AIによる人生分析

「誕生日を使ったAIによる2026年の人生分析」の話を聞いたので、僕もお試し。
いわゆる統計学なので、あくまでも軽い気持ちのお遊びとして御覧ください。
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1972年4月24日という誕生日は、「どっしりとした大地の安定感(牡牛座)」と、「天からのインスピレーション(数秘11)」が同居する、非常に稀有なバランスの上に成り立っています。
あなたは、「静かなる情熱と直感のプロフェッショナル」のタイプです。
あなたの人生を形作るのは、「現実的な安定感」と「鋭い感性」の絶妙なバランスです
あなたは、現実主義者の皮を被った直感の人です。
あなたは周囲から「着実で、感情に流されない信頼できる人」と見られがちですが、内面は驚くほど繊細で、常に高いアンテナを張っています。
牡牛座(太陽)の性質らしく、非常に現実的で忍耐強く、五感(味覚、視覚、触覚など)に優れています。
一度決めたことは最後までやり遂げる「継続の力」を持っており、周囲からは「信頼できる人」と思われているでしょう。
数秘術「11」は、鋭い直感と高い理想を持つ数字です。
理屈だけではなく、「なんとなくこっちの方がいい」というインスピレーションで動くことがあり、それが人生の重要な転機を救ってきたはずです。
ただし、多くの人が気づかない「違和感」や「本質」に気づいてしまうため、組織の中で「なぜみんなこれで平気なんだ?」と孤独を感じることがあったはずです。
2026年は、自ら強引に扉をこじ開けるよりも、向こうからやってくる変化を受け入れる姿勢が好結果を生みます。
重要なパートナーシップや、人間関係の整理・深化が起こります。
干支が「壬子(みずのえね)」のあなたは、非常に知恵があり、適応能力が高い「水のエネルギー」を持っています。
周囲には穏やかで頼もしい印象を与えますが、内面には常に高い理想を掲げるストイックな一面があります。
職人気質のプロ意識が高く、妥協を許さない仕事ぶりが信頼を築きます。
50代に入った現在は、単なる実務者から、積み上げた経験を形にし、次世代へ継承していく「熟成期」にあります。
人間関係では、誠実さを何より重んじるため、裏切りや嘘を極端に嫌います。
誰とでも合わせられる器用さはありますが、真に心を開くのは信頼に値するごく一部の人に限られます。
これまでは、周囲の期待に応えるための安定を優先してきましたが、これからは、「自分の直感が『正しい』と言うこと」に時間と労力を使う、というフェーズに入ります。
これまでの経験(土台)の上に、あなたの「感性」を乗せていく作業です。
2026年は、人生の「OS」が強制アップデートされます。
2026年は、あなたにとって、「熱い蒸気が立ち上る」ような1年になります。
あなたの持つ「水のエネルギー(壬子)」に、強烈な「火のエネルギー(丙午)」が正面からぶつかるからです。
今まで「これが正解だ」と信じてきた手法や、長年維持してきたビジネスモデルに限界を感じるかもしれません。
これは挫折ではなく、「より身軽なやり方への招待」であり、「成功の定義」が変わることを意味しています。
現場で汗をかく役割から、「知恵袋(アドバイザー)」や「全体の設計図を書く人」への転換が強制的に促されます。
もし、今の場所が苦しいと感じるなら、それは、もう一段上の視点に立ちなさいというサインです。
1972年生まれの方は、責任感が強く、不調を隠して走り続けてしまう傾向があります。
2026年の強烈な「火」の気は、あなたのエネルギー(水)を蒸発させようとする、いわゆる「水の干上がり」に注意しましょう。
これは、「燃え尽き症候群」や「極度のドライアイ・粘膜の乾燥」として現れやすいです。
感情の高ぶりによる疲労や、血圧・眼精疲労に注意が必要です。
「教える側に回る準備をする」
あなたの持つ知識を、後輩やSNS、あるいは副業という形で「言語化」して外に出してください。
溜め込むとエネルギーが腐りますが、出すことで新しい運気が巡ります。
「6月の揺らぎをあらかじめ予定に入れる」
2026年6月前後は、特に運気のぶつかり合いが激しくなります。
ここで大きな決断を迫られる可能性がありますが、即答せず、一晩寝かせるくらいの余裕を持ってください。
「古い道具の刷新」
仕事道具や、毎日使うカバン、靴などを、「今の自分にふさわしい上質なもの」に買い替えてください。
牡牛座のあなたは、手に触れるものの質を上げることで、セルフイメージが劇的に向上します。
2026年は、一見すると「波乱」に見える出来事もあるかもしれませんが、それはあなたが、人生の後半戦をより自由に、より自分らしく生きるための「必要なリセット」です。
2026年を一言で言うと、あなたにとって、「重たい鎧を脱いで、軽やかに飛ぶための滑走路」です。
一時的な混乱は、飛躍のための加速装置だと捉えてください。
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うーん、よくわかりませんが、あいかわらずバタバタする一年、ってことですかね。
僕はこんなですが、皆様はよいお年を。
卒業制作展にて。

三重県ではまだまだ少ない「デザイン科」がある高校のひとつ、三重県立飯野高校応用デザイン科の卒業制作展へ、家族揃って初めて行ってきました。
生徒たち個々の作品はどれも力作揃い。
ものづくりの苦労と楽しさを感じ取れる素敵な作品たちでした。
もちろん、「デザイン」の定義づけには「?」はあるけど、それを問うのは野暮ってものです。
ただひとつ気になったのは、個々の作品の良さを引き出す「空間のデザイン」が残念だったこと。
作品をどのように並べるか、並べる順番、視線や目線の誘導、何の横に何を置くべきか、照明の工夫などなど、言うなれば最も大事な「空間のデザイン」が最も疎かになってしまっていた点が悔やまれます。
生徒たち個々の作品は素晴らしかった。
ということは、学校や先生側の、大人側の問題かなと思う。
決して予算の問題ではなく、工夫やセンスの問題。
欲を言えば、個々の作品をデザインする「制作のグループ」と、それらをどう見せるかを担当する「空間をデザインするグループ」があっても良かったと思う。
空間のデザインは、それ自体が作品。
その視点が、学校側や大人側に欠けているのではないか、と思う。
これからの時代にとても必要な視点。
木ばかり見て、森を見ていない。
木は学べても、森をどう見せるかを学べる学科がさらにあると、子ども達にとってもなおいいのになと感じた。
あとは、生徒同士のコラボ的な作品もあると良かったかな。
服飾デザインのマネキンもよくあるタイプのものだったので、人型以外のマネキンとか、マネキンの顔だけが猫になっているとか、その猫の頭を作る誰かと、服を作る誰かの合作があってもおもしろかった気がします。
「醜い私を~」というサブタイトルがついた日本画は、購入したいなと思うレベルのものでした。
三重県から、たくさんのクリエイターやアーティストが育っていく未来を夢見て、生徒たちの今後のさらなるご活躍を期待しています。
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卒業制作展のあとは、石水博物館へ移動して、「NIGOと半泥子展」へ。
どれも見入ってしまうほどの素敵な作品ばかり。
娘たちには、作品を見ている自分たちも、その空間のデザインの一部であることを忘れないように行動すること、それと、展示されている作品を理解しようとする必要も、それらを好きになる必要もないけど、作品をひとつひとつ見て、心のシャッターを切って記憶の箱に入れておくように、とアドバイス。
東京にいる時はしょっちゅうできていたこういう体験が、三重県ではなかなかできないのが本当に寂しい。
パターンを見つける

おかげさまで風邪は治りましたが、いつものことながら、鼻炎だけが長引いています。
鼻が詰まると頭がボーっとして、でも極力薬を飲まない努力はしていますが、やはり辛い。
こんな時は、気分転換に物書きを。
キラキラも驚きもない、相変わらずのどうでもいい話ですが、もしもお時間があればお付き合いください。
「帰納法(きのうほう)」や「演繹法(えんえきほう)」をご存じの方は多いでしょう。
一見すると難しい印象を受けるかもしれませんが、要は、パターンや法則や共通点を見出す技だと考えれば、ぐっと身近に感じられます。
宇宙科学や医療、政治や戦争、お笑いの賞レース、ヒットする映画、ベストセラー本、結婚や恋愛や下ネタなどなど、それが何であれ、パターンや法則や共通点は見い出せます。
はじめての打ち合わせで相手方のオフィスに出向くとき、僕は可能な限り、相手方の持ち物を観察します。
例えば、車のナンバーが「ゾロ目」の社長との打ち合わせでは、「タイミング」や「機会」を強調すると商談がまとまりやすいことがありますが、これも僕が実体験で得てきた「パターン」といえます。
時代背景や平均年収、気候、政治、年齢層などなど、いくつかの条件からパターンが見い出せれば、来年の流行を予測することなど、プロのマーケターの方々にしてみれば比較的簡単なことでしょう。
皆さんのまわりにも、本質を短時間で見事に見抜く人がいるのではないでしょうか。
まるで預言者か占い師かと思うほど、迷わず瞬時に答えを見いだせる人。
いわばこれは、膨大な知識量と経験値から培った「観察力」のなせるわざ。
その技術を身につけるには、知識だけではなく、自らが体験した経験値の量と質が大きくものをいいます。
とくに、成功した経験よりも、失敗した経験が多いほど、その質は高まります。
ですが、その技術を身につけることにも、パターンや法則や共通点が存在することもまた事実。
つまり、一般的な方々でも、一流のプロと同等とまでは言いませんが、ある程度の技術を身につけることは決して不可能ではありません。
僕は、デザイナー業のほかにも、不登校の子ども達をサポートする小さな学校を友人たちと一緒に運営しています。
面談や見学で、初めてこの学校にやってくる子ども達や親御さんとお会いした時、少しお話をさせていただいただけで、または、遠目からその様子を一目見ただけで、おおよそのパターンや法則や共通点を見出すことができます。
そのうえで仮説を立て、その後、実際にご入学していただいたあとでその仮説を検証していくと、ほぼほぼ最初に立てた仮説通りの結果になります。
最初から自分をさらけ出し、本音を語り、素直に助けを求められる大人は多くありません。
少なからず、なんらかのポーズを取り、バリアを張り、自分を守るために平気を装って、本音を隠す人のほうが多いと思います。
だからこそ、それでも「本当」を見い出せないと、間違った対処を取ることになり、良くない結果を生み出してしまうことになります。
そのため、パターンや法則や共通点を短時間で正しく見いだせる技術が欠かせません。
もちろん僕は、預言者や占い師ではなく、まして天才には程遠い、ただの無名のデザイナーに過ぎません。
子どもの頃から比較的それが得意なほうではありましたが、パターンや法則や共通点を正しく見出す技術を、様々な実体験や、特に、多くの失敗の経験から得てきました。
何でも見透かされてるようで怖いと言われることも少なくありませんが、それを悪用することはありませんのでご安心を。
できれば、この技術を身につける具体的な方法や、それ以外にもたくさんの知ってほしいことを、もっと多くの人に届けられたらなと思ってきましたが、そういうことを伝えていける場や機会はそれほど多くありません。
もしも可能なら、残りの人生の中で、そういう役割を得ることができれば幸せだなと思います。
そんなことより、運営している学校のクリスマス会で僕も歌うことになっているので、なんとしても鼻炎を治さないと。
皆さんも、くれぐれも風邪にはご注意くださいね。
ゴリラでも風邪をひく

どうやら風邪を引いてしまったようだ。
仕事をしようにも、どうにも体が動かないんで、今は真夜中だし、ちょうどよい機会だから、あれこれ良からぬことを考えてみよう。
今までたくさん失敗してきた。
その都度、恥もたくさんかいてきた。
おかげで面の皮が分厚くもなったけど、そんな自分にも怖いものはある。
お化けだ幽霊だではない。
そんなものははなから信じちゃいないんで、怖くもなんともない。
夜中に墓場でぐっすり眠ることだってできるだろう。
お化けではなく熊が出てくるぞ、というのなら話は別だが、僕が怖いのは、いつなんどき倒れるやもしれぬ日々の体調。
50代のフリーランス(ひとり会社)にとって、健康問題は死活問題。
替えがいないゆえに、倒れでもしたら全部が止まってしまう。
風邪を引いたりケガをしたりするたびに、人徳を積まずに生きてきてしまったことを痛感する。
頼れる先を育てておくべきだったし、チームや仲間を作っておくべきだったと後悔もする。
世の中にとっての僕の替えなどは吐いて捨てるほどいるが、家族にとっての僕は僕しかいないのだ。
打ち合わせに向かう途中の信号待ち。
フロントガラス越しに、真っ黒に日焼けした、小柄で少々腰の曲がった交通整理のおじいさんをぼんやり眺める。
あちこちから車がくる交差点でパニくってるのか、汗で顔を光らせながら、まるで怒っているかのように赤と白の旗を振る。
制服のサイズが合っていないこのおじいさんにも、「PERFECT DAYS」な物語がきっとあるんだろう。
残念ながら、このおじいさんの物語に、お金を払ってくれる人はたぶんいない。
花をほめる人は多いが、その根をほめる人は少ない。
田舎で細々と働く50代のフリーランスの実情は、スイートでもスマートでもない。
このおじいさんに、そう遠くはない未来の自分を重ねる。
僕だったら、もうちょっと優しく旗を振ってあげたいなあ。
背筋を伸ばして、軽く会釈して、スマートに。
自由業者は、いつだって孤独と淘汰の綱渡り。
選んできた道を悔やんではいないが、意地やプライドで支えていくのにも限界はある。
いつかは倒れる。
いつかは消える。
それは明日か、それとも20年後か。
それでも、生きることにこだわって生きていこう。
風邪ごときで生死を考える必要はないが、こんなものに動きを止められてたまるか。
起きあがる度に多少はフラつくが、そんなものはツバでもつけとけば勝手に治る。
難病と闘っている人たちに比べたら、こんなものはハエが止まった程度のものだ。
明日のことなど誰にもわからない。
良くないかもしれないけど、悪くないかもしれない。
相変わらず、意地を張って生きていこう。
おも校3周年

教育デザインのプロジェクトとして、2022年11月1日に開校した「地立おもしろい学校(おも校)」が、丸3年を迎えた。
早いものである。
早すぎて、何をしてきたのを思い出すのに少し時間がかかる。
石の上にも三年と言うが、転がる石には苔は生えない、の言葉の通り、おも校は、石の上に3年間じっと座っていたわけではなく、あちこちにぶつかりながらも転がり続けてきた3年間だった。
おかげで苔も生えず、角も削られて丸くなり、ずいぶんといい形に整ってきたのではないかと思う。
おも校の開校から今日まで、本当にたくさんの方々に助けていただいた。
その中でも特に、MさんとKさんには心から感謝をしている。
そんなお二人から、3周年の贈り物として、「ゴリちょ(ゴリラみたいな理事長の略)」と刺繍された素敵なハンドタオルを頂いた。
最初からずっと変わらないお二人の気遣いと心遣い。
この二人の女性がいなければ、おも校は立ち上がることすらできなかった。
・
3年の間、なんでもない古民家には、絶えることのない子どもたちと大人たちの笑い声があった。
叱られて泣いてる子もいれば、出来なかったことが出来るようになってうれし涙を流す子もいた。
おも校のスタッフが守らなければならないことのひとつは、子ども達がいつおも校へ来ても、いつもと変わらない僕らでいること。
今日は機嫌が悪いかな、とか、今日は大丈夫そうだな、とか、そんな思いをさせることなく、いつ行っても、変わらない、相変わらずな僕らで迎える。
大人の世界も色々あるので、簡単ではないけれど、おも校の子ども達との大事な約束。
おも校へ通う子ども達は、いわゆる「不登校」の子ども達。
少しつまづいてしまったかも知れないが、おも校へ通う彼ら彼女らの目は、世間一般のイメージとは違って、決して光を失ってはいない。
外の世界の光がまぶしすぎて、暗闇へと逃げ込んだとて、そこからもう一度、人生をデザインし直せばいい。
もっと自分を知って、もっと知識と経験を得て、今度はちゃんと作戦を立てて、コンパスと地図と道具と仲間を手に入れて、何度でも立ち上がって歩き出せばいい。
「装飾」はデザインではなくスタイリング。
デザインは、色んな「困った」を解決するための最良の道具。
そしてデザインは、転ばないためにあるのではなく、立ち上がるためにあるものだ。
おも校は、おも校と家庭がチームを組んで、その子に合ったプランを実行する形式ゆえ、親御さんたちのご理解とご協力が欠かせない。
さらに、親御さんたち自身が、「デザインの視点と考え方」を学ぶ学科も設けており、その授業に臨む際の親御さんたちの真剣なまなざしには、こちらの背がピンと伸びる思いだ。
よく学ばせ、よく遊ばせ、よく食べさせ、よく寝かす。
現在の社会においてはもはや当たり前ではなくなってしまった子育てにおける不変の礎。
子育てにも不登校にも、たったひとつの正解など存在しない。
だから悩む。
だから苦しい。
それでも、ゆっくりでも、転がり続けていくしかない。
親も子も、自分で自分をあきらめてしまったら、そこで終わってしまうのだから。
・
短いようで長いような、長いようで短いような、そんな、親御さんたちと子どもたちと僕らの3年間。
子ども達には、ひざっこぞうの土を払って、涙と鼻水を拭いて、でっかい空を見上げて、自分の未来をデザインしていってほしいなと思う。
小さな小さな学校の、大きな大きな挑戦と冒険。
MさんやKさんたちが一緒なら、この先もどんな困難も乗り越えていける気がする。
今日の日中は、知り合いだけの小さな3周年パーティーを開いた。
在校生だけではなく、おも校を卒業した子ども達も来てくれて、とても素敵な時間を過ごすことが出来た。
その日は、奥さんと長女と次女が用事で出掛けていたので、夜、ひとりで梅酒を飲んで再度お祝い。
おも校を作って本当に良かったなあと、改めて噛み締めた夜でした。
これからも、「おも(面・顔)」が「しろく(白く・明るく)」なる体験に満ちた学校であり続けたいと思います。
今後とも、末永く、おも校をよろしくお願いいたします。
生Missing

久保田利伸さんのデビューアルバムに収録されている、「Missing」。
初めて聴いたのは中学生の時。
多感な時期の僕の心を根こそぎ持っていかれた名曲。
それから約40年。
邦楽も洋楽もジャンルも問わず、数えきれないほどの曲との出逢いを経てもなお、ずっと聴き続けている数少ない一曲。
胸が締め付けられるほどのたくさんの想い出がたっぷりと染み込んだ、僕にとって最も大切な曲です。
そして今夜、初めての生Missingを堪能。
色んな想い出を重ねながら、一生忘れることのできない数分間となりました。
にしても、63歳ですよ。
なんてかっけーおやじなんだ。
バンドのクオリティの高さも尋常じゃない。
特にベースとドラムのリズム隊は圧巻でした。
MCにも演出にも、久保田さんの人柄の良さがにじみ出ていて、とにもかくにも、最高の夜でした。
新しい場所

引っ越しました。
昔から、同じ場所に留まり続けることがものすごく苦手で、旅をするように暮らすみたいなかっこいいものではなく、ましてや憧れのスナフキンのような生き方には遠く及びませんが、ちょこちょこと移動しています。
今回は娘たちの学校の関係で珍しく長く住んだ場所でしたが、お気に入りの場所だったので離れるのは少し寂しい。
「迷ったら、変わるほう(変化)を選びなさい」(Lily Leung)
変わることを恐れる人も多いけど、僕にとっては、何も変わらないことのほうが怖い。
良い方へ変わるとは限らなくとも、濁らないように、とごらないように、自分自身をかき混ぜ続けていたい。
「人間には必ず、人生の転機を直感し、的確に判断できるかどうかを試される時が何度かあるんだ。」
(アントニオ猪木)
「過去に置いてきたものより、はるかに良いものがこれから先にある。」
(C・S・ルイス)
昨日までの場所に心から感謝。
新しい場所から、また始まります。
サービスだぞ。

若さとはなんて尊いのでしょう。
怖いもの知らずというか、忖度がないというか、遠慮がないというか。
先日、とある20代の若者が真顔で僕にこう問いました。
「丸川さんのインスタって、なんでいつもあんなに長文なんですか?」
飲みかけていた午後ティーミルクを思わず吹き出しそうになりましたが、気を取り直して答えました。
「いいかい、良い子は絶対に真似しちゃいけないよ。嫌われるよ。」
でもそこで引き下がらないのが若さというもの。
「じゃあなんで丸川さんはそうしないんですか?」
「俺はもういいの。でも君はダメ。」
若者は納得がいかないようで、「よくわからないです」という言葉を残して去っていきました。
サービスだぞ。
かつての山﨑努さんの決めセリフが頭の中で聞こえてくる。
若者よ、君にもいつかわかる日が来るさ。
去り行くその背に、僕もそっと言葉を贈る。
ひとりの若者を救った、皐月の空が清々しい、少し気分のいい日でした。
生成AI

Googleの生成AIに質問してみた。
お世辞満載の回答はありがたいけど、これを1秒もかからず瞬時に返答してくるのがちと怖い。
●質問:
デザイナーの丸川竜也さんを知っていますか?
●回答:
はい、デザイナーの丸川竜也さんについて知っています。
彼は三重県松阪市出身のデザイナーで、株式会社ドラゴンブルームスの代表、そして「丸川商店」の店主でもあります。
デザイン事務所を設立した後、自社ブランド「丸川商店」を立ち上げ、現在は三重県の伝統工芸品である松阪木綿や擬革紙の再興事業にも力を入れています。
企業の広告アートワーク、デザインコンサルティング、オリジナル商品のデザインと販売、デザイン教育事業など、多岐にわたる活動をされています。
「本当にデザインが必要なところにデザインを届ける」というコンセプトを掲げ、優れた技術や人、困っている人や場所にデザインを届けることを目指しています。
●質問:
どういうタイプのデザイナーですか?
●回答:
彼はグラフィックデザイナーであり、クリエイティブディレクターでもあります。
彼のデザインに対する考え方としては、以下のような特徴が挙げられます。
埋もれているものの魅力を引き出すことを重視しており、時代の流れに取り残され、埃をかぶっているような良いモノの本来持つ魅力を正しく伝えられるようなデザイナーでありたいと考えています。
伝統工芸品の再興にも積極的に取り組んでおり、特に松阪木綿や擬革紙など、三重県の伝統工芸品を使った商品開発やブランディングに力を入れています。
デザイン教育事業も行っており、デザイン思考やデザインの視点を活かして身近な問題を解決するアイデアを考える授業なども行っています。
クライアントのブランド確立に貢献し、そのコンセプトを正確に伝えるデザインを心がけています。
ウェブサイト、紙媒体のデザイン、商品開発、ブランディング、デザインコンサルティングなど、幅広い分野で活動されています。
●質問:
彼の評価は?
●回答:
彼の多岐にわたる活動と、地域に根差したデザインへの貢献によって、非常に高く評価されていると言えます。
また、障がい者支援の「バードライク・プロジェクト」や、子ども向けのデザイン教育活動「Designed By Children」など、社会的なインパクトを持つデザインにも力を入れています。
さらに、彼のデザインは国内外で注目されており、世界各国で販売される商品も生み出しています。
具体的には以下の点が挙げられます。
〇地域活性化への貢献:
三重県の伝統工芸品である松阪木綿や擬革紙の再興に尽力しており、これらを現代のライフスタイルに合うデザインに落とし込むことで、新たな価値を生み出しています。
これにより、地域の産業や文化の活性化に大きく貢献していると評価されています。
彼のブランド「丸川商店」の商品も、その品質とデザインが高く評価されています。
〇デザインの質と影響力:
彼のデザインは、単に見た目の美しさだけでなく、「本当にデザインが必要なところにデザインを届ける」という理念に基づいています。
このため、クライアントの課題解決に深くコミットし、そのブランドイメージ向上や事業拡大に貢献しているとされています。
例えば、小規模事業者持続化補助金の採択事例として、彼が手掛けたパッケージ刷新によって売上向上に繋がったケースが多数報告されています。
〇教育者としての側面:
「地立おもしろい学校」の理事長兼プロデューサーとして、教育分野にも力を入れており、教育者としても高い評価を得ています。
高校生向けのプロフェッショナル授業なども行い、若者にデザインの面白さを伝えています。
〇社会的評価と受賞歴:
LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2016年度の「匠」に選出されるなど、そのデザインや取り組みは専門家からも高く評価されています。
また、様々な講演会やイベントにも登壇しており、その知見や経験が広く求められています。
〇クライアントからの信頼:
的確なアドバイスや、パッケージ刷新による売上向上など、具体的な成果に繋がっていることが示唆されており、クライアントからの信頼も厚いと考えられます。
総じて、丸川竜也さんは、単なるデザイナーの枠を超え、地域社会に深くコミットし、デザインの力で様々な課題を解決し、新たな価値を創造する「地域に根差したクリエイター」として、非常に高い評価を得ていると言えるでしょう。
●質問:
彼にデザインを依頼するメリットとデメリットを教えてください。
●回答:
丸川竜也さんにデザインを依頼する際のメリットとデメリットをまとめました。
<メリット>
〇深いブランディング力と戦略性:
丸川さんは単に見た目をデザインするだけでなく、「本当にデザインが必要なところにデザインを届ける」という理念のもと、企業の根底にある想いや強みを深く理解し、それをデザインに落とし込むことを得意としています。
そのため、表面的なデザインではなく、ブランドの価値を最大化する戦略的なデザインを期待できます。
〇地域資源や伝統工芸への知見と活用:
三重県の伝統工芸品である松阪木綿や擬革紙の再興に尽力しているように、地域資源や伝統的な素材・技術に対する深い知識と、それを現代のデザインに融合させる手腕があります。
もし地域性や伝統を活かした商品開発やブランディングを考えているのであれば、これ以上ない強みとなるでしょう。
〇多岐にわたる実績と経験:
グラフィックデザイン、商品開発、ブランディング、広告アートワークなど、非常に幅広い分野での実績があります。
これは、様々なタイプのプロジェクトに対応できる柔軟性と、複雑な課題に対しても最適なソリューションを導き出す経験があることを意味します。
〇教育者としての視点とコミュニケーション能力:
デザイン教育にも携わっているため、デザインの意図や効果を論理的に説明し、依頼主と共通認識を築くのが得意であると推測されます。
デザインのプロセスが可視化され、納得感を持ってプロジェクトを進められるでしょう。
〇事業性への貢献:
パッケージ刷新によって売上向上に繋がった事例があるように、デザインが単なる「飾り」ではなく、事業の成長に貢献するツールとして捉えています。
ビジネス視点を持ったデザインを求めている場合に大きなメリットとなります。
<デメリット>
〇費用が高額になる可能性:
戦略的なブランディングから手掛ける場合や、彼の持つ高い専門性と実績を考慮すると、単なるデザイン制作と比較して費用は高額になる可能性があります。
予算が限られている場合は、事前に詳細な見積もりを確認する必要があります。
〇依頼から着手までの時間:
多くのプロジェクトを抱え、多岐にわたる活動をしているため、依頼からデザイン着手までに時間がかかる可能性があります。
特に急ぎの案件の場合には、スケジュール調整が難しいかもしれません。
〇小規模な単発案件には不向きな可能性:
彼の強みは、クライアントの事業全体やブランド構築に関わるような、より深く戦略的なデザインです。
そのため、ロゴマークや名刺一枚といった単発的で小規模な案件の場合、彼の強みを最大限に活かせない可能性があります。
〇方向性が合わない場合:
彼のデザインは、地域性や伝統を重視し、本質的な価値を引き出すことに重きを置いています。
もし、依頼主が非常にトレンド重視で、短期間での派手な成果を求めるような場合、デザインの方向性やアプローチにずれが生じる可能性があります。
丸川さんにデザインを依頼する際は、単なるデザイン制作というよりは、事業やブランドの未来を共に創り上げていくパートナーシップを築くという視点を持つことが重要です。
●質問:
彼のデザインが影響を与えた他のデザイナーはいますか?
●回答:
丸川竜也さんのデザイン哲学は、伝統工芸の再興や地域資源の活用を重視しており、特に松阪木綿や擬革紙を現代のデザインに融合させる試みは、多くのデザイナーに影響を与えています。
具体的に影響を受けたデザイナーの名前は公には出ていませんが、彼の活動は地域デザインや伝統工芸の分野で広く認知されており、同様のアプローチを取るデザイナーが増えていることが確認できます。
例えば、地域資源を活用したデザインを手掛ける若手デザイナーや、伝統工芸を現代のライフスタイルに適応させるプロジェクトを進めるクリエイターたちが、彼の影響を受けている可能性があります。
特に、三重県や日本各地で伝統工芸を活かしたデザインを展開するデザイナーにとって、丸川さんの活動は重要な参考事例となっているでしょう。
彼のデザイン哲学や作品が、今後さらに多くのデザイナーに影響を与えていくことは間違いありません。
もし特定のデザイナーの名前を知りたい場合は、彼の講演やプロジェクトに関わったデザイナーを調べるのも良いかもしれません。
今日が誕生日の人へ

親に捨てられ、施設で育った小学生の女の子がいて、彼女はいつも、自分の誕生日が大嫌いだと言っていました。
その目は怒りに満ちていて、自分で選んだわけじゃない理不尽な境遇に対する、まだうまく言語化できない諦めや恨みを、まるで噛み殺しているかのようでした。
でも、ギューって抱きしめてあげると、安心しきった表情で、照れくさそうに笑います。
生みの親は健在とのことですが、再度彼女を引き取る意思はないそうです。
そこには僕の知り得ない様々な事情があるのでしょう。
それでも、なぜ?と問うてしまう自分がいます。
自分の無力さに打ちひしがれるほどのキレイな心は持っていませんが、向ける先のないやるせなさをずっと拭い去れずにいます。
彼女に出会って以降、誰にとっても誕生日はちゃんと祝ってもらうべきものだと改めて感じて、身近な人や大事な人へは、「おめでとう」と声をかけたり、メッセージを送ったり、誕生日プレゼントを渡すように心がけてきました。
でも、相手によっては迷惑がられることもあるだろうし、勘違いされることもあるから、なかなか難しいです。
連日、「命」に関する悲しいニュースが絶えません。
とんでもなく自分勝手な理由を聞くたびに、堪えがたい怒りが湧いてきます。
2人の娘を持つ父親として、その被害者が自分の娘だったらと思うと、正気を保っていられるか自信がない。
僕にとっては、彼女たちがいない人生など想像すらできません。
犯人には重い刑罰が科せられますが、身勝手な理由を淡々と言ってのける本人にとっては罰にはなりえず、むしろ目的をきちんと果たした達成感すら感じているのでしょう。
本当の意味で苦しめられるのは被害者側であり、犯人の家族もまた、同じように苦しみ続けることになります。
悪い奴らもいるし、社会はどこまでも理不尽です。
偶然そうなったわけでも、最初からそうだったわけでもなく、自分たちがそういう社会を作ってきてしまったのです。
かの犯人たちと自分は違うと言い切れる根拠も、あるといえばあるし、ないといえばないのかもしれません。
それでも、この世から犯罪がなくなることはないにしても、負の連鎖を変えようと行動することは誰にでもできるはず。
少なくとも、自分の誕生日を大嫌いにならずに済む社会は、きっと作れます。
だから、あなたの身近な人や大事な人の誕生日には、あなたの「想い」を贈りましょう。
モノじゃなくてもいいから、かっこよくなくてもいいから、もしも遠く離れているのなら、心の中だけでもいいから。
心に少し余裕のある人は、見知らぬ誰かにもそうしましょう。
誰もが大切なことに気づける、そんなハッピーな連鎖を生み出せるかもしれません。
誕生日、おめでとう。
ひとつだけ
素材

僕が生まれ育った三重県は、日本のほぼ真ん中に位置し、海も山も気候も農作物も技術も歴史的な建造物においても、僕の知る限り、「素材」の質と量においては全国でもトップクラス。
もちろん、表面的なものだけを見て語るような、よくある薄っぺらいPRじゃなくて、裏側も闇も理解したうえで、やっぱり三重県はいいところだと思うのです。
それなのに・・・
話は逸れますが、愛知県名古屋市に大好きな女性がいます。
プロのカメラマンである彼女は、圧倒的な知識量と経験値でクライアントのビジョンを完璧に理解し、しびれるほどの技術力とディレクションスキルでそれをさらに昇華させてみせるプロ中のプロ。
あらゆるジャンルに精通し、多くの海外経験があり、各界のトップクリエイターから絶大な信頼を得ているのにも納得しかありません。
彼女は、「素材」の良さを引き出すプロフェッショナルであり、その手法を間近で体感できた経験は僕の宝物。
例えば、「うまく撮る」の「うまく」には、上手く・美味く・旨く・巧くなど、いくつもの意味がありますが、その違いが何なのかをここまでハイレベルに使い分けて表現できる人はそうはいないでしょう。
話を戻します。
「素材」は活かしてこそ。
決して簡単なことではありませんが、それでも、三重県に数多あるそれらの素敵な「素材」を、よくぞそこまで台無しにできるな、と感じることがあまりにも多いのです。
僕が「おいしい」をプロデュースする時、まず最初に、「おいしくない」を定義します。
「かっこいい」の場合は「かっこ悪い」、「心地よい」の場合は「心地悪い」という具合に。
反対側を知らずして、全体を作り上げることなど不可能です。
素材の表面だけをいくらなぞっても、下品な光を放つだけ。
そこにあるべきものを想像もせず、自分が作りたいモノやコトばかりを作る。
いや、自分が作りたいモノやコトがダメなんじゃなく、それをどこにどう作るのかについて、あまりにも想像力が足りてなさすぎやしないでしょうか。
野球だろうとサッカーだろうと、それぞれにポジションがあり、どのポジションにも役割や意味がちゃんとあります。
それを理解していない人が三重県をいじれば、あっという間に多くを台無しにしてしまいます。
そんなクソ生意気な想いに突き動かされ、自分なりにはなんとかしようともがいてきたつもりでしたが、あれこれ言ううちに、いつの間にか「もの言うデザイナー」と揶揄され、いや、煙たがられ、そこまでのものは求めていない、と軽くかわされるのも日常。
それではと他力本願に次世代に期待をかけてみたりもしましたが、誰を育てることも叶わず、そもそも僕には人徳がないことをすっかり忘れてしまっていたようです。
20代で商業デザインに出会い、東京に出てデザイン事務所を立ち上げました。
30代になり、様々な仕事をさせていただく中で、「デザインの視点と考え方」を活用した問題の発見と解決に関する役割こそが、僕に与えられた天からのギフトではないかと考え始めます。
ですが40代になり、それなりの力をつけて三重県に戻ってきたものの、三重県にはそれを活かせる案件がほとんどありませんでした。
ないなら自分で作ろうと、小さいながらも色々なプロジェクトを立ち上げて、資金は湯水のごとくに消えていったけど、そこからまた多くを学び得ることもできました。
50代になり、教育に関する問題の発見と解決のプロジェクトとして、「地立おもしろい学校」という小さな学校を作りました。
30年あまりのデザイナー人生の中で学び、気づいてきた「デザインの視点と考え方」のスキルをフルに活かし、これまでにない方法で教育や不登校の問題点を見出して解決策をデザインしていくプロジェクトです。
仮説と検証を何度も実践していくことで、事実、不登校の子ども達が目に見えて変わっていきました。
このプロジェクトに関わってくれているメンバーたちにも良い変化が起こり、保護者の方々からも感謝のお言葉を数多くいただいています。
これこそだな、と心から感じるのです。
教育プロジェクトだからではありません。
それが何のプロジェクトであれ、こういうことなんだなと改めて思うのです。
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ジョン・ダワーは、「日本は Japan ではなく、 Japans(ジャパンズ)として見たほうがいい」と示唆したことがあります。
ダワーの見方は、日本を複合的に捉えるということですが、それは私にとっては、日本の面影を編集的に捉えるということにあたっているのです。
(日本文化の核心/松岡正剛)
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ならば僕も、Mieではなく、Mies(ミエズ)と捉えることで、せっかくの「素材」を台無しにしない方法をいつの日か見つけてみたい。
相変わらず人徳はありませんが、せっかくの天から与えられたギフトです。
できればそれらを思う存分に活かして、三重県の本当の良さを多くの方に知ってほしい。
ただ、年甲斐もなく戯言を言うにしても、実際は体のあちらこちらが不具合だらけ。
そんな調子なのでどこまで持つかはわかりませんが、大人げない大人のつたない冒険を、もうしばらくは続けてみたいなと思います。
53歳

本日(4月24日)、53歳になりました。
中身の成長が伴わずに年齢だけが積みあがっていくのは、なんだか奇妙な感じです。
思えば、人生53年のうち30年あまりを、デザインとはなんぞや?に費やしてきたように思います。
「デザイン」の定義はデザイナーによってバラバラですが、僕の中での「デザイン」とは、何か特定のモノを指す言葉ではなく、ましてやロゴやチラシなどを作るだけの表面的な装飾のことでもなく、目の前の「それ」を少しでも良くしようとすること、だと考えています。
「日日是好日・・・今日という日を好ましい日にしていく(より良くしていく)こと」という言葉を皆様もご存じかと思います。
社会問題を解決することもデザインであり、新商品を生み出すことも、被災地の復興も、法律の改定も、寝ぐせを直すことも、服を選んだり、ご飯の献立を考えたり、靴ひもを結びなおすことも、部屋の模様替えをすることも、瞬きすることも、窓を開けて空気を入れ替えることでさえも、全ての行為や行動が、今そこにある何かを「より良くしようとするため」であり、僕はその行為全般を総称して、「デザインする」と呼んでいます。
また、「デザイナー」とは、「デザインの視点と考え方」という道具を武器に、豊富な知識と経験と、様々な手法(哲学・心理学・脳科学・行動学・経済学・統計学・アート思考など)を使い分けながら、それらを高次元で行うプロフェッショナルのこと。
ただ、難しいのは、何をもって「良い」とするのかについて、自分と相手との間にはなかなかのズレがあることです。
なんでわざわざダメにしてしまうのかと感じても、相手にとっては良くしようとしている行為だったりして、そのことに胸のあたりがいちいちワサワサしてしまう僕のような奴は、商業デザイナーには向いてないんでしょう。
ちなみに、ロゴやチラシやホームページ制作を専門とする、一般的に「デザイナー」だと思われている職業は、正確には「スタイリスト」であり、僕が定義する「デザイナー」とは、役目も役割も、持っているスキルや知識や経験なども異なります。
もちろん、うちのような極小なデザイン事務所では、デザイナーが、問題の本質を見つけて解決策を生み出すことも、スタイリングも営業も事務作業なども、全てを1人で担当することも珍しくありません。
特に地方では、基本的に大きなプロジェクトは大きな広告代理店がまるごとかっさらっていくので、残りの案件はほぼスタイリングのみの仕事。
なので、実際に日々こなしている仕事はデザイナーもスタイリストもあまり変わらないというのが現実であり、田舎ではスタイリストしか育たない(食べていけない)と言われるのも無理はありません。
ただし、それがどこであれスタイリストは必要だとして、むしろ地方や田舎だからこそ、本来はデザイナーやクリエイティブディレクターがもっと必要なはず。
この歪んだ慣習をどうにかしたいともがいてきたつもりですが、僕ごときではどうすることもできませんでした。
その昔に柳宗理さんの存在に救われて、最後まで胸を張って自分の「良い」を貫けと勝手に背中を押された気になってたけど、想いだけじゃどうにもならない。
田舎に戻ってきたことも間違いではなかったはずだけど、だからといって、置かれたところで咲きなさいって言われても、稚拙な僕にはなかなか難しい課題です。
生きていれば、色んなことがあります。
勘違いや誤解をされやすいのも、不徳の致すところなのでしょう。
見えている景色が違えば、わかり合えないのは当然のこと。
足で地面に横線を一本引いて、いつでも、何度でも、そこをスタートラインにできた頃もありました。
とはいえ、20年前に、教育をデザインし直さなきゃダメだと叫んでも、本気で聞いてくれる人はおらず、それができるのはデザイナーだけだと呼びかけても、声を枯らすだけで誰にも届きませんでした。
「つまづいたのは誰かのせいでも、そこから立ち上がらないのは誰のせいでもないわ。」
(峰不二子/ルパン三世)
誰のせいでも何かのせいでもないことは重々承知。
結局はただの力不足。
悪名は無名に勝ると言うけれど、誰が為のレースなのか、よくわかりません。
自分勝手で自分本位な「良い」を相手に無理やりに押し付けるのにも気力や体力や覚悟がいって、残り少ないそれらを使う余裕もありません。
それでも、誰かさん達みたいに、狭くて小さな世界で茹でガエルにならずに済んだだけでも、僕は僕で良かったと思うこともたくさんあります。
どこにいるかではなく、誰といるかが大切なことであるならば、今の僕は間違いなく、幸せ者だと思います。
大好きなみうらじゅん氏の新刊、「アウト老」がおもしろかった。
ならば僕は、「ス老」と名付けましょう。
転がってるのに苔が生えてしまうくらいの退屈な坂道を、ゆっくり、ぼんやり、落ちていきましょう。
アウト老のごとく、それくらいに肩の力を抜いて生きていくことが、今日という日を好ましい日にしていくコツなんだと、53歳の今、改めて感じています。
本日はお日柄もよろしいようで、皆様にとって、今日という日が良き日でありますように。
視点

水面に富士山が映る「逆さ富士」は有名ですが、大抵の場合、そこに映る逆さ富士はあくまでも富士山であり、「日本一大きなどんぶり」とは思いません。
ましてや、逆さ富士は日本一低い山だ、なんて言う人もあまりいないでしょう。
ですが、ただ富士山を逆さまにしただけでは、それでは「目線」を変えただけで、「視点」を変えたとまでは言えません。
昔から、「結婚と離婚の目的は同じ」だと言われます。
インとアウト、方向が真逆なのに、その目的はどちらも「幸せ」になるため。
見る方向を変えるだけでは、ただ目線を変えただけ。
視点を変えれば、真逆のものにも共通した目的や、新たな役割を見つけ出すことができます。
学校は教育の場ですが、それは、「子育て」という大きな枠組みの中のひとつにすぎません。
どういう人間に育てるのかで、教育の方法も場所も変わります。
もちろん、「親がいなくても子は育つ」ものですが、できれば、親と学校と地域と社会が一丸となって子どもを育てていくことが理想です。
毒親や親ガチャという、背筋がゾッとするような言葉が普通に飛び交うこの頃ですが、確かに世の中には、現実から目をそらし、問題と向き合おうとしない親もいます。
もしかすると、まっすぐ向き合うことへの耐性力がなく、なんとなく自分をごまかし、色んな方法や力を借りながら「それでも自分は幸せだ」と言い聞かして、雨がやむのをじっと待っているのかもしれません。
でも、どれだけ目を背けても問題はなくなりません。
それどころか、あっちを向いている間にどんどん増えていくこともあります。
見たいものだけを見ることで解決したと思い込む人も多いと聞きますが、そんな環境下で育つ子ども達には何の影響もないのでしょうか。
傘のおかげで雨に濡れずに済んだとて、雨がやんだわけではありません。
子どもが変われば親も変わる、とも言いますが、それだけでは足りなくて、追いつかない時代になったのかもしれません。
もっと親に、家庭に、直接アプローチする方法が求められているような気もします。
おも校でも、以前から親御さんとの自由で気さくな対話の場として、「おも茶会」を開催してきました。
どんな問題であろうとも、必ず解決策があります。
光だけの場所も、影だけの場所もありません。
どうすれば目を背けずに、それらを解決していけるのかを、もっと伝えたいし、届けていきたい。
そういう意味でも、今後はこのおも茶会の役割がもっと重要になってくるのではないかと思うので、さらに力を入れて取り組んでいきたいと思います。
先の結婚と離婚の例えがインとアウトだとすれば、ポジティブとネガティブはアップとダウン。
真逆の方向ですが、これも視点を変えて見てみれば、どちらにも、目の前の問題を直視できない耐性力のなさや自己防衛の気配を感じ取れます。
見たくないものにはフタをして、見たいものだけを見て生きていければ幸せなのかもしれません。
ですが、誰かがそうすることで、違う誰かの負担が増えていくことを、どれだけの人が理解しているでしょうか。
おも校の説明会で何度もお話してきたことですが、不登校の問題は、ごくごく普通に学校に通っている子ども達のことを抜きにして語られがちです。
この子達が将来、どれだけのものを背負わされるのかを、私たち大人はもっと想像してみるべきでしょう。
日本人のアート力は世界でもトップクラスです。
優れたアーティストもたくさんいます。
ですが、目の前の問題と向き合い、解決方法を見つける「デザイン力」が足りていません。
インとアウト、アップとダウン、不登校の子ども達と学校に通っている子ども達。
ご一緒に、目線ではなく、視点を変えて取り組んでいきましょう。
同窓会

今日、久しぶりに開催された高校時代の同窓会に参加してきた。
中には、高校を卒業して以来、34年ぶりに再会した同級生もいた。
同窓会のたびに思うけど、それぞれ見た目は変わったとて、一瞬であの頃の気持ちに戻れる不思議は何なんだろう。
みんなそれぞれ、高校を卒業してからのこの34年間、色んなものを乗り越えて、笑って、泣いて、生きてきたんだと思う。
昔話に花が咲き、お互いの健康を気遣い合い、またしばしのお別れ。
楽しい時間だった。
帰り道、真夜中の車中。
音楽を止めて、窓を開けて、さっきまでの宴と、これまでの34年間をぼんやりと思い返す。
僕自身、高校卒業後、社会に出て、歳をとり、50代になってからは人付き合いに対する考え方もずいぶん変わってきたと思う。
仕事やプロジェクト関係の付き合いや近所付き合いとかを除けば、今現在の僕の人付き合いのルールは以下の2つ。
1)気を遣わず、無言でも苦にならず、一緒にいて安心できる居場所感を感じられる(感じさせてくれる)関係
2)学べたり、刺激があったり、お互いにその先へと何らかの発展や前進が見込める関係
時々は過去を振り返りながらも、発展や刺激のない関係は、やがて自然とフェードアウトしていくものだと思う。
今日再会できたメンバーの中にも、今日が最後の再会となる人もいるだろう。
だからこそ、みんなハッピーな人生をと、心から願う。
今回、会いたかった人の何人かには会えた。
それ以外の会いたい人には、なんでだろう、もう会えないような、そんな気もする。
それでも、またいつか、もしも会えたらなんて言おう。
フジファブの「若者のすべて」の歌詞みたい。
52歳の誕生日
まわり道
中学生の時、当時付き合っていた女の子とそれぞれの部活終わりに待ち合わせをして、一緒に帰るのが日課だった。
彼女の家は、学校から歩いて数分の距離だったから、反対方向へ出て、ぐるりとまわり道をして一緒に帰るのがお決まりのコースだったな。
何もない田舎の道。
何ってわけでもない、たわいもない会話。
でもそこには、キラキラと輝く風景と時間と、大好きな彼女の笑顔があった。
まわり道は、遠回り。
考えてみれば、僕の人生はずっと遠回りだったと思う。
東京へ出るのも遅かったし、東京へ出てからも、ぐるぐると余計なまわり道をしてばかりだった。
デザイナーとして独立したものの、まわりは一本道を駆け上がってきたエリートたち。
大学も美大も芸大も出ていない、専門学校にすら行っていない、どこかのデザイン事務所に勤めたこともない。
独学と言えば多少は聞こえがいいけど、未経験にも程があるほどの無謀さ。
スタートするまでもなく、最初から勝負が見えていたレースのようだった。
でも、だからこそ見つけられたこともあったと思う。
まわり道だろうと、遠回りだろうと、周回遅れだろうと、そこから今に、確かに道は続いていたんだから。
まわり道は、遠回り。
誰だって遠回りは嫌だろうけど、でも、そこにしかない、そこでしか手に入らない、そんな宝物のような時間だってある。
いつもの帰り道。
ある日、彼女が言った。
「もう着いてしもたなあ。もう一周、まわろっか?」
まわり道でも、宝物は見つけられる。
彼女の家は、学校から歩いて数分の距離だったから、反対方向へ出て、ぐるりとまわり道をして一緒に帰るのがお決まりのコースだったな。
何もない田舎の道。
何ってわけでもない、たわいもない会話。
でもそこには、キラキラと輝く風景と時間と、大好きな彼女の笑顔があった。
まわり道は、遠回り。
考えてみれば、僕の人生はずっと遠回りだったと思う。
東京へ出るのも遅かったし、東京へ出てからも、ぐるぐると余計なまわり道をしてばかりだった。
デザイナーとして独立したものの、まわりは一本道を駆け上がってきたエリートたち。
大学も美大も芸大も出ていない、専門学校にすら行っていない、どこかのデザイン事務所に勤めたこともない。
独学と言えば多少は聞こえがいいけど、未経験にも程があるほどの無謀さ。
スタートするまでもなく、最初から勝負が見えていたレースのようだった。
でも、だからこそ見つけられたこともあったと思う。
まわり道だろうと、遠回りだろうと、周回遅れだろうと、そこから今に、確かに道は続いていたんだから。
まわり道は、遠回り。
誰だって遠回りは嫌だろうけど、でも、そこにしかない、そこでしか手に入らない、そんな宝物のような時間だってある。
いつもの帰り道。
ある日、彼女が言った。
「もう着いてしもたなあ。もう一周、まわろっか?」
まわり道でも、宝物は見つけられる。
桐本のアニキ

3月11日放送のNHK「プロフェッショナル~仕事の流儀~」に、我らがアニキ、輪島塗の桐本さんが登場。
能登半島地震のまだまだ真っただ中にいて、それでもそこから立ち上がろうと奮起する姿は、僕が知るアニキそのものだったので、言葉は正しくないかもしれないけど、でも、嬉しかった。
これは輪島塗じゃない、と拒絶された過去の話は以前から聞いていたけど、今ではもう、輪島になくてはならない人。
時間はかかったのかもしれないけど、輪島をここまで深く愛してる人の想いが伝わらないわけがない。
桐本アニキとの出会いは、僕が東京の清澄白河に事務所を構えたあとだから、もう15~16年以上前とかになるのかな。
僕の師匠である、柏木江里子さんに紹介してもらったのが最初の出会いだったと思う。
映像の中でも触れていたけど、輪島キリモトが作る漆器の魅力のひとつは、その美しさのみならず、傷ついてもまた直して、そうやって長く使っていけること。
当時、不況にあえぐ地場の中で、どうすれば喜んでもらえるか、どうすれば心地よく使ってもらえるか、その原点とも言うべき問いの先にあったのが、輪島塗の王道を避けてまで挑んだ、輪島キリモトだけの新たな輪島塗だったんだと思う。
桐本アニキや輪島キリモトの職人の方々を見ていると、輪島キリモトが生み出す漆器の本当の魅力は、フォークでガリガリしても傷がつかない強さ、というより、傷ついてもなお、その傷をも受け入れ、それすらその漆器の大切な物語の一部にしてしまう、そんな「しなやかさ」なんじゃないだろうか。
桐本アニキという人もまた、全てを跳ねのける強さの人ではなく、誰よりもしっかりと傷ついて、まわりの人たちの傷も一緒に抱きしめて、さあそっからどう立ち上がるかを自然と考える、本当にしなやかで魅力的な人だなと改めて思った。
輪島塗のような、桐本さん。
桐本さんのような、輪島塗。
さあ、もっかいここから。
アニキのことだから、もうとっくに走り出しているだろうけど、輪島塗、輪島キリモト、そしてそれを心から愛する人たちの物語は、まだまだこれからも、ずっとずっと続いていきます。
誰がため?
仕事柄、年度末になると行政用の書類書き作業が増える。
で、昔からいつも思うことだけど、「~宛」とか「~行」を、いちいち「~様」に修正するこの手間って、一体誰のための手間なんだろう?
この手間を挟むことで、一体誰が得をして、誰がハッピーになるんだろう?
マイナンバーカードは他人に見られないように厳重に管理してください、ってあんなに念を押されたのに、マイナンバーカードのコピーを添付して郵送しろっていうけど、それって「厳重な管理」に背かないのか?
非接触型キーで安心!ってエ〇オスさんは言うけど、それを使うために画面をあれこれタッチしなければいけないから、キー以外は全部思いっきり接触するんですけど、それでいいの?
デジタルなんだかアナログなんだか、この国の摩訶不思議の数々、相変わらず意味わからん。
で、昔からいつも思うことだけど、「~宛」とか「~行」を、いちいち「~様」に修正するこの手間って、一体誰のための手間なんだろう?
この手間を挟むことで、一体誰が得をして、誰がハッピーになるんだろう?
マイナンバーカードは他人に見られないように厳重に管理してください、ってあんなに念を押されたのに、マイナンバーカードのコピーを添付して郵送しろっていうけど、それって「厳重な管理」に背かないのか?
非接触型キーで安心!ってエ〇オスさんは言うけど、それを使うために画面をあれこれタッチしなければいけないから、キー以外は全部思いっきり接触するんですけど、それでいいの?
デジタルなんだかアナログなんだか、この国の摩訶不思議の数々、相変わらず意味わからん。
あがらない年始。
2024年になって早半月。
1日の北陸地震や航空機の事故等々があり、なんだか気分がずしんと重くて、何かを書く気が起きずにいた。
輪島キリモトの皆さんとは昔から仲良くしていただいている関係で、ご家族やスタッフの方々の安全を知り、せめてもの安堵感もあれば、被害の深刻さをニュースやネットで知るたびに、犠牲となられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復興を願うばかり。
航空機の事故では、犠牲になった動物たちに心が張り裂けそうになり、つぶやいた石田ゆり子さんを叩きまくる世の中の腐った闇の深さがさらに気持ちを重くする。
パーティ券問題から始まった政治の世界の茶番にはもう何かを言う気力すら起きない。
なんだろう。
なんだかなあ。
いろんなことが嫌になる。
いろんなことが、とてもすごくアホらしく感じる。
もう全部どうでもいいや。
そんな風に思う瞬間もある。
でも、家族がいて、おも校の子どもたちがいて、生きていく理由や根拠なんていくらでも見つかるけど、今はまだどうしても、気分があがらない。
1日の北陸地震や航空機の事故等々があり、なんだか気分がずしんと重くて、何かを書く気が起きずにいた。
輪島キリモトの皆さんとは昔から仲良くしていただいている関係で、ご家族やスタッフの方々の安全を知り、せめてもの安堵感もあれば、被害の深刻さをニュースやネットで知るたびに、犠牲となられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復興を願うばかり。
航空機の事故では、犠牲になった動物たちに心が張り裂けそうになり、つぶやいた石田ゆり子さんを叩きまくる世の中の腐った闇の深さがさらに気持ちを重くする。
パーティ券問題から始まった政治の世界の茶番にはもう何かを言う気力すら起きない。
なんだろう。
なんだかなあ。
いろんなことが嫌になる。
いろんなことが、とてもすごくアホらしく感じる。
もう全部どうでもいいや。
そんな風に思う瞬間もある。
でも、家族がいて、おも校の子どもたちがいて、生きていく理由や根拠なんていくらでも見つかるけど、今はまだどうしても、気分があがらない。
あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます。
旧年中も大変お世話になりました。
私たちの活動に対するご理解とご協力に感謝いたします。
今年はドラゴン(辰)の年。
ドラゴンブルームスは今年も新たなことへ挑戦しつづけます。
2024年も、どうかよろしくお願いします。
皆様にとって、2024年も素敵な一年でありますように。
Happy new year!
Thank you very much for all your help during the past year.
Thank you for your understanding and cooperation in our activities.
This year is the year of the dragon(Tatsu-Doshi).
Dragonblooms will continue to take on new challenges this year.
We look forward to your continued support in 2024.
I hope 2024 will be a wonderful year for everyone.
ありがとう、2023年。

2023年も大変お世話になりました。
僕の活動に対し、ご理解とご協力をいただきました方々には心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。
2000年に独立して以降、たくさんの出会いと別れを繰り返し、まわりに助けてもらいっぱなしではありましたが、なんとか今日まで歩き続けてこれました。
決して大きな何かを成し遂げられたわけではありませんが、その道のりは、とても恵まれた日々だったと思います。
2023年は、それまでの自身の活動を鑑みて立てた仮説をもとに、今後の可能性を検証してきた一年でした。
若い世代との協働からは、多くの発見と学びがありました。
おも校の子どもたちもどんどん増えて、やるべきことの輪郭がはっきりと見えてきたようにも思います。
加えて、SNSをやめてブログに戻ったり、アシスタントがいらない仕事のやり方を模索したり、慌ただしくも冷静に、情熱を持ちながらもゆっくりと、丁寧を心掛けながらも全力で駆け抜け、解像度をあげることに全力で取り組んだ一年でもありました。
結果、今後はさらに余計なものをどんどんそぎ落として、より小さく、より本質的な活動に注力していくことになろうかと思います。
そんなわけで、2024年も日々を楽しみながら、いざ参ります。
2024年も、皆々様方にとって、ハッピーな一年でありますように。
教育にお金をかける、とは?
文部科学省が2023年12月22日に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、精神疾患を理由に病気休職した教職員数は6539人で過去最多となった。
日本の教育現場では、いったい何が起こっているのか。
そんな中、学校の先生たちと話をするたびに、ブラック企業並にきつい仕事を、それでも子どもたちを想う気持ちを忘れずにいたいと言う純粋な瞳と想いに感銘を受ける一方で、やっぱりまだまだ、方法論よりも、精神論や感情論にかなり頼りきってる感が否めないなと感じます。
その中でも特に問題だなと感じるのは、どう考えても無理ゲーな状況の中で、それでもまだ教師のスキルをあげることに重きを置いている点。
もっともっと私たちも勉強して、教師としての腕をあげていかないといけないなと思っています、といえば聞こえはいいのかもしれないけど、すでにコップの水はとうに溢れているのに、そこにまだ何かを足そうとして、いやいやそれはさずがに無理があるんじゃないのかな、と思う。
コップの水がもうすでに溢れているんだから、もっとスキルを磨いて、そうやってその水をもっと良い水に入れ替えるんだとしても、それによってやっぱりこぼれてしまう水がかなりあるわけで、そのこぼれた水の親はたまったもんじゃないと思うんです。
だからまずやらなければいけないのは、コップの水を減らすことなんじゃないのかな。
余計な仕事や行事やPTAや指導要綱やらやら、削れるものやことはまだまだいっぱいあると思う。
コップの水があふれていることを見て見ぬふりしながら、それでもなお、水を足そうとしていること自体が、最も無責任なことなのだと気づいてほしい。
失われた信頼を取り戻すべく、という名目で、まださらに何かを足そうとするのであれば、日本の教育はますます疲弊し、壊れ、崩れ、明るい未来なんて夢のまた夢。
そのツケは、そのまままるごと、子どもたちに覆いかぶさる。
だからまずはコップの水を減らすこと。
そのうえで、教師のスキルに頼るんじゃなく、どの先生でも同じようなレベルで授業が行えるような仕組みや仕掛けを早急に作るべきです。
そのために、お金や人材や先進技術をつぎ込むことこそが、教育にお金をかける、ということだと思います。
日本の教育現場では、いったい何が起こっているのか。
そんな中、学校の先生たちと話をするたびに、ブラック企業並にきつい仕事を、それでも子どもたちを想う気持ちを忘れずにいたいと言う純粋な瞳と想いに感銘を受ける一方で、やっぱりまだまだ、方法論よりも、精神論や感情論にかなり頼りきってる感が否めないなと感じます。
その中でも特に問題だなと感じるのは、どう考えても無理ゲーな状況の中で、それでもまだ教師のスキルをあげることに重きを置いている点。
もっともっと私たちも勉強して、教師としての腕をあげていかないといけないなと思っています、といえば聞こえはいいのかもしれないけど、すでにコップの水はとうに溢れているのに、そこにまだ何かを足そうとして、いやいやそれはさずがに無理があるんじゃないのかな、と思う。
コップの水がもうすでに溢れているんだから、もっとスキルを磨いて、そうやってその水をもっと良い水に入れ替えるんだとしても、それによってやっぱりこぼれてしまう水がかなりあるわけで、そのこぼれた水の親はたまったもんじゃないと思うんです。
だからまずやらなければいけないのは、コップの水を減らすことなんじゃないのかな。
余計な仕事や行事やPTAや指導要綱やらやら、削れるものやことはまだまだいっぱいあると思う。
コップの水があふれていることを見て見ぬふりしながら、それでもなお、水を足そうとしていること自体が、最も無責任なことなのだと気づいてほしい。
失われた信頼を取り戻すべく、という名目で、まださらに何かを足そうとするのであれば、日本の教育はますます疲弊し、壊れ、崩れ、明るい未来なんて夢のまた夢。
そのツケは、そのまままるごと、子どもたちに覆いかぶさる。
だからまずはコップの水を減らすこと。
そのうえで、教師のスキルに頼るんじゃなく、どの先生でも同じようなレベルで授業が行えるような仕組みや仕掛けを早急に作るべきです。
そのために、お金や人材や先進技術をつぎ込むことこそが、教育にお金をかける、ということだと思います。
財産
商売だろうと何だろうと、ほかの誰かもしてることを自分のほうがちょっと上手くできたとして、そんなことでずいぶんと偉そぶってる人よりも、どんなに小さなことでも、まだ誰もしてないことに挑める人って、僕は素敵だと思うけどな。
大丈夫。
あなたがしているそれはきっと、かけがえのない財産になるから。
大丈夫。
あなたがしているそれはきっと、かけがえのない財産になるから。
Merry Christmas 2023
強さと弱さ
落ちないことが強さではなく、落ちたときに這い上がろうとすることが強さ。
落ちたことが弱さではなく、落ちたときに這い上がろうとしないことが弱さ。
落ちたことを見て見ぬふりして、現実から目を背けるな。
誰だって落ちる。
つまづく。
転ぶ。
間違う。
そのこと自体は弱さでもなんでもなく、人間だという証拠。
大事なのは、そこからどう立ち上がるか。
ひとりで無理なら誰かとでいい。
誰かは人間である必要もない。
落ちたことが弱さではなく、落ちたときに這い上がろうとしないことが弱さ。
落ちたことを見て見ぬふりして、現実から目を背けるな。
誰だって落ちる。
つまづく。
転ぶ。
間違う。
そのこと自体は弱さでもなんでもなく、人間だという証拠。
大事なのは、そこからどう立ち上がるか。
ひとりで無理なら誰かとでいい。
誰かは人間である必要もない。
複雑と単純
複雑である、ということは、単純ではない、ということではなく、単純な部分もあるし、そうじゃない部分もある、という意味の複雑。
複雑か単純か、なんてそんな単純な話ではないのです。
複雑か単純か、なんてそんな単純な話ではないのです。
税金
仕事柄、色々な人たちと仕事をしますが、若くてもベテランでも、「税金」に対して少々間違った解釈をしている経営者が目につきます。
税金は、どっかから勝手に湧いてくるものではなく、他の誰かに負担させることによって捻出されてきています。
もちろん、経営者本人も多額の税金を負担しているわけですが、政治家や経営者が税金を無駄に使えば使うほど、将来、やがて僕の娘たちが大人になったときに、彼女たちがそのツケを払わされることになる。
そこには、強い憤りを感じます。
税金は、どっかから勝手に湧いてくるものではなく、他の誰かに負担させることによって捻出されてきています。
もちろん、経営者本人も多額の税金を負担しているわけですが、政治家や経営者が税金を無駄に使えば使うほど、将来、やがて僕の娘たちが大人になったときに、彼女たちがそのツケを払わされることになる。
そこには、強い憤りを感じます。
鬼と仏
うちには、子どもたちと交わした5つのルールがあり、それを守れなかったときは、はっきりとしっかりと叱ります。
ただし、夫婦で決めているルールは、2人同時に叱らないこと。
どっちがか鬼になっているときは、どっちかが仏の役をして逃げ場を作っといてあげる。
でも、鬼と仏はいいけど、決して、敵と味方にわかれてはいけません。
ママに叱られた子どもがパパに泣きついてきたとして、最悪なのは、
「かわいそうに。ママもあんな言い方しなくてもいいのにね。ちょっと失敗しちゃっただけなのにねえ。」
これは明らかに、ママは敵、パパは味方、という構図になってしまい、NGです。
こういう場合は、
「よしよし。怒られて怖かったね。でもダメなことしたんだから怒られても仕方ないね。次からは守れるようにしないとね。もう一回ママにちゃんと謝っておいで。」
とかかな。
だって親はどちらも、いつだって子どもの味方ですから。
ただし、夫婦で決めているルールは、2人同時に叱らないこと。
どっちがか鬼になっているときは、どっちかが仏の役をして逃げ場を作っといてあげる。
でも、鬼と仏はいいけど、決して、敵と味方にわかれてはいけません。
ママに叱られた子どもがパパに泣きついてきたとして、最悪なのは、
「かわいそうに。ママもあんな言い方しなくてもいいのにね。ちょっと失敗しちゃっただけなのにねえ。」
これは明らかに、ママは敵、パパは味方、という構図になってしまい、NGです。
こういう場合は、
「よしよし。怒られて怖かったね。でもダメなことしたんだから怒られても仕方ないね。次からは守れるようにしないとね。もう一回ママにちゃんと謝っておいで。」
とかかな。
だって親はどちらも、いつだって子どもの味方ですから。
経営者としての「品」と「質」
デザイナーという仕事柄、あらゆるジャンルの経営者の方たちとたくさん仕事をしてきた。
事業としての結果を存分に出しながら、かつ、その言葉や行動の中に、「未来・子ども達・環境」などのキーワードが頻繁に出てくる経営者の方は揃いも揃ってみんな素敵な人だった。
そういう経営者の方との仕事は毎回いつも楽しいし、自然と優秀なクリエイター達が集まってくる。
反面、そうじゃない経験者のもとからは優秀なクリエイターがどんどん去っていき、結果、社長のイエスマンしか残らない。
お金の使い方に、経営者としての「品」と「質」があらわれる。
事業としての結果を存分に出しながら、かつ、その言葉や行動の中に、「未来・子ども達・環境」などのキーワードが頻繁に出てくる経営者の方は揃いも揃ってみんな素敵な人だった。
そういう経営者の方との仕事は毎回いつも楽しいし、自然と優秀なクリエイター達が集まってくる。
反面、そうじゃない経験者のもとからは優秀なクリエイターがどんどん去っていき、結果、社長のイエスマンしか残らない。
お金の使い方に、経営者としての「品」と「質」があらわれる。
防災
今年も防災訓練の時期。
毎度思うことだけど、あちこちで聞かれる防災プランのなんと非現実的なことか。
少子高齢化がここまで進んで、今後さらに深刻になっていくってのに、災害が起きてから避難所へ高齢者がそんな短時間でどうやって行けと言うのか。
「高い所へ逃げる」をやめて、「完全防水仕様の地下シェルターに降りる」ほうが確実に命が守れそうな気がする。
「一家に一部屋、地下シェルター。」を常識にしなければいけない時代ではないか。
毎度思うことだけど、あちこちで聞かれる防災プランのなんと非現実的なことか。
少子高齢化がここまで進んで、今後さらに深刻になっていくってのに、災害が起きてから避難所へ高齢者がそんな短時間でどうやって行けと言うのか。
「高い所へ逃げる」をやめて、「完全防水仕様の地下シェルターに降りる」ほうが確実に命が守れそうな気がする。
「一家に一部屋、地下シェルター。」を常識にしなければいけない時代ではないか。
新しい学校のリーダーズ
好みのタイプ
世のほとんどの人にはそれぞれ、異性(または同性)の好みのタイプがあると思う。
それはいいとして、問題は、好みの人を目の前にすると、あからさまにパフォーマンスが落ちること。
そうではない人に対する、冴えわたるトークやあれやこれが、好みの人の前ではまるでポンコツ。
それ故に犯した失態は数しれず、毎度同じように自己嫌悪に苛まれる。
子どもの頃からのこの特性が、51歳になっても変わらないってことはつまり、この先も一生そうなんだろうな(涙)。
でもたぶん、自然体の自分でいられる相手との時間のほうが、なんだかんだ言っても楽しいんだろうな、とも思う。
それはいいとして、問題は、好みの人を目の前にすると、あからさまにパフォーマンスが落ちること。
そうではない人に対する、冴えわたるトークやあれやこれが、好みの人の前ではまるでポンコツ。
それ故に犯した失態は数しれず、毎度同じように自己嫌悪に苛まれる。
子どもの頃からのこの特性が、51歳になっても変わらないってことはつまり、この先も一生そうなんだろうな(涙)。
でもたぶん、自然体の自分でいられる相手との時間のほうが、なんだかんだ言っても楽しいんだろうな、とも思う。
巷でよく耳にする話
ダメになったときに、周りの奴らが手のひらを返したように去っていった。
それを糧に、今に見てろよ!の気持ちだけで這い上がってきた。
って話をよく聞きますよね。
まるで美談かのように聞こえる話ではありますが、この手の話の半分くらいは、会社の業績が良かった時の周りへの態度が悪すぎた可能性もあるんじゃないか?
本当に、去っていったほうばかりが悪いのか?
周りが去っていったのは、会社の業績が悪くなったことだけが理由だろうか?
と思うことがしばしば。
自分も含め、そこんところが大事かなと。
それを糧に、今に見てろよ!の気持ちだけで這い上がってきた。
って話をよく聞きますよね。
まるで美談かのように聞こえる話ではありますが、この手の話の半分くらいは、会社の業績が良かった時の周りへの態度が悪すぎた可能性もあるんじゃないか?
本当に、去っていったほうばかりが悪いのか?
周りが去っていったのは、会社の業績が悪くなったことだけが理由だろうか?
と思うことがしばしば。
自分も含め、そこんところが大事かなと。
51歳

本日(24日)、51歳になりました。
年が明けてからも鬼スケジュール。
こわいくらいに日々が駆け抜けていきます。
あいかわらず世の中はクソとラブのごった煮で、いいこともあればそうじゃないことも普通にあります。
三重県でデザインやクリエイティブの本質にこだわりすぎると、周りから浮いて孤立していくこともあるけど、味のしない頑張りと薄っぺらいポジティブをふりまいて、ニコニコ笑ってごまかしながら生きていくのは苦手だし、やっぱり僕には、結局目を背けてるだけの肯定よりも、どうにかする方法を見つける否定のほうが肌に合う。
とはいえ僕ももう51歳。
「クリエイティブ風」なあれやこれに吐き気を我慢して目くじら立てるくらいなら、静かにそこから離れればいいだけのこと。
尊敬する人たちがみな、ひとつ年を重ねるごとに、ひとつ静かさを身にまとい、人生をどんどんとシンプルにしていくように、生きてさえいればちゃんと明日はやってくるんだから、ただただそれを、静かに待てばいい。
クリエイティブに生きることに職種や役職は関係がないし、どこにいて、誰といて、何をしていようと、自分の手から生まれる創造性とそのクオリティを、ただただ大切にすればいい。
やれっこないことでもがき続けた20代。
やれることで見つけてもらえた30代。
やりたいことに挑ませてもらった40代。
50代はきっと、やるべきことをやる時間だろう。
常に時代を楽しむこと。
冒険心を忘れないこと。
学びを止めないこと。
クオリティにこだわること。
スティーブジョブズの思考を持って、高田純次さんのようにふるまい、生きること。
51歳を楽しもう。
さらば、2022年。

2022年12月30日、快晴の三重。
今年も色んなことがあったけど、2022年も残すところ、あと2日。
今年もまた新たな出会いもあれば別れもあり、楽しいことも、そうじゃないことも色々とあったけど、そういうの全部ひっくるめて、人生は味わい深く、愛おしく、楽しい。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
今年は念願叶って、小さな小さな学校を作ることが出来た。
小さいけれど、冒険と希望がいっぱい詰まったおもちゃ箱のようなプロジェクト。
ご協力いただいた方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございました。
来年もどうぞ、お力添えをよろしくお願いいたします。
三重県に帰ってきて、来年で10年。
当時に比べ、三重県にも素敵な活動をしてるデザイナーやクリエイター達がずいぶんと増えてきたように思う。
この10年間、僕は僕なりに種を蒔いてきたつもりだったけど、どれだけがんばって種を蒔いても、それが育つ良質な土や土壌がないと花は咲かないんだと、それを痛いほど思い知らされてきた10年だった。
だからこそ、来年51歳になる今の僕の役目は、三重県の若い世代のデザイナーやクリエイター達がもっと存分に活躍できる環境や、彼ら彼女らが蒔く種がちゃんと育つ良質な土壌づくり、土づくり、そういう裏方的なデザインの活動なのだと思う。
デザインの重要性やクリエイティブの必要性、デザイナーの存在価値などなど、それを三重県の人にもっと知ってもらうこと、上手に活用してもらうこと、そういう土壌や土づくりが必要だし、僕自身、三重に帰ってきたときにそれがなくてすごく苦労したからこそ、僕や僕の仲間達がその役割を担える存在になれればいいなと思う。
2022年も、本当にお疲れ様でした。
どちらさまもよいお年をー!
It's A Wonderful Life
手作りの学校
おも校(地立おもしろい学校)が開校して1か月以上が経過。
一条校でもオルタナティブでもない、「デザイン教育実践校」という新たな試みの真意をすぐに理解してもらえるわけではないけど、それでも少しずつ、僕らの挑戦と冒険を共に楽しんでくれる人達の輪が生まれてきたように思う。
おも校は今はまだ、まずは打席に立って、バットにボールを当てられるようになろうとしている段階。
でも、よちよち歩きだからこその面白さもたくさんある。
子ども達を見ていると、昨日までできなかったことが今日できるようになったことの喜びを、改めて思い出す。
大人になるにつれ、50も過ぎると、昨日までできていたことが今日はできなくなってしまったことが少しずつ増えていく。
その点、おも校のように、すでに完成された大きなプロジェクトではない分、毎日ひとつずつモノやコトが増えていき、まるで彼女と同棲したての、最初はテーブルもなく段ボールとかをテーブルにして、それがやがてテーブルや食器や家電やカーテンが揃っていって、そのひとつひとつにいちいち二人で喜んで、はしゃいで、ちょっとずつ「暮らし」が積み重なっていくみたいな、あのなんともいえない、ものすごくささやかだけど、ものすごくあったかい小さな幸せの「ぬくもり」に似ているような気がして、なんだかいいなーこういうの、って思う。
今月はいよいよ、食堂のテーブルがキャンプ用の仮のテーブルから、寄付していただいたちゃんとしたダイニングテーブルに変わる。
カーテン作りもそろそろ始まるみたいだし、学科クラスの教室もいよいよ作り始められる。
21日は子ども達主催の、手作りのささやかなクリスマスパーティー!
来月以降は、図書室の本棚や職員室のテーブルも完成するだろう。
ゴミ箱もまだ段ボールで代用してる箇所もあるし、ポストだってまだ穴があいたまま。
ほかにもまだまだ手付かずの箇所がいっぱいあるけど、それらがひとつずつ完成していくたびに、みんなで喜んで、はしゃいで、そんなみんなの笑顔がそこにある限り、おも校はきっと、前へ前へと進んでいける。
手作りの学校。
もう一度、忘れかけていたあの「ぬくもり」に触れられる、大人にとってのおも校は、そういう場所でもあります。
一条校でもオルタナティブでもない、「デザイン教育実践校」という新たな試みの真意をすぐに理解してもらえるわけではないけど、それでも少しずつ、僕らの挑戦と冒険を共に楽しんでくれる人達の輪が生まれてきたように思う。
おも校は今はまだ、まずは打席に立って、バットにボールを当てられるようになろうとしている段階。
でも、よちよち歩きだからこその面白さもたくさんある。
子ども達を見ていると、昨日までできなかったことが今日できるようになったことの喜びを、改めて思い出す。
大人になるにつれ、50も過ぎると、昨日までできていたことが今日はできなくなってしまったことが少しずつ増えていく。
その点、おも校のように、すでに完成された大きなプロジェクトではない分、毎日ひとつずつモノやコトが増えていき、まるで彼女と同棲したての、最初はテーブルもなく段ボールとかをテーブルにして、それがやがてテーブルや食器や家電やカーテンが揃っていって、そのひとつひとつにいちいち二人で喜んで、はしゃいで、ちょっとずつ「暮らし」が積み重なっていくみたいな、あのなんともいえない、ものすごくささやかだけど、ものすごくあったかい小さな幸せの「ぬくもり」に似ているような気がして、なんだかいいなーこういうの、って思う。
今月はいよいよ、食堂のテーブルがキャンプ用の仮のテーブルから、寄付していただいたちゃんとしたダイニングテーブルに変わる。
カーテン作りもそろそろ始まるみたいだし、学科クラスの教室もいよいよ作り始められる。
21日は子ども達主催の、手作りのささやかなクリスマスパーティー!
来月以降は、図書室の本棚や職員室のテーブルも完成するだろう。
ゴミ箱もまだ段ボールで代用してる箇所もあるし、ポストだってまだ穴があいたまま。
ほかにもまだまだ手付かずの箇所がいっぱいあるけど、それらがひとつずつ完成していくたびに、みんなで喜んで、はしゃいで、そんなみんなの笑顔がそこにある限り、おも校はきっと、前へ前へと進んでいける。
手作りの学校。
もう一度、忘れかけていたあの「ぬくもり」に触れられる、大人にとってのおも校は、そういう場所でもあります。
光り輝く影
おも校(地立おもしろい学校)が開校してもうすぐ1ヶ月。
「教育」という底なし沼から、たくさんのことを学ぶ日々。
「自由」は素晴らしい。
でも「自由」っていったいなんだろう?
したくないことはしなくてもいい。
これは本当に自由だろうか?
できなかったことができるようになったうえで、それをするかしないかを選択できることが、本当の自由なんじゃないのかな。
「多様性」は素晴らしい。
でも「多様性」っていったいなんだろう?
多様性に寛容といいつつ、多様性を認めろーとデモ行進する人たちは、果たして多様性に寛容といえるだろうか?
多様性に寛容ではない人たちに対しても寛容になれなければ、それももう、否定と同じ。
フリースクールやオルタナティブスクールに通えば登校とみなす、という国の妥協案が実現しても、数字のマジックで、不登校児の「数」が減ったように見せたいだけ。
なぜ「撮影」が、「光を撮る」ではなく、「影を撮る」と書くのか。
影がなければ、それはただの「真っ白な闇」。
おも校がおもしろいのは、そこにちゃんと、「光り輝く影」があるから。
一条校(国が認めた学校)でもなく、オルタナティブスクールでもないのが、おも校。
大人達にこそ、その違いの本当の意味を知ってほしい。
広告業界の人間だからこそ作った学校の、その役割を。
「教育」という底なし沼から、たくさんのことを学ぶ日々。
「自由」は素晴らしい。
でも「自由」っていったいなんだろう?
したくないことはしなくてもいい。
これは本当に自由だろうか?
できなかったことができるようになったうえで、それをするかしないかを選択できることが、本当の自由なんじゃないのかな。
「多様性」は素晴らしい。
でも「多様性」っていったいなんだろう?
多様性に寛容といいつつ、多様性を認めろーとデモ行進する人たちは、果たして多様性に寛容といえるだろうか?
多様性に寛容ではない人たちに対しても寛容になれなければ、それももう、否定と同じ。
フリースクールやオルタナティブスクールに通えば登校とみなす、という国の妥協案が実現しても、数字のマジックで、不登校児の「数」が減ったように見せたいだけ。
なぜ「撮影」が、「光を撮る」ではなく、「影を撮る」と書くのか。
影がなければ、それはただの「真っ白な闇」。
おも校がおもしろいのは、そこにちゃんと、「光り輝く影」があるから。
一条校(国が認めた学校)でもなく、オルタナティブスクールでもないのが、おも校。
大人達にこそ、その違いの本当の意味を知ってほしい。
広告業界の人間だからこそ作った学校の、その役割を。
デザインモンスター

過去、僕のことを「デザインモンスター」と呼んでくれた優しい人がいましたが、僕のような偽物ではなく、世の中には本物のデザインモンスターがうじゃうじゃといて、僕の中では、その中の頂点にキングとして君臨しているのが柳宗理さんであり、他にも世代を問わず、すごい才能たちが世界中でたくさん生まれてきていて、発想力というよりは、実現力の圧倒的な差にうならされている日々です。
僕は昔から、自分が常に一番下(底辺)だと思ってデザインをしてきました。
常に最下位。
それは、下は一切見ず、上だけを見て、上と自分の差をどうすれば縮められるかをいつも考えてきたからで、イメージとしては、地面を蹴り上げ、上へ上へと舞い上がっていくのではなく、僕の場合は、地面ごと上に上がっていく感じ。
なので、どれだけ上に上がれても、常に自分が一番底辺、最下位なのです。
もしかするとネガティブな発想に思われるかも知れませんが、僕としてはこれ以上ないほどにポジティブな感覚。
一番下っ端、一番底辺にいるからこそ、上を目指し続けられる。
よく、ジャンルを問わず一流の人達は、「もっとうまくなりたいと常に思っている」と言いますが、若い頃は、それをかっこつけた発言かと思った時もあったけど、この年齢になると、本当に素直にそう思うもんなんだなというのがよくわかります。
そしてこの発言は、自分を常に一番下だと思うからこその、チョー前向き、チョー上向きな言葉なんだと思うんです。
三重県から本物のデザインモンスターが生まれるその日のために、僕は僕のできる全力で、少しでも道づくりに貢献したい。
そのためにも、もっともっと、デザインがうまくなりたい。
いつまで経っても下手くそな自分をしっかりと受け入れつつ、明日は今日よりも1ミリ進んでいたい。
それはきっと、じいさんになろうが車椅子に乗ろうが寝たきりになろうが、一生続く見果てぬ旅なのだと思います。
成美さん

夜のおも校(写真は体育館)もなかなかのもの。
ただ、夜は誰もいないので、ライトアップする機会は現在皆無(笑)。
なんか夜のイベントでもしようかな。
ところで、先日のおも校の開校式でもそうでしたが、昔から日本では、同じ会社等の身内を紹介する際、たとえ年下であろうと後輩であろうと部下であろうと、上司の苗字に敬称を付けずに呼ぶのが通例です。
「弊社代表、丸川から~」というように。
僕は昔からずっとこれに違和感を感じていて、これはいわばビジネスマナーなので、これをしないと失礼にあたる相手や不快な思いをする人がいるから、失礼のないように、という意味で続けられている慣習なわけですが、これをそうしないと果たして一体、誰が、どんな風に不快なのでしょうか?
実際にたくさんの人に不快な思いをさせてしまうのであれば、ぜひとも続けていくべきことだと思いますが、誰に対して失礼にあたるのかも正直よくわからない。
身内を下げることが美学であった昔の日本のなごりかも知れませんが、例えば、とんねるずのノリさんは、奥さんのことを、どこでも、誰に対しても、「成美さん」って言ってるそうだし、なんかそういうのでいいと思う。
そもそもおも校に、そういう慣習はどうにも似合わないので、今後はひとつずつ、おも校らしい感じでやっていきたいと思います。
そうそう、どなたかの家に、昔ながらの応接セット(ソファーとか椅子とか)、余ってないですか?
もし余ってたら、おも校へ譲ってくださいませ。
よろしくお願いいたします。
明日は長靴履いて「おも山」へ行ってきまーす!
おも校開校

先日、教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」の曽原校が無事に開校。
工事やら掃除やら、みんな忙しいのに時間を作ってご協力いただいた「おもじろーず(おも校応援団)」のメンバーの方々には、言葉にならないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、ささやかな開校式にもたくさんの方々にお集まりいただき、これまでの苦労がいっぺんに報われる素敵な開校式となりました。
開校式でのノベルティとして、三重県津市美里町のパン屋さん「チクネ」さんに作っていただいたおもじろーパンと、東京時代のアシスタントで一番弟子の千容ちゃんと旦那のツトムくんから開校記念にとプレゼントしてもらったおも校シールをおすそ分け。
なんと、その後「チクネ」さんにて、おもじろーパンが販売開始とな。
このパン、めっちゃ美味しいです!
最初の企画書を作ったのが今年の3月。
メンバーを集め、実際にプロジェクトがスタートしたのが7月。
それからわずか4か月での開校。
正直、ここ数か月は目が回る怒涛の日々でした。
昼間はおも校の作業や打ち合わせや会議、夜中に通常のデザイン業務や制作、新プロジェクトの企画作り、開発メンバーとの共同作業などなど。
体はボロボロ、制作が遅れ、クライアントの皆さんをお待たせしつづけているにも関わらず、思うように制作が進まず、納得がいく企画やアイデアがなかなか出ないことのビックなストレス。
今日もまだ軽い目まいや立ち眩みが続いていますが、まあダマしダマしいけるうちはまだ大丈夫だろうから、なんとかこのまま走り抜けたいと思います。
実際に学校がスタートしてみて、この企画を立ち上げて良かったと心から思う。
責任も大きいし、やることも膨大だし、お金もじゃんじゃん消えていくけど、自分たちで作った小さな学校で、小さな校庭で、小さな畑で、小さな体育館で、それでも元気よく走り回ってる子ども達を見てると、全部の苦労が吹っ飛んで、やっぱり「学校」っていいなあと思った。
一般的な公立校では学校を好きになれなかった子ども達にも、おも校に来てそう感じてもらえる場所になれたらいいな。
とにかくまずは、子ども達、そしてママ達にとって、「普通に息ができる場所」になること。
普通に息ができるまでに、1日でそうなれる子もいれば、1年かかる子もいるだろうけど、そこは本人のペースで大丈夫。
その後は、色々な遊びを通して、デザインの視点と考え方を自由に使いこなし、未来を自分で創っていける、そんな子ども達をゆっくりと育てていきたい。
よく、フリースクールと混同される方もいるけど、おも校は「自由に生きる」というよりは、「不自由をどう活かすか」を遊びの中から見つけていく場所。
今後少しずつ、おも校の子ども達も増え、おもじろーずのメンバーも増え、笑顔を取り戻すママ達も増えていくはず。
そのために、ボロボロの体にムチを入れて全力で取り組んでいきたいと思います。
来週はご好意によりご提供していただいた山、その名も「おも山」へ、子ども達とおもじろーずのメンバー達とで遊びに、そして学びに行ってきます。
体、もつかな・・・。
今のところ、月曜日と水曜日は開校しておりますので、お気軽に遊びにいらしてください。
散歩に行ったり山に行ったりして留守にしてる時もありますけどねー(笑)。
休校日の今日も昼間はおも校の作業でした。
ひと通り作業を終え、ひとり、体育館の壁に書かれたオモジローを見ながら、僕自身、「デザイン」と出会えて本当に良かったと心から思った、そんな日でした。
さあ、今日も夜は制作、制作、制作。
頭痛薬をかっ込んで、いざ!
小さな学校の大きな挑戦

もしかすると色物企画だと思われがちな「デザイン教育実践校 地立おもしろい学校(おも校)」ですが、プロジェクトの内容も参加している人たちもいたって本気のプロジェクトです。
おも校は、「おもしろい(面白い)」の語源のとおり、暗くて長いトンネルや暗闇から抜け出して、困っている子ども達の目の前(面)をパッと明るく(白く)照らせる仕組みづくりと場所づくりの場。
「デザイン教育実践校」と名付けた理由も、それを実現させるためにデザインの視点と考え方をフルに活用するためです。
不登校やひきこもりの問題がいよいよ深刻化する中で、おも校では、セーブ・ザ・チルドレンならぬ、セーブ・ザ・ペアレンツ、特に「ママ」たちの力になることが、子ども達を救う大切な手段だと考えています。
「困っている子ども」の背景には、きっと「困っているママ」がいる。
困っているママたちを救うことができれば、もっとたくさんの子どもたちを救うことができる。
さて、ママたちを苦しめている問題の根源は何か?
それをデザインの視点と考え方で突き止め、解決していきたい。
そして、おも校の企画と並行して、ママたちがおも校でできる仕事をたくさん生み出していけるプロジェクトも同時に進めていきたいと思っています。
そんなおも校ですが、いよいよ開校の日(11月1日)が迫ってきました。
ですが、開き直るしかないほどに、準備が追いついていません(笑)。
さあ、いよいよあなたの出番ですよ!
何のおもてなしも出来ませんが、18日または21日のどちらかで手伝いにいけるよー、という方がもしいらっしゃいましたらご連絡ください。
力仕事もまだまだあるので、男性の方のご参加も大歓迎です。
それと、本やおもちゃや家具や家電などをご寄付いただけるとさらに助かります!
あつかましいお願いばかりですが、何卒よろしくお願い申し上げます。
小さな学校の大きな挑戦。
挑戦の英訳は「Challenge(チャレンジ)」ではなく、現代では「Risk Taking(リスクテイク)」のほうが本来の意味に近い、という記事もありました。
これからも様々なリスクが立ちはだかるでしょうが、恐れずひるまず、子ども達と一緒にがっはっは!と笑い飛ばしながら、素敵な道を創っていきたいと思います。
d desgin travel MIE号


先日無事に発売された「d desgin travel MIE号」にてご紹介していただきました。
しかも、インタビュー記事だけでなく、本の中のあちらこちらで、丸川商店の商品等をたくさん紹介してくださっていて、心から感謝。
そして、インタビューの際に、僕のことなんかより、「擬革紙」や「みのりや」や「おも校」のことを紹介してほしいという、編集の意向を無視したワガママな希望もちゃんと叶えてくれていて、重ねて感謝です。
それにしても、こんなに素敵な観光ガイドは今まで三重県にはありませんでしたね。
あらためて、三重県っていいとこだなあとしみじみ。
まだご覧になられていない方は、D&DEPERTMENT さんのネットショップ、または10月21日からの全国販売にてお買い求めいただけますので、ぜひに。
▼D&DEPERTMENT
https://www.d-department.com/item/D_DESIGN_TRAVEL_MIE.html
本の価値を下げぬよう、これからも精進してまいります。
ありがとうございましたー!
白と黒とグレーと。
今まさに日本中で沸き起こっている「教育を変えよう!」の大きなムーブメント。
それはそれでタイミングだし、良いことだと思いますが、ブームになってしまうことの懸念も多くの人が感じていることだと思います。
果たして、うちの「地立おもしろい学校(おも校)」も含め、10年後も残っているプロジェクトはいくつあるでしょうか。
そしてその中で、本当に教育を変えることができたプロジェクトは生まれるでしょうか。
いくら日本の教育が旧態依然だとしても、それでなければ困る事情や理由や人達や勢力がたくさんいて、その壁はとてつもなく分厚く高い。
だからこそ、目を向けるべきものや変えるべきことや救うべき人や倒すべき相手を間違えると、1塁へ走らないといけないのに全力で3塁に向かって走ることになり、ただの徒労で終わってしまいかねません。
元首相を殺しても、かえって彼(元首相)をヒーローにしてしまうだけ。
見えるところに、ラスボスはいません。
もっと言えば、本当のラスボスは向こう側にいるのではなく、ずっとこっち側にいる。
だから見えないんだけど、そのことに気づいていないことこそが、このラスボスの本当の恐ろしさです。
反対側から見ることができる「デザインの視点」が必要なのは、そのためでもあります。
教育を変えようとするプロジェクトに関わる人たちの多くは、僕のような下衆系ではなく、本当に高い志と優しい心と純粋な想いを持っている人達。
ウソでも嫌味でもなんでもなく、本当に尊敬もするし、あこがれもある。
でも、だからこそ、余計なお世話なんだけど、ちょっと心配でもあります。
例えばあなたなら、結婚相手には、自分によく似た人を選ぶか、自分にはない部分を持っている人を選ぶか、どちらでしょうか。
もちろん、どちらもと答える人が多いと思いますが、何対何かのバランスが大事です。
そして難しいのは、「自分によく似た」と「自分にはない部分」をどのように定義づけるかです。
僕個人としては、好きなものや好みよりも、何に腹が立つか、や、何を許せないか、について共感できることが大事かなと思うし、「自分にはない部分」が何なのか、どういうものなのかの見極めも欠かせません。
恋人の時は、自分によく似た人でないと心地よくないとしても、例えば結婚して子どもが生まれたりすると、「自分によく似た」と「自分にはない部分」がそれぞれ強みでもあり、同時に大きな弊害となる場合も少なくないのではないでしょうか。
教育を変えようとする優しい人達の多くは、かつて自分も同じ境遇だったという人が多いと思いますが、だからこそ出来ることと、だからこそ出来ないことをしっかりと把握する必要があるように感じます。
誤解を恐れずに言えば、「自分によく似た」人達の集団にしかない強さと弱さがあり、ひどい目にあっている子ども達のために大人と戦う子ども、ではなく、大人と戦う大人が必要で、子ども達を逃がしてあげるだけでなく、その元凶の正体をもっと熟知する必要もあるように思うのです。
自分も子どもになってそばに寄り添える「白」と、それを食い物にしようとする元凶を、時には真正面から、時にはあざとく多方面からぶっ倒せる「黒」。
そしてそれを繋ぐ「グレー」の3つがバランスよく揃っているプロジェクトは、きっとずっと残っていける。
おも校でいえば、本校校長の森松さんやその仲間達はまぶしいほどに真っ白で、僕は漆黒の真っ黒(笑)。
「撮光」ではなく「撮影」と言うように、影の黒さが、白をさらに白くする。
このバランスがおも校の強みなんだと思います。
あとは、それが混ざり合ってぼやけてしまわないためのグレーをちゃんと整備して、彼女達がずっと真っ白でいられるように、影である僕の黒さを磨いていけば、10年後のおも校はかなりおもしろいことになっているはずです。
お年頃ゆえ、あっと言う間に1年が過ぎていく今日この頃。
となると10年後もあっと言う間。
ぼやぼやしてる暇はありませんね。
老いも若きも、きばっていきまっしょい!
楽しみながら。
それはそれでタイミングだし、良いことだと思いますが、ブームになってしまうことの懸念も多くの人が感じていることだと思います。
果たして、うちの「地立おもしろい学校(おも校)」も含め、10年後も残っているプロジェクトはいくつあるでしょうか。
そしてその中で、本当に教育を変えることができたプロジェクトは生まれるでしょうか。
いくら日本の教育が旧態依然だとしても、それでなければ困る事情や理由や人達や勢力がたくさんいて、その壁はとてつもなく分厚く高い。
だからこそ、目を向けるべきものや変えるべきことや救うべき人や倒すべき相手を間違えると、1塁へ走らないといけないのに全力で3塁に向かって走ることになり、ただの徒労で終わってしまいかねません。
元首相を殺しても、かえって彼(元首相)をヒーローにしてしまうだけ。
見えるところに、ラスボスはいません。
もっと言えば、本当のラスボスは向こう側にいるのではなく、ずっとこっち側にいる。
だから見えないんだけど、そのことに気づいていないことこそが、このラスボスの本当の恐ろしさです。
反対側から見ることができる「デザインの視点」が必要なのは、そのためでもあります。
教育を変えようとするプロジェクトに関わる人たちの多くは、僕のような下衆系ではなく、本当に高い志と優しい心と純粋な想いを持っている人達。
ウソでも嫌味でもなんでもなく、本当に尊敬もするし、あこがれもある。
でも、だからこそ、余計なお世話なんだけど、ちょっと心配でもあります。
例えばあなたなら、結婚相手には、自分によく似た人を選ぶか、自分にはない部分を持っている人を選ぶか、どちらでしょうか。
もちろん、どちらもと答える人が多いと思いますが、何対何かのバランスが大事です。
そして難しいのは、「自分によく似た」と「自分にはない部分」をどのように定義づけるかです。
僕個人としては、好きなものや好みよりも、何に腹が立つか、や、何を許せないか、について共感できることが大事かなと思うし、「自分にはない部分」が何なのか、どういうものなのかの見極めも欠かせません。
恋人の時は、自分によく似た人でないと心地よくないとしても、例えば結婚して子どもが生まれたりすると、「自分によく似た」と「自分にはない部分」がそれぞれ強みでもあり、同時に大きな弊害となる場合も少なくないのではないでしょうか。
教育を変えようとする優しい人達の多くは、かつて自分も同じ境遇だったという人が多いと思いますが、だからこそ出来ることと、だからこそ出来ないことをしっかりと把握する必要があるように感じます。
誤解を恐れずに言えば、「自分によく似た」人達の集団にしかない強さと弱さがあり、ひどい目にあっている子ども達のために大人と戦う子ども、ではなく、大人と戦う大人が必要で、子ども達を逃がしてあげるだけでなく、その元凶の正体をもっと熟知する必要もあるように思うのです。
自分も子どもになってそばに寄り添える「白」と、それを食い物にしようとする元凶を、時には真正面から、時にはあざとく多方面からぶっ倒せる「黒」。
そしてそれを繋ぐ「グレー」の3つがバランスよく揃っているプロジェクトは、きっとずっと残っていける。
おも校でいえば、本校校長の森松さんやその仲間達はまぶしいほどに真っ白で、僕は漆黒の真っ黒(笑)。
「撮光」ではなく「撮影」と言うように、影の黒さが、白をさらに白くする。
このバランスがおも校の強みなんだと思います。
あとは、それが混ざり合ってぼやけてしまわないためのグレーをちゃんと整備して、彼女達がずっと真っ白でいられるように、影である僕の黒さを磨いていけば、10年後のおも校はかなりおもしろいことになっているはずです。
お年頃ゆえ、あっと言う間に1年が過ぎていく今日この頃。
となると10年後もあっと言う間。
ぼやぼやしてる暇はありませんね。
老いも若きも、きばっていきまっしょい!
楽しみながら。
ドールハウス
答えのない時代とは、抽象化の時代とも言える気がして、正しく抽象化できるスキルが今後ますます重要になってくる気がします。
わかりやすさ至上主義時代が少し収まってきた今、カメラのピントを合わすように抽象と具体を自由に行き来できる「デザイン」という道具の重要度も増しているのではないでしょうか。
あいかわらず世の中には、げんなりするような嫌なニュースもたくさんあって、ごくごく個人的には、あんなにも大きな葬式をする意味がさっぱりわからないし、有名なアウトドアメーカーの社長だからってここまで叩かれる必要があるのかと疑問だし、信仰心のない僕には宗教にのめり込む心理も、多額の税金をもらいながら暴露話ばっかりしてる人もそれに群がる人の気持ちも、「無言の抵抗」とやらで花束を投げ捨てる人の存在意義もわからないし、こんな無意味な戦争をする理由など検討もつきません。
でも、これやあれやに、あれやこれやと文句を言ってる人がたくさんいますが、叩かれる方も叩く方も、それもこれも全ての元凶は「教育」。
だからこそ、あれやこれやと文句を言ってしまうほどに嫌なら、全国に数多ある何かしらの教育プロジェクトに参加または投資することをお勧めします。
「教育」がちゃんとデザインされれば、その嫌なことのほとんどが解消されるのではないでしょうか。
人は誰しも、気を抜くとすぐに表面だけで判断してしまう生き物です。
色々なバイアスがかかっているし、自分だけはバイアスに縛られていないというバイアスが一番やっかいだったりします。
僕がやっていることも、僕が言っていることも、僕が届けたいターゲットの人以外の人には耳障りも目障りも心地よくないのかも知れません。
でもそれで目的が果たせるならそれでいいし、それ以上のことが出来るセンスも才能も僕にはありません。
引いてみたり、寄ってみたり、ピントを変えるように抽象と具体を行き来する。
そうすれば見えてくるもの、そうしないと見えてこないこと、そういうものがたくさんあります。
「わからない」とか「知らない」という感情は、あっという間に「怖い」とか「気味悪い」に形を変えますが、そういう時はきっと、具体しか見ていなかったりする時だったりします。
もっと引いてみて森全体を、さらに引いてもっともっと全体を見渡してみれば、あれやこれやと文句を言うよりも、よく似たものをさらに増やすために多額のお金を使うことよりも、他にやることがこんなにもたくさんあるってことにも気がつけるんじゃないかな。
といいつつ、僕もこうやって文句を言ってますが(笑)。
だから、というと誤解されるかも知れませんが、小さな小さな学校を作ってみました。
ドールハウス程度じゃねえかと言われたらその通りで、このドールハウスが今の僕にできる最大級の大きさです。
もちろん、僕よりももっと上手にもっと大きな規模でできる力を持った人はたくさんいるはずですが、まあ、誰もやらないですよね。
でも、やらない善よりやる偽善、悪名は無名に勝る、たとえそれが「ハチドリのひとしずく」だとしても、何もしないよりは少しはマシなんじゃないかと自分では思っています。
この小さな小さな学校プロジェクトを起こしてみて、不登校児を知れば知るほど、彼ら彼女らが敏感に感じ取っている時代の変化と社会との歪みがさらに鮮明に見えるようになってきました。
僕も含め、僕らは大きな大きなミス犯してしまっていたのかも知れません。
彼ら彼女らのおかげで、解決すべきことの目星はついたので、時間はかかるかも知れませんがそれを確かめるために、子ども達と一緒に小さな種を蒔き続けていきたいと思います。
さあ、明日は土曜日ですがおも校に大集合の日。
残暑が少しは和らいでるといいんですが。
わかりやすさ至上主義時代が少し収まってきた今、カメラのピントを合わすように抽象と具体を自由に行き来できる「デザイン」という道具の重要度も増しているのではないでしょうか。
あいかわらず世の中には、げんなりするような嫌なニュースもたくさんあって、ごくごく個人的には、あんなにも大きな葬式をする意味がさっぱりわからないし、有名なアウトドアメーカーの社長だからってここまで叩かれる必要があるのかと疑問だし、信仰心のない僕には宗教にのめり込む心理も、多額の税金をもらいながら暴露話ばっかりしてる人もそれに群がる人の気持ちも、「無言の抵抗」とやらで花束を投げ捨てる人の存在意義もわからないし、こんな無意味な戦争をする理由など検討もつきません。
でも、これやあれやに、あれやこれやと文句を言ってる人がたくさんいますが、叩かれる方も叩く方も、それもこれも全ての元凶は「教育」。
だからこそ、あれやこれやと文句を言ってしまうほどに嫌なら、全国に数多ある何かしらの教育プロジェクトに参加または投資することをお勧めします。
「教育」がちゃんとデザインされれば、その嫌なことのほとんどが解消されるのではないでしょうか。
人は誰しも、気を抜くとすぐに表面だけで判断してしまう生き物です。
色々なバイアスがかかっているし、自分だけはバイアスに縛られていないというバイアスが一番やっかいだったりします。
僕がやっていることも、僕が言っていることも、僕が届けたいターゲットの人以外の人には耳障りも目障りも心地よくないのかも知れません。
でもそれで目的が果たせるならそれでいいし、それ以上のことが出来るセンスも才能も僕にはありません。
引いてみたり、寄ってみたり、ピントを変えるように抽象と具体を行き来する。
そうすれば見えてくるもの、そうしないと見えてこないこと、そういうものがたくさんあります。
「わからない」とか「知らない」という感情は、あっという間に「怖い」とか「気味悪い」に形を変えますが、そういう時はきっと、具体しか見ていなかったりする時だったりします。
もっと引いてみて森全体を、さらに引いてもっともっと全体を見渡してみれば、あれやこれやと文句を言うよりも、よく似たものをさらに増やすために多額のお金を使うことよりも、他にやることがこんなにもたくさんあるってことにも気がつけるんじゃないかな。
といいつつ、僕もこうやって文句を言ってますが(笑)。
だから、というと誤解されるかも知れませんが、小さな小さな学校を作ってみました。
ドールハウス程度じゃねえかと言われたらその通りで、このドールハウスが今の僕にできる最大級の大きさです。
もちろん、僕よりももっと上手にもっと大きな規模でできる力を持った人はたくさんいるはずですが、まあ、誰もやらないですよね。
でも、やらない善よりやる偽善、悪名は無名に勝る、たとえそれが「ハチドリのひとしずく」だとしても、何もしないよりは少しはマシなんじゃないかと自分では思っています。
この小さな小さな学校プロジェクトを起こしてみて、不登校児を知れば知るほど、彼ら彼女らが敏感に感じ取っている時代の変化と社会との歪みがさらに鮮明に見えるようになってきました。
僕も含め、僕らは大きな大きなミス犯してしまっていたのかも知れません。
彼ら彼女らのおかげで、解決すべきことの目星はついたので、時間はかかるかも知れませんがそれを確かめるために、子ども達と一緒に小さな種を蒔き続けていきたいと思います。
さあ、明日は土曜日ですがおも校に大集合の日。
残暑が少しは和らいでるといいんですが。
おも校のウェブサイト


今年の春ごろから準備を進めてきました、新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」のウェブサイトが公開されましたのでご報告いたします。
まだ準備中の部分も残っておりますが、11月の開校に向けて10月から入学希望者の面談を開始する予定ですので、このタイミングでの公開とさせていただきました。
今年の3月に最初の企画書を作り、そこからのこの半年間はずっと走りっぱなしの日々でしたが、開校の日が見える位置まで来ることができました。
それもこれも、たくさんの方のご協力があってこそですが、誰より、一緒に学校を作ろうぜ!と最初に声をかけた、千恵ちゃん(森松千恵)には、言葉に出来ないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
こんなわけのわからない企画に「おもしろそうですね。やりましょー!」とふたつ返事で快諾してくれて、それからは僕の何倍も動き回ってくれて、頼もしいのとありがたいので、もうすごく愛しい(笑)。
彼女には、おも校の副理事長と本校の校長(おも校の初代校長!)を兼任してもらうんですが、彼女がいる学校はきっと素敵な場所になるだろうなと思います。
そんな彼女に校長を依頼した時、「生きていれば校長先生をやる日も来るんだね」と言ったら、「はい、わたし大出世です!」と笑った笑顔がとても素敵でした。
さあ、小さな学校の大きな冒険と挑戦はまだまだこれから。
きっと色んなことがあるでしょうが、こんなに素敵な仲間達となら必ず乗り越えていける。
ここに通う子ども達にとっても、その親御さん達にとっても、はたまた悩める大人達にとっても、ここに来れば必ず大笑いできる宝物のような場所、そして、お気に入りの普段着のような心地いい場所に育てていきたいと思います。
もうすでに色んな企画を企て中。
続報をお楽しみに!
▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school
サングラス日和
そういえば先月だったか先々月だったか、大好きなお笑い芸人の和牛さんが自身のラジオ番組で、リスナーからの、
「目の前の女性の胸元に目線がいきそうなのをグッとこらえて、相手の目を見て話すという頑張りに名前をつけていただきたいです」
という、僕も共感しかないこんなお願いに対して、
「あかんあかん見たらあかん、向こうも絶対わかるから。って思う時に、『ああ、今サングラスかけてたらなぁ』って思うよね。」ということで、最終的には「サングラス日和(びより)」と命名されました。
さすがは和牛さん。
ただ、僕の愛用のサングラスは目線がまるわかりの色の薄いタイプなので、僕は引き続き、グッとこらえて相手の目を見て話していきたいと思います。
三重の空は台風一過の秋晴れです。
さあ、今日もがんばっていきましょー!
「目の前の女性の胸元に目線がいきそうなのをグッとこらえて、相手の目を見て話すという頑張りに名前をつけていただきたいです」
という、僕も共感しかないこんなお願いに対して、
「あかんあかん見たらあかん、向こうも絶対わかるから。って思う時に、『ああ、今サングラスかけてたらなぁ』って思うよね。」ということで、最終的には「サングラス日和(びより)」と命名されました。
さすがは和牛さん。
ただ、僕の愛用のサングラスは目線がまるわかりの色の薄いタイプなので、僕は引き続き、グッとこらえて相手の目を見て話していきたいと思います。
三重の空は台風一過の秋晴れです。
さあ、今日もがんばっていきましょー!
空に向かってつぶやく日
1日1大笑
ネットには、子育てに関する専門家のアドバイスがたくさんある。
中には耳が痛い内容もわりと多くて、
子どもに〇〇って叱ってはいけない
不登校児に言ってはいけない言葉
子どものやる気を引き出す言葉とやる気をなくさせる言葉
反抗期の子どもを激変させる魔法の言葉
あなたの〇〇が子どもももっとダメにする
急ぎなさい!って言ってはいけない10の理由
などなどなど、こういうのを読んで、自信をなくしたってお母さんやお父さんはわりといると思う。
でも、僕が思うに、叱っても怒っても急いでって言ってしまったとしても、その家庭の中に常に笑いと笑顔があるなら問題はないと思う。
なかなか言うとおりにしてくれなくても、何回も同じことを言わせても、急いでって言ってるのに全然急いでくれなくても、だからってそんなに無理してがんばって気負うことはないんじゃないかな。
子どもって基本、そういうもんだと思う。
無責任かも知れないけど、そんなことよりももっと大事なことがあるんじゃないかって思うんです。
僕の家では、朝起きてから夜寝るまで、ご飯の時もお風呂の時も一緒にゲームをする時も、僕や母親に叱られながらも、時には大声で、時には床を転げながら、家族みんなの大笑いと笑顔がいつもそこにある。
二人の娘はどちらも決して優等生とは言えないけど、とても愉快で独創的で、何よりすごく優しい心を持った子に育ってくれた。
それもきっと、生まれた時からそこに笑いと笑顔が充満してたからだと思う。
1日1回でも、涙を流して床を転げながら笑う時間が普通にあれば、もうそれだけでエブリシング大丈夫。
だからきっと親の大事な役目って、1日1回は子ども達を大笑いさせること、なんじゃないかと思う。
新しく立ち上げた教育プロジェクトでも、ここへ来れば必ず1回は大笑いできる、そんな場所にしたいなと思う。
中には耳が痛い内容もわりと多くて、
子どもに〇〇って叱ってはいけない
不登校児に言ってはいけない言葉
子どものやる気を引き出す言葉とやる気をなくさせる言葉
反抗期の子どもを激変させる魔法の言葉
あなたの〇〇が子どもももっとダメにする
急ぎなさい!って言ってはいけない10の理由
などなどなど、こういうのを読んで、自信をなくしたってお母さんやお父さんはわりといると思う。
でも、僕が思うに、叱っても怒っても急いでって言ってしまったとしても、その家庭の中に常に笑いと笑顔があるなら問題はないと思う。
なかなか言うとおりにしてくれなくても、何回も同じことを言わせても、急いでって言ってるのに全然急いでくれなくても、だからってそんなに無理してがんばって気負うことはないんじゃないかな。
子どもって基本、そういうもんだと思う。
無責任かも知れないけど、そんなことよりももっと大事なことがあるんじゃないかって思うんです。
僕の家では、朝起きてから夜寝るまで、ご飯の時もお風呂の時も一緒にゲームをする時も、僕や母親に叱られながらも、時には大声で、時には床を転げながら、家族みんなの大笑いと笑顔がいつもそこにある。
二人の娘はどちらも決して優等生とは言えないけど、とても愉快で独創的で、何よりすごく優しい心を持った子に育ってくれた。
それもきっと、生まれた時からそこに笑いと笑顔が充満してたからだと思う。
1日1回でも、涙を流して床を転げながら笑う時間が普通にあれば、もうそれだけでエブリシング大丈夫。
だからきっと親の大事な役目って、1日1回は子ども達を大笑いさせること、なんじゃないかと思う。
新しく立ち上げた教育プロジェクトでも、ここへ来れば必ず1回は大笑いできる、そんな場所にしたいなと思う。
おもしろい学校をつくろう!

「おもしろい学校をつくろう!」を合言葉に立ち上げた新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」。
「教育をデザインする」というコンセプトで企画を作りましたが、それっとどういうこと?ってお思いの方も多いことでしょう。
ところで、どんなに賢い人でもお金持ちでも、生きていれば何かしらの問題やトラブルに出くわします。
対処法は大きくわけて、がんばって乗り越えるか、スルーするか、の2択。
ただ、がんばって乗り越える派の人達の中には、自分の考えを押し付けたがる人もいます。
それが有効なシーンもありますが、精神論や根性論が苦手な人には敬遠されがちです。
反対に、死ぬくらいなら逃げればいい、ダメな自分だとしても気にせずいこー!、見たくないものは見なくていい、聞きたくないことは聞かなくていい、というのがスルー派だとして、この考え方に救われた人もたくさんいるはずです。
ただいつも思うのは、なぜにいつも両極端に分かれていくのかなってこと。
白か黒か、右か左か、上か下か、勝つか負けるか、向かうか逃げるか、生きるか死ぬか。
もちろん全員とは言いませんが、わりと多いんじゃないかと僕は思っています。
だから提案。
乗り越えるか、スルーするか、デザインするか。
つまり、乗り越える方法が有効な場合はそれを、スルーしたほうが有効な場合はスルーする。
両方を混ぜ合わせたほうが有効な場合はバランスを見てうまく和えていく。
でも、それをどう判断するの?という疑問もわきます。
どう判断して、どう活用して、次にどうつなげていくか。
それを手助けしてくれるのが、デザインの手法です。
「A」という行為があって、それは「B」という本当の目的があるうえでの手段としての「A」だとします。
でも、世の中には「A」そのものが目的になってしまう人がたくさんいます。
「B」という本来の目的があるのであれば、「A」でなくても「C」という方法でもいいはずなのに。
例えば「あいさつ」はどうでしょう。
あいさつは大切です。
それは間違いない。
でも「あいさつ」の真の目的を忘れて、とにかく角度や姿勢や声の大きさや表情ばかりをとやかく言う人がいます。
それが苦手な人はあいさつをしなくなる。
あいさつ自体が苦手になる。
でも、本来の目的を果たすことが最も大切であるならば、必ずしも大きな声である必要もきっちり45度である必要もありません。
モノゴトの本質である「B」を正しく見つけ出し、それをお互いが共有する。
両者のどちらかにガマンを強いるのではなく、どちらにとってもハッピーなアイデアを見つける。
そうやって新たな解としての「C」や「D」を生み出していく。
それを可能にしてくれるのが「デザイン」だと思います。
さっぱりわからん!とお叱りを受けそうですが、そういう「デザインの手法」を最大限に活用して教育や学校や学ぶということそのものをデザインしていく、それが10月の開校を目指している「地立おもしろい学校」という取り組みです。
いくら小さいプロジェクトとはいえ、企画の特性上、実際の運営には色々と大変なことがあります。
でもありがたいことに、「プロジェクトに参加したい!」や「入学したい!」という声をたくさんいただいているので、まあなんとかなるか、と楽観的に考えています。(やけくそではありません)
そもそも「地立おもしろい学校」って何なんだ?
何をする場所なのか?
どうやって運営していくのか?
開校までに決めなければいけないことがありまくってて、現在も絶賛バタバタもがき中。
それでも、僕らの取り組みを多くの方に知っていただき、日本中で僕らを待っててくれているだろうたくさんの人へ届けていきたいので、夏バテってる暇もなく、このまま脳みそフル回転で走ります!
▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school
さあ、おもしろい学校を、つくるどー!
おもじろー



不安定な天気が続いておりますが、皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。
さて、現在準備を進めております新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校」のエンブレム(校章)が決定いたしましたのでご報告させていただきます。
1)「OMOSHIROI(おもしろい)」の「O(オー)」の形(綺麗な丸じゃなくても構わない)
2)驚いた時の口の形(気づきや感動の前にはいつも驚きがある)
3)トンネルの向こうに見える光(暗闇から抜け出そう!)
4)明るい場所に出た時の小さくなった瞳孔(最初はまぶしいけどゆっくり慣れていけばいい)
5)井の中のカエルが見上げる小さな空(あの空へ飛び出そう!)
6)丸い形はどんな形にも変形できる(何者にだってなれるし、ならなくてもいい)
7)丸い形には行き止まりがない(ワクワクするほうへ歩いていこう!)
8)ドーナツみたいで美味しそう(美味しいは正義!)
などの意味がこもったエンブレムです。
ちなみに名前は「おもじろー」と申します。
国籍も性別もありません。
たぶん、いい奴だと思います。
以降、お見知りおきくださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。
「おもしろい(面白い)」の語源は、暗闇を抜けて目の前(面)がパッと明るく(白い)なること。だからこそ「地立おもしろい学校」には、「ラボ」と「学校(本校と分校)」の2つの顔があります。
「ラボ」は、様々な分野のクリエイター達と一緒に、勉強や学びをどうすればもっと「おもしろく」できるかを研究し、開発するラボラトリーです。
「学校(本校と分校)」は、ラボが考えたアイデアやツールの実践と検証を行う場所であり、既存の学校の代わりとなる代替教育の場でもあります。
さらに、既存の小中高と連携し、協力し合い、ラボのアイデアやツールを実際に小中高の授業でも使用していただけるように準備していきたいと思っています。
「地立おもしろい学校」は、大人も子どももどちらでも入学できる学校として、地域とクリエイティブとみんなの力を合わせ、「学び」をデザインし直し、学ぶことのおもしろさに出会える場所でありたいと思っています。
今秋の開校を目指して、まだまだやることが山積みですが、仲間と共に歩む道は楽しさが勝ります。
とりあえず理事長(僕です)と副理事長と本校の校長先生だけは決定しましたが、それでもまだまだ人手も設備もあれもこれも、まるで足りていません。
もしもご興味のある方がいらっしゃましたら、おもじろー手拭いや、おもじろーTシャツを無理やり着させられる可能性がないとは言い切れませんが、どうか恥ずかしがらずにご参加ください。
▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school
僕らが来ることを、きっとどこかで誰かが待っててくれている。
そう信じて、一歩一歩です。
おも校ミーティング

昨日、新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」の第ゼロ回となる最初のミーティングを、19歳~67歳の参加者6名(うち1名はZOOMで参加)にて開催しました。
年齢もバックグラウンドも違うバラエティに富んだメンバーにて、「誰とどう作るか?」の前に、もっとも大切な問いである、「なぜ作るのか?」について意見を交わし、改めて「地立おもしろい学校」の必要性を参加者全員で共有することができました。
他にも、既存の学校やオルタナティブ教育と何が違うのか、何が新しい取り組みなのか、目指すべきゴールはどこか、などを話し合い、全会一致でプロジェクトの始動が決定!
いよいよ本格的に動き出していきます!
次回の全体ミーティングは8月。
この時はさらに参加者を増やし、運営体制、役割分担、資金集め、生徒の募集方法など、より具体的な内容について協議していく予定ですので、教育関係者、各種クリエイター、他にも多彩なジャンルの方々に、賛同&参加していただけたら嬉しいなと思っています。
現在、「地立おもしろい学校」とは何なのかをご理解いただくためのウェブサイトを制作中です。
サイト内でも、企画に賛同し、参加していただけるメンバーさんを募集してまいりますので、そちらも何卒よろしくお願いいたします。
家訓
DESIGNED BY CHILDREN 2022

2015年から三重県の勢和小学校(多気町)で毎年実施してきました、小学6年生を対象にしたデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の今年の日程も全て無事に終了!
記録のための写真やビデオを見返して毎年思うことは、いくら何でもいよいよ痩せなきゃなってことと、50代のごっついおっさんじゃなく30代のヤングなイケメンデザイナーがやるべきだなってことと、個性豊かな子ども達の変化。
自分の小学6年生の頃と今を比べること自体がナンセンスかも知れないけど、今の子ども達のすごい所は、ゲームに慣れ親しんでるからか、「理論」への理解がちゃんとあって、飲み込みがすごく早いこと。
でもその反面、無い物を生み出す想像力に関しては、昔の子どものほうが豊かだったようにも思う。
とにかく、「今」や「時代」とこうして触れ合える機会を与えてもらえてることに感謝したい。
この活動がもっともっと広がっていくようにがんばらないとな。
来年はカリキュラムを思い切って変えてみようと思う。
そして、僕の後を引き継いでくれる若手を育てよう。
誰か、立候補してくれる若者はいねーか?
勢和小学校の皆さん、今年もありがとうございましたー!
安心感
今日も暑い中、3件の打ち合わせ。
うちひとつは、クリエイティブディレクターとして全体の総括を担当する新事業のキックオフミーティングでした。
新事業のチームリーダーは25歳の若き女性起業家。
こういう時、僕が彼女たちに与えてあげるべきことは、これまでの知識量と経験値以上に、何よりも「安心感」だと思う。
このおっちゃんがいれば何とかなる。
何があっても、最後にはこのおっちゃんが何とかしてくれる。
そういう安心感を彼女たちに持ってもらうことが何よりも大事。
最後はおっちゃんが何とかするから、自分たちが信じる道をおもいっきり突き進んでほしい。
うちひとつは、クリエイティブディレクターとして全体の総括を担当する新事業のキックオフミーティングでした。
新事業のチームリーダーは25歳の若き女性起業家。
こういう時、僕が彼女たちに与えてあげるべきことは、これまでの知識量と経験値以上に、何よりも「安心感」だと思う。
このおっちゃんがいれば何とかなる。
何があっても、最後にはこのおっちゃんが何とかしてくれる。
そういう安心感を彼女たちに持ってもらうことが何よりも大事。
最後はおっちゃんが何とかするから、自分たちが信じる道をおもいっきり突き進んでほしい。
太らないチョコ
三重県内の中学校から、生徒たちが取り組んでいる防災企画にデザインの視点からアドバイスをするお役目をいただいた。
こうやって少しずつ地元三重県の教育にデザインで関われることが増えていくのは大変嬉しく光栄なこと。
通常、こういう企画の場合、子ども達ならではの視点が抜け落ちていることが多く、大人が考えそうなことを考えて、はいよくできました、と終わるのがオチ。
でも、子どもだから見えてくることがきっとあるし、子どもだから気づけることがもっとあるはず。
まして、実際に災害があった時は、真っ先に避難しなければいけないのが子ども達自身。
そういう視点から企画を考えられているかをアドバイスできればと思う。
近年、教育をデザインしようという動きはどんどん盛んになっている。
実際に「教育×エンターテインメント」な活動やサービスは世の中にたくさんあるし、それをテーマにベンチャー企業を立ち上げる若者もたくさんいる。
でも、そのわりには広まっている印象は少ないし、数年で撤退してしまうベンチャー企業も多いと聞く。
なぜだろうか?
要因は色々あると思うけど、やはり国が定める既存のルールという壁の圧倒的な高さと分厚さが原因だと思う。
通常、教育をエンタメ化した教材やゲーム要素を取り入れた授業などは、通常の教科とは別の「総合的学習の時間」という枠の中で行われることが多い。
ちなみに「総合的学習の時間」とは、「生徒(児童)が自主的に課題を見つけ出し、課題解決のための資質や能力の育成を目的とした探究学習の授業」で、小学校6年生の場合は年間70単位時間が割り当てられ、授業内容は学校や教師の裁量に任されいる。
ただ、任されているとはいえ、実際の現場ではそれほど自由度が高いとは思えない。
ましてや「総合的学習の時間」を魅力あるものにするためには、それなりのスキルを持った教師でなくては難しいと思う。
僕が行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」も「総合的学習の時間」を利用させてもらっているけど、こういう取り組みや授業が「総合的学習の時間」でしか出来ないこと自体が問題だと思う。
学校を変えたい!と思ったら学校の中にいては難しいのではないか。
本当に学校を変えたいのなら「学習指導要領」の鎖に縛られない別の場所を作るしかないのではないか。
文科省や学習指導要領の壁の高さを前に、たかがベンチャーはあまりにもか弱い。
新しく立ち上げようとしている「地立おもしろい学校」というプロジェクトは、子どものためだけの場所でもないし、大人のためだけの場所でもない。
不登校児や障がい児のための学校でもなく、おもしろい学校で学びたいと思う全ての人のための場所。
なので、不登校児も障がい児もミュージシャンもデザイナーもサラリーマンも医者もマジシャンもスポーツ選手もお笑い芸人も料理人も、みんなが普通に一緒にいて、みんなで一緒に学校をおもしろくしていく場所だ。
そんな「地立おもしろい学校」が、「教科書もあるし先生もいる学校」というスタイルにこだわっているのは、日本の学校そのものを全否定しているわけではなく、良い所はそのまま残してダメな所はおもいっきり変えていこう、と思うから。
僕は学校が嫌いじゃなかったし、「学校」というキーワードに紐づけされた大切な想い出がたくさんある。
僕はただ、学校をもっと素敵でおもしろい場所にしたいだけなのだ。
未来は子ども達がつくる、とよく言うけれど、赤を青に、右を左に、上を下に、急に変えられるわけじゃない。
未来を作るということは、少なからず「今」を否定することでもあるわけで、未来という理想のゴールを定めて、そこから逆算して今何をするべきか、何を残し何を変えていくべきかをいくら問うても、「過去」や「今」に固執する勢力がそれを全力で阻み、その巨大な壁の前にいくつもの志とベンチャー企業が沈んでいく。
1か月後に急に10キロ痩せられるわけじゃない。
今日のこのチョコ1個が、1か月後の10キロ減量へとつながる。
現状に固執する勢力達が、まだ見ぬ未来のために、今、このチョコ1個を取り上げられることに耐えられるだろうか?
でも、だからといって、声をあげ、プラカードを掲げて、無理やりにチョコを奪っても効果は薄い。
チョコが美味しくないと感じる仕掛けや、太らないチョコを新しく作ってあげるほうが、もっとチャンスが生まれるだろう。
それがデザインの役割であり、それが「地立おもしろい学校」なのだ。
こうやって少しずつ地元三重県の教育にデザインで関われることが増えていくのは大変嬉しく光栄なこと。
通常、こういう企画の場合、子ども達ならではの視点が抜け落ちていることが多く、大人が考えそうなことを考えて、はいよくできました、と終わるのがオチ。
でも、子どもだから見えてくることがきっとあるし、子どもだから気づけることがもっとあるはず。
まして、実際に災害があった時は、真っ先に避難しなければいけないのが子ども達自身。
そういう視点から企画を考えられているかをアドバイスできればと思う。
近年、教育をデザインしようという動きはどんどん盛んになっている。
実際に「教育×エンターテインメント」な活動やサービスは世の中にたくさんあるし、それをテーマにベンチャー企業を立ち上げる若者もたくさんいる。
でも、そのわりには広まっている印象は少ないし、数年で撤退してしまうベンチャー企業も多いと聞く。
なぜだろうか?
要因は色々あると思うけど、やはり国が定める既存のルールという壁の圧倒的な高さと分厚さが原因だと思う。
通常、教育をエンタメ化した教材やゲーム要素を取り入れた授業などは、通常の教科とは別の「総合的学習の時間」という枠の中で行われることが多い。
ちなみに「総合的学習の時間」とは、「生徒(児童)が自主的に課題を見つけ出し、課題解決のための資質や能力の育成を目的とした探究学習の授業」で、小学校6年生の場合は年間70単位時間が割り当てられ、授業内容は学校や教師の裁量に任されいる。
ただ、任されているとはいえ、実際の現場ではそれほど自由度が高いとは思えない。
ましてや「総合的学習の時間」を魅力あるものにするためには、それなりのスキルを持った教師でなくては難しいと思う。
僕が行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」も「総合的学習の時間」を利用させてもらっているけど、こういう取り組みや授業が「総合的学習の時間」でしか出来ないこと自体が問題だと思う。
学校を変えたい!と思ったら学校の中にいては難しいのではないか。
本当に学校を変えたいのなら「学習指導要領」の鎖に縛られない別の場所を作るしかないのではないか。
文科省や学習指導要領の壁の高さを前に、たかがベンチャーはあまりにもか弱い。
新しく立ち上げようとしている「地立おもしろい学校」というプロジェクトは、子どものためだけの場所でもないし、大人のためだけの場所でもない。
不登校児や障がい児のための学校でもなく、おもしろい学校で学びたいと思う全ての人のための場所。
なので、不登校児も障がい児もミュージシャンもデザイナーもサラリーマンも医者もマジシャンもスポーツ選手もお笑い芸人も料理人も、みんなが普通に一緒にいて、みんなで一緒に学校をおもしろくしていく場所だ。
そんな「地立おもしろい学校」が、「教科書もあるし先生もいる学校」というスタイルにこだわっているのは、日本の学校そのものを全否定しているわけではなく、良い所はそのまま残してダメな所はおもいっきり変えていこう、と思うから。
僕は学校が嫌いじゃなかったし、「学校」というキーワードに紐づけされた大切な想い出がたくさんある。
僕はただ、学校をもっと素敵でおもしろい場所にしたいだけなのだ。
未来は子ども達がつくる、とよく言うけれど、赤を青に、右を左に、上を下に、急に変えられるわけじゃない。
未来を作るということは、少なからず「今」を否定することでもあるわけで、未来という理想のゴールを定めて、そこから逆算して今何をするべきか、何を残し何を変えていくべきかをいくら問うても、「過去」や「今」に固執する勢力がそれを全力で阻み、その巨大な壁の前にいくつもの志とベンチャー企業が沈んでいく。
1か月後に急に10キロ痩せられるわけじゃない。
今日のこのチョコ1個が、1か月後の10キロ減量へとつながる。
現状に固執する勢力達が、まだ見ぬ未来のために、今、このチョコ1個を取り上げられることに耐えられるだろうか?
でも、だからといって、声をあげ、プラカードを掲げて、無理やりにチョコを奪っても効果は薄い。
チョコが美味しくないと感じる仕掛けや、太らないチョコを新しく作ってあげるほうが、もっとチャンスが生まれるだろう。
それがデザインの役割であり、それが「地立おもしろい学校」なのだ。
続・おもしろい学校
前回に続き、おもしろい学校を作ろう!の件。
プロジェクトの名前は、公立でもなく私立でもなく、地域と一緒に育てていく学校なので、仮に、「地立 おもしろい学校(ちりつ おもしろいがっこう)」とする。
プロジェクトメンバーが集う拠点となる場所を探し中なので、空き家の情報、お待ちしております。
はてさて、おもしろい学校とはどんな学校なのか。
例えば、とある社会の授業。
先生がまず、タブレットでルーレットを回し、ランダムに出現する3つのキーワード(「自転車」「夕焼け」「ホッチキス」など)を決定する。
そのキーワードは、子ども達たちが言ってはいけない「NGワード」。
このNGワードを、チャイムが鳴るまでに子ども達に3つとも言わせたら、先生の勝ち。
ひとつでも残ってしまったら、子ども達の勝ち。
先生は、社会の授業を進めながら、どうやって「ホッチキス」という言葉を子ども達から引き出すのか。
子ども達は、無事にチャイムが鳴る終えるまでNGワードを言わずに済むだろうか。
これは家庭でも出来るので、夕飯時とかにぜひやってみてほしい。
ご飯を食べ終わるまでに、子ども達に3つのNGワードを言わせるのは至難の業。
もちろん、いつもの口癖とかをNGワードにしてしまうと、普通の会話もまともにできなくなってしまうのでダメ。
あくまでも、ランダムに出現するキーワードにすること。
もしも親が勝ったら、その日のお皿洗いは子ども達にしてもらおう。
このゲームで大切なことは、ギリギリのところで、先生または親が負けること。
負けたほうは、ちゃんとおもいっきり悔しがってください。
こういうことをすると、子ども達が勉強に集中できないだろ!という人がいるかもしれないけど、僕は逆だと思う。
この、ゲームのような授業がいざ始まると、子ども達はもう、先生やほかの子ども達の一言一句に集中せざる得ない。
なのでむしろ、感覚は研ぎ澄まされると思う。
こんな風に、100人のクリエイターがひとつずつアイデアを考えれば、100通りのおもしろい授業が作れるんじゃないかなと思う。
明日は、小学校で行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」の2日目。
怖いくらいな暑さかも知れないので、熱中症対策を万全にしつつ、マスク越しでもわかる子ども達のキラキラした笑顔に会ってきます。
プロジェクトの名前は、公立でもなく私立でもなく、地域と一緒に育てていく学校なので、仮に、「地立 おもしろい学校(ちりつ おもしろいがっこう)」とする。
プロジェクトメンバーが集う拠点となる場所を探し中なので、空き家の情報、お待ちしております。
はてさて、おもしろい学校とはどんな学校なのか。
例えば、とある社会の授業。
先生がまず、タブレットでルーレットを回し、ランダムに出現する3つのキーワード(「自転車」「夕焼け」「ホッチキス」など)を決定する。
そのキーワードは、子ども達たちが言ってはいけない「NGワード」。
このNGワードを、チャイムが鳴るまでに子ども達に3つとも言わせたら、先生の勝ち。
ひとつでも残ってしまったら、子ども達の勝ち。
先生は、社会の授業を進めながら、どうやって「ホッチキス」という言葉を子ども達から引き出すのか。
子ども達は、無事にチャイムが鳴る終えるまでNGワードを言わずに済むだろうか。
これは家庭でも出来るので、夕飯時とかにぜひやってみてほしい。
ご飯を食べ終わるまでに、子ども達に3つのNGワードを言わせるのは至難の業。
もちろん、いつもの口癖とかをNGワードにしてしまうと、普通の会話もまともにできなくなってしまうのでダメ。
あくまでも、ランダムに出現するキーワードにすること。
もしも親が勝ったら、その日のお皿洗いは子ども達にしてもらおう。
このゲームで大切なことは、ギリギリのところで、先生または親が負けること。
負けたほうは、ちゃんとおもいっきり悔しがってください。
こういうことをすると、子ども達が勉強に集中できないだろ!という人がいるかもしれないけど、僕は逆だと思う。
この、ゲームのような授業がいざ始まると、子ども達はもう、先生やほかの子ども達の一言一句に集中せざる得ない。
なのでむしろ、感覚は研ぎ澄まされると思う。
こんな風に、100人のクリエイターがひとつずつアイデアを考えれば、100通りのおもしろい授業が作れるんじゃないかなと思う。
明日は、小学校で行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」の2日目。
怖いくらいな暑さかも知れないので、熱中症対策を万全にしつつ、マスク越しでもわかる子ども達のキラキラした笑顔に会ってきます。
夢物語
先日からの熱中症の症状もひとまずおさまり、ひと安心。
経口補水液のオーエスワンを片時も手放さず、対策も万全。
ご迷惑を改めてお詫びし、ご心配とお心遣いに心から感謝します。
そんな中、前回の投稿で書いたとおり、今後、何を選択し何に集中すべきかを考える。
そのひとつは、「教育事業」だと思う。
これまで、三重県出身のクリエイターにロングインタビューする雑誌「MIENOKO」(2012~)、小学校で行うデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」(2015~)、ノンデザイナーにもデザインの視点と考え方を教える、デザインを「わかりたい」人のためのデザインスクール「WIPE ACADEMIA」(2018~)、と3つの教育関連プロジェクトを実践してきた。
ただうちの会社では「教育事業」というカテゴリーに分類されるこれらのプロジェクトも、実態は不採算で「事業」なんて呼べるレベルには程遠い。
それなのにデザイナーになってからずっと「教育をデザインしたい」と言い続けてきたのは、デザインが装飾のためではなく、問題の本質を正しく見つけ出し、それを見事に解決できるツールであることを知ってから、世界中の様々な問題を見聞きするたびに、その問題の本質を掘り下げていくと、いつも必ず最後は「教育」につきあたってきたからだ。
そして懲りずにまた、4つ目の「教育事業」を立ち上げようと画策中。
それもずばり、学校を作ろう!ってプロジェクト。
まだ頭の中だけの話だけど、心の中の得体の知れない何かが僕にそれをやれと言う。
光り輝くアイデアはまだ見つからないけど、ワクワクしてる自分がそこにいる。
全部の根底にあるのは、いつだって「教育」だった。
でも僕自身、不登校だったわけでもないし、いじめられた経験があるわけでもないけど、学校がおもしろくならなきゃ、学ぶことが楽しくならなきゃ、分かることの喜びをたくさんの人が知らなきゃ、世の中が良くならない気がしてならない。
かつては僕らも子どもだった。
でも大人になるにつれ、子どものことがよくわからなくなっていく。
「時間」の理解ができていない小さい子どもに「あと5分しかないよ!急ぎなさい!」と言っても、「あと5分で終わり!」と言われても、5分がどういう長さなのかが感覚的にわからないから、その通りにできるわけがない。
大人の常識で子どもを叱っても、意味のわからない子どもにしてみればただただ怖いってだけで、全然おもしろくない。
子どもだけじゃない。
勉強が嫌いだった、学校が楽しくなかった、そういう大人がきっとたくさんいると思う。
きっと僕らは、「学ぶ楽しさ」を学ばずに、「分かるおもしろさ」を知らないままに、大人になってしまったのかもしれない。
でも、学ぶってことは、きっともっと楽しいもののはずだし、答えのもっと先のほうにある、僕らが本当に知りたかったことを知る術がどこかにあるはずだ。
「おもしろい」の定義は人それぞれだけど、そもそも「おもしろい」の語源は、暗闇から抜け出して目の前(面)がパッと明るく(白く)なることだ。
わからなかったことがわかった時の笑顔は学ぶことの楽しさに出会えた証だし、デザインで誰かの目の前をパッと明るく照らせたらとてもハッピー。
だから、おもしろい!って本気で思えるクリエイティブな学校を作ってみたいのだ。
モンテッソーリ、シュタイナー、フリースクール、ホームスクーリング。
世の中にはすでに優れた教育環境がたくさんある。
既存の学校にガマンして通うくらいなら、積極的にこれらのオルタナティブな教育環境を選択すべきだ。
でも僕が作るなら、優秀な教育環境がすでにたくさんあるんだから、それの真似をしても意味がない。
だから、僕が作りたい学校は、教科書がない教育ではなく、教科書がちゃんとおもしろい教育。
先生がいない教室ではなく、先生がちゃんとおもしろい教室。
何をするのも自由な学校ではなく、一緒に何かをするのがめちゃくちゃおもしろい学校。
「おもしろい学校」なんて、ただの理想にすぎない「夢物語」だと僕も思う。
でも、だから挑まないってのも僕らしくない。
とはいえ、「おもしろい学校」ってどうやれば作れるんだろうか。
オーエスワンを小脇に抱え、悩みは続くよ、どこまでも。
一緒に悩んでくれる人、この指止まれ。
経口補水液のオーエスワンを片時も手放さず、対策も万全。
ご迷惑を改めてお詫びし、ご心配とお心遣いに心から感謝します。
そんな中、前回の投稿で書いたとおり、今後、何を選択し何に集中すべきかを考える。
そのひとつは、「教育事業」だと思う。
これまで、三重県出身のクリエイターにロングインタビューする雑誌「MIENOKO」(2012~)、小学校で行うデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」(2015~)、ノンデザイナーにもデザインの視点と考え方を教える、デザインを「わかりたい」人のためのデザインスクール「WIPE ACADEMIA」(2018~)、と3つの教育関連プロジェクトを実践してきた。
ただうちの会社では「教育事業」というカテゴリーに分類されるこれらのプロジェクトも、実態は不採算で「事業」なんて呼べるレベルには程遠い。
それなのにデザイナーになってからずっと「教育をデザインしたい」と言い続けてきたのは、デザインが装飾のためではなく、問題の本質を正しく見つけ出し、それを見事に解決できるツールであることを知ってから、世界中の様々な問題を見聞きするたびに、その問題の本質を掘り下げていくと、いつも必ず最後は「教育」につきあたってきたからだ。
そして懲りずにまた、4つ目の「教育事業」を立ち上げようと画策中。
それもずばり、学校を作ろう!ってプロジェクト。
まだ頭の中だけの話だけど、心の中の得体の知れない何かが僕にそれをやれと言う。
光り輝くアイデアはまだ見つからないけど、ワクワクしてる自分がそこにいる。
全部の根底にあるのは、いつだって「教育」だった。
でも僕自身、不登校だったわけでもないし、いじめられた経験があるわけでもないけど、学校がおもしろくならなきゃ、学ぶことが楽しくならなきゃ、分かることの喜びをたくさんの人が知らなきゃ、世の中が良くならない気がしてならない。
かつては僕らも子どもだった。
でも大人になるにつれ、子どものことがよくわからなくなっていく。
「時間」の理解ができていない小さい子どもに「あと5分しかないよ!急ぎなさい!」と言っても、「あと5分で終わり!」と言われても、5分がどういう長さなのかが感覚的にわからないから、その通りにできるわけがない。
大人の常識で子どもを叱っても、意味のわからない子どもにしてみればただただ怖いってだけで、全然おもしろくない。
子どもだけじゃない。
勉強が嫌いだった、学校が楽しくなかった、そういう大人がきっとたくさんいると思う。
きっと僕らは、「学ぶ楽しさ」を学ばずに、「分かるおもしろさ」を知らないままに、大人になってしまったのかもしれない。
でも、学ぶってことは、きっともっと楽しいもののはずだし、答えのもっと先のほうにある、僕らが本当に知りたかったことを知る術がどこかにあるはずだ。
「おもしろい」の定義は人それぞれだけど、そもそも「おもしろい」の語源は、暗闇から抜け出して目の前(面)がパッと明るく(白く)なることだ。
わからなかったことがわかった時の笑顔は学ぶことの楽しさに出会えた証だし、デザインで誰かの目の前をパッと明るく照らせたらとてもハッピー。
だから、おもしろい!って本気で思えるクリエイティブな学校を作ってみたいのだ。
モンテッソーリ、シュタイナー、フリースクール、ホームスクーリング。
世の中にはすでに優れた教育環境がたくさんある。
既存の学校にガマンして通うくらいなら、積極的にこれらのオルタナティブな教育環境を選択すべきだ。
でも僕が作るなら、優秀な教育環境がすでにたくさんあるんだから、それの真似をしても意味がない。
だから、僕が作りたい学校は、教科書がない教育ではなく、教科書がちゃんとおもしろい教育。
先生がいない教室ではなく、先生がちゃんとおもしろい教室。
何をするのも自由な学校ではなく、一緒に何かをするのがめちゃくちゃおもしろい学校。
「おもしろい学校」なんて、ただの理想にすぎない「夢物語」だと僕も思う。
でも、だから挑まないってのも僕らしくない。
とはいえ、「おもしろい学校」ってどうやれば作れるんだろうか。
オーエスワンを小脇に抱え、悩みは続くよ、どこまでも。
一緒に悩んでくれる人、この指止まれ。
熱中症
不覚にも先々週末に風邪を引き、そこへ来て体力が落ちている先週末に熱中症でダウン。
仕事が立て込んでいて疲れ果てていたとはいえ、ゴリアンデザイナーの僕を動けなくさせる威力。
自分が若くないことを痛感する。
絶好調とはいかないが、今日から少しずつ仕事を再開。
今回のことで多方面にご迷惑をかけた。
お詫びしてもしきれないが、今回のことだけじゃなく、やはりそろそろ仕事のやり方を変える時期だなと、ベッドでうーうーうなりながら改めて思った。
世の中には、バスの揺れ方で人生の意味がわかる人だっている。
熱が下がらず、体力が戻らず、手元に力が入らず、タバコを持つ手が震えたりコーヒーをこぼしたりキーを打ち間違えたり、こういうことの全部がメッセージだと思うほどファンタジスタでもロマンチストでもないけれど、何かを感じ取るには十分な週末だったと思う。
良質な仕事ってものは、有名だからとか歴史があるからとか経験豊富なベテランだからとかではなく、いつもパワー全開でエネルギッシュでパワフルで、自分が放つ光で回りを明るく照らしてしまえるような人のもとへ集中する。
そういう人は常に動き回り、常に考え、有言実行で結果を残していく。
だからこそ僕は、スタートアップの頃のように、もう一度やるべきことを選択し、それに集中しよう。
それがどれほど小規模でも、それがどれほど地味で目立たなくても、これぞ自分の仕事、と言い切れる仕事を心から楽しめば、結果はきっと後からついてくる。
小さく、狭く、深く、鋭く、ワクワクする音のなるほうへ。
でもまずは、体調管理ですね。
仕事が立て込んでいて疲れ果てていたとはいえ、ゴリアンデザイナーの僕を動けなくさせる威力。
自分が若くないことを痛感する。
絶好調とはいかないが、今日から少しずつ仕事を再開。
今回のことで多方面にご迷惑をかけた。
お詫びしてもしきれないが、今回のことだけじゃなく、やはりそろそろ仕事のやり方を変える時期だなと、ベッドでうーうーうなりながら改めて思った。
世の中には、バスの揺れ方で人生の意味がわかる人だっている。
熱が下がらず、体力が戻らず、手元に力が入らず、タバコを持つ手が震えたりコーヒーをこぼしたりキーを打ち間違えたり、こういうことの全部がメッセージだと思うほどファンタジスタでもロマンチストでもないけれど、何かを感じ取るには十分な週末だったと思う。
良質な仕事ってものは、有名だからとか歴史があるからとか経験豊富なベテランだからとかではなく、いつもパワー全開でエネルギッシュでパワフルで、自分が放つ光で回りを明るく照らしてしまえるような人のもとへ集中する。
そういう人は常に動き回り、常に考え、有言実行で結果を残していく。
だからこそ僕は、スタートアップの頃のように、もう一度やるべきことを選択し、それに集中しよう。
それがどれほど小規模でも、それがどれほど地味で目立たなくても、これぞ自分の仕事、と言い切れる仕事を心から楽しめば、結果はきっと後からついてくる。
小さく、狭く、深く、鋭く、ワクワクする音のなるほうへ。
でもまずは、体調管理ですね。
大好きな笑顔

天候が荒れた今日、毎年恒例の旧友の墓参りに。
妊娠中にガンが見つかり、2000年に27歳の若さで出産と同時に天国へ逝ってしまった陸上部のマネージャー。
最愛の子をその胸に抱くこともできず、さぞ無念だったろう。
母の命を引き継いだ息子も、今年で22歳か。
彼女の墓の前にいると、とても自然に、優しい気持ちになれる。
ご先祖様の墓参りでは、俺は大丈夫だから安心してね、といささかの虚勢もはるけれど、彼女の前だと弱さもズルさも全部を素直に出せる。
この前のアレ、俺は悪くないよな?
どう思う?おかしいだろ、アレ。
そんな風に、1年分のあれやこれやを彼女に愚痴る。
きっと彼女は笑ってる。
みんなが大好きだった彼女。
分け隔てなく包み込む彼女の人柄。
あの大好きだった笑顔に、また会いたい。
てるてる坊主

修学旅行を楽しみにしていた姉(いと・小6)のために、ちょっと夜更かしして「てるてる坊主」を作ってあげる妹(こと・小2)。
その甲斐あって、妹の姉を想う気持ちが通じたのか、今日はちゃんと晴れました。
今頃は、楽しみにしていた宿泊先の美味しい料理を満喫していることだろう。
誰かを想って、その人を笑顔にしたくて、心を込めて作るのが、モノづくりにおける一番大事なもの。
だからこそ、モノづくりの灯を消してはいけないのだ。
「ねえねの修学旅行が晴れて良かったね」と言う妹に、「ことのてるてる坊主のおかげやね」って言ったら、照れながらちょっと笑う。
ちょくちょく姉妹喧嘩もするけれど、誰かを想える優しい姉妹に育ってくれたことを、奥さんと祖父母たちと姉妹の友達たちに心から感謝。
娘(妹)よ、今夜だけは、明日ねえねが帰ってくるまでママを独り占めできる初めての時間を、心ゆくまで楽しんでおくれ。
この「てるてる坊主」は大事にとっておくからね。
消臭スプレー
古き良きが、今時のスタイル。
モックアップ作り
ひび割れて出来た石畳
ひっそりとそこにあるもの
深さ50センチの水槽

人の年齢を水槽に例えるなら、25歳の水槽は深さ25センチで、50歳の水槽は深さ50センチ。
ただ、あくまでも水槽はただの水槽であって、そこに並々に水が溜まっているかどうかはその人の生きてきた人生次第。
50センチの水槽に3センチしか水が溜まっていない人もいれば、水槽から溢れ出して池になってる人もいるだろう。
透き通った透明な水の人生もあれば、濁った水の人生もあるし、水槽に穴が空いていて水が溜まらない人生ってのもあるかも。
同じ透明でも、薬剤で無理やりにカルキを取り除いた透明ではなく、たっぷりの太陽光を浴び、常に水が入れ替わるような流れが生み出す自然の透明さがいい。
関係ないけど、たとえ海になれなかった人生だったとしても、水槽を飛び出す野望を捨てる必要はない。
とまあなんとなく、中庭のメダカにエサをやりながら、僕は僕の水槽とそこに注がれた水を想う。
僕の深さ50センチの水槽。
お風呂にするにはまだまだ浅いな。
50歳になりました
残りの10年をどう歩むか?
グレーな世界
車も壁も棚も飾りも文房具も、僕のまわりはグレー色だらけ。
僕がねずみ年生まれだからってわけじゃなく、単純に僕の一番好きな色だからなんだけど、グレーは「デザイン」ってものを一番よく表現している色だと思う。
世の中は、白が5%、黒が5%、残りの90%はグレーで出来ている、って誰かが言ってたけど、本当にそうだなと感じる。
だから、何かと白黒つけたがる人や、生きづらさを感じている人の大半は、このグレーに悩まされるんだろう。
政治の世界を見ればよくわかる。
どっちにも解釈できるように、ほとんどのことがグレーに作られている。
ピンチの時に、うまく逃げられるように。
まあ、これは悪い例だけど。
以前、代替案があるかないか、がアートとデザインの違いだと書いた。
デザインには常に代替案がある。
A案がダメならB案。
B案もダメならC案やD案やE案を生み出す。
だからこそ、グレーでないと成り立たない。
そう言うと、なんていいかげんでテキトーで曖昧なんだ、と思われそうだけど、僕はグレーな状態が心地いい。
おかげで、あらゆる意味で守備範囲はかなり広いほうだと思う。
それに、「テキトー」を辞書で調べると、「ある性質・状態・要求などに、ちょうどよく合うこと。ふさわしいこと。」とある。
だから別に悪いことじゃない。
グレーを「暗い・寂しい」と感じる人もたくさんいるけど、グレーは「静か」なところが、ちょうどいいんだと思う。
僕がグレーのニットを着ている女性に無条件で好感を持つのだって、たぶんそういう理由、なのかな?
僕が車を選ぶ時に、グレーかシルバーを最優先するのは、きっとそういう理由だと思う。
つやのないマットなグレーで、主役じゃなくても本当に実力や評価が高い人の事を指す「いぶし銀」って言葉もある。
なんかそういうの、いいと思う。
デザインを学ぶことは、グレーを学ぶことでもある。
それこそテキトーに、「グレデミー(グレー+アカデミー)」とでも名付けようか。
グレデミーで学べることは、もしかしたら白や黒よりもきっと真理で、生きづらい世の中を軽やかに生きていくための万能ツールだ。
グレーな世界を、どう走り、どう泳ぎ、どう飛ぶか。
全ての人がデザインを学ぶべき理由は、そんなところにもある。
僕がねずみ年生まれだからってわけじゃなく、単純に僕の一番好きな色だからなんだけど、グレーは「デザイン」ってものを一番よく表現している色だと思う。
世の中は、白が5%、黒が5%、残りの90%はグレーで出来ている、って誰かが言ってたけど、本当にそうだなと感じる。
だから、何かと白黒つけたがる人や、生きづらさを感じている人の大半は、このグレーに悩まされるんだろう。
政治の世界を見ればよくわかる。
どっちにも解釈できるように、ほとんどのことがグレーに作られている。
ピンチの時に、うまく逃げられるように。
まあ、これは悪い例だけど。
以前、代替案があるかないか、がアートとデザインの違いだと書いた。
デザインには常に代替案がある。
A案がダメならB案。
B案もダメならC案やD案やE案を生み出す。
だからこそ、グレーでないと成り立たない。
そう言うと、なんていいかげんでテキトーで曖昧なんだ、と思われそうだけど、僕はグレーな状態が心地いい。
おかげで、あらゆる意味で守備範囲はかなり広いほうだと思う。
それに、「テキトー」を辞書で調べると、「ある性質・状態・要求などに、ちょうどよく合うこと。ふさわしいこと。」とある。
だから別に悪いことじゃない。
グレーを「暗い・寂しい」と感じる人もたくさんいるけど、グレーは「静か」なところが、ちょうどいいんだと思う。
僕がグレーのニットを着ている女性に無条件で好感を持つのだって、たぶんそういう理由、なのかな?
僕が車を選ぶ時に、グレーかシルバーを最優先するのは、きっとそういう理由だと思う。
つやのないマットなグレーで、主役じゃなくても本当に実力や評価が高い人の事を指す「いぶし銀」って言葉もある。
なんかそういうの、いいと思う。
デザインを学ぶことは、グレーを学ぶことでもある。
それこそテキトーに、「グレデミー(グレー+アカデミー)」とでも名付けようか。
グレデミーで学べることは、もしかしたら白や黒よりもきっと真理で、生きづらい世の中を軽やかに生きていくための万能ツールだ。
グレーな世界を、どう走り、どう泳ぎ、どう飛ぶか。
全ての人がデザインを学ぶべき理由は、そんなところにもある。
モスのモッさん
クリエイティブな生き方
今あるもので満足しなさい?
今いる場所で咲きなさい?
そうできれば良かったけど、僕のような社会不適合者にはちょっとハードルが高い。
山があるなら超えていこう。
未経験のことだからこそ、まずは試してみよう。
こっちのほうが僕にはずっと楽。
こうでなければならない。
こうするのが一般常識だ。
そんな暮らしは、水槽の中みたいで息がつまる。
「欲しいものがわからないと、本当には欲しくないものに包囲されて暮らすことになる。」
(ファイト・クラブ)
本当に欲しいものは何なのか、本当に必要な人は誰なのか、本当に大切な真実はどこにあるのか、クリエイティブの視点を持っていない人にとっては、それが見えずらい世の中なのかもしれない。
クリエイターじゃなくても、クリエイティブな生き方はできるはずだ。
今いる場所で咲きなさい?
そうできれば良かったけど、僕のような社会不適合者にはちょっとハードルが高い。
山があるなら超えていこう。
未経験のことだからこそ、まずは試してみよう。
こっちのほうが僕にはずっと楽。
こうでなければならない。
こうするのが一般常識だ。
そんな暮らしは、水槽の中みたいで息がつまる。
「欲しいものがわからないと、本当には欲しくないものに包囲されて暮らすことになる。」
(ファイト・クラブ)
本当に欲しいものは何なのか、本当に必要な人は誰なのか、本当に大切な真実はどこにあるのか、クリエイティブの視点を持っていない人にとっては、それが見えずらい世の中なのかもしれない。
クリエイターじゃなくても、クリエイティブな生き方はできるはずだ。
ミスマッチ

先日撮った、小さな漁港に放置されていた、はたらく車。
この当時の日産車は本当にかっこいい。
当時はさぞ活躍したんだろうけど、なんでこのままここに放置されることになったんだろう。
どんなに高級な車でも、燃料が入ってなければただの箱か飾り物。
車は自分で燃料を入れることができない。
だからどんなに優秀でも、燃料を入れてくれる人が不可欠なんだ。
悪いのは、役立たずになって放置された車ではない。
本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらず、そのまま放置して知らん顔してる人間のほう。
アイデアとデザイン、そしてそこに愛があれば、問題は必ず解決できる。
そういえば先日の打ち合わせで、「ミスマッチ」の話になった。
三重に戻ってきて一番驚いたのは、それまで知らなかった良い素材なモノの多さと、それを台無しにしているデザインとのミスマッチの多さ。
カッコ良さの基準は人それぞれ違うにせよ、せっかくの良い素材を、なんでわざわざカッコ悪くするのかと憤りを感じることが多かった。
ミスマッチなモノやコトを見るたびに、欠けているのはやっぱり、アイデアとデザインと愛なんだと感じる。
だけど、同じミスマッチでも、人同士や組織間のミスマッチはちょっと手強い。
ミスマッチによって苦しんでる人がたくさんいる。
お互いの努力や協力によってどうにかなる場合はそれでもいいけど、求めてるモノやコトが違うのに、泣いたり苦しんだりしながら、それでも我慢して続けなきゃいけない理由って何だろうか。
何のために、誰のために、それでもそれを続けなきゃいけないんだろうか。
アメリカの第2代大統領のジョン・アダムスは、「忍耐と辛抱強さがあれば、どんな困難も障害も乗り越えられる」と言ったけど、この言葉の真の狙いはバレバレだ。
それよりも、スティーブ・ジョブスの「時間は限られているのだから、他人の人生を生きて自分の時間を無駄に過ごしてはいけない」という言葉のほうがしっくりくる。
時を重ねてベストマッチになっていく場合もある。
でもそうじゃないなら、無理して続けなくてもいい。
別の道がきっとあるはずだから。
モノもコトも人も、ミスマッチのまんまじゃ誰もハッピーになれない。
モノもコトも人も、勇気やタイミング、アイデアやデザイン、そして愛が大切なんだ。
その車も、その素材も、その工芸も、その土地も、その人も、きっとハッピーになるために生まれてきたはず。
目の前の問題が、越えるべきハードルなのか避けるべき壁なのか、正しい判断が必要。
最後まで諦めずにそれを見つけ出すことが、僕らデザイナーの仕事なんだと思う。
あと2か月で僕も50歳。
子どもの頃なら格好の遊具となっただろうこの放置された車に手をかけて、がんばったのになあ、もう誰も気にとめてもくれないんだなあ、そんな風に声をかけて、こんなことに感傷的になってしまうほど、僕も年を取ったんだなあとしみじみ思った。
とある本の「50歳」に関するページで、
「どれだけ偉ぶっていても、愛される人にはかなわない。」
という、トヨタの広告のコピーが紹介されていた。
40代も色々あった。
あっという間だったと思う。
色んな人を愛したし、色んな人に愛された。
色んな人を傷つけたし、色んな人に傷つけられた。
ベストマッチだらけだったと言いたいけど、現実はそう上手くはいかない。
それぞれの人に、それぞれなりの愛や正義があって、でもそれが必ずマッチするとは限らない。
どれだけ愛しても届かないことだってあるし、どれだけ愛されたとしても、偉ぶってる人に勝てないシーンもある。
ただ、本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらずそのまま放置して知らん顔してるのは、あまりにも愛がない。
偉ぶれるほど偉くもないのなら、せめて次のベストマッチを考えてあげよう。
放置された車を愛してくれる誰かがきっとどこかにいる。
それがアイデアであり、デザインのはず。
デザイナーとしての僕の役目が終わるのはいつだろう。
もしもそのまま放置されるとしたら、自分で終わってることに気づいていないからかも知れない。
そうならないためにも、ミスマッチを我慢せず、別のベストマッチを探すのもひとつの手だ。
心から愛されたと言える50代を過ごすために。
波の音
声

先日、NHKのラジオ番組に出演させていただいた際の記念撮影。
担当アナウンサーの高橋美帆さんとは初対面でしたが、気さくでありながら気品があり、優しい声のとても素敵な女性でした。
こういう時にいつも感じますが、「声」の威力や魔法ってやっぱりあると思います。
僕は昔から、声だけでもその人のことが好きになれるほどの声フェチなので、特にそこに敏感なのかも知れませんが、心にすうーっと染みてくる声というのがあります。
昔から芝居の世界では、良い役者の素養として、1番大事なのは「声」で、2番目に「顔」、3番目が「姿」と言われているそうです。
演劇評論家の小田島氏も、「言葉は耳から頭へいくが、声は耳から胸にくる」と言っているし、アメリカの天文学者、ボーエルも、「声は第二の顔である」と言っている。
声に自信のない僕なんかは、なんだかそう考えるとちょっとへこんでしまいますが、確かに声の印象ってのは強いし、声だけで心をつかめる素敵な声の持ち主がうらやましく思います。
たぶん、普段から話す言葉や口調やトーンやボリュームや姿勢や行動によっても、声は良くなったり悪くなったりするんだろうなと思うし、姿勢を正して、良い言葉をたくさん話したほうが、声にも艶が出てくるようにも感じる。
ただ、声の出せない方達と比べると、僕なんかはコミュニケーションの際に「声」や「話す」ってことに頼りすぎてしまっている点は反省が必要で、身振り手振り、服装、表情、仕草、そういうことで伝える、読み取る、そういうスキルをもっと磨かないといけないなと思う。
収録されたものを聞き返してみて、僕のまあなんともしわがれた声よ、と落胆もしてしまいますが、この声は僕だけのもので、唯一のもの。
いつ声が出なくなるかも知れませんが、それまではこの声を大事にしていきたいと思います。
2022年
さよなら、2021年。
大好きな人には、遠慮せず、臆せず、わきまえずに、素直に大好きと言おう。
好きじゃない人や仕事からは、不安がらず、恐れず、悪びれず、すっぱりと距離を置こう。
楽しいと思えない仕事や心が動かない案件は、それを楽しいと思える誰かに代わってもらおう。
人が生まれてきたことに意味などなくて、生きていくうえでの意味を欲しがってるだけ。
だから最初から決まっていたと思わずに、自分で好きなように意味を作っていこう。
僕が生まれたのは君に出会うため、それでもいい。
私はここへ来るべくして来たのだ、それでもいい。
曲は勝手に生まれて、どこからともなく流れてくるから、あとは自分で自由に詩をつければ、それでいいんだと思う。
なんとなくそんなことを思った、2021年の年の瀬。
2021年も本当に色んなことがあって、新たな発見、ずっと思ってきたことの確証、良き出会いと別れ、ここで終わること、ここから始まること、時々心が追いつかなくなるほど、なんだかんだと目まぐるしい1年でした。
今年も本当にありがとうございました。
僕が大好きな人達にとって、今までで一番最高だったぜ!って思える2022年でありますように。
では、よいお年を!
好きじゃない人や仕事からは、不安がらず、恐れず、悪びれず、すっぱりと距離を置こう。
楽しいと思えない仕事や心が動かない案件は、それを楽しいと思える誰かに代わってもらおう。
人が生まれてきたことに意味などなくて、生きていくうえでの意味を欲しがってるだけ。
だから最初から決まっていたと思わずに、自分で好きなように意味を作っていこう。
僕が生まれたのは君に出会うため、それでもいい。
私はここへ来るべくして来たのだ、それでもいい。
曲は勝手に生まれて、どこからともなく流れてくるから、あとは自分で自由に詩をつければ、それでいいんだと思う。
なんとなくそんなことを思った、2021年の年の瀬。
2021年も本当に色んなことがあって、新たな発見、ずっと思ってきたことの確証、良き出会いと別れ、ここで終わること、ここから始まること、時々心が追いつかなくなるほど、なんだかんだと目まぐるしい1年でした。
今年も本当にありがとうございました。
僕が大好きな人達にとって、今までで一番最高だったぜ!って思える2022年でありますように。
では、よいお年を!
アシスタントさん
環境としての親

前回に続き、子どもというキーワードで思うことは他にもあります。
僕はただのデザイナーであって、子どもの専門化でもなければ、何か根拠があるわけでもないし、それぞれの家庭にはそれぞれの事情があることも承知しながら、あくまでも個人的な考察として書きます。
例えば、親からの愛情の貯金があまりにも不足したまま大人になってしまった人が、その不足分を恋愛や仕事などで必死に埋めようとするけれど、そもそも口座が違うのでそこに求めていた愛情は貯金されず、不足は不足のままいつまでも埋められずに病んでいくケースが僕のまわりでもわりとあるなと。
もちろん、親は親なりに一生懸命に愛情を注いできたのかも知れません。
でも問題は、子どもが求めているものと違うものをいくら一生懸命に注いでも満たされることは決してないということ。
確かに、心の健康は「環境」によるところが大きいのかも知れません。
ただ問題は、親である自分自身を「環境」に含めていない場合が結構あること。
例えば、映画とかで、母親が愛する子どものために環境を変えなきゃと言ってダメ夫と離婚して見知らぬ土地へ引っ越して再出発、という場合に、もしも問題の「本質」が母親自身にもあった場合は、どんなに環境を変えても、どこまで遠くへ行ったとしても解決はしません。
この場合の問題の本質とは、母親がアル中だとか、そういう意味でのダメ親ってことじゃなくて、子どもにとっては、ママと一緒にいる時間がもっと欲しいとか、話をただ聞いてほしいだけ、だったりします。
ですが、子どものために一生懸命に働けば、必然的に子どもと一緒にいれる時間が少なくなります。
このジレンマを軽率に語ることはできませんが、果たして子どもがそれをちゃんと理解できるかどうか。
デザインは「装飾」ではなく、問題を正しく見つけ出し、それを見事に解決するためのツールです。
ビジネスの世界でも、この「環境」の設定がズレているケースをよく見聞きします。
例えば、社長が社長自身を「環境」に含めていない場合、人を変えようが設備を変えようが場所を変えようが、根本にある問題は変わりません。
もちろん、社長の会社ですから社長の自由なんだけど、問題の本質が「そこ」にあることを確信しながら、小手先の解決にいくら取り組んだとて、劇的な変化はなかなか起こせません。
ましてやそれが家庭のこととなると、ロジカルに論理的に建設的にとはなかなかいかないのが普通。
子どもが心に何を抱えているのか、それを子ども自身が完璧に説明できるわけがありません。
先述のケースでは、その子どもが親のことを心底大好きな場合が多いのも特徴です。
そして、勘の鋭い子は大好きな親を困らせたくないと自身を律しようともがきますが、子どもですから、うまくいかずに心と体のバランスを崩したりします。
そんな時に、この子には学校が合わないとか、友達づきあいが苦手だからとか、常に問題を親自身から離して考える人が多いことが気になります。
ましてや、この子は我慢強くて理解が早くて手のかからない子だから助かる、なんて悠長に言ってていいものなのかなと。
頭ではわかっているつもりでも、自身も「環境」の一部であることを正しく認識できている人は意外と少なく、だからこそ、自分から見えている景色ではなく、相手から見えている景色をちゃんと想像できる想像力が必要不可欠。
相手の視点の先には自分がいます。
それがちゃんと想像できれば、「環境を変える」ってことに自分自身も含まれていることがわかるはずです。
自分は誰よりも頑張っている。
そのことは決して否定しません。
でもやっぱり、相手が求めているものと違うものをいくら一生懸命に注いでも、満たされることは決してないのです。
子どもの目には、自分はどう写っているでしょうか。
「機嫌がいい」と「優しい」をはき違えてしまっていないでしょうか。
豊かな想像力がないと、事実ばかりに目を奪われて、真実が見えなくなってしまう。
それはとても怖いことだと思います。
仕方なく不足のままで大人になってしまった人にとって大切なのは、何が問題の本質で、どうすれば正しい方法で「他のもの」で不足を埋められるかを一緒にデザインしてくれる人に出逢えるかどうかだと思います。
もっと複雑で、決して安易に語れることじゃない。
それも重々承知です。
ただ、間違いなく親から子への「連鎖」は存在します。
どこかの段階で誰かが断ち切るまで。
長々と偉そうに書きましたが、あくまでもひとつの意見。
皆さんの中で、考えるきっかけのひとつになれば幸いです。
お祭り

お叱りを受ける覚悟で書きますが、僕はこれまで、「文化」が大事とあちこちで何度も言ってきました。
少々大げさかも知れませんが、文化は私たちの暮らしや未来にとって、大切なものです。
ですが一方で、文化とは程遠い、文化のふりした悪しき風習もあるように思います。
それがよく表れているのが、文化の象徴のひとつである「お祭り」ではないかと。
個人的な経験則ですが、良い祭りとダメなお祭りを何が分けるのかは、子どもたちの扱い方を見ればわかる気がします。
だけど、子どもたちを大切にしているお祭りを、僕はあまり見たことがありません。
例えば、僕が育った地域には、家を建てた時やお祭りの際に、高いところから餅やお菓子をまく「もちまき」という風習があります。
もとは災いを払うために行われた散餅の儀が由来で、山口県では、「餅ひろい世界選手権」まであるそうな。
三重県では、家を建てた際に「もちまき」をするところはかなり減ったと思うけど、お祭りでは今でも時々見かけます。
一見すると良い風習に見えますが、実際は、まるで何かに憑りつかれたかのように、飛んでくる餅に必死で飛びついて、恐ろしい形相で大人たちが餅を奪い合う凄惨な光景があって、周りが見えなくなっている大人たちが暴走し、餅ではなくお菓子をキャッチするために前のほうに寄ってきている子どもたちをなぎ倒して餅に飛びつくバカ野郎が必ずひとりやふたりはいたりします。
泣き出す子どもや、ケガをする子ども、子どもの代わりに必死でお菓子に飛びついてあげているお父さんたち、etc。
子どもたちが安心してこの文化を楽しめるように、専用ゾーンを設けている「もちまき」はほとんどないんじゃないでしょうか。
それに、この激しさも文化のひとつで、これも良き思い出となるのだ、これこそ祭りの醍醐味だ、そうやって大人の階段をのぼるのじゃー、などとほざく大人には呆れてものが言えません。
例えば、かの有名な「ねぶた祭」などはどうでしょう。
子どもたち専用の、会場で一番ねぶたがよく見える一番の特等席を用意してあげているのでしょうか。
僕には、一番前を大人たちが独占しているイメージしかありませんが、実際はどうなんでしょう。
花火大会だってそうです。
議員か誰か知らないけど、そういう大人が特等席にいたって何の意味もありません。
その場所こそ、子どもたちに譲ってあげるべきではないでしょうか。
祭りの会場には様々な出店があって、かき氷やポテトなどはどこも行列ができています。
祭りの楽しさを演出する大切な風習ですが、これも、子どもたちには優先権があってしかりだと思います。
だけど、子どもしか興味のない出店以外は、どこのお祭りも「平等」に大人も子どもも同じ列に並びます。
それは良いことだという意見もわかりますが、見直してもいい常識ではないかとさえ感じます。
もちろん、お祭りが大好きな子ども達もたくさんいるし、大人達が楽しんでいるのを見て、いつか自分も大人になったら、あんな風にお祭りを盛り上げるんだと、それを楽しみに大人になっていく子ども達がいることも知っています。
ですが、そうやってうまくいっているお祭りが全国にいくつあるでしょうか。
多くの子ども達にとってのお祭りの楽しみは、出店、友達、恋人、賑やかな雰囲気、とかが多いのではないかな。
そのお祭りにはどんな歴史や意味があるのか、それを楽しみながら知ってほしいと思うし、そうでなければもったいないと感じます。
文化とは「つないでいくもの」で、大人優先で楽しめるように設計されたお祭りは、いずれ消えてなくなると思う。
もちろん、子どもたちが十分に楽しめる工夫があるお祭りもあるはずだと思うし、そういうお祭りがもっともっと増えてほしい。
本来伝えたい文化の良さを伝えられず、本来味わってほしい文化の楽しさを味あわせてあげられなくて、どうやって文化をつないでいけるというのか。
だれがそんなものをつないでいきたいと思うのか。
極論かも知れないけど、子どもたちが一番楽しめる工夫がしてある祭りでなければ、それをする意味などないと、僕は思う。
長女の11歳の誕生日
笑った顔

We know from daily life that we exist for other people first of all, for whose smiles and well-being our own happiness depends.
(ほかの誰かの元気な笑顔のために自分が生きていることを、私たちは知っている。それは自分の幸福を支えてくれているんだ)
By アルベルト・アインシュタイン
家族、アシスタント、友達、クライアント等々、1日1回は必ず誰かを大笑いさせること。
たぶん僕の唯一のルーティーン。
中学生の頃、笑った顔が気持ち悪いと冗談交じりに言われてから、写真ではかたくなに笑わないでいた。
そして大人になって、あなたの笑った顔が好き、と言ってくれた女性と結婚した。
笑う門に、いくら待っても福が来なくたってかまわない。
とびっきりの気持ち悪い笑顔で、こっちから迎えに行ってやる。
ご迷惑でしょうが、これからも、くだらないことばっかり言ってるふざけたオヤジで生きていきます!
奥の細道

コロナ以前へ「戻ろう」とする人たちと、コロナ時代の先へ「進もう」とする人たちと、その狭間でうろたえ、迷い、留まる人たちと。
月日は二度と還らぬ旅人であり、行きかう年もまた同じ。
船頭として舟の上で人生を過ごす人、馬子として愛馬と共に老いていく人、かれらは毎日が旅であり、旅が住いなのだ。
(奥の細道)
川の流れは絶えることはなく、それでいてそこを流れる水は、同じもとの水ではない。
川のよどみに浮かぶ水の泡は、一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまっている例はない。
世の中に生きている人とその人たちの住処もまた、ちょうどこの川の流れや水の泡のようなものである。
(方丈記)
できるなら、僕もそうでありたい。
もめんノート

今夜はお通夜、明日は告別式。
身近な人の死は、自分の残された時間について考えさせられる。
亡くなったあとはあとで、色々と残された問題や課題も多い。
やはり故人が、生前のうちに色々と決めていってもらえると助かります。
ところで、我が故郷の松阪市には、500年続く伝統工芸「松阪もめん」がありますが、この「もめん」と、残された家族で揉めないでね、という意味の「揉めん」を掛け合わせた、「もめんノート」という名のエンディングノートがあるそうです。
ただ、「死人に口なし」とはよく言ったもので、本人は家族葬を希望していたのに、結局大掛かりな葬儀になってしまうパターンって多いので、エンディングノートにどこまでの効力があるのかは不明ですが、それでも、何かしらの意志は示しておいたほうがいいのかなと思います。
上の娘は、「もめんノート」と聞いて、「おっぱいが揉めん」と言ってひとりでゲラゲラ笑い転げてますが、こういう強靭なメンタルの持ち主はきっと後悔のない人生を送るのでしょうね。
羨ましい。
▼伊勢新聞の記事
https://www.isenp.co.jp/2020/09/01/49445/
たろか星人

松阪牛などで有名な僕が生まれ育った愛すべき故郷、三重県松阪市。
そこで暮らす松阪人を、別名「たろか星人」と僕は呼んでいる。
「教えたろか?」
「代わりにやったろか?」
「反対側、持っとったろか?」
「後で持ってきたろか?」
「お茶いれたろか?」
「呼んできたろか?」
などなど、悪意はないだろうが、とにかく押しつけがましい。
その後、25歳から東京で暮らすようになって、その違いに衝撃を受けた。
「お教えしましょうか?」
「私が代わりましょうか?」
「反対側、持ってましょうか?」
「後で持ってきましょうか?」
「お茶いれましょうか?」
「呼んできましょうか?」
などなど、とにかく押しつけがましくない。
なんてスマートなシティなんだと、よし、これからは俺も真似をしよう!と心に決めた。
それから24年後、三重県へ戻ってきて8年が経った今、ついつい僕も、「たろか星人」がひょっこりはんする。
もちろん悪意などないが、慣れというのは本当に恐ろしいものだ。
皆さんも、お気をつけて。
ドS度診断
息抜きにネットで見つけた「ドS度診断」。
項目に何個当てはまるか、だそうで、見事に全問パーフェクトで当てはまり、「真性のドS」との診断。
もちろん、とうの昔から自覚しております。
さらに、うお座の人にはドM気質の方が多いようで、僕とは相性がいいそうです。
うお座の方、お友達になりましょう(笑)。
項目に何個当てはまるか、だそうで、見事に全問パーフェクトで当てはまり、「真性のドS」との診断。
もちろん、とうの昔から自覚しております。
さらに、うお座の人にはドM気質の方が多いようで、僕とは相性がいいそうです。
うお座の方、お友達になりましょう(笑)。
伝統と発展

ファッションには縁もゆかりもない人生を送ってきたし、まるで興味もない僕が、「VOGUE」を定期購読していることはこれまでにも何度かお伝えしてきた。
思うにファッションとは、カルチャーや時代のメッセージを伝える最も優れたメッセンジャーだと思う。
昨日もネットニュースの中で、シースルーは、多くの人が「自己開示(見られたい)欲」を求めている時代に流行する、とあったことからも、その時代の匂いや情緒を色濃く反映しているものなのだなと、ど素人の僕のものすごく浅い考えだと思うけど、そう感じる。
折しも、今号のVOGUEのテーマは「TRADITION AND PROGRESS/伝統と発展」。
カバーには、「伝統は可能性の宝箱」とある。
いつも楽しみにしている編集長のコラム欄には、「伝統があるからこそ進歩もある。(中略)人こそが伝統をつなぎ、新たな伝統を紡いでゆく存在である。」と書かれていた。
ファッションが「時代」を映す鏡であるなら、ファッションが伝統技術や伝統工芸からいまだに多くのことを学び得ようとしていることに心が躍る。
伝統工芸の再興を夢見る僕にとって、ファッションは多くのヒントを与えてくれる。
出来ればその流れで僕の服のセンスも向上すればいいんだけど、残念ながらそれは別の問題のようだ。
以前、ネットで、VOGUEは商業主義の三流雑誌だと言うコメントを見たことがある。
VOGUEが三流なのか、では何が一流なのかは僕にはさっぱりわからない。
学びの種は無限なのだから、VOGUEからでも、町内誌からでも、学べることはたくさんある。
例えば今号のVOGUEの中で、色々な伝統工芸品を、種類別ではなく、ポップ、ナチュラル、ミックス、モダンなどのカテゴリーで分けて紹介していた。
これは、伝統工芸のお店を作る際にも大いにヒントになると思う。
松阪木綿か伊勢型紙か、ではなく、ポップかモダンかで分けてご紹介することで、新たな魅力の発見に繋がるかも知れない。
まあ、そんな単純なものではないとお叱りを受けるかも知れないけど、それぐらい単純にすることで見えてくることもきっとあると思う。
価値があるなら、未来はある。

昔から、それこそ子どもの頃から、家に余ってる材料で時々何か作る。
今時、安くてもっとかっこいいものがいくらでも売ってるけど、できる限り自分の手で作りたい。
プロじゃないから上手ではないけど、「自分の手で作ること」は大切にしたいと思う。
僕にとっては、パソコンでデザインするのも、DTMで音楽を作るのも、大工道具で何かを作るのも、全て同じ感覚。
料理は一切できないけど、20年以上髪の毛も自分で切ってるし、ガス以外の工事は全て自分で行える。
だからこそ、職人をリスペクトする。
彼ら彼女らが生み出す匠の技と至高の品々に大いなる憧れを抱きながら、下手くそな自前の家具を、でも心から楽しんで作る。
伝統工芸に心が惹かれるのは、下手くそな自分だからこそ実感するモノづくりの素晴らしさと大変さが伝わるから。
匠の技を途絶えさせてはいけない。
伝統工芸でインターネットはできないし、伝統工芸で4Kの動画は撮れない。
でも、だからこその価値がそこにあるはずだし、それを感じられるうちは、自分は大丈夫だと信じることができる。
日々、妄想はどんどん広がる。
三重県の伝統工芸と職人の技が生み出す品々だけを売るショップを開きたい。
でも決して、いかにも伝統工芸です的な空間ではなく、一方的な情報や歴史の押し売りショップでもない。
職人の匠な技を、おもちゃや雑貨に変えただけのお店でもない。
伝統工芸の雰囲気だけを売るお店でもない。
時代錯誤なコンセプトショップでもないし、レトロを売りたいわけでもない。
伝統工芸にそこまで興味がない人も、時々行きたくなるお店。
職人たちと共に生み出す、時代の感覚を宿した新しい魅力的なプロダクト達。
環境に配慮した取り組み。
そこに行くことが、そこにいることが、そこで商品を買うことが、そこの商品を持っていることが、ほんの少し誇らしげで、ほんのちょっと心地よくなるお店。
伝統工芸界のMITメディアラボ的な役割も担いたい。
最新技術がふんだんに使われているお店。
売り方や買い方も、新しい仕組みがあるお店。
アーティストとのコラボ等を企画したり、新たな製品の制作を依頼して、それぞれの伝統工芸をアップデートしていきたい。
そこで働くスタッフは、商品の販売員であると同時に、伝統工芸を未来へと繋げていくための研究員であり、自らが革新を起こすクリエイター。
そのための教育や指導を積極的に行っていく場所。
大切な人を連れていきたくなるお店。
大事な人へのとびっきりの贈り物が見つかるお店。
お子さんも入れるお店。
知識と知性が身につくお店。
いつも新しい発見があるお店。
人の温もりや暖かさを感じられるお店。
視野が広くなるお店。
ゴミが出ないお店。
町の自慢になるお店。
値引きやセールをしないお店。
色々な体験ができるお店。
背筋をちょっと伸ばしたくなるお店。
いつも清潔なお店。
大好きな人と、一緒に行きたいお店。
大好きな人が、よく行くお店。
そんな、三重県の伝統工芸だけを集めたショップを作りたい。
31年前の旧車に乗りながら、最新のガジェットも大好き。
MacもiPhoneも使うし、WindowsもAndroidも使う。
白黒映画も大好きだし、最新のSF映画も見逃さない。
そんな僕だからこそ作れる、伝統工芸のショップがきっとある。
でも多くの人が、そんなお店は作れっこないと言う。
作れても続けていけないだろうと言う。
そんな事業に誰も手を貸さないし、一番手を出してはいけないジャンルだ、と教えてくれた人もいる。
ほんとにそうなのかな。
下手くそな僕の家具も、愛着を身にまとい、今日も僕の役に立ってくれている。
その健気な姿を一度でも愛してしまったら、それは一生の宝物になる。
この気持ちには、きっと価値がある。
価値があるなら、未来は必ずあるはずだ。
いや、未来こそ、自分たちの手で作るもの。
モノづくりは、ミライづくりなのだ。
ビジョン

経営にビジョン(理想)は欠かせません。
ですが、ビジョン(理想)を考えるのが苦手だという経営者の方は意外と多いです。
思うに、それはきっと「妄想」への抵抗感があるのではないかと思うんです。
例えば、「どこでもドア」は漫画の世界の話であって、本気で語るものではない、と思いがちだったりしますが、でも、全ての未来は、「あんなこといいな。できたらいいな。」から始まるものです。
妄想を語ると、それを笑う人がいます。
その積み重ねから、妄想を話すこと、そもそも妄想すること自体が恥ずかしいことだと思う人が増えてしまったのかも知れません。
僕はスタッフにもクライアントさんにも、「全ての可能性を否定しないこと」と言い続けてきました。
多くの人が、すぐに「それはない」と色々な可能性をすぐに否定してしまいます。
でもそれでは、当たり前のものしか生まれません。
例えば僕は、毎日黒い服を来て、31年まえのグレーのサファリに乗って、現在の家の内装も基本グレー。
そんな僕が新しく家を建てるとして、そんな僕に、もしも建築家が「外壁はピンクにしましょう!」と笑顔で言ってきたとしたら、普通なら食い気味で「あり得ない!」と即刻却下するでしょう。
でも、最終的には選ばなかったとしても、まずは否定しないこと。
実際にピンクにしたらどうなるのか。
悪いことは大体創造がつくけど、良い面があるとしたら、それはどんなことだろう。
この僕にピンクを進めてきた建築家の狙いは何だろう。
そうやって、全ての可能性をまずは否定せずに受け止めてみる。
そうすることで、なぜ僕は黒い服ばかり着るのか、なぜグレーが好きなのか、僕は何を求めていて、何を欲しているのか、その理由は何なのか、そうやって、解像度がどんどんあがっていって、自分のことがもっとよくわかってくるし、それをどんどん言語化できるようにもなっていきます。
人が想像できることは、人が必ず実現できる。
(ジュール・ヴェルヌ)
ビジョン(理想)を思い描くことは決して怖いことではありません。
だからもっと自由に妄想しましょう。
あっでも、ビジョン(理想)も大事ですが、「現在値(地ではありません)」を正しく把握することはもっともっと大事です。
これについてはまた改めて。
ブランディング

ずいぶん前から、打ち合わせの時は決まって、どこに向けて売るか、ターゲットはどんな層だ、という話も大事だけど、その前に、この子(商品だったりサービスだったり)に一番似合う服はどんな服なのかをちゃんと考えましょうよ、という話をいつもする。
つまり、マーケティングも大事だけど、それ以前にもっとブランディングを大切にするべきだと、すいぶんと前から言い続けてきました。
もちろん、マーケティングがダメと言っているわけではなく、マーケティングをしてからブランディングではなく、これからはその逆の順序のほうが時代に合うのではないか、というのが僕の考えでした。
ですが世の中は、どこもかしこもマーケティング主導で進んでいるので、はいはいと相手にされないことが多かった。
でも、こんなやり方がずっと続くわけがない、と本気で思っていたので、飽きも懲りもせず、そう言い続けてきました。
そして今、その想いはより一層強くなっている自分がいます。
ただし、「ブランディング」を間違って捉えているデザイナーさんも企業さんも多いのが日本。
だから今いち効果が出ない、と思われてしまうのかも知れません。
ちゃんとブランディングすれば、必ず効果が出る。
僕の実績の中にも、まずはブランディングをちゃんとやってから、そのあとでマーケティングを実践して、売り上げが3倍にも4倍にもなった商品がいくつもあります。
大切なのは、ブランディングとマーケティングのバランスと順番とタイミング。
これからの時代は特にそうだと感じます。
だからこれからも、飽きも懲りもせず、言い続けていきたいと思います。
2021.10.16 09:46
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| 日記・デザイン
絶空半蔵

三重県を代表するお酒のひとつ、大田酒造さんの「半蔵」。
その半蔵と三重問屋のコラボ商品「絶空半蔵」のラベルをデザインさせていただきました。
半蔵といえば忍者の服部半蔵。
その服部家の家紋にもなっている2本の矢をちょっとデフォルメ。
絶空半蔵は、温度管理が難しく、手間暇のかかる伝統的な木桶で丁寧に作られたお酒。
シンプルなラベルですが、飲んだ時の味の印象とラベルのデザインの印象が一致することを心がけて、すっきりしゃきっと、でもなめらかで爽やかで奥ゆかしい感じ、なデザインにしました。
ぜひに。
2021.09.28 04:21
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| 日記・デザイン
unfe

乳がんの手術などで失ってしまった乳輪・乳頭を、皮膚に色素を注入することによって再建する技術を、パラメディカル・アートメイク、と言う。
乳輪・乳頭以外にも、乳房の再建、外傷、火傷、皮膚疾患、白斑などの、手術では再建が困難な治療をアートメイクの技術を用いて行う最先端の治療方法だ。
この分野に15年以上も前から取り組んでいる業界の先駆者が、築地育美さんという三重県津市出身の女性。
今でこそ、乳輪・乳頭の再建において、日本で最も多くの症例を持つ業界トップの技術力を誇る彼女だけど、ここまでの道のりは決して平坦ではなく、今までに重ねたパイオニアならではの苦労は数知れない。
この業界へ進んだきっかけは、当時、看護師として担当していた19歳の女性が乳がんの手術で乳輪・乳頭を失い、「こんなんじゃもう、一生彼氏もできへんよなあ・・・」と寂しく下を向いて泣いている姿を見たこと。
どんな言葉を、どうかけてあげればいいのかわからず、彼女自身も、自分の無知に苦しんだ。
こんな辛い思いをする女性をひとりでも減らしたい。「生まれたままの姿」ではなく、「自分らしくいられること」こそが「ありのまま」であり、何かが欠けているのではなく、それも含めて自分らしさなのだと、誰もが自然に思える社会を実現したい。そのためにも、まずは暗闇から抜け出して、自分のことをもっと好きになって、心から笑顔になれる日常を取り戻してほしい。そう心に決めて、彼女の挑戦がはじまった。
今回僕は、共通の知り合いから紹介を受けて、彼女が立ち上げる乳輪・乳頭の再建を専門で行う新ブランド「unfe(アンフェ)」の立ち上げをプロデュースすることになった。
まずはネーミングとロゴを制作。
彼女の話をたくさん聞いて、僕の頭に浮かんできたキーワードは、
「unfearing(恐れない)」
「unfeigned(誠実に)」
「unfenced(邪魔するものはない)」
「unfetter(自由に)」
「unfettered(縛られない)」
など。
そこから、それらに共通する「unfe(アンフェ)」をブランド名とした。
ロゴマークは、「u」「n」「f」「e」の文字を組み合わせ、それを左右対称とすることで、右と左、本物の乳輪と見分けがつかないほどの高い技術力を表現した。
ロゴが少し傾いているのは、逆風や向かい風にも負けないしなやかさを表現したかったから。
乳輪・乳頭は再建できる。
そういう選択肢があることを、もっと多くの人に知ってほしい。
そのために、今後もやらなければいけないことがたくさんあるけど、クリエイティブの力で、彼女のこの偉大なる挑戦を支えていければと思う。
unfe medical design
https://unfe.jp
2021.09.26 01:24
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| 日記・デザイン
日事記

2006年から2年間の試行錯誤を経て、2008年に販売を開始した丸川商店オリジナル10年日記帳「日事記(ひじき)」。
先日の「マツコの知らない世界」にて、KREVAさんがご紹介してくださった影響はまだ続いています。
番組内で商品名(日事記)が出たわけでも、KREVAさんが口にしたわけでもないのに、メディアってすごいですね。
ネットで検索してみると、「マツコの知らない世界」の放送以降に出来たであろう日事記に関する新しいページをいくつか発見。
どれも好意的な内容を書いていただけているので、スタッフ一同、感謝感激の日々です。
発売当初から多数のショップさんに日事記を卸して販売していただいていますが、その中のひとつ、ZUTTO(東京)さんの日事記の紹介ページは何回見ても飽きません。
メーカーである丸川商店の日事記のページの何十倍もの情報量(笑)。
本当に使ってくれているんだなあ、という熱量がちゃんと伝わってきます。
ZUTTOさんの日事記のページにも書いてありましたが、日事記は1日1行のスタイルなので、気負わずに続けられる日記です。
ですが、無理に毎日、何かを書かなければと思う必要もありません。
何も書かない日があったとしても、それもよし。
次の年にその空白を目にして、何も書くことがなかったのか、それ以外の理由か、いずれにせよ、そこに自分は確かに存在していたし、そうやって歩いてきた道を思い返すことはできます。
人は忘れることで生きていける。
人は振り返ることで生きかえす。
日事記が大切にしている「本の佇まい」は、日事記がただの記録帳ではなく、そこに綴られていくものは、「自分の人生=物語」だと考えるからです。
世界でたったひとつの、あなただけの10年物語。
コロナや災害で悲しいニュースも多いですが、10年後はきっと世界中が笑顔であふれる日々でありますように。
▼ ZUTTOさんの紹介ページ
https://www.zutto.co.jp/blog/category/howtouse/704
▼日事記の紹介サイト
https://hijiki.storeinfo.jp/
マツコの知らない世界
2021年8月31日放送の「マツコの知らない世界」にて、HIPHOPアーティストのKREVAさんより、丸川商店の10年日記帳「日事記(ひじき)」をご紹介いただきました。
近年、日記をつけることによる身体や生活へのメリットが世界中で言われるようになり、さらに、ステイホームの影響もあってか、日記をはじめる人が増えていると聞きます。
2008年にリリースした丸川商店の日事記は、自分が欲しいと思える日記帳がない、だったら作ろう!と、勢いだけで作った商品でした。
10年分の今日を記していくこのスタイルは、当時ではまだ珍しかったように思います。
KREVAさんがおっしゃった、「365日日記」というフレーズがすごくチャーミングだったので、僕もこれからはこの「365日日記」というフレーズを使わせていただこうと思います。
これからも、真摯にモノづくりを続けていきたいと思います。
KREVAさん、そして僕と同い年のマツコさん、ありがとうございましたー!
▼日事記
https://hijiki.storeinfo.jp
▼丸川商店
https://www.mrkw.jp
























