招待状



仕事がまだまだ溜まってますが、たった今、次女(6歳)から直接、招待状をもらいました。
これは仕事なんてしてる場合ではありません。

ということで、行ってきまーす!
楽しみ!
世界が平和でありますように



あいかわらず与党の失態が続きますね。
「記憶にございません」なんて生き恥さらす為に一生懸命勉強してきたわけじゃあるまいし、生き恥さらしてでも守らなきゃいけないものがあるんだろうけど、もうまともな感覚を失ってしまってるんだろうな、この人達は。
そうしなければいけない「政治」って、一体何なんだろう。

こういうニュースを見るたびに、僕の奥さんは言います。
「総理大臣もオリンピックの会長も何もかも全部、芦田愛菜ちゃんだったらいいのに!」

これには強く賛同します。


今日も世界が平和でありますように。
初心忘るべからず。



かいだ製麺所さんの新しい3種類の伊勢うどんのパッケージとネーミングを担当させていただきました。
普段はあまり自分がした仕事をご紹介することはしないんですが、ご紹介するってことはつまり、そう、良くも悪くも、何かあるわけです。

今回は、僕がデザインした全体的な雰囲気は残しつつも、文字のサイズや字間&行間や余白等を印刷会社のインハウスデザイナーによって勝手に修正されてしまう、という事態が発生し、裏面に関しては、一番最初に印刷会社がしたデザインを全て僕が作り直したにも関わらず、最初の印刷会社バージョンに戻ってしまっているというあってはならないショックな出来事が起こり、でもそれに僕が気づいたのが、もうすでに販売がスタートしてしまっていたあとだったのでどうすることもできず、という悲しい案件となってしまいました。

付き合いの長いクライアントさんだったとはいえ、あまりの忙しさにかまけてしまった僕のチェック不足がまねいた悲劇であり、それは大いに反省すべきことですが、小さな文字のサイズくらい、裏面くらい、それくらいは別にいいだろう、という判断がなされたのだとしたら、たとえインハウスデザイナーだとしても、同じデザイナーを名乗る者としてあってはならない行為です。
もちろん、インハウスデザイナーはただのオペレーター業務をしたにすぎず、上司から言われるがままだったのかも知れませんが、こういうことが普通に起きるから、デザイナーを国家試験にすべきだと本気で思うわけです。


という、悲しい案件となってしまいましたが、肝心のうどん自体はめちゃくちゃ美味しいので、現在のパッケージの在庫を早くなくして、増刷の際にデザインをやり直すためにも、もしもどこかで見かけたら、抱えきれないくらいに買ってください(笑)。

初心忘るべからず。
今後はさらに最後の最後の最後までチェックを怠らず、まあそれでも事件は起きたりするものですが、うるさいデザイナーだなと思われても、そこは徹底していきたいと思います。


反省、反省、ああ、へこむ。
頼むから、運命のアシスタントさん、早く僕と出会っておくれ。
若者よ
ある所に、無知で経験も乏しく、力も信用もお金もない、でもハートだけは熱い若者がいたとする。
彼は、「三重県」とか「日本」とか、とにかくモノゴトを広く捉えたがる。
一方で、酸いも甘いも知ってる、経験も力もお金も信用もある、そんなとある大人がいたとして、彼はいつも「自社」とか「地域」とか、モノゴトを小さく捉える。

三重県に戻ってきて感じたことのひとつが、このズレ。
このズレを正さないと、三重県のリブランディングはきっとうまくいかないと思う。

もちろん、若者が大きな夢を追いかけることには大いに賛成だし、大人が足元を大切にするのは、人生は思ったよりも短く、だからこそ意味のない無駄な戦いを避け、大局をしっかりとつかんだうえで、モノゴトをスムーズに動かしていくことの大切さを知ってるからだってことも理解してる。

けれど、実際に問題や課題を解決していくためには、若者はスピード感をもって小さくはじめ、大人は持てる力を発揮して、さらなる巨人たちと戦うことも大事だと思う。
若者が巨人に挑み、惨敗し、諦めることを覚え、うつむいた視線の先で足元の草花に癒され、それを大切に守ることの尊さを知り、世の平和を願いながら余生を送る。
例えばそんな感じだったとしても、でもそれじゃあ問題や課題はなかなか解決できないし、若者が惨敗するのは、ロールモデルとなる大人になかなか出会えないからだし、特に田舎ではその傾向が強いように感じる。

僕自身がそうであったように、いつの時代も、大局が見えてない若者は無謀だし、無知だし、甘いし、うぬぼれてるし、でもだからこそのパワーもあって、こういう熱量をうまく引き出して活用できるシステムや大人が必要だよなあと思う。

ついでに言うと、マーケティングの人達は群れたがり、クリエイティブの人達は孤立したがる。
このズレも問題ですよね。
モノゴトを動かしていくには、どちらか一方ではダメで、ブランディング、マーケティング、テクニカル、プロモーション、ビジネスなどなど、色々な要素が同時に一緒に動かないとなかなか成果は出ない。
大企業ならこれら全てのセクションを持ってるから有利だけど、持たざる者たちはお互いにチームを組んでやるしかない。
問題は、誰もが主導権を持ちたがるから、そもそも大きなチームをつくること自体が想像以上に難しいってこと。
みんな、故郷をもっと良くしたいっていう想いは一緒なのに、人間のエゴが邪魔をする、のかな。
もちろん、僕も含めてですが。

でも、例えば、全ての人が、それぞれ別々の方法でも構わないから、共通の認識や同じ旗印を持って活動することができれば、もしかしたら大局を動かせるかも知れない。
その指針を定め、そのために自分に出来ることを、小さくてもいいし大きくてもいいから、とにかく行動し続けること。
かつて諸先輩方と立ち上げた、「三重基準会議(Mie Standard Conference)」というプロジェクトの目的はそれだったと思うけど、その活動も止まったままだ。

アメリカのことわざ「If every man would sweep before his own door, The city would soon be clean.(みんなが自分の家の前をキレイにすれば、町はあっという間にきれいになる)」っていうのもそういうことだと思うし、こんな簡単なことがこんなにも難しいってこと自体が、一番の問題なんだと思う。

そういえば、アフリカのことわざ「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.(早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。)」ってのも、そのどっちかではなく、ちょうどいい塩梅って出来ないのかなあと思ったりもします。


若者よ 君は旅立つ
東へと向かう列車で
華やいだ街で見つけたい
贈り物ってなに?
君が贈りたい物と
相手が欲しい物が
ズレてる限り
うまくはいかないのに・・・
松阪木綿のハンカチーフください
涙で顔が藍色に染まってしまうけど・・・


そして最終的には、僕の奥さんがいつも言ってる、「無理に決めたりまとめたり束ねたりしようとせず、みんなそれぞれが正しいことをして、それがやがて、知らない間に三重県のためになっていればラッキーぐらいでちょうどいい」のかも知れません。
バレンタイン



今年のバレンタインも、娘たち(小4と年長)が手作りクッキーを作ってくれました。
僕にとっては、世界で一番美味しいクッキーです。

もう数年もしたら、どこぞの馬の骨野郎にチョコを渡したりするんだろうなって思うと複雑ではありますが、女芸人な娘たちのおかげで、毎日毎日笑い転げられる最高に楽しい人生を過ごせていることに、こちらこそ、心からありがとうを贈りたい。

まあ、メッセージを読む限り、もっともっと働け、ということだと思うので、老体にムチを打って、まだまだがんばります!
建国記念日



今日は建国記念日。
建国をしのび、国を愛する心をやしなう日。

どうやってやしなうの?と聞きたくなってしまう日に、森さん辞任の意向のニュース。
そりゃそうなるだろうな。
この滑稽な茶番こそが今の日本。
時代が終わり、時代は変わり、時代が始まる。

いつの時代も、若者たちは言う。
こんな腐った時代に、
こんなクレイジーな国に、
なぜ僕らは生まれてきたのか、と。

でも、
戦争を知ってるおじいちゃんとおばあちゃんが今でも生きていたなら、きっとこう言うだろう。
昔に比べたら「今」はずいぶん良くなった、と。
世界中で繰り返されてきた真っ黒な歴史の証人たちも言うだろう。
「今」の一体何が不満なのか?と。

生まれた時から身分が決まっていた時代。
肌の色だけで、まるでゲームのように簡単に殺される時代。
自由に恋愛ができなかった時代。
結婚相手を自分の意志で選べなかった時代。
平均寿命が30代だった時代。

人を殺し、女性を犯し、動物を迫害し、自然を壊し続けてきた人類。
今でもそれはゼロではないけど、でも「ずいぶん良くなった」のは確かだろう。

「昔」の中でしか生きれない人達には、さぞ「今」は生きにくい時代だと思う。
こんなにも便利で豊かになったのに、「昔」を恋しいとさえ思うだろう。

子どもの頃に腹を抱えて笑い転げた経験があれば、人はその時の中で一生をさまよう。
どんなに貧しくとも、どんなに不便であっても、笑い転げたその「今」を、人は決して消し去ることができない。
一瞬で心を奪われたあの恋から、何年も何十年も離れられなくなるみたいに。
だから僕は、「時代」の匂いに誘われて、古い車や物に惹かれてしまうのだろう。

ついていけない自分を認めず、ついていかない道を選ぶ。
それが悪いわけじゃないけど、だからって「昔」を持ち出すのはセンスが悪い。
今頃森さんはぼやいてるだろうな。
あの頃は良かった、と。


でも、それでも、「今」を生きよう。
ちゃんと「今」を、最高にしよう。

娘たちにはこう言ってあげたい。
完璧にはほど遠いけど、それでも「今」が一番、最高の時代なんだよと。
そう言える時代でなければならない。
そう言い切れる自信がないからこそ、そうであってほしいと願う。


さあ、今を生きよう。楽しもう。
今日も子ども達と一緒に、笑い転げよう!
きっとそれが、「建国記念日」の正しい過ごし方だと思うから。