念ながら亡くなられた108歳のお母様と、娘であるこのおばあさまが、お揃いでこのフアヲを巻いている姿。
おばあさまがお帰りになられた後もしばらく、僕はあったかくて優しい光に包まれたような不思議な感覚のままでいて、そしてハッと思った。
ああ、プレゼントすればよかった、そうだ、このフアヲは、ああいう方にこそお使いいただくべきものなんだ、そういう想いで、このフアヲを作ったんだから。

次の日も、その次の日も、あのおばあさまがもう一度会場に現れてくれないかといつも思いながら店頭に立った。
なんとかもう一度、フアヲに会いにきてくださいって、祈りながら。
でも、それも叶わず、イベントは終わってしまった。

今考えたら、僕の思いつきはなんとも失礼な行為だったかも知れない。
きっとあのおばあさまも、受け取ってはくれなかったことだろう。
生意気で出過ぎた思いつきだったが、それでも、フアヲを作って、これほど良かったと思ったのははじめてだった。
本当にフアヲを作って良かった。

この先、あのおばあさまに再会できるかどうかはわからない。
マスクをされていたので、残念ながらお顔もはっきりとは見れなかった。
もちろん、名前も何もわからない。
でも、僕はこの先、あのおばあさまのために、フアヲを作り続けていこうと思う。
いつかきっと、あのあばあさまに再会して、とびきりのフアヲと、心からのありがとうをお贈りするために。
もちろん、フアヲを待ってくれている方々のために、フアヲを巻いてほしいと僕らが願う方々のために、フアヲ自身が、暖めてあげたいと願う全ての方々のためにも。

名もしらぬ貴女へ、こちらこそ、本当にありがとうございました。
きっときっと、貴女にまた、逢えますように。
僕らはきっときっと、毎年あの場所で、フアヲを持って、再会できる日をお待ちしています。
三重県の桜
今年の三重県の桜も、もうそろそろ最後かなあ。
今年の桜もきれいでした。

そういえば、こんな言葉がありましたね。
「桜は、散ることを知りながら、咲くことを恐れない」
日暮真三氏(コピーライター)

僕たちも、咲くことを恐れずに歩んでいきたいですね。
来年もまた、綺麗な花を咲かせていられますように。
デザイナーらしさ
デザイナーっぽくないですよね、と言われるたびに、デザイナーらしいってどういうの?、と聞き返したくなる。
返ってくる答えはわかってるけど。

俗に言う、デザイナーらしいっていうことより、これからも、自分らしい生き方を通させていただきます。
入園式



今日は娘の入園式。
園長先生やご来賓の方々がみんな口をそろえて「おめでとうございます」と言ってくれるけど、なんだか腑に落ちず、違和感を感じる僕。

いろいろ考えてみた結果、あの違和感は、親の手を少しずつ離れていくことの寂しさが原因だと気づいた。
何がおめでたいんだ、と。

夕方、お迎えにいった時に、走ってくる娘を抱きしめて、もう2度とおまえを離さない!とか言ってしまいそうで怖い・・・。
そうやって娘にうざがられていくんだろうなあ・・・。

何度も言うことだけど、お願いだから、ゆっくり成長してくれ。
何をしないか
何をするか、ではなく、何をしないか、について、もっともっと本気で考えてみます。
必要な人
例えばそこに、長年放棄されて荒れている畑があったとして、ある人は、

「こんなに荒れてしまった土でも、○○という花なら咲かすことができるし、この花なら売れると思うので、○○花を育てましょう。」

と言い、

またある人は、「この畑の立地や大きさは、○○を建てるのにピッタリだし、○○ができたら経済も潤うと思うので、この畑はつぶしてしまって、○○を建てましょう!」

と言う。

どちらも優れたアイデアだし、決して間違ってはいないと思う。

でも、もしかしたら、荒れた畑に別の何かをあてるのではなく、もう一度、丁寧に耕すことからはじめて、土を生き返らせるその行為そのものを、かっこいいイベントに仕立ててみせて、若い人達が、自ら耕したくなるようなそんな仕掛けを作れる人がいたとして、でも、そういう取り組みってかなり地味で、結果が出るのに時間もかかるので、理解はされにくいとは思うけど、そういう人こそが、今の三重県に本当に必要な人かもしれないなと思ったりしてます。

そしてそれこそが、デザインなのでは、とも。
柳宗理
僕がデザインを嫌いにならずに済んだのは、柳宗理さんのおかげです。
この人の存在がなければ、今でも僕がデザインを学ぼうって思えなかったと思います。

迷うといつも、柳宗理さんの本や作品集を眺めます。
柳宗理さんに関しては賛否両論あるようですが、僕にとってはヒーローなのです。
RP WORKS



行ってきました、RP WORKS。
すばらしい!
作る人の感性やセンスや技術によって、輝きは何倍にもなる。
伊勢木綿らしさには全くこだわらず、自分が感じたままを素直に表現した、という涼子ちゃんの言葉の「本当の真意」を、それを見た松阪木綿の関係者の人たちがどれくらい理解できるだろうか。
のどかれ
のどかでいいなあって思う村の風景があって、好きでちょこちょこ通ってると、あれ?のどかって言うより、枯れてるのか、これ、と気づいてしまったりする。
「のどか」な状態と「枯れている」状態は、似ているようで意味が全然違います。
枯れきってしまう前に何とかしないと。
方法はきっとある
願ってもない素敵な話がやってきたとして、嬉しいんだけど不安もあって、僕がやるよりも、ほかの人がやったほうが、もっといいものができるんじゃないかって、思うことがある。
お金も人脈も時間も技術もセンスもある、そんな、ほかの誰か。
でもやってみたい。
自分ならこうやるっていうビジョンがはっきりとある。
思い描いてしまったら最後、それはどんどん加速する。

方法は、きっとある。

そう思いたいってだけじゃなく、きっと本当に、答えはあるはず。
もちろん、チャンスがまわってきても、その準備ができてないとつかめない。
今の僕は、そういう意味では準備不足だったのかもしれない。
でも、今のそういう自分だからこそ、託されていることや、期待されていることや、できることがあるのかもしれない。
こうでないといけないっていう思い込みを捨ててみよう。

お金をいっぱいかけなかったから、結果いいものができたってこともある。
お金がいっぱいなくてよかったなと思うこともあったりする。
お金がいっぱいないから、無駄なものをそぎ落とさないといけない。
自然と優先順位ができて、それを順番に叶えていくしかない。

お金をいっぱい持っていないと、結果的にシンプルにならざる得ない。
でも、お金をいっぱい持ってるのに、シンプルにできる人もいる。
お金にものを言わせて、ゴージャスに飾るのではなく、見えないところにお金をかけて、本質をデザインできる人。
そういう人を心から尊敬する。
本当はそういう人がやるべきことなのかもしれない。
でも、やってみたい。
そういう人に、僕もなってみたい。

方法は、きっとある。
同窓会
昨夜は山商陸上部の同窓会。
卒業してから24年。
一瞬であの頃に戻れる仲間だけど、やっぱり24年の年月を感じるときもある。

容姿の話ではなくて、確かにみんな、確実に24年の月日を重ねてきたんだなあと、時々しみじみ。
そんな、みんなの笑顔を見ている時間は、なんだかとても、気分がいい。

倒れるほどの練習をともにした仲間たち。
マドンナだった女の子は今でもやっぱりかわいい。
2次会のカラオケで、元カノの名前がついた歌を元カノの前で歌ってまわりをドン引かせてみた。
もう2度と、歌うのはよそう。

同窓会のたびに、今回こそは色々話しをしようといつも思う子とは、結局今回も全然話せず。
おしゃべりな僕も、その子の前だと言葉が出てこない。
顔をじっと見れない。
情けない。

同窓会っていつも思うけど、それまでの人生についての話をするべきか、あの頃のように、終始おバカな話で通すべきか。
まあ、どっちでもいいけど、できることなら、あの頃のように、叶うわけもなさそうな、そんなでっかい夢を語り合いたい。

これからもずっと、みんな元気で、幸せであってほしい。
みんなを見渡せる席から、ボーとみんなを見ながら、そう思った。
また集まろう。
そして次回こそは、あの子に隣に座って色々話そう。
台湾の若者
若い力や可能性やつぼみがつぶされてしまわぬよう、
ハッピーエンドを祈ります。

https://www.youtube.com/watch?v=nCaQJCkt8wk
本気
規模ではなく、量でもなく、小さくても、少なくても、そのクオリティに全力でこだわること。

それが、本気でやるってこと。
連携事業成果発表会



3月13日と14日、東京日本橋の三重テラス2階にて「伝統と革新」というタイトルの、連携事業成果発表会が開催されます。
僕は今回、会場のアートワークやポスターやチラシなどの制作と、昨年お手伝いさせていただいた「擬革紙」を展示します。
さらに14日はちょっとだけしゃべります。
お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。

写真のポスターのバックと帽子が、僕がデザインをアドバイスさせていただいた擬革紙の商品。
革そっくりですが、紙なので、驚くほどの軽さです。
ちなみに、モデルは当社スタッフで、撮影は僕です。
徹底した経費節約。
名も無きデザイナー



今日は、津市のVOLVOXで、若手建築家達とのトークショーでした。
デザイナーと建築家、相通じるところがたくさんあることが嬉しかった。
似てる苦労も結構あったし。

トークショー終わりに、ある男性と少しだけ話しをした。
その方は運送会社につとめているそうで、「僕は建築家でもデザイナーでもないんですけど」と、遠慮がちに自分を僕に紹介した。
いやいや、そういう人にこそ聞いてほしい話しがいっぱいあるんです、そう思った。

いろんな所で何度も何度も言ってることだけど、デザイナーは装飾屋ではない。
装飾もするけど、仕事は決してそれだけじゃない。
運送会社の人であれば、日々工夫をして、無駄をなくし、より効率よく、かつ安全に運送できる方法を考えたりしてるはず。
そしてできれば、ちょっとかっこよく。
それはすなわち、デザインであって、デザインと無関係な人なんて、きっと一人もいない。

デザイナーには国家資格がない。
それはきっと、誰もがデザインという渦のひとつになれるためなんだと思う。
デザインは、日々の暮らしの中で繰り返され、積み重なっていく。
アリも花も草も、山も川も海も、デザインを重ねて、日々を生きている。

うちに新しく入社したスタッフの女の子は、デザイナーではない。
そんな彼女に僕が期待することはまさにそれであって、彼女がデザインという概念を全身で理解できたとき、きっと彼女は、デザイナーという肩書を持たない一般の人達、そんな、名も無きデザイナー達の心に火を灯し、背中を押すことができるはず。
「私は建築家でもデザイナーでもないんですけど」と遠慮がちに話す、たくさんの誰かの背中を。
「私だってデザイナーじゃないけど、毎日の暮らしがちょっとだけ豊かになるように、一緒にデザインしていきましょうよ」、そんな感じにね。
経営者意識
例えば、手取りで25万円もらうためには、

手取り:25万円
社会保障(会社負担):5万円
社会保障(個人負担):5万円
一人当たりの経費:35万円
会社の利益:70万円
合計:140万円

上記の例でいくと、140万円の売り上げを上げる必要があります。

「経営者意識」というものが全くないスタッフは、こういうことを考えたことがないのかもしれません。
25万円もらうために、25万円しか売り上げてなければ、その時点で会社側は赤字。
こういうことは若い時から知っておいたほうがいいと思います。
大雪



今日は大雪。
午前中の仕事を全部やめて、娘と雪遊びを堪能しました。
雪遊びのあとは一緒にお風呂で足湯して、美味しいお昼ご飯を食べました。

あいかわらずの不安定さと大きなリスクを常に抱えている自営業ですが、こんな時の自由度はまさに特権!

娘のはしゃぐ笑顔が何よりのご褒美です!
いやあ〜、楽しかった!
ただ、腰が痛いのを忘れてはしゃいだので、あとが怖いけど。
UDON IS NO BORDER.
先週末は、ミエノコの取材へ香川県へ。
子どもの頃から食べ慣れた伊勢うどんが大好きな僕ですが、香川に行って讃岐うどんを食べないわけにはいかないと思い、お昼に讃岐うどんを食べたところ、これがまた旨い!
伊勢うどんもいいけど、讃岐うどんもいいですね。
どっちもあるのがやっぱりいいんです。
どっち派とかそんなくだらないことはいらない。
ことうどんに関して言えば、色々なうどんがあるってことが幸せなんだと思います。

日本は小さな島国ですが、三重県の中でも、隣と隣の町がいがみあっている場所がたくさんあります。
村々で絆を固めるって言えば聞こえはいいですが、それが安全を守る大切な要素であった時代はまだしも、現代はもう、そんな時代ではありません。
伊勢うどんもいいし、讃岐うどんもいい。
間違いなく、それが正しいと思うのです。

民族間での争いや、宗教間での争いや、国と国との争いや、そういうものがいかにくだらないものか、たった1杯のうどんからでも知ることができます。

例えば宇宙。
ひとつのスペースシャトルに同乗するのは、同じ国の人々ではなく、いろんな国の人々が共にミッションに挑みます。
昔、ある宇宙飛行士の人が、地球に無事に帰還してきたときに言ってた有名な言葉がありました。

「1日目や2日目は、シャトルの窓から地球を見て、皆が自分の国を指さして、あれが自分の国だと言った。3日目や4日目には、皆が、それぞれの国がある大陸を指さすようになった。そして5日目になると、ただ一つの地球を見つめて、あれが僕らの星だ、と言って、地球をじっと眺めていた。」

あるサイトでは、

「宇宙飛行士たちが例外なく言うことは、国家や民族間の争いや戦争、宗教間の対立がバカバカしいということだ」

と書かれていました。
さらに、

「シャトルから眼下に地球を見ていると、いま現に、このどこかで人間と人間が領土やイデオロギーのために対立し、ついには戦争まで起こして、互いに殺し合っていることが、ほんとうに信じられないくらいバカげていると思えてくる。声を出して笑い出したくなるほど滑稽だと思えてくる。宇宙から地球を見ると、違いよりも同じもの同士という意識が強まる。表面的な違いは消し飛んで、同じものに見える。本質だけが見えてくるのだろう。そして、国境などというものは人間が勝手に作り上げたものだいう考えを持つようになるのである。宇宙体験をすると、これまでの世界観が一変するなら、いま紛争を抱えている国の指導者はもちろん、世界の指導者は宇宙体験をすべきだ。そして、この地球の姿をしっかりと見ればいい。そうすれば戦争はやむ。そこから地球の姿を見たなら、戦争のおろかさ、無益さに気づくだろう。」

とも。

取材の夜、ゲストの会社の上司の方とお食事をさせていただいて、色々なお話を聞いているうちに、讃岐うどんと伊勢うどんが1食ずつ入っている商品を作ってしまいたいと思った。
切磋琢磨はいいけれど、どっちが勝つとか負けるとかではなく、今日は讃岐うどん、明日は伊勢うどん、でいいではないか。
どっちも旨い。それが全てなのだから。

NO BORDER。ONE。

多様性を認めながら、それを楽しみながら、大きな大きな、「ひとつ」になればいい。
手をつないでみんなでゴールの運動会には賛成できないけれど、ライバル達と競いあった試合が終われば、あとはみんな、「ひとつ」だ。
互いを尊敬し、学び、刺激を受け、勝負を挑み、共に向上し、より良い世界を一緒に目指す。
讃岐うどんを食べながら、そんなことを考えるほど、うどんは「人生」をも教えてくれる、最高のソウルフードでした。

香川サイコー!

次のミエノコもお楽しみに!
バカ者



地域おこしには、「ヨソ者、バカ者、若者」が必要とはよく言われること。
「若者」以外は僕にピッタリ(笑)。

今年も多くの若者達を巻き込みながら、デザインを軸にした新たな地域おこしが続々と続きます!
新しい風



そこに隙間が出来ると、待ってましたとばかりに、また新しい風が吹き込んでくる。
そんな恵まれた人生に、心の底から感謝です。

この先、どんな人や場所に出会えるか、考えただけでも踊りたくなる。
いきなり僕が踊り出したら、うちのスタッフはドン引くだろうか。

そういえば、先日新しく入社したスタッフが、慣れない仕事に戸惑いながらも、今が今までで一番楽しいです!と言ってくれた。
その言葉が、どれだけ僕を勇気づけてくれることか。
でもね、悪いけど、一番楽しんでるのは、この僕なのだよ!

上を向いて飛んでいこう。
涙が虹になるように!
健気な織り機



先日、新しく入社したスタッフの実地研修を兼ねて、松阪木綿の織元の工場へ行ってきました。
僕はこれまで、何度もここを訪れていますが、初めて工場内を見た人は必ずと言っていいほど感動してくれます。
毎回、西口社長が丁寧にガイドをしてくださり、松阪木綿を販売していくことの意味や意義を胸に刻む、とても貴重な体験です。

で、僕はと言うと、毎回、西口社長がゲストにガイドをしてくださっている間、ひたすら同じ動きを繰り返す織りの機械をぼーっと眺めて「無」になれる至福の時を味わっています。
最高!

今年は、松阪木綿をはじめ、三重県の伝統工芸の継承と、販路をさらに広げていくことに、ますます力を入れていきたいと思います。
2013年 仕事納め
いちお今日、仕事納めです。
全然、納まっていませんが(笑)。

僕の最終学歴は高卒で、美大とか芸大を出たわけでもなく、ましてや、どこかのデザイン事務所で修行した経験とかも一切なく、誰かに直接デザインを教えてもらったこともないのに、上京の3年後、2000年の12月にデザイン事務所を立ち上げてしまった無謀者です。

そして今年、2013年は会社を三重に移したビックイベントの年でした。
正直、仕事のやり方も大きく変わるだろうし、会社を続けていけるのかがすごく不安でしたが、ますます忙しくさせていただいていることに、心から感謝です。
珍味な僕を支え、そして応援していただいている全ての方へ、ありがとうの気持ちでいっぱいです。

僕は昔、陸上競技をしてましたが、歯をくいしばって走るより、自然な表情で走るほうが、タイムも良かったし、実際に疲れが少なかった。
不思議でしたが、そういうものでした。
ちなみに、笑って走ったらタイムが遅くなってしまいましたが(笑)。

来年は、そんな風に、どんなに忙しくても、どんなに追い込まれても、余計な力を抜いて、頭の中はクールに、でも心は誰よりも熱く行きたいと思います。
そして何より、物事を全部、シンプルに。

今年、まだ夢を叶えられなかった全ての人へ、来年こそはきっと、あなたの夢が叶いますように。

僕もきっと、イストグラフの大好きなスタッフ達と共に、どんどん夢を叶えていきたいと思います!

今年もありがとうございました。
来年も宜しくお願い致します。

よいお年を。
トップデザイナー
今、一番トップのデザイナーって誰ですか?

そう聞かれて、答えに困った。
そもそも、何を基準にトップと判断するか。
収入だろうか? 経験値だろうか? 露出度? 認知度?
どれもあいまいな基準ばかりだ。デザイナーっていっても、ジャンルもいっぱいあるしね。

それでも、旬のデザイナーって言われる人は確かにいる。
数年前の佐藤可士和さんの露出度はすごかった。
どこを見ても、何を見てもって感じだった。
最近では、nendoの佐藤オオキさんがそれになるのかなあ。

ただ、だからトップかどうかなんてことは、正直僕にはわからない。
わからないし、誰がトップデザイナーか?なんてこと自体がナンセンスってことです。

日本には、すごいデザイナーがたくさんいる。
でも、若いデザイナーが、自分の目指す人を見つけるのはいいことだと思うけど、スタイルばかりを目指しても意味がない。
つまりは、昔、なんかのCMで言ってた、

「どう見られるかじゃない。どうありたいかだ。」

ってことなのかなと思う。

自分にしかできない、自分のステージを見つけたもん勝ち。
まあでも、有名デザイナーってものになってみたい気持ちは、わかるけどね。
なれるもんなら、一回だけでも、なってみたいもんだ。

そこからしか見えない景色が、きっとあるはずだから。
費用対効果請負人
最近、新たな町づくりのための意見交換会的なたぐいのものを覗いみて思う。
次世代を担う若者や子ども達のために、という意見も出るけど、その場に若い世代は誰もいない。
若い世代から直接意見を聞くべきだと思うけど、会場内は年配の方ばかり。
ここで何かが決定されていくとして、それがかなり重大な決定である場合も多く、子ども達のためのプロジェクトなのに、子ども達にそれを選択する機会を与えられないのって、やっぱりちょっと不自然に感じる。

「若い人達に見てもらえるような展示の仕方」や「子ども達が興味を持つ仕掛け」とかの必要性を年配者の方々が提案するのはすごくいいことだとして、でも、最終的な決定権を持つメンバーの中に、若いデザイナーや建築家が1人もいない。
そんな奴らをメンバーに入れたら予算がパンクする、っていう人もいるけど、デザイナーって、無駄なコストを削りつつ、最大限の効果を生み出すのが仕事なんだけどなあ。
だからむしろ、安く済むことのほうが多い。
デザイナーは、費用対効果請負人なんだから。

まだまだ、特に地方では、デザイナーの仕事って理解されてないなあとつくづく感じる。
もちろん、やっぱりデザイナー側にも、何か問題があるんだと思う。
まずは、「デザイナー=装飾屋」だとまだ本気で思い込んでるデザイナーからなくしていく必要があります。
驚くことに、地方ではまだ結構いるんです、そういうデザイナー。
だからこそ、デザイナーの仕事を多くの人に理解してもらえるような仕掛けを、たくさん生み出していくことが急務なんだと感じる、今日この頃でした。
大きな決断
僕が思う、アーティストのこだわりと、デザイナーのこだわりの違い。

アーティストは、とにかくこれ!という風に、自分の世界の表現にこだわる。
デザイナーは、目的や予算とかの絶対的な制約の中でのベストな形にこだわる。

言い換えれば、代替案があるかないか、って感じだと思う。

今夜、ひとつの大きな決断をした。
新聞掲載の件
先週の金曜日と勘違いしていた中日新聞の夕刊(東海版)に掲載される件、今度は本当に、今日(20日)の夕刊です(笑)。
ちなみに、東京新聞の掲載は22日だそうです。

松阪木綿について、今正直に思うことをお話しました。
手厳しいことも、生意気なことも言ってますが、松阪木綿への愛があればこそです。
でも、正しく伝わるかが、ちょっと心配。
あと、写真も心配(笑)。
新聞掲載(訂正)
ごめんなさい。
来週20日の金曜日の中日新聞(東海版+東京新聞)の夕刊でした〜。
買ってしまった人、ごめんなさい。
僕もそのひとりです・・・。
幅さんと。



ブックディレクターの幅さんと。

「選書家」や「ブック・ディレクター」なる仕事を世に知らしめた人。
本への愛情が半端ない。
でもそれを押し付けようとしないところがかっこいい。
色々とお話をさせていただいて、たくさんのひらめきをいただいた。
早速試してみたいアイデアがいっぱい!
感謝!
ミスユニバース三重大会







本日は、ミエノコ第3号のゲスト、津軽三味線の伊藤圭佑くんがゲスト出演したミスユニバース三重大会にご招待いただき、行ってまいりました。
招待客ということで、審査員の後ろといういい席をご用意いただきました。
久しぶりの華やかな世界。
完全にアウェーでしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。

ただ、デザイナーの身としては、ツギハギのランウェイやカーテン調の布や会場全体のアートワークの安っぽさが気になります。
最後は順位を間違えて発表してしまうという、いろんな意味で「地方感満載」の大会でした。
まあ、楽しかったんで問題はないんですけどね。

僕が絶対グランプリだと思っていた女性は残念ながら代表に選ばれませんでした。
非常に残念。
でも、代表に選ばれた女性も、本当に素晴らしい方です。
世界大会への道は簡単ではないでしょうけど、三重県代表として、がんばっていただきたいと思います。
応援してま~す!
山崎亮さんと。



コミュニティーデザイナーの山崎亮さんと。
山川さん



Rice puddingの山川さんと。
楽しんで越えていく術
地元の子ども達のためのプロジェクトを立ち上げた。
地元の方々と協同しながらの作業は、時に楽しくあり、時に大変なこともある。
保守的な層が多い地方では、こちらの真意をご理解いただくことが結構難しい。

苦しいことから逃げてはいけないという意見にはもちろん賛成だけど、僕の立場としては、苦しさに耐える強さより、楽しんで越えていく術を、子ども達にも知ってほしいと思う。

これを正しく伝えるのは、本当に難しい。
出立の地





東京日本橋・三重テラス2階にて開催される、玉城町展「熊野古道出立の地から」の設営完了!
三重へ戻りますす。
3歳のカメラマン



もうすぐ3歳になる娘が、僕のiPhoneで撮ってくれた写真。

スライドロックを解除し、カメラアプリを立ち上げ、ビデオになっていた設定をカメラに戻し、フィルタメニューからモノクロを選んで、カシャ。
ちゃんとカメラロールを立ち上げて写真を僕に見せたあと、完了ボタンを押してカメラに戻って、今度は部屋の中や母親などを撮影したあと、さらには内側カメラに切り替えて自分撮りまでこなす娘。

母親から、デジ物は1日1時間くらいまでって制限されてるのに、どうやったらこんなに早く操作を覚えられるんだろうか。

時代って恐ろしい。
傾奇者
怒涛のスケジュールも、ようやく峠を超えた。
考えてみたら、三重に戻ってきてからひたすら全力で走ってきて、松阪木綿をはじめとする伝統工芸の再興プロジェクトや、商品のパッケージやブランディング、最近は複数の町おこし的なプロジェクトに携わっている中で、いろんな新しい出会いがあって、味方になってくれる人もたくさん出来たけど、まるで外敵かのごとく、裏で口撃されることもずいぶん増えた。

もともと松阪という場所は、出る杭を徹底的に叩く町だということは昔から暗黙で知られているし、それが本当だったことは、この短い期間でも全身で実感してきた。
ただみんな、それを口にしないだけ。
僕はそれを言ってしまうので叩かれるんだろうな。

以前、ある社長に言われた言葉を今でも忘れていない。
「松阪市はすでに腐りきってる。あんな町を救っても、何の意味もない」。
残念ながら、返す言葉がなかった。
唯一返せた言葉は、「それでも僕は、自分のふるさとを諦めるわけにはいきません。」だった。

そんな風に言われていることや、地元の松阪木綿が県外ではどのような評価を下されているか、どれくらい遅れをとっているか、それをまともに伝えると、見事に嫌われる。
30年後や50年後の松阪木綿の話しがまともに出来ない。
伝承だけじゃいずれ消えてしまうってことを言える空気じゃない。
今の松阪木綿のダメな所を、覚悟を持って否定していかないと、継承なんて夢のまた夢だ。

松阪木綿が若い世代に受け継がれていないのは、誰が見たって事実。
なぜ今の人達は、松阪木綿ではなく、ユニクロを買うのか。
そのことについて、なんでもっと真剣に語り合えないんだろうか。
馬鹿げた話しだと、なんで一蹴できるんだろうか。
だったらなんで、松阪木綿をもっと広めたい、なんて平気な顔で言えるんだろうか。

僕を傾奇者だと揶揄する人がいるならそれでもいいんです。
もっともっとかぶいて、大きな大きな渦を作りたいと思います。
あいつはただの壊し屋だと非難する人がいるならそれもいいです。
時には、一度壊して、もう一度初めから作りなおしていく勇気も必要なんだと思います。

偉そうなことを言う以上、僕は僕なりに必死で走っていきます。
松阪木綿フェスティバル
松阪木綿フェスティバルの座談会に参加させていただきました。
松阪市長、富士宮の元市長、松阪市議、手織りの方々、商店街の方々、中学の校長と中学生たち、高校の教師と高校生たち、そして僕も交えて、松阪木綿のことについて語り合いました。

短い時間だったので、みんなそれぞれの想いが沿うこともあれば交差することもありでしたが、こういう場を持てる松阪市は、まだまだ捨てちゃもんじゃないなと思いました。

高校生たちも、自分たちの想いを市長にぶつけたり、大人の方々からアドバイスをもらったり、想いをうまく伝えられない場面では歯がゆい想いもあっただろうけど、いい経験になったと思います。
ただ、十分な予備知識も持たない彼ら彼女らに、いきなり意見を求めるやり方にはちょっと疑問を持ちました。
本来ならば、パネラーというよりは、大人たちが語り合う話をじっくりとリスナー席で聞いたうえで、自分たちが実際にどう感じたかを話してもらうべきだったようにも思います。
まあでも、定期的にこういう場を持つと市長も約束してくれたので、次はもっと勉強して挑んでくるでしょう。
それでいいと思います。

松阪木綿は、他の伝統工芸と同様に、様々な問題や課題を抱えています。
それでも、松阪木綿における僕の目的は、次の世代に繋ぐことのみなので、こうして直接子どもたちと、松阪木綿のことについて語り合えるということは、今までを考えたら、大きな前進です。
松阪木綿の着物を着せてもらうことは大変いいことですが、21世紀の現代の松阪木綿が存在しない、いわゆる昔のままの松阪木綿しかない状況では、なんだか虚しささえ感じてしまうのです。
彼ら彼女らが、本当に着たいと思える松阪木綿や身につけたいと思えるものを生み出さなければ、この文化はやがて、かなり近い将来に、消えてしまうでしょう。
進化しないものには、衰退の道しかありません。

若い世代が、ユニクロのステテコにしようか、それとも松阪木綿のステテコにしようか、伊勢木綿のステテコもいいな、となるような、そんな未来を必ず実現したいと、本気で思います。
こんにゃく



今年、三重県松阪市飯高町で美味しいこんにゃくを作っている上野屋さんの「さしみこんにゃく」のパッケージをデザインさせてもらい、売り上げが3〜4倍伸びたという嬉しい結果が出ましたが、いよいよ来月、第2弾の新商品が発売されます。

今回はかなりポッピーな感じでデザインしてみました。
売り上げが下がらないように祈るばかりです。
今日だけは。
今日は、ずっと好きだった女優さんがついに結婚したというニュースを受け、精一杯に祝福したうえで、ひっそりと悲しむために、一旦作業を中断して、寝ます。
火垂るの墓
仕事の資料集めのために、「火垂るの墓」を改めて観た。
子どもにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげることが、親にとってものすごく大きな幸せなんだってことが今ならよくわかる。
母親の家に行くと、今だにびっくりするほどの量のご飯を用意してくれる意味もよくわかる。
おかげいつも、食べ過ぎてしまうけど。
何屋?
四日市ドームの設営をとりあえず他の人にまかせて、今から多気町で講演してきます。
大道具モードから、デザイナーモードへシフトです。

僕がいったい何屋なのか、母親が未だに理解できないのも仕方ないね。
継承
今日も、ある女性記者のかたと、松阪市と松阪木綿について、語り合った。
毎日毎日、どこかで誰かと、自らのプロジェクトについて語り合っているけど、こと松阪市と松阪木綿のことになると、どうしても「怒り」が混じってしまう。

松阪市と松阪木綿は、一体誰へ、そしてどこへ向かおうとしているのか。
僕にはさっぱり、わからない。

「伝承」はもうお腹いっぱい。
「継承」しようよ、もういい加減。
祥子さん



昨日は東京出張で三重テラスで打ち合わせ。
その後、現在、武蔵大学の2年生の大前祥子さんに、ミエノコについての取材を受けてきました。

彼女はメディア社会学科に所属していて、フリーペーパーという表現方法について取材をされていて、渋谷パルコに設置してあるミエノコをご覧いただき、内容に共感をしてくれたとのことで、今回の出会いとなりました。
大前さんとは、年の差21歳差にして、夢について大いに語り合い、あっという間に時間が過ぎた、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
将来は、広告業界へ進むとのことで、おそらくは、電通とか博報堂とか、そういうところへ行かれるんだと想像しますが、どこに行っても、心に灯った火が消えないように、現在の熱い想いをずっと胸に持ったままでいてほしいなと思います。

いやあ~、それにしても、「未来を語る」って楽しいな~!
大前さん、ありがとう!
お互いにがんばりましょう!

これからもずっと、ミエノコという冊子が、いろんな人の心に火を灯す存在で在り続けられるように、がんばります!
母の口癖
20代の時に東京へ出た。
地元を出るその日、駅まで見送りに来てくれた母はずっと泣いていた。
離れてほしくないと、最後の最後まで言い続けてた。
帰省するたびに、母はとても喜んでくれた。

毎回、僕が好きなものを食べきれないほど用意してくれた。
東京へ戻るときはまた、決まっていつも泣いていた。
母の口癖は、「もうこっちへ帰ってきたら?」。
東京にいた16年の間、ずっと言い続けてた。

昨年、三重に戻ると告げたとき、母はとても喜んでくれた。
ずいぶんと長く、待たせてしまったな。
これからはもう、見送りで母を泣かせることも、遠く離れて暮らすこともない。

母に親孝行ができるとしたら、授けてくれたこの人生を楽しむこと。
生まれてきて本当に良かったと、心から思えるくらいに。
産んでくれて、本当にありがとうって、言えるくらいに。

僕は今、人生を最高に楽しんでいる。
大好きな母がくれた、この人生を。

長生きしてね、おかん。
松阪高校生と。



先日、松阪高校の寺村先生から、うちの生徒で、伝統工芸に興味を持っている子達がいるので、話しを聞いてあげていただけませんか、というお電話をいただき、昨日、子供たちとのミーティングに行ってきました。

現在、松阪高校の2年生である、中川君と上野君から、「伝統工芸を現代に活かしていくにはどうすればいいですか?」や「伝統工芸をビジネスに繋げていくにはどうすればいいですか?」という質問を受け、僕なりの意見をお話させていただきました。
他にも、鋭い質問があったり、全く関係のない話しもあったりで、あっという間に2時間ほど経過して、次の約束にギリギリ間に合うくらいまで、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。

その前日は、津市のロータリークラブで講演させていただいたので、1日でかなりの年齢差がありますが(笑)、若い世代のまぶしいくらいのキラキラした目を見ると、思わず嬉しくて力が入ってしまいます(笑)。

あの子たちの目を見ていると、三重県もまだまだ希望が持てるなあと感じました。
これから色々と課題や難関もあるでしょうけど、飛び越えるべきハードルと、避けるべき壁をきちんと見極めながら、道の先の光にたどり着いてほしいと思います。
まあ、僕と違って、彼らには「学」がありますから、遠回りだらけの僕のようにはならないでしょうけど(笑)。

こういう子供たちのサポートを、これからもどんどんとしていきたいと強く思いました。
そういう機会を作ってくれた寺村先生に心から感謝致します。
いい生徒の存在には、必ず、いい先生の存在があります。
きっと、寺村先生との出会いがあってこその、彼らの「キラキラ」なんだと思います。

こんな言葉もあります。

平凡な教師は、言って聞かせる。
良い教師は、説明する。
優秀な教師は、やってみせる。
偉大な教師は、子どもの心に火をつける。

僕にも、心に火をつけてくれる、そんな「ミスターチャッカマン」な先生の存在がありました。
教育の世界も、半沢直樹ばりに、ぐちゃぐちゃした世界でしょうけど、寺村先生にも、負けずに生徒達の心に火をつける「ミスター・チャッカマン」でいてほしいと思います。
そして僕も、子供たちの心に火をつける活動を、これからも全力で続けていきたいと思います。

ファイヤ~!
二匹のオオカミ
ある日、一人の老人が、孫たちを集めて、人生について、こう語った。

「よいかな、人間の心なかには、オオカミが二匹、すみついている。その2匹のオオカミが、わしの中でも、常に悲惨な戦いを繰り広げている。

一匹は、悪いオオカミだ。それは、恐れであり、怒りであり、ねたみであり、嘆きであり、後悔であり、強欲であり、ごう慢であり、自己憐憫であり、あやまちであり、敵意であり、劣等感であり、嘘であり、うぬぼれであり、自尊心であり、競争心であり、優越感であり、そしてエゴだ。

で、もう一匹の方は、よいオオカミで、それは、よろこびであり、平和であり、愛であり、希望であり、分けあいであり、おだやかさであり、謙遜であり、優しさであり、思いやりであり、慈悲の心であり、友情であり、共感であり、寛大で広い心であり、真理であり、哀れみであり、そして信頼だ。

わしの中でこの二匹のオオカミが絶えず争いあっているように、おまえたちの中でも、同じ闘いが起きているんだ。それはまた、全ての人たちの心の中でも起こっていることなんだぞ。」

孫たちはしばし黙ったまま、その言葉の意味を考えていた。

やがて子供の一人が老人にたずねた。

「で、どちらのオオカミが勝つの?」

老人は答えた。

「それは、おまえがエサを与えるオオカミの方さ。」
厄年
銀座手仕事直売所が大盛況のうちに終了し、三重に戻って、どっと疲れが出たのか、不覚にも風邪を引いて寝込んでます。

東京日本橋にオープンした三重テラスには、僕がデザインを担当させて頂いた、伊勢うどんとこんにゃくとお米も販売されています。
どれもめちゃくちゃおいしいので、ぜひお買い求め下さい。

お米は、通常のキロ売りではなく、2合とか3合とかの合売りなのでわかりやすくなってます。

そうそう、伊勢うどんは早速の完売!
ありがたいですね〜。
すでに追加補充してきましたので、お買い求めはお早めに。

あ〜、頭がボーッとする。
節々痛い。
それでなくても腰痛いのに。

厄年って恐ろしい。
銀座手仕事直売所 2013 無事終了



本日、銀座手仕事直売所が無事に終了。
今年も収穫がいっぱい!
刺激をいっぱい受けて、さらなるアイデアが溢れ出て止まりません。
そのアイデアの全てを、三重県の皆さんへの贈り物にしていければと思っています。

さて、今日はまた嬉しいお客様にお越しいただけました。
僕がめちゃくちゃ大好きで、いつもずっと聴きまくっている音楽ユニット「いちごに」のピアノ担当、三重県出身の恵村友美子さんが、差し入れを持ってお立ち寄りくださいました〜。
ありがとうございました。
皆さんもぜひ、「いちごに」で検索してみて下さいね。
とにかく恵村さん、可愛すぎ!大好き!


今年も本当にたくさんの方にお越しいただきました。
高校の同級生との卒業以来の再会もあったり、サプライズの多いイベントになりました。

また改めて、今回のイベントを振り返ってみたいと思います。
取り急ぎ、皆さまにお礼を。

本当に、ありがとうございました〜!
明日、三重県に戻ります。
銀座手仕事直売所 2013 最終日
いよいよ本日、銀座手仕事直売所も最終日です。
僕は、このイベントを目指して、1年を頑張っているようなもの。
仲間達との1年ぶりの再会は、さながら同窓会みたいなワクワク感に満ちている。
体はボロボロだけど、終わってしまうのはやっぱり寂しい。
こんな素敵なイベントを仕掛けてくれている松屋の素敵なプロバイヤーの皆さんと、イベントを盛り上げる素敵な出展者の皆さんに、改めて尊敬と感謝の意を、心から。

さあ、最終日、気合いを入れていきますか!
今日も素敵な出会いがありますように。
銀座手仕事直売所には、僕と同じ世代の職人達も多い。
伝承の先にある、次世代への継承を担う世代だ。
彼ら彼女らとの会話は、毎年すごく刺激をもらえる。
どこの伝統工芸も、比較的よく似た悩みがあるようだ。

その中で、改めて思うことがある。
松阪木綿の世界のみならず、地方の食品や工業や産業の生産者の多くが、口癖のように「まずは販路だ、販路を確保しなければ。」と言う。
でもちょっと違和感を感じる。
もちろん販路の開拓や確保はめちゃくちゃ大切だ。
だけど、「販路が確保されたら、もっとすごくいいものが作れるのに!」ってのは変じゃないか。
そもそも販路が見つからない原因の一端は、その商品に魅力がないからなのかも知れないんだし、そんな都合のいい話、本当にあるとは思えない。
あくまでも、いいものを作るから、販路が開けてくるのであって、販路ありきの開発では、順番がおかしい。
これだと、必ずいいものを作るから、とにかく先にお金を払ってくれないか、と言っているようなものだ。
そんなことが可能なら僕だってそうしたいけど、そんなことじゃあ、決して扉は開いてくれない。

まずは、今の自分の技術や資金やアイデアやセンスの中でできる最高のものを作ろう。
どの状態なら世に出していいかは自分の判断に全責任があるけど、それが本当に優れたものならば、たとえ未完成でも、それを欲しいと思ってくれる市場は必ずある。
そうして初めて、販路が開く。
道がつながる。
ようは、その覚悟があるかどうか、それが試されているのだと思う。

松屋の優秀なプロバイヤー達が仕掛ける銀座手仕事直売所って場所には、販路ありきの開発ではなく、いずれ開く販路のために、自分を信じて、日々腕を磨き、バイヤーやユーザーの心を掴んできたプロ達が集まっている。
それがどんなジャンルであれ、ものを作っている人達は、たとえ無理してでも、彼ら彼女らの「熱」を感じに、ここへ足を運ぶべきだ。
銀座手仕事直売所 2013 後半戦



銀座手仕事直売所も後半戦に突入。
多くの方にご来場いただいております。
ありがたい。

僕といえば、足腰がすでにボロボロですが、何とか頑張っております。
奥さんと娘にとっては1年半ぶりの東京。
娘にとっては、東京は出生地であり、生まれ故郷でもある。
これからも時々連れてきてあげないとな。

今日の東京は心地よい秋の空。
屋上テラスにいると眠くなる。
銀座手仕事直売所 2013









銀座手仕事直売所2013。
会場は初日から大賑わい!

毎年、素敵な出会いをもたらしてくれる、手織りのストール「フアヲ」は今年も好評です!
今年からお目見えのミニトートもお客様の反応は上々。
伝統工芸の匠の技を愛らしいフォルムにパッケージしました。

お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。
インクルーシブデザイン
最近ちょっと、飛ばしすぎてたのがダメだったのか、13日の夜に腰を痛め、今だ起き上がれない状況。
何とか四つん這いではってみるも、5メートル先のトイレに行って戻ってくるのに45分かかってる。
おそろしい位に仕事が溜まっているこのタイミングでのギックリは、スケジュール的にも相当痛い。
関係者の方々には多大なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ないです。
ごめんなさい。

でも、こういう機会ってそうそうないので、以前から興味を持っていた「インクルーシブデザイン」について考えてみた。
インクルーシブデザインとは、簡単に言えば、商品の開発段階から、障害者や高齢者などの、通常の商品開発においては無意識に対象から外されてしまっている特定の方々の意見を積極的に取り入れていこうってことだと僕は解釈してますが、今、トイレに行くにもスイスイいかない状態から見える世界には、これまで気がつかなかった新たな発見がいっぱいあります。

何でもなかった小さな段差、ドアノブやスイッチの位置や形、材質、色味、手ざわりなど。
子供の目線や障害者の視点を想像することはずっとやってきたつもりだけど、実体験して得られることは計り知れない。
かといって、ギックリ腰になれって事じゃなくて、そういう実体験を持っている人達の意見を、やっぱりもっと大切にしていくこと、そしてそれらを正しくデザインしていくことが、ものすごく大切なんだと、今、ベットの上で実感しています。

とにかく早く治さないと。
病院行くにも、起き上がれない今はそれも無理。
パソコンのとこにも行けないので、メールやメッセージの返答はもうちょっとお待ち下さい。
本当にごめんなさい。

お風呂や着替えやお茶を飲ませてくれたりする奥さんと、四つん這いで進む僕のためにドアを開けてくれたり、ガンバって〜って言いながらお尻を一生懸命押してくれる2歳の娘に心から感謝。
でいじょうぶ?(大丈夫)って言って、小さな手で頭を撫でてくれるたびに、痛みを忘れられるよ。
ありがとう。

皆さんも、どうかご自愛を。
武家の古都・鎌倉 世界遺産に不登録と勧告
同感だが、一方でそうでなきゃ困る人もいる。
難しい問題だけど、でも今回のイコモスの決定は正しい判断だと思う。
建前だけの文化保全じゃあ意味がない。

▼「建築のジェノサイド」に気付かない日本
http://m.newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2013/09/post-726.php
擬革紙の会 発表会









今日は、ここ数ヶ月に渡って、商品作りのプロデュースをお手伝いさせていただいた、三重県度会郡玉城町の「参宮ブランド擬革紙の会」の発表会でした。

江戸時代、伊勢神宮へのおかげ参りが一大ブームとなりましたが、当時は、獣物を持って中に入ることが許されていませんでした。
そこで、和紙を革そっくりに加工した「擬革紙」が誕生し、おかげ参りのお土産として大ヒットした商品です。
時代の流れとともに一度は途絶えた伝統を再興しようと立ち上がった擬革紙の会は、伊勢神宮の遷宮に間に合わせるため、今日の発表まで全速力で準備してきました。

午前中は三重県知事にもお披露目し、新聞やテレビなどの多くのメディアにも取材していただきました。
今日はあくまでも「伝承」へのスタートラインにようやく立ったようなもの。
その先にある「継承」まで繋げていくためには、まだまだクリアしなければいけない問題はありますが、それでも、無事に今日の日をむかえられたことに、心底ホッとしています。


▼歴史の情報蔵
http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/meiji/detail.asp?record=426

▼擬革紙の会ブログ
http://gigakusi.cocolog-nifty.com/blog/
ピン!
僕らデザイナーは、アーティストではないから、アイデアが天から降りてくるなんてことは決してない。
そのかわりに、僕らには、「ピン!」という武器を与えられた。
ピンときた!ってやつ。
何かの課題に向き合ったとき、頭の中の引き出しを開けまくる。
溜め込んだそれらの中から、あっ、あのときのこれとこれをくっつけたら、この問題って解決できるんじゃないの?とか、全然関係ない分野だけど、あのときのこれって、今のこれに活かせるじゃん!とか。

だから僕らデザイナーは、普段から、色んなもの見て、聞いて、感じて、体験して、話して、ストックを増やしておくことが大切。
今は全然使い道がない物でも、いずれ役に立つってことがある。
実際の荷物は少ないほうがいいけど、アイデアのストックはもっと欲しい。
だから今でも僕は、いろんな業種の人を話しをするのが大好き。
特にこれまで何の接点もなかった人との会話は実におもしろい。
なんでもない会話の中から、ビックプロジェクトの核となるアイデアが生まれたりもする。
ピン!だって、対して確信を持って話したことではなかったけれど、今でもその考えは変わってはいない。

これからも、もっともっと、色んな人と話をしてみたい。
その会話の中から、僕らデザイナーはちゃっかりと、アイデアを増やすためのネタをいただいています。
お白石持ち





お白石持ちに参加。
無事にお白石をお納めして終了。
20年に一度の貴重な経験。
20年後も参加できますように。
FM三重



17時からFM三重出てきます。
宇治山田駅





高校時代、松阪市から伊勢市の高校へ毎日通ったときに使っていた、宇治山田駅。
今日、実に20年以上ぶりに駅構内へ入ってみました。

かなりキレイにはなってるけど、あいかわらずかっこいい駅です。
ここにも、楽しいこと、切ないこと、たくさんの思い出がいっぱいです。
偶然のアート





嫁がキッチンで花の手入れをしていた。
剪定(せんてい)した葉や枝はとりあえずシンクへぽいぽい。

無意識に無造作にポイポイしたその先のシンクの中では、なんとも不思議な偶然のアートが!

この嫁、すげ~!って思う偶然のアートを時々生み出すんだよな~。
うらやましい才能です。
カップメン



一緒にデザインユニットを組んでいる親友のデザイナー、馬渕晃の作品「カップメン」。
カップラーメンが出来上がる3分間を健気にサポートする、国内外で大人気のプロダクトですが、あんまりカップラーメンを食べない我が家では、だいたい子どものおもちゃとして大活躍してます。

それにしてもグッドでナイスなしびれるプロダクトやなあ。


http://www.akiramabuchi.com
はるかのひまわり



めぐりめぐって、三重県のうちの庭にもやってきた、「はるかのひまわり」が、見事な花を咲かせました。

阪神淡路大震災で亡くなった神戸市の当時小学6年生だった「加藤はるか」ちゃんが、生前、かわいがっていた隣の家のオウムに与えていたひまわりの種が芽を出し、阪神淡路大震災後の夏に、たくさんの花を咲かせました。
それはやがて、「震災復興のシンボル」として「はるかのひまわり」と呼ばれるようになり、そのヒマワリからとった種が復興の象徴として神戸から全国各地におくられ育てられてきました。

そして東日本大震災。神戸から東日本の被災地へも、復興祈願のシンボルとして、たくさんのひまわりの種が送られ、やがて全国へと広がっていき、めぐりめぐって、三重県のうちの庭でも、見事に咲いた、というわけです。

連日の暑さの中、太陽に向かって力強く立つその姿は、「大丈夫。大丈夫。」と笑顔で見守ってくれる、はるかちゃんそのものなんだろうなと感じます。
きっときっと、乗り越えていける。
きっときっと、いいこともたくさんやってくる。
我が家でも、このひわまりを毎年欠かさず、咲かせていきたいと思います。

出会ったこともない、見知らぬはるかちゃんとの、でもすごくすごく大切な、約束です。


https://www.facebook.com/haruka.project
京都の職人
最近、京都の職人にちょっとうんざりしてます。
いやいや、京都にはすっばらしい職人がたくさんいることは知っています。
でも、中にはひどいのがいるのも事実。
であれば、ただその職人が悪いだけなんですが、そういう職人に限って、「京都」って看板をいろんな意味で押し出してくるんで、であれば、「京都の~」と言わざるえないわけです。

何がダメって、腕も悪けりゃ、なにより態度が良くない。
小学生でも間違えないような初歩的なミスを何回も連発しておいて、それでも絶対謝らない。
最低です。
僕より全然年上の、職人歴も営業歴もめちゃくちゃ長い老舗ですが、もうこの店と職人には2度と仕事を頼みません。

こんなダメ職人がいるから、京都でがんばっている若い職人が苦労するんだ。
京都が世界一だと信じて疑わない気持ちは理解しているし、それ自体に問題はないけど、こんな雑な仕事をして、それでも京都はって言い張るなら、もう京都の職人とは仕事したくないって人も増えてきてしまう。
僕みたいに。
子どもは元気



この暑さでも、子どもは元気。
心底、うらやましい~。
油田公園





本日は、三重県多気郡旧勢和村の油田公園にて大はしゃぎ。
松阪市内とは、明らかに空気の澄み方が違う。
心の一句



わが娘 ソリを使わず 歩いて下る
されどソリは 手放さず
おまけに何度も 繰り返す

丸川竜也 心の一句
才能
私があなたを愛してるのは、才能じゃなくて、そのままのあなた。
だから、もしもあなたの才能がなくなったって、気持ちは決して変わらない。

確かに、そう言われたら嬉しいんだけど、男って、どこか、自分の才能に惚れててほしい、ってそう思ってたりするもんです。
廣永陶苑











先日、川喜田半泥子が弟子養成のために築いた窯場「廣永陶苑」を見学させていただきました。
川喜田半泥子は、銀行の頭取であり、書道家であり、政治家でもあった人物ですが、「東の魯山人、西の半泥子」や「昭和の光悦」などと称されるほどの陶芸家で、そちらの顔のほうが有名かもしれません。

三重県津市の郊外にある廣永陶苑の敷地は、約2万坪。
車1台がやっとの小道がずっと奥まで続いていて、まさかこの奥に陶場があるとは思えないような場所ですが、しっかりと手入れが行き届いていて、背筋がピンと伸びるような、静寂と気品に満ちた、素晴らしい場所です。

「山里茶席」の中にも入らせていただきました。
ここで茶をふるまいながら、当時、どんな大事が話されていたのでしょうか。
思いをめぐらせると、故人の声が聞こえてくるような気がしました。

さらに奥へ進み、正門をくぐると、「泥仏堂(でいぶつどう)」という建物があり、その中には、川喜田半泥子が留守の際の自身の代わりとして自ら作った陶像が、中央に鎮座しています。
首が取れる(まわる)ようになっていて、あまり好きじゃない客人がきたときは、顔を横に向けておくのだそうです(笑)。

ここでは、実際に商品も販売されています。
古い蔵を改装して作った店舗スペースの入口のタイルがなんともいい感じでした。
家を建てるとき、玄関へ続くアプローチはこれにしたいなあ。

三重県の奥深さに、また触れたような、そんな体験でした。
うどん屋さん







先週の土曜日は、松阪市民文化会館にて、うどん屋さんやってきました。
自らデザインした伊勢うどんを、自ら作って、自ら売る!
机上だけのデザインには魂がない。
現場を知ってこそ、デザインは生かされる。

めちゃくちゃ疲れたけど、でもおもしろかった~!
だだっぴろい公園



だだっぴろい公園も、田舎じゃ時々、貸切状態。
空気もうまいし、静かだし。
めちゃくちゃ贅沢な時間です。
かっこいい経営者
どうやって利益を出すか、それを語れる経営者はたくさんいる。
でも、儲けたお金を何に使うのか、それを明確に話せる経営者は以外と少ない。

本当にかっこいい経営者は、儲けたお金の使い方が、かっこいい。
鉾杉



三重県を代表するお酒のひとつ、「鉾杉」が生まれる場所を見学させていただきました。
社長さんと熱いトークを繰り広げながら、今後一緒に取り組める「何か」を感じました。
スーツケースプロジェクト



先日、フランスからのお客様、「スーツケースプロジェクト」の方々を、松阪木綿の織元、御糸織物株式会社へご案内させていただきました。

松阪木綿を大変気にいっていただけた様子で、ほっとひと安心。
これまでかれこれ、何十人のお客様をご案内してきたでしょうか。
いつもいつも、気にいっていただけるか、ドキドキしてますが、こうやって、地道に松阪木綿の魅力を知っていただく活動を続けていくことが大切なんだと実感しています。

これまで松阪木綿は、僕に、色んな人との出会いをプレゼントしてくれました。
これから先、松阪木綿が僕をどこまで連れていってくれるか、ものすごく楽しみです!


https://www.facebook.com/LeProjetDesValises
2013.06.22 02:44 | Permanent Link | 日記・デザイン
今日への道のり
これまでの過去と自分を全面的に否定して、私は今を生きているから、ってことはつまり、結局、今を生きていないことになると思う。

振り返らないのと、過去を捨てようとするのとはちょっと意味が違うと思うんだ。
そもそも、これまでの過去だけを見て、今の君を判断しようとする連中といるからよくないわけで、過去も全部ひっくるめて、今の君を愛してくれるやつと一緒にいなきゃ。

これまでの道のりがあって、今日、君が今、ここにいる。
それは捨てられない。それを捨てたら、今の君につながる道が途絶えてしまう。
昔はやった、バック・トゥ・ザ・フューチャーって映画の、写真の中の自分がだんだん消えていく、ってやつと同じ。

その川をわたってきたんだ。
その橋をわたってきたんだ。
その道を、君が歩いてきたんだよ。
だから今、君はここにいて、だから僕らは、君とここにいるんだから。
傷ついた過去も、傷つけた過去も、その意味は、今の君次第。これからの君次第。
今に感謝できるなら、その今を作り上げた、全部の過去にも感謝しないとね。

歩くことを、やめちゃいかん。
振り返ることを、おそれちゃいかん。
みんな、今の君が好き。ってことはつまり、そんな君を作り上げてくれた君の過去にもやっぱり感謝です。

歩くことを諦めずに、明日を生きることから逃げずに、今日まで歩いてきてくれて、そして僕らと出会ってくれて、ありがとう。