必要な人
例えばそこに、長年放棄されて荒れている畑があったとして、ある人は、

「こんなに荒れてしまった土でも、○○という花なら咲かすことができるし、この花なら売れると思うので、○○花を育てましょう。」

と言い、

またある人は、「この畑の立地や大きさは、○○を建てるのにピッタリだし、○○ができたら経済も潤うと思うので、この畑はつぶしてしまって、○○を建てましょう!」

と言う。

どちらも優れたアイデアだし、決して間違ってはいないと思う。

でも、もしかしたら、荒れた畑に別の何かをあてるのではなく、もう一度、丁寧に耕すことからはじめて、土を生き返らせるその行為そのものを、かっこいいイベントに仕立ててみせて、若い人達が、自ら耕したくなるようなそんな仕掛けを作れる人がいたとして、でも、そういう取り組みってかなり地味で、結果が出るのに時間もかかるので、理解はされにくいとは思うけど、そういう人こそが、今の三重県に本当に必要な人かもしれないなと思ったりしてます。

そしてそれこそが、デザインなのでは、とも。
コメント一覧
コメント投稿

名前

URL

メッセージ