物欲。



おも校の音楽授業に最適かも。
欲しい。
誰がため?
仕事柄、年度末になると行政用の書類書き作業が増える。

で、昔からいつも思うことだけど、「~宛」とか「~行」を、いちいち「~様」に修正するこの手間って、一体誰のための手間なんだろう?
この手間を挟むことで、一体誰が得をして、誰がハッピーになるんだろう?

マイナンバーカードは他人に見られないように厳重に管理してください、ってあんなに念を押されたのに、マイナンバーカードのコピーを添付して郵送しろっていうけど、それって「厳重な管理」に背かないのか?

非接触型キーで安心!ってエ〇オスさんは言うけど、それを使うために画面をあれこれタッチしなければいけないから、キー以外は全部思いっきり接触するんですけど、それでいいの?


デジタルなんだかアナログなんだか、この国の摩訶不思議の数々、相変わらず意味わからん。
あがらない年始。
2024年になって早半月。
1日の北陸地震や航空機の事故等々があり、なんだか気分がずしんと重くて、何かを書く気が起きずにいた。

輪島キリモトの皆さんとは昔から仲良くしていただいている関係で、ご家族やスタッフの方々の安全を知り、せめてもの安堵感もあれば、被害の深刻さをニュースやネットで知るたびに、犠牲となられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復興を願うばかり。

航空機の事故では、犠牲になった動物たちに心が張り裂けそうになり、つぶやいた石田ゆり子さんを叩きまくる世の中の腐った闇の深さがさらに気持ちを重くする。
パーティ券問題から始まった政治の世界の茶番にはもう何かを言う気力すら起きない。


なんだろう。
なんだかなあ。
いろんなことが嫌になる。
いろんなことが、とてもすごくアホらしく感じる。
もう全部どうでもいいや。
そんな風に思う瞬間もある。

でも、家族がいて、おも校の子どもたちがいて、生きていく理由や根拠なんていくらでも見つかるけど、今はまだどうしても、気分があがらない。
あけましておめでとうございます



あけましておめでとうございます。
旧年中も大変お世話になりました。
私たちの活動に対するご理解とご協力に感謝いたします。

今年はドラゴン(辰)の年。
ドラゴンブルームスは今年も新たなことへ挑戦しつづけます。
2024年も、どうかよろしくお願いします。
皆様にとって、2024年も素敵な一年でありますように。



Happy new year!
Thank you very much for all your help during the past year.
Thank you for your understanding and cooperation in our activities.

This year is the year of the dragon(Tatsu-Doshi).
Dragonblooms will continue to take on new challenges this year.
We look forward to your continued support in 2024.
I hope 2024 will be a wonderful year for everyone.
ありがとう、2023年。



2023年も大変お世話になりました。
僕の活動に対し、ご理解とご協力をいただきました方々には心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。

2000年に独立して以降、たくさんの出会いと別れを繰り返し、まわりに助けてもらいっぱなしではありましたが、なんとか今日まで歩き続けてこれました。
決して大きな何かを成し遂げられたわけではありませんが、その道のりは、とても恵まれた日々だったと思います。

2023年は、それまでの自身の活動を鑑みて立てた仮説をもとに、今後の可能性を検証してきた一年でした。
若い世代との協働からは、多くの発見と学びがありました。
おも校の子どもたちもどんどん増えて、やるべきことの輪郭がはっきりと見えてきたようにも思います。

加えて、SNSをやめてブログに戻ったり、アシスタントがいらない仕事のやり方を模索したり、慌ただしくも冷静に、情熱を持ちながらもゆっくりと、丁寧を心掛けながらも全力で駆け抜け、解像度をあげることに全力で取り組んだ一年でもありました。

結果、今後はさらに余計なものをどんどんそぎ落として、より小さく、より本質的な活動に注力していくことになろうかと思います。
そんなわけで、2024年も日々を楽しみながら、いざ参ります。

2024年も、皆々様方にとって、ハッピーな一年でありますように。
教育にお金をかける、とは?
文部科学省が2023年12月22日に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、精神疾患を理由に病気休職した教職員数は6539人で過去最多となった。

日本の教育現場では、いったい何が起こっているのか。

そんな中、学校の先生たちと話をするたびに、ブラック企業並にきつい仕事を、それでも子どもたちを想う気持ちを忘れずにいたいと言う純粋な瞳と想いに感銘を受ける一方で、やっぱりまだまだ、方法論よりも、精神論や感情論にかなり頼りきってる感が否めないなと感じます。

その中でも特に問題だなと感じるのは、どう考えても無理ゲーな状況の中で、それでもまだ教師のスキルをあげることに重きを置いている点。
もっともっと私たちも勉強して、教師としての腕をあげていかないといけないなと思っています、といえば聞こえはいいのかもしれないけど、すでにコップの水はとうに溢れているのに、そこにまだ何かを足そうとして、いやいやそれはさずがに無理があるんじゃないのかな、と思う。

コップの水がもうすでに溢れているんだから、もっとスキルを磨いて、そうやってその水をもっと良い水に入れ替えるんだとしても、それによってやっぱりこぼれてしまう水がかなりあるわけで、そのこぼれた水の親はたまったもんじゃないと思うんです。
だからまずやらなければいけないのは、コップの水を減らすことなんじゃないのかな。
余計な仕事や行事やPTAや指導要綱やらやら、削れるものやことはまだまだいっぱいあると思う。

コップの水があふれていることを見て見ぬふりしながら、それでもなお、水を足そうとしていること自体が、最も無責任なことなのだと気づいてほしい。
失われた信頼を取り戻すべく、という名目で、まださらに何かを足そうとするのであれば、日本の教育はますます疲弊し、壊れ、崩れ、明るい未来なんて夢のまた夢。
そのツケは、そのまままるごと、子どもたちに覆いかぶさる。

だからまずはコップの水を減らすこと。
そのうえで、教師のスキルに頼るんじゃなく、どの先生でも同じようなレベルで授業が行えるような仕組みや仕掛けを早急に作るべきです。
そのために、お金や人材や先進技術をつぎ込むことこそが、教育にお金をかける、ということだと思います。
財産
商売だろうと何だろうと、ほかの誰かもしてることを自分のほうがちょっと上手くできたとして、そんなことでずいぶんと偉そぶってる人よりも、どんなに小さなことでも、まだ誰もしてないことに挑める人って、僕は素敵だと思うけどな。

大丈夫。
あなたがしているそれはきっと、かけがえのない財産になるから。
Merry Christmas 2023



今宵、優しく誰かを想うあなたのことを、きっと誰かも想ってる。


世代間で受け継がれていく、優しさのバトンリレー。

どうか、素敵な夜を。
強さと弱さ
落ちないことが強さではなく、落ちたときに這い上がろうとすることが強さ。
落ちたことが弱さではなく、落ちたときに這い上がろうとしないことが弱さ。

落ちたことを見て見ぬふりして、現実から目を背けるな。
誰だって落ちる。
つまづく。
転ぶ。
間違う。

そのこと自体は弱さでもなんでもなく、人間だという証拠。
大事なのは、そこからどう立ち上がるか。
ひとりで無理なら誰かとでいい。
誰かは人間である必要もない。
複雑と単純
複雑である、ということは、単純ではない、ということではなく、単純な部分もあるし、そうじゃない部分もある、という意味の複雑。

複雑か単純か、なんてそんな単純な話ではないのです。
税金
仕事柄、色々な人たちと仕事をしますが、若くてもベテランでも、「税金」に対して少々間違った解釈をしている経営者が目につきます。
税金は、どっかから勝手に湧いてくるものではなく、他の誰かに負担させることによって捻出されてきています。

もちろん、経営者本人も多額の税金を負担しているわけですが、政治家や経営者が税金を無駄に使えば使うほど、将来、やがて僕の娘たちが大人になったときに、彼女たちがそのツケを払わされることになる。

そこには、強い憤りを感じます。
鬼と仏
うちには、子どもたちと交わした5つのルールがあり、それを守れなかったときは、はっきりとしっかりと叱ります。
ただし、夫婦で決めているルールは、2人同時に叱らないこと。
どっちがか鬼になっているときは、どっちかが仏の役をして逃げ場を作っといてあげる。

でも、鬼と仏はいいけど、決して、敵と味方にわかれてはいけません。
ママに叱られた子どもがパパに泣きついてきたとして、最悪なのは、

「かわいそうに。ママもあんな言い方しなくてもいいのにね。ちょっと失敗しちゃっただけなのにねえ。」

これは明らかに、ママは敵、パパは味方、という構図になってしまい、NGです。
こういう場合は、

「よしよし。怒られて怖かったね。でもダメなことしたんだから怒られても仕方ないね。次からは守れるようにしないとね。もう一回ママにちゃんと謝っておいで。」

とかかな。

だって親はどちらも、いつだって子どもの味方ですから。
経営者としての「品」と「質」
デザイナーという仕事柄、あらゆるジャンルの経営者の方たちとたくさん仕事をしてきた。

事業としての結果を存分に出しながら、かつ、その言葉や行動の中に、「未来・子ども達・環境」などのキーワードが頻繁に出てくる経営者の方は揃いも揃ってみんな素敵な人だった。
そういう経営者の方との仕事は毎回いつも楽しいし、自然と優秀なクリエイター達が集まってくる。

反面、そうじゃない経験者のもとからは優秀なクリエイターがどんどん去っていき、結果、社長のイエスマンしか残らない。


お金の使い方に、経営者としての「品」と「質」があらわれる。
防災
今年も防災訓練の時期。

毎度思うことだけど、あちこちで聞かれる防災プランのなんと非現実的なことか。
少子高齢化がここまで進んで、今後さらに深刻になっていくってのに、災害が起きてから避難所へ高齢者がそんな短時間でどうやって行けと言うのか。

「高い所へ逃げる」をやめて、「完全防水仕様の地下シェルターに降りる」ほうが確実に命が守れそうな気がする。
「一家に一部屋、地下シェルター。」を常識にしなければいけない時代ではないか。
新しい学校のリーダーズ



新しい学校のリーダーズが大人気のようですが、このネーミングを見聞きするたびに、「新しい学校」の「リーダー」のことなのか、それとも、「学校」の「新しいリーダー」のことなのか、どっちのこと?って思うのは僕が立派なおじさんだからなのでしょう。
好みのタイプ
世のほとんどの人にはそれぞれ、異性(または同性)の好みのタイプがあると思う。

それはいいとして、問題は、好みの人を目の前にすると、あからさまにパフォーマンスが落ちること。
そうではない人に対する、冴えわたるトークやあれやこれが、好みの人の前ではまるでポンコツ。
それ故に犯した失態は数しれず、毎度同じように自己嫌悪に苛まれる。

子どもの頃からのこの特性が、51歳になっても変わらないってことはつまり、この先も一生そうなんだろうな(涙)。

でもたぶん、自然体の自分でいられる相手との時間のほうが、なんだかんだ言っても楽しいんだろうな、とも思う。
巷でよく耳にする話
ダメになったときに、周りの奴らが手のひらを返したように去っていった。
それを糧に、今に見てろよ!の気持ちだけで這い上がってきた。

って話をよく聞きますよね。

まるで美談かのように聞こえる話ではありますが、この手の話の半分くらいは、会社の業績が良かった時の周りへの態度が悪すぎた可能性もあるんじゃないか?
本当に、去っていったほうばかりが悪いのか?
周りが去っていったのは、会社の業績が悪くなったことだけが理由だろうか?
と思うことがしばしば。

自分も含め、そこんところが大事かなと。
51歳



本日(24日)、51歳になりました。
年が明けてからも鬼スケジュール。
こわいくらいに日々が駆け抜けていきます。

あいかわらず世の中はクソとラブのごった煮で、いいこともあればそうじゃないことも普通にあります。
三重県でデザインやクリエイティブの本質にこだわりすぎると、周りから浮いて孤立していくこともあるけど、味のしない頑張りと薄っぺらいポジティブをふりまいて、ニコニコ笑ってごまかしながら生きていくのは苦手だし、やっぱり僕には、結局目を背けてるだけの肯定よりも、どうにかする方法を見つける否定のほうが肌に合う。

とはいえ僕ももう51歳。
「クリエイティブ風」なあれやこれに吐き気を我慢して目くじら立てるくらいなら、静かにそこから離れればいいだけのこと。

尊敬する人たちがみな、ひとつ年を重ねるごとに、ひとつ静かさを身にまとい、人生をどんどんとシンプルにしていくように、生きてさえいればちゃんと明日はやってくるんだから、ただただそれを、静かに待てばいい。

クリエイティブに生きることに職種や役職は関係がないし、どこにいて、誰といて、何をしていようと、自分の手から生まれる創造性とそのクオリティを、ただただ大切にすればいい。


やれっこないことでもがき続けた20代。
やれることで見つけてもらえた30代。
やりたいことに挑ませてもらった40代。
50代はきっと、やるべきことをやる時間だろう。


常に時代を楽しむこと。
冒険心を忘れないこと。
学びを止めないこと。
クオリティにこだわること。
スティーブジョブズの思考を持って、高田純次さんのようにふるまい、生きること。

51歳を楽しもう。
さらば、2022年。



2022年12月30日、快晴の三重。
今年も色んなことがあったけど、2022年も残すところ、あと2日。
今年もまた新たな出会いもあれば別れもあり、楽しいことも、そうじゃないことも色々とあったけど、そういうの全部ひっくるめて、人生は味わい深く、愛おしく、楽しい。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

今年は念願叶って、小さな小さな学校を作ることが出来た。
小さいけれど、冒険と希望がいっぱい詰まったおもちゃ箱のようなプロジェクト。
ご協力いただいた方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございました。
来年もどうぞ、お力添えをよろしくお願いいたします。


三重県に帰ってきて、来年で10年。
当時に比べ、三重県にも素敵な活動をしてるデザイナーやクリエイター達がずいぶんと増えてきたように思う。

この10年間、僕は僕なりに種を蒔いてきたつもりだったけど、どれだけがんばって種を蒔いても、それが育つ良質な土や土壌がないと花は咲かないんだと、それを痛いほど思い知らされてきた10年だった。

だからこそ、来年51歳になる今の僕の役目は、三重県の若い世代のデザイナーやクリエイター達がもっと存分に活躍できる環境や、彼ら彼女らが蒔く種がちゃんと育つ良質な土壌づくり、土づくり、そういう裏方的なデザインの活動なのだと思う。

デザインの重要性やクリエイティブの必要性、デザイナーの存在価値などなど、それを三重県の人にもっと知ってもらうこと、上手に活用してもらうこと、そういう土壌や土づくりが必要だし、僕自身、三重に帰ってきたときにそれがなくてすごく苦労したからこそ、僕や僕の仲間達がその役割を担える存在になれればいいなと思う。


2022年も、本当にお疲れ様でした。
どちらさまもよいお年をー!
It's A Wonderful Life


もう何回目かわからないけど、今宵もまた、大切な人たちを思い浮かべながら観ます。

みなさんも、ハッピーなクリスマスを。
手作りの学校
おも校(地立おもしろい学校)が開校して1か月以上が経過。
一条校でもオルタナティブでもない、「デザイン教育実践校」という新たな試みの真意をすぐに理解してもらえるわけではないけど、それでも少しずつ、僕らの挑戦と冒険を共に楽しんでくれる人達の輪が生まれてきたように思う。

おも校は今はまだ、まずは打席に立って、バットにボールを当てられるようになろうとしている段階。
でも、よちよち歩きだからこその面白さもたくさんある。

子ども達を見ていると、昨日までできなかったことが今日できるようになったことの喜びを、改めて思い出す。
大人になるにつれ、50も過ぎると、昨日までできていたことが今日はできなくなってしまったことが少しずつ増えていく。

その点、おも校のように、すでに完成された大きなプロジェクトではない分、毎日ひとつずつモノやコトが増えていき、まるで彼女と同棲したての、最初はテーブルもなく段ボールとかをテーブルにして、それがやがてテーブルや食器や家電やカーテンが揃っていって、そのひとつひとつにいちいち二人で喜んで、はしゃいで、ちょっとずつ「暮らし」が積み重なっていくみたいな、あのなんともいえない、ものすごくささやかだけど、ものすごくあったかい小さな幸せの「ぬくもり」に似ているような気がして、なんだかいいなーこういうの、って思う。


今月はいよいよ、食堂のテーブルがキャンプ用の仮のテーブルから、寄付していただいたちゃんとしたダイニングテーブルに変わる。
カーテン作りもそろそろ始まるみたいだし、学科クラスの教室もいよいよ作り始められる。
21日は子ども達主催の、手作りのささやかなクリスマスパーティー!
来月以降は、図書室の本棚や職員室のテーブルも完成するだろう。

ゴミ箱もまだ段ボールで代用してる箇所もあるし、ポストだってまだ穴があいたまま。
ほかにもまだまだ手付かずの箇所がいっぱいあるけど、それらがひとつずつ完成していくたびに、みんなで喜んで、はしゃいで、そんなみんなの笑顔がそこにある限り、おも校はきっと、前へ前へと進んでいける。

手作りの学校。
もう一度、忘れかけていたあの「ぬくもり」に触れられる、大人にとってのおも校は、そういう場所でもあります。
光り輝く影
おも校(地立おもしろい学校)が開校してもうすぐ1ヶ月。
「教育」という底なし沼から、たくさんのことを学ぶ日々。


「自由」は素晴らしい。
でも「自由」っていったいなんだろう?

したくないことはしなくてもいい。
これは本当に自由だろうか?
できなかったことができるようになったうえで、それをするかしないかを選択できることが、本当の自由なんじゃないのかな。

「多様性」は素晴らしい。
でも「多様性」っていったいなんだろう?

多様性に寛容といいつつ、多様性を認めろーとデモ行進する人たちは、果たして多様性に寛容といえるだろうか?
多様性に寛容ではない人たちに対しても寛容になれなければ、それももう、否定と同じ。

フリースクールやオルタナティブスクールに通えば登校とみなす、という国の妥協案が実現しても、数字のマジックで、不登校児の「数」が減ったように見せたいだけ。


なぜ「撮影」が、「光を撮る」ではなく、「影を撮る」と書くのか。
影がなければ、それはただの「真っ白な闇」。
おも校がおもしろいのは、そこにちゃんと、「光り輝く影」があるから。

一条校(国が認めた学校)でもなく、オルタナティブスクールでもないのが、おも校。
大人達にこそ、その違いの本当の意味を知ってほしい。

広告業界の人間だからこそ作った学校の、その役割を。
デザインモンスター


過去、僕のことを「デザインモンスター」と呼んでくれた優しい人がいましたが、僕のような偽物ではなく、世の中には本物のデザインモンスターがうじゃうじゃといて、僕の中では、その中の頂点にキングとして君臨しているのが柳宗理さんであり、他にも世代を問わず、すごい才能たちが世界中でたくさん生まれてきていて、発想力というよりは、実現力の圧倒的な差にうならされている日々です。

僕は昔から、自分が常に一番下(底辺)だと思ってデザインをしてきました。
常に最下位。

それは、下は一切見ず、上だけを見て、上と自分の差をどうすれば縮められるかをいつも考えてきたからで、イメージとしては、地面を蹴り上げ、上へ上へと舞い上がっていくのではなく、僕の場合は、地面ごと上に上がっていく感じ。
なので、どれだけ上に上がれても、常に自分が一番底辺、最下位なのです。

もしかするとネガティブな発想に思われるかも知れませんが、僕としてはこれ以上ないほどにポジティブな感覚。
一番下っ端、一番底辺にいるからこそ、上を目指し続けられる。

よく、ジャンルを問わず一流の人達は、「もっとうまくなりたいと常に思っている」と言いますが、若い頃は、それをかっこつけた発言かと思った時もあったけど、この年齢になると、本当に素直にそう思うもんなんだなというのがよくわかります。
そしてこの発言は、自分を常に一番下だと思うからこその、チョー前向き、チョー上向きな言葉なんだと思うんです。


三重県から本物のデザインモンスターが生まれるその日のために、僕は僕のできる全力で、少しでも道づくりに貢献したい。
そのためにも、もっともっと、デザインがうまくなりたい。
いつまで経っても下手くそな自分をしっかりと受け入れつつ、明日は今日よりも1ミリ進んでいたい。

それはきっと、じいさんになろうが車椅子に乗ろうが寝たきりになろうが、一生続く見果てぬ旅なのだと思います。
成美さん



夜のおも校(写真は体育館)もなかなかのもの。
ただ、夜は誰もいないので、ライトアップする機会は現在皆無(笑)。
なんか夜のイベントでもしようかな。

ところで、先日のおも校の開校式でもそうでしたが、昔から日本では、同じ会社等の身内を紹介する際、たとえ年下であろうと後輩であろうと部下であろうと、上司の苗字に敬称を付けずに呼ぶのが通例です。
「弊社代表、丸川から~」というように。

僕は昔からずっとこれに違和感を感じていて、これはいわばビジネスマナーなので、これをしないと失礼にあたる相手や不快な思いをする人がいるから、失礼のないように、という意味で続けられている慣習なわけですが、これをそうしないと果たして一体、誰が、どんな風に不快なのでしょうか?

実際にたくさんの人に不快な思いをさせてしまうのであれば、ぜひとも続けていくべきことだと思いますが、誰に対して失礼にあたるのかも正直よくわからない。

身内を下げることが美学であった昔の日本のなごりかも知れませんが、例えば、とんねるずのノリさんは、奥さんのことを、どこでも、誰に対しても、「成美さん」って言ってるそうだし、なんかそういうのでいいと思う。

そもそもおも校に、そういう慣習はどうにも似合わないので、今後はひとつずつ、おも校らしい感じでやっていきたいと思います。


そうそう、どなたかの家に、昔ながらの応接セット(ソファーとか椅子とか)、余ってないですか?
もし余ってたら、おも校へ譲ってくださいませ。
よろしくお願いいたします。

明日は長靴履いて「おも山」へ行ってきまーす!
おも校開校



先日、教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」の曽原校が無事に開校。
工事やら掃除やら、みんな忙しいのに時間を作ってご協力いただいた「おもじろーず(おも校応援団)」のメンバーの方々には、言葉にならないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、ささやかな開校式にもたくさんの方々にお集まりいただき、これまでの苦労がいっぺんに報われる素敵な開校式となりました。

開校式でのノベルティとして、三重県津市美里町のパン屋さん「チクネ」さんに作っていただいたおもじろーパンと、東京時代のアシスタントで一番弟子の千容ちゃんと旦那のツトムくんから開校記念にとプレゼントしてもらったおも校シールをおすそ分け。
なんと、その後「チクネ」さんにて、おもじろーパンが販売開始とな。
このパン、めっちゃ美味しいです!


最初の企画書を作ったのが今年の3月。
メンバーを集め、実際にプロジェクトがスタートしたのが7月。
それからわずか4か月での開校。
正直、ここ数か月は目が回る怒涛の日々でした。

昼間はおも校の作業や打ち合わせや会議、夜中に通常のデザイン業務や制作、新プロジェクトの企画作り、開発メンバーとの共同作業などなど。
体はボロボロ、制作が遅れ、クライアントの皆さんをお待たせしつづけているにも関わらず、思うように制作が進まず、納得がいく企画やアイデアがなかなか出ないことのビックなストレス。
今日もまだ軽い目まいや立ち眩みが続いていますが、まあダマしダマしいけるうちはまだ大丈夫だろうから、なんとかこのまま走り抜けたいと思います。


実際に学校がスタートしてみて、この企画を立ち上げて良かったと心から思う。
責任も大きいし、やることも膨大だし、お金もじゃんじゃん消えていくけど、自分たちで作った小さな学校で、小さな校庭で、小さな畑で、小さな体育館で、それでも元気よく走り回ってる子ども達を見てると、全部の苦労が吹っ飛んで、やっぱり「学校」っていいなあと思った。
一般的な公立校では学校を好きになれなかった子ども達にも、おも校に来てそう感じてもらえる場所になれたらいいな。

とにかくまずは、子ども達、そしてママ達にとって、「普通に息ができる場所」になること。
普通に息ができるまでに、1日でそうなれる子もいれば、1年かかる子もいるだろうけど、そこは本人のペースで大丈夫。

その後は、色々な遊びを通して、デザインの視点と考え方を自由に使いこなし、未来を自分で創っていける、そんな子ども達をゆっくりと育てていきたい。

よく、フリースクールと混同される方もいるけど、おも校は「自由に生きる」というよりは、「不自由をどう活かすか」を遊びの中から見つけていく場所。

今後少しずつ、おも校の子ども達も増え、おもじろーずのメンバーも増え、笑顔を取り戻すママ達も増えていくはず。
そのために、ボロボロの体にムチを入れて全力で取り組んでいきたいと思います。

来週はご好意によりご提供していただいた山、その名も「おも山」へ、子ども達とおもじろーずのメンバー達とで遊びに、そして学びに行ってきます。
体、もつかな・・・。

今のところ、月曜日と水曜日は開校しておりますので、お気軽に遊びにいらしてください。
散歩に行ったり山に行ったりして留守にしてる時もありますけどねー(笑)。


休校日の今日も昼間はおも校の作業でした。
ひと通り作業を終え、ひとり、体育館の壁に書かれたオモジローを見ながら、僕自身、「デザイン」と出会えて本当に良かったと心から思った、そんな日でした。

さあ、今日も夜は制作、制作、制作。
頭痛薬をかっ込んで、いざ!
小さな学校の大きな挑戦



もしかすると色物企画だと思われがちな「デザイン教育実践校 地立おもしろい学校(おも校)」ですが、プロジェクトの内容も参加している人たちもいたって本気のプロジェクトです。

おも校は、「おもしろい(面白い)」の語源のとおり、暗くて長いトンネルや暗闇から抜け出して、困っている子ども達の目の前(面)をパッと明るく(白く)照らせる仕組みづくりと場所づくりの場。

「デザイン教育実践校」と名付けた理由も、それを実現させるためにデザインの視点と考え方をフルに活用するためです。

不登校やひきこもりの問題がいよいよ深刻化する中で、おも校では、セーブ・ザ・チルドレンならぬ、セーブ・ザ・ペアレンツ、特に「ママ」たちの力になることが、子ども達を救う大切な手段だと考えています。

「困っている子ども」の背景には、きっと「困っているママ」がいる。
困っているママたちを救うことができれば、もっとたくさんの子どもたちを救うことができる。

さて、ママたちを苦しめている問題の根源は何か?
それをデザインの視点と考え方で突き止め、解決していきたい。
そして、おも校の企画と並行して、ママたちがおも校でできる仕事をたくさん生み出していけるプロジェクトも同時に進めていきたいと思っています。


そんなおも校ですが、いよいよ開校の日(11月1日)が迫ってきました。
ですが、開き直るしかないほどに、準備が追いついていません(笑)。
さあ、いよいよあなたの出番ですよ!
何のおもてなしも出来ませんが、18日または21日のどちらかで手伝いにいけるよー、という方がもしいらっしゃいましたらご連絡ください。
力仕事もまだまだあるので、男性の方のご参加も大歓迎です。

それと、本やおもちゃや家具や家電などをご寄付いただけるとさらに助かります!
あつかましいお願いばかりですが、何卒よろしくお願い申し上げます。


小さな学校の大きな挑戦。
挑戦の英訳は「Challenge(チャレンジ)」ではなく、現代では「Risk Taking(リスクテイク)」のほうが本来の意味に近い、という記事もありました。
これからも様々なリスクが立ちはだかるでしょうが、恐れずひるまず、子ども達と一緒にがっはっは!と笑い飛ばしながら、素敵な道を創っていきたいと思います。
d desgin travel MIE号





先日無事に発売された「d desgin travel MIE号」にてご紹介していただきました。

しかも、インタビュー記事だけでなく、本の中のあちらこちらで、丸川商店の商品等をたくさん紹介してくださっていて、心から感謝。

そして、インタビューの際に、僕のことなんかより、「擬革紙」や「みのりや」や「おも校」のことを紹介してほしいという、編集の意向を無視したワガママな希望もちゃんと叶えてくれていて、重ねて感謝です。


それにしても、こんなに素敵な観光ガイドは今まで三重県にはありませんでしたね。
あらためて、三重県っていいとこだなあとしみじみ。
まだご覧になられていない方は、D&DEPERTMENT さんのネットショップ、または10月21日からの全国販売にてお買い求めいただけますので、ぜひに。

▼D&DEPERTMENT
https://www.d-department.com/item/D_DESIGN_TRAVEL_MIE.html

本の価値を下げぬよう、これからも精進してまいります。
ありがとうございましたー!
白と黒とグレーと。
今まさに日本中で沸き起こっている「教育を変えよう!」の大きなムーブメント。
それはそれでタイミングだし、良いことだと思いますが、ブームになってしまうことの懸念も多くの人が感じていることだと思います。

果たして、うちの「地立おもしろい学校(おも校)」も含め、10年後も残っているプロジェクトはいくつあるでしょうか。
そしてその中で、本当に教育を変えることができたプロジェクトは生まれるでしょうか。

いくら日本の教育が旧態依然だとしても、それでなければ困る事情や理由や人達や勢力がたくさんいて、その壁はとてつもなく分厚く高い。
だからこそ、目を向けるべきものや変えるべきことや救うべき人や倒すべき相手を間違えると、1塁へ走らないといけないのに全力で3塁に向かって走ることになり、ただの徒労で終わってしまいかねません。

元首相を殺しても、かえって彼(元首相)をヒーローにしてしまうだけ。
見えるところに、ラスボスはいません。
もっと言えば、本当のラスボスは向こう側にいるのではなく、ずっとこっち側にいる。
だから見えないんだけど、そのことに気づいていないことこそが、このラスボスの本当の恐ろしさです。
反対側から見ることができる「デザインの視点」が必要なのは、そのためでもあります。


教育を変えようとするプロジェクトに関わる人たちの多くは、僕のような下衆系ではなく、本当に高い志と優しい心と純粋な想いを持っている人達。
ウソでも嫌味でもなんでもなく、本当に尊敬もするし、あこがれもある。
でも、だからこそ、余計なお世話なんだけど、ちょっと心配でもあります。

例えばあなたなら、結婚相手には、自分によく似た人を選ぶか、自分にはない部分を持っている人を選ぶか、どちらでしょうか。
もちろん、どちらもと答える人が多いと思いますが、何対何かのバランスが大事です。

そして難しいのは、「自分によく似た」と「自分にはない部分」をどのように定義づけるかです。
僕個人としては、好きなものや好みよりも、何に腹が立つか、や、何を許せないか、について共感できることが大事かなと思うし、「自分にはない部分」が何なのか、どういうものなのかの見極めも欠かせません。

恋人の時は、自分によく似た人でないと心地よくないとしても、例えば結婚して子どもが生まれたりすると、「自分によく似た」と「自分にはない部分」がそれぞれ強みでもあり、同時に大きな弊害となる場合も少なくないのではないでしょうか。

教育を変えようとする優しい人達の多くは、かつて自分も同じ境遇だったという人が多いと思いますが、だからこそ出来ることと、だからこそ出来ないことをしっかりと把握する必要があるように感じます。

誤解を恐れずに言えば、「自分によく似た」人達の集団にしかない強さと弱さがあり、ひどい目にあっている子ども達のために大人と戦う子ども、ではなく、大人と戦う大人が必要で、子ども達を逃がしてあげるだけでなく、その元凶の正体をもっと熟知する必要もあるように思うのです。

自分も子どもになってそばに寄り添える「白」と、それを食い物にしようとする元凶を、時には真正面から、時にはあざとく多方面からぶっ倒せる「黒」。
そしてそれを繋ぐ「グレー」の3つがバランスよく揃っているプロジェクトは、きっとずっと残っていける。

おも校でいえば、本校校長の森松さんやその仲間達はまぶしいほどに真っ白で、僕は漆黒の真っ黒(笑)。
「撮光」ではなく「撮影」と言うように、影の黒さが、白をさらに白くする。
このバランスがおも校の強みなんだと思います。
あとは、それが混ざり合ってぼやけてしまわないためのグレーをちゃんと整備して、彼女達がずっと真っ白でいられるように、影である僕の黒さを磨いていけば、10年後のおも校はかなりおもしろいことになっているはずです。


お年頃ゆえ、あっと言う間に1年が過ぎていく今日この頃。
となると10年後もあっと言う間。
ぼやぼやしてる暇はありませんね。

老いも若きも、きばっていきまっしょい!
楽しみながら。
ドールハウス
答えのない時代とは、抽象化の時代とも言える気がして、正しく抽象化できるスキルが今後ますます重要になってくる気がします。
わかりやすさ至上主義時代が少し収まってきた今、カメラのピントを合わすように抽象と具体を自由に行き来できる「デザイン」という道具の重要度も増しているのではないでしょうか。

あいかわらず世の中には、げんなりするような嫌なニュースもたくさんあって、ごくごく個人的には、あんなにも大きな葬式をする意味がさっぱりわからないし、有名なアウトドアメーカーの社長だからってここまで叩かれる必要があるのかと疑問だし、信仰心のない僕には宗教にのめり込む心理も、多額の税金をもらいながら暴露話ばっかりしてる人もそれに群がる人の気持ちも、「無言の抵抗」とやらで花束を投げ捨てる人の存在意義もわからないし、こんな無意味な戦争をする理由など検討もつきません。

でも、これやあれやに、あれやこれやと文句を言ってる人がたくさんいますが、叩かれる方も叩く方も、それもこれも全ての元凶は「教育」。
だからこそ、あれやこれやと文句を言ってしまうほどに嫌なら、全国に数多ある何かしらの教育プロジェクトに参加または投資することをお勧めします。
「教育」がちゃんとデザインされれば、その嫌なことのほとんどが解消されるのではないでしょうか。

人は誰しも、気を抜くとすぐに表面だけで判断してしまう生き物です。
色々なバイアスがかかっているし、自分だけはバイアスに縛られていないというバイアスが一番やっかいだったりします。

僕がやっていることも、僕が言っていることも、僕が届けたいターゲットの人以外の人には耳障りも目障りも心地よくないのかも知れません。
でもそれで目的が果たせるならそれでいいし、それ以上のことが出来るセンスも才能も僕にはありません。

引いてみたり、寄ってみたり、ピントを変えるように抽象と具体を行き来する。
そうすれば見えてくるもの、そうしないと見えてこないこと、そういうものがたくさんあります。
「わからない」とか「知らない」という感情は、あっという間に「怖い」とか「気味悪い」に形を変えますが、そういう時はきっと、具体しか見ていなかったりする時だったりします。
もっと引いてみて森全体を、さらに引いてもっともっと全体を見渡してみれば、あれやこれやと文句を言うよりも、よく似たものをさらに増やすために多額のお金を使うことよりも、他にやることがこんなにもたくさんあるってことにも気がつけるんじゃないかな。
といいつつ、僕もこうやって文句を言ってますが(笑)。


だから、というと誤解されるかも知れませんが、小さな小さな学校を作ってみました。
ドールハウス程度じゃねえかと言われたらその通りで、このドールハウスが今の僕にできる最大級の大きさです。
もちろん、僕よりももっと上手にもっと大きな規模でできる力を持った人はたくさんいるはずですが、まあ、誰もやらないですよね。
でも、やらない善よりやる偽善、悪名は無名に勝る、たとえそれが「ハチドリのひとしずく」だとしても、何もしないよりは少しはマシなんじゃないかと自分では思っています。

この小さな小さな学校プロジェクトを起こしてみて、不登校児を知れば知るほど、彼ら彼女らが敏感に感じ取っている時代の変化と社会との歪みがさらに鮮明に見えるようになってきました。
僕も含め、僕らは大きな大きなミス犯してしまっていたのかも知れません。
彼ら彼女らのおかげで、解決すべきことの目星はついたので、時間はかかるかも知れませんがそれを確かめるために、子ども達と一緒に小さな種を蒔き続けていきたいと思います。


さあ、明日は土曜日ですがおも校に大集合の日。
残暑が少しは和らいでるといいんですが。
おも校のウェブサイト





今年の春ごろから準備を進めてきました、新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」のウェブサイトが公開されましたのでご報告いたします。

まだ準備中の部分も残っておりますが、11月の開校に向けて10月から入学希望者の面談を開始する予定ですので、このタイミングでの公開とさせていただきました。

今年の3月に最初の企画書を作り、そこからのこの半年間はずっと走りっぱなしの日々でしたが、開校の日が見える位置まで来ることができました。
それもこれも、たくさんの方のご協力があってこそですが、誰より、一緒に学校を作ろうぜ!と最初に声をかけた、千恵ちゃん(森松千恵)には、言葉に出来ないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

こんなわけのわからない企画に「おもしろそうですね。やりましょー!」とふたつ返事で快諾してくれて、それからは僕の何倍も動き回ってくれて、頼もしいのとありがたいので、もうすごく愛しい(笑)。

彼女には、おも校の副理事長と本校の校長(おも校の初代校長!)を兼任してもらうんですが、彼女がいる学校はきっと素敵な場所になるだろうなと思います。
そんな彼女に校長を依頼した時、「生きていれば校長先生をやる日も来るんだね」と言ったら、「はい、わたし大出世です!」と笑った笑顔がとても素敵でした。


さあ、小さな学校の大きな冒険と挑戦はまだまだこれから。
きっと色んなことがあるでしょうが、こんなに素敵な仲間達となら必ず乗り越えていける。

ここに通う子ども達にとっても、その親御さん達にとっても、はたまた悩める大人達にとっても、ここに来れば必ず大笑いできる宝物のような場所、そして、お気に入りの普段着のような心地いい場所に育てていきたいと思います。

もうすでに色んな企画を企て中。
続報をお楽しみに!


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school
サングラス日和
そういえば先月だったか先々月だったか、大好きなお笑い芸人の和牛さんが自身のラジオ番組で、リスナーからの、

「目の前の女性の胸元に目線がいきそうなのをグッとこらえて、相手の目を見て話すという頑張りに名前をつけていただきたいです」

という、僕も共感しかないこんなお願いに対して、

「あかんあかん見たらあかん、向こうも絶対わかるから。って思う時に、『ああ、今サングラスかけてたらなぁ』って思うよね。」ということで、最終的には「サングラス日和(びより)」と命名されました。

さすがは和牛さん。
ただ、僕の愛用のサングラスは目線がまるわかりの色の薄いタイプなので、僕は引き続き、グッとこらえて相手の目を見て話していきたいと思います。


三重の空は台風一過の秋晴れです。
さあ、今日もがんばっていきましょー!
Pマーク



駐車場の「P」マークを、知り合いのキッズたちが描いてくれた。

いい感じ。
空に向かってつぶやく日



僕にとって今日と明日は、空に向かってブツブツつぶやく日です。

師匠でもある大切なあの人には、近況報告とちょっとだけ愚痴と言葉に出来ないくらいの感謝を。
そして、大好きな愛犬には、ただただ愛してるよと。

いつかまた逢えるその日まで。
1日1大笑
ネットには、子育てに関する専門家のアドバイスがたくさんある。
中には耳が痛い内容もわりと多くて、

子どもに〇〇って叱ってはいけない
不登校児に言ってはいけない言葉
子どものやる気を引き出す言葉とやる気をなくさせる言葉
反抗期の子どもを激変させる魔法の言葉
あなたの〇〇が子どもももっとダメにする
急ぎなさい!って言ってはいけない10の理由

などなどなど、こういうのを読んで、自信をなくしたってお母さんやお父さんはわりといると思う。

でも、僕が思うに、叱っても怒っても急いでって言ってしまったとしても、その家庭の中に常に笑いと笑顔があるなら問題はないと思う。
なかなか言うとおりにしてくれなくても、何回も同じことを言わせても、急いでって言ってるのに全然急いでくれなくても、だからってそんなに無理してがんばって気負うことはないんじゃないかな。
子どもって基本、そういうもんだと思う。
無責任かも知れないけど、そんなことよりももっと大事なことがあるんじゃないかって思うんです。


僕の家では、朝起きてから夜寝るまで、ご飯の時もお風呂の時も一緒にゲームをする時も、僕や母親に叱られながらも、時には大声で、時には床を転げながら、家族みんなの大笑いと笑顔がいつもそこにある。

二人の娘はどちらも決して優等生とは言えないけど、とても愉快で独創的で、何よりすごく優しい心を持った子に育ってくれた。
それもきっと、生まれた時からそこに笑いと笑顔が充満してたからだと思う。

1日1回でも、涙を流して床を転げながら笑う時間が普通にあれば、もうそれだけでエブリシング大丈夫。
だからきっと親の大事な役目って、1日1回は子ども達を大笑いさせること、なんじゃないかと思う。

新しく立ち上げた教育プロジェクトでも、ここへ来れば必ず1回は大笑いできる、そんな場所にしたいなと思う。
おもしろい学校をつくろう!



「おもしろい学校をつくろう!」を合言葉に立ち上げた新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」。
「教育をデザインする」というコンセプトで企画を作りましたが、それっとどういうこと?ってお思いの方も多いことでしょう。


ところで、どんなに賢い人でもお金持ちでも、生きていれば何かしらの問題やトラブルに出くわします。
対処法は大きくわけて、がんばって乗り越えるか、スルーするか、の2択。

ただ、がんばって乗り越える派の人達の中には、自分の考えを押し付けたがる人もいます。
それが有効なシーンもありますが、精神論や根性論が苦手な人には敬遠されがちです。

反対に、死ぬくらいなら逃げればいい、ダメな自分だとしても気にせずいこー!、見たくないものは見なくていい、聞きたくないことは聞かなくていい、というのがスルー派だとして、この考え方に救われた人もたくさんいるはずです。

ただいつも思うのは、なぜにいつも両極端に分かれていくのかなってこと。
白か黒か、右か左か、上か下か、勝つか負けるか、向かうか逃げるか、生きるか死ぬか。
もちろん全員とは言いませんが、わりと多いんじゃないかと僕は思っています。

だから提案。

乗り越えるか、スルーするか、デザインするか。

つまり、乗り越える方法が有効な場合はそれを、スルーしたほうが有効な場合はスルーする。
両方を混ぜ合わせたほうが有効な場合はバランスを見てうまく和えていく。

でも、それをどう判断するの?という疑問もわきます。
どう判断して、どう活用して、次にどうつなげていくか。
それを手助けしてくれるのが、デザインの手法です。

「A」という行為があって、それは「B」という本当の目的があるうえでの手段としての「A」だとします。
でも、世の中には「A」そのものが目的になってしまう人がたくさんいます。
「B」という本来の目的があるのであれば、「A」でなくても「C」という方法でもいいはずなのに。

例えば「あいさつ」はどうでしょう。
あいさつは大切です。
それは間違いない。
でも「あいさつ」の真の目的を忘れて、とにかく角度や姿勢や声の大きさや表情ばかりをとやかく言う人がいます。
それが苦手な人はあいさつをしなくなる。
あいさつ自体が苦手になる。
でも、本来の目的を果たすことが最も大切であるならば、必ずしも大きな声である必要もきっちり45度である必要もありません。

モノゴトの本質である「B」を正しく見つけ出し、それをお互いが共有する。
両者のどちらかにガマンを強いるのではなく、どちらにとってもハッピーなアイデアを見つける。
そうやって新たな解としての「C」や「D」を生み出していく。
それを可能にしてくれるのが「デザイン」だと思います。

さっぱりわからん!とお叱りを受けそうですが、そういう「デザインの手法」を最大限に活用して教育や学校や学ぶということそのものをデザインしていく、それが10月の開校を目指している「地立おもしろい学校」という取り組みです。


いくら小さいプロジェクトとはいえ、企画の特性上、実際の運営には色々と大変なことがあります。
でもありがたいことに、「プロジェクトに参加したい!」や「入学したい!」という声をたくさんいただいているので、まあなんとかなるか、と楽観的に考えています。(やけくそではありません)

そもそも「地立おもしろい学校」って何なんだ?
何をする場所なのか?
どうやって運営していくのか?

開校までに決めなければいけないことがありまくってて、現在も絶賛バタバタもがき中。
それでも、僕らの取り組みを多くの方に知っていただき、日本中で僕らを待っててくれているだろうたくさんの人へ届けていきたいので、夏バテってる暇もなく、このまま脳みそフル回転で走ります!


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school


さあ、おもしろい学校を、つくるどー!
おもじろー







不安定な天気が続いておりますが、皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、現在準備を進めております新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校」のエンブレム(校章)が決定いたしましたのでご報告させていただきます。

1)「OMOSHIROI(おもしろい)」の「O(オー)」の形(綺麗な丸じゃなくても構わない)
2)驚いた時の口の形(気づきや感動の前にはいつも驚きがある)
3)トンネルの向こうに見える光(暗闇から抜け出そう!)
4)明るい場所に出た時の小さくなった瞳孔(最初はまぶしいけどゆっくり慣れていけばいい)
5)井の中のカエルが見上げる小さな空(あの空へ飛び出そう!)
6)丸い形はどんな形にも変形できる(何者にだってなれるし、ならなくてもいい)
7)丸い形には行き止まりがない(ワクワクするほうへ歩いていこう!)
8)ドーナツみたいで美味しそう(美味しいは正義!)

などの意味がこもったエンブレムです。
ちなみに名前は「おもじろー」と申します。
国籍も性別もありません。
たぶん、いい奴だと思います。
以降、お見知りおきくださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。


「おもしろい(面白い)」の語源は、暗闇を抜けて目の前(面)がパッと明るく(白い)なること。だからこそ「地立おもしろい学校」には、「ラボ」と「学校(本校と分校)」の2つの顔があります。
「ラボ」は、様々な分野のクリエイター達と一緒に、勉強や学びをどうすればもっと「おもしろく」できるかを研究し、開発するラボラトリーです。
「学校(本校と分校)」は、ラボが考えたアイデアやツールの実践と検証を行う場所であり、既存の学校の代わりとなる代替教育の場でもあります。
さらに、既存の小中高と連携し、協力し合い、ラボのアイデアやツールを実際に小中高の授業でも使用していただけるように準備していきたいと思っています。

「地立おもしろい学校」は、大人も子どももどちらでも入学できる学校として、地域とクリエイティブとみんなの力を合わせ、「学び」をデザインし直し、学ぶことのおもしろさに出会える場所でありたいと思っています。
今秋の開校を目指して、まだまだやることが山積みですが、仲間と共に歩む道は楽しさが勝ります。
とりあえず理事長(僕です)と副理事長と本校の校長先生だけは決定しましたが、それでもまだまだ人手も設備もあれもこれも、まるで足りていません。
もしもご興味のある方がいらっしゃましたら、おもじろー手拭いや、おもじろーTシャツを無理やり着させられる可能性がないとは言い切れませんが、どうか恥ずかしがらずにご参加ください。


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school


僕らが来ることを、きっとどこかで誰かが待っててくれている。
そう信じて、一歩一歩です。
おも校ミーティング



昨日、新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」の第ゼロ回となる最初のミーティングを、19歳~67歳の参加者6名(うち1名はZOOMで参加)にて開催しました。

年齢もバックグラウンドも違うバラエティに富んだメンバーにて、「誰とどう作るか?」の前に、もっとも大切な問いである、「なぜ作るのか?」について意見を交わし、改めて「地立おもしろい学校」の必要性を参加者全員で共有することができました。
他にも、既存の学校やオルタナティブ教育と何が違うのか、何が新しい取り組みなのか、目指すべきゴールはどこか、などを話し合い、全会一致でプロジェクトの始動が決定!
いよいよ本格的に動き出していきます!

次回の全体ミーティングは8月。
この時はさらに参加者を増やし、運営体制、役割分担、資金集め、生徒の募集方法など、より具体的な内容について協議していく予定ですので、教育関係者、各種クリエイター、他にも多彩なジャンルの方々に、賛同&参加していただけたら嬉しいなと思っています。

現在、「地立おもしろい学校」とは何なのかをご理解いただくためのウェブサイトを制作中です。
サイト内でも、企画に賛同し、参加していただけるメンバーさんを募集してまいりますので、そちらも何卒よろしくお願いいたします。
家訓



ニンテンドースイッチのコントローラーは割と壊れる。
修理に出したり買い替えたりすると結構な出費になるので、我が家では修理キットを使って毎回自分で修理しています。

職人だった父親の口癖は、無い物は作れ、足りないものは工夫しろ、でした。
その言葉をずっと守って生きてきたので、まずは自分で直してみる。
どうしてもダメなら修理に出す。

そしてこの家訓は、いずれ娘たちへと引き継いでいく。
の予定でしたが、自分でやってみる?と聞いたら、自分で壊したくせに、めんどーとかいいやがる。


父上、残念ながらこの家訓は、僕の代で終わりそうです。
DESIGNED BY CHILDREN 2022



2015年から三重県の勢和小学校(多気町)で毎年実施してきました、小学6年生を対象にしたデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の今年の日程も全て無事に終了!

記録のための写真やビデオを見返して毎年思うことは、いくら何でもいよいよ痩せなきゃなってことと、50代のごっついおっさんじゃなく30代のヤングなイケメンデザイナーがやるべきだなってことと、個性豊かな子ども達の変化。

自分の小学6年生の頃と今を比べること自体がナンセンスかも知れないけど、今の子ども達のすごい所は、ゲームに慣れ親しんでるからか、「理論」への理解がちゃんとあって、飲み込みがすごく早いこと。
でもその反面、無い物を生み出す想像力に関しては、昔の子どものほうが豊かだったようにも思う。

とにかく、「今」や「時代」とこうして触れ合える機会を与えてもらえてることに感謝したい。
この活動がもっともっと広がっていくようにがんばらないとな。

来年はカリキュラムを思い切って変えてみようと思う。
そして、僕の後を引き継いでくれる若手を育てよう。
誰か、立候補してくれる若者はいねーか?


勢和小学校の皆さん、今年もありがとうございましたー!
安心感
今日も暑い中、3件の打ち合わせ。
うちひとつは、クリエイティブディレクターとして全体の総括を担当する新事業のキックオフミーティングでした。

新事業のチームリーダーは25歳の若き女性起業家。
こういう時、僕が彼女たちに与えてあげるべきことは、これまでの知識量と経験値以上に、何よりも「安心感」だと思う。

このおっちゃんがいれば何とかなる。
何があっても、最後にはこのおっちゃんが何とかしてくれる。
そういう安心感を彼女たちに持ってもらうことが何よりも大事。


最後はおっちゃんが何とかするから、自分たちが信じる道をおもいっきり突き進んでほしい。
太らないチョコ
三重県内の中学校から、生徒たちが取り組んでいる防災企画にデザインの視点からアドバイスをするお役目をいただいた。
こうやって少しずつ地元三重県の教育にデザインで関われることが増えていくのは大変嬉しく光栄なこと。

通常、こういう企画の場合、子ども達ならではの視点が抜け落ちていることが多く、大人が考えそうなことを考えて、はいよくできました、と終わるのがオチ。
でも、子どもだから見えてくることがきっとあるし、子どもだから気づけることがもっとあるはず。
まして、実際に災害があった時は、真っ先に避難しなければいけないのが子ども達自身。
そういう視点から企画を考えられているかをアドバイスできればと思う。


近年、教育をデザインしようという動きはどんどん盛んになっている。
実際に「教育×エンターテインメント」な活動やサービスは世の中にたくさんあるし、それをテーマにベンチャー企業を立ち上げる若者もたくさんいる。
でも、そのわりには広まっている印象は少ないし、数年で撤退してしまうベンチャー企業も多いと聞く。
なぜだろうか?

要因は色々あると思うけど、やはり国が定める既存のルールという壁の圧倒的な高さと分厚さが原因だと思う。
通常、教育をエンタメ化した教材やゲーム要素を取り入れた授業などは、通常の教科とは別の「総合的学習の時間」という枠の中で行われることが多い。

ちなみに「総合的学習の時間」とは、「生徒(児童)が自主的に課題を見つけ出し、課題解決のための資質や能力の育成を目的とした探究学習の授業」で、小学校6年生の場合は年間70単位時間が割り当てられ、授業内容は学校や教師の裁量に任されいる。
ただ、任されているとはいえ、実際の現場ではそれほど自由度が高いとは思えない。
ましてや「総合的学習の時間」を魅力あるものにするためには、それなりのスキルを持った教師でなくては難しいと思う。

僕が行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」も「総合的学習の時間」を利用させてもらっているけど、こういう取り組みや授業が「総合的学習の時間」でしか出来ないこと自体が問題だと思う。

学校を変えたい!と思ったら学校の中にいては難しいのではないか。
本当に学校を変えたいのなら「学習指導要領」の鎖に縛られない別の場所を作るしかないのではないか。
文科省や学習指導要領の壁の高さを前に、たかがベンチャーはあまりにもか弱い。

新しく立ち上げようとしている「地立おもしろい学校」というプロジェクトは、子どものためだけの場所でもないし、大人のためだけの場所でもない。
不登校児や障がい児のための学校でもなく、おもしろい学校で学びたいと思う全ての人のための場所。
なので、不登校児も障がい児もミュージシャンもデザイナーもサラリーマンも医者もマジシャンもスポーツ選手もお笑い芸人も料理人も、みんなが普通に一緒にいて、みんなで一緒に学校をおもしろくしていく場所だ。

そんな「地立おもしろい学校」が、「教科書もあるし先生もいる学校」というスタイルにこだわっているのは、日本の学校そのものを全否定しているわけではなく、良い所はそのまま残してダメな所はおもいっきり変えていこう、と思うから。
僕は学校が嫌いじゃなかったし、「学校」というキーワードに紐づけされた大切な想い出がたくさんある。
僕はただ、学校をもっと素敵でおもしろい場所にしたいだけなのだ。

未来は子ども達がつくる、とよく言うけれど、赤を青に、右を左に、上を下に、急に変えられるわけじゃない。
未来を作るということは、少なからず「今」を否定することでもあるわけで、未来という理想のゴールを定めて、そこから逆算して今何をするべきか、何を残し何を変えていくべきかをいくら問うても、「過去」や「今」に固執する勢力がそれを全力で阻み、その巨大な壁の前にいくつもの志とベンチャー企業が沈んでいく。

1か月後に急に10キロ痩せられるわけじゃない。
今日のこのチョコ1個が、1か月後の10キロ減量へとつながる。
現状に固執する勢力達が、まだ見ぬ未来のために、今、このチョコ1個を取り上げられることに耐えられるだろうか?

でも、だからといって、声をあげ、プラカードを掲げて、無理やりにチョコを奪っても効果は薄い。
チョコが美味しくないと感じる仕掛けや、太らないチョコを新しく作ってあげるほうが、もっとチャンスが生まれるだろう。

それがデザインの役割であり、それが「地立おもしろい学校」なのだ。
続・おもしろい学校
前回に続き、おもしろい学校を作ろう!の件。
プロジェクトの名前は、公立でもなく私立でもなく、地域と一緒に育てていく学校なので、仮に、「地立 おもしろい学校(ちりつ おもしろいがっこう)」とする。
プロジェクトメンバーが集う拠点となる場所を探し中なので、空き家の情報、お待ちしております。

はてさて、おもしろい学校とはどんな学校なのか。

例えば、とある社会の授業。
先生がまず、タブレットでルーレットを回し、ランダムに出現する3つのキーワード(「自転車」「夕焼け」「ホッチキス」など)を決定する。
そのキーワードは、子ども達たちが言ってはいけない「NGワード」。
このNGワードを、チャイムが鳴るまでに子ども達に3つとも言わせたら、先生の勝ち。
ひとつでも残ってしまったら、子ども達の勝ち。

先生は、社会の授業を進めながら、どうやって「ホッチキス」という言葉を子ども達から引き出すのか。
子ども達は、無事にチャイムが鳴る終えるまでNGワードを言わずに済むだろうか。

これは家庭でも出来るので、夕飯時とかにぜひやってみてほしい。
ご飯を食べ終わるまでに、子ども達に3つのNGワードを言わせるのは至難の業。
もちろん、いつもの口癖とかをNGワードにしてしまうと、普通の会話もまともにできなくなってしまうのでダメ。
あくまでも、ランダムに出現するキーワードにすること。
もしも親が勝ったら、その日のお皿洗いは子ども達にしてもらおう。

このゲームで大切なことは、ギリギリのところで、先生または親が負けること。
負けたほうは、ちゃんとおもいっきり悔しがってください。


こういうことをすると、子ども達が勉強に集中できないだろ!という人がいるかもしれないけど、僕は逆だと思う。
この、ゲームのような授業がいざ始まると、子ども達はもう、先生やほかの子ども達の一言一句に集中せざる得ない。
なのでむしろ、感覚は研ぎ澄まされると思う。

こんな風に、100人のクリエイターがひとつずつアイデアを考えれば、100通りのおもしろい授業が作れるんじゃないかなと思う。


明日は、小学校で行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」の2日目。
怖いくらいな暑さかも知れないので、熱中症対策を万全にしつつ、マスク越しでもわかる子ども達のキラキラした笑顔に会ってきます。
夢物語
先日からの熱中症の症状もひとまずおさまり、ひと安心。
経口補水液のオーエスワンを片時も手放さず、対策も万全。
ご迷惑を改めてお詫びし、ご心配とお心遣いに心から感謝します。

そんな中、前回の投稿で書いたとおり、今後、何を選択し何に集中すべきかを考える。
そのひとつは、「教育事業」だと思う。

これまで、三重県出身のクリエイターにロングインタビューする雑誌「MIENOKO」(2012~)、小学校で行うデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」(2015~)、ノンデザイナーにもデザインの視点と考え方を教える、デザインを「わかりたい」人のためのデザインスクール「WIPE ACADEMIA」(2018~)、と3つの教育関連プロジェクトを実践してきた。

ただうちの会社では「教育事業」というカテゴリーに分類されるこれらのプロジェクトも、実態は不採算で「事業」なんて呼べるレベルには程遠い。

それなのにデザイナーになってからずっと「教育をデザインしたい」と言い続けてきたのは、デザインが装飾のためではなく、問題の本質を正しく見つけ出し、それを見事に解決できるツールであることを知ってから、世界中の様々な問題を見聞きするたびに、その問題の本質を掘り下げていくと、いつも必ず最後は「教育」につきあたってきたからだ。

そして懲りずにまた、4つ目の「教育事業」を立ち上げようと画策中。
それもずばり、学校を作ろう!ってプロジェクト。
まだ頭の中だけの話だけど、心の中の得体の知れない何かが僕にそれをやれと言う。
光り輝くアイデアはまだ見つからないけど、ワクワクしてる自分がそこにいる。

全部の根底にあるのは、いつだって「教育」だった。
でも僕自身、不登校だったわけでもないし、いじめられた経験があるわけでもないけど、学校がおもしろくならなきゃ、学ぶことが楽しくならなきゃ、分かることの喜びをたくさんの人が知らなきゃ、世の中が良くならない気がしてならない。

かつては僕らも子どもだった。
でも大人になるにつれ、子どものことがよくわからなくなっていく。
「時間」の理解ができていない小さい子どもに「あと5分しかないよ!急ぎなさい!」と言っても、「あと5分で終わり!」と言われても、5分がどういう長さなのかが感覚的にわからないから、その通りにできるわけがない。
大人の常識で子どもを叱っても、意味のわからない子どもにしてみればただただ怖いってだけで、全然おもしろくない。

子どもだけじゃない。
勉強が嫌いだった、学校が楽しくなかった、そういう大人がきっとたくさんいると思う。
きっと僕らは、「学ぶ楽しさ」を学ばずに、「分かるおもしろさ」を知らないままに、大人になってしまったのかもしれない。
でも、学ぶってことは、きっともっと楽しいもののはずだし、答えのもっと先のほうにある、僕らが本当に知りたかったことを知る術がどこかにあるはずだ。

「おもしろい」の定義は人それぞれだけど、そもそも「おもしろい」の語源は、暗闇から抜け出して目の前(面)がパッと明るく(白く)なることだ。
わからなかったことがわかった時の笑顔は学ぶことの楽しさに出会えた証だし、デザインで誰かの目の前をパッと明るく照らせたらとてもハッピー。
だから、おもしろい!って本気で思えるクリエイティブな学校を作ってみたいのだ。

モンテッソーリ、シュタイナー、フリースクール、ホームスクーリング。
世の中にはすでに優れた教育環境がたくさんある。
既存の学校にガマンして通うくらいなら、積極的にこれらのオルタナティブな教育環境を選択すべきだ。

でも僕が作るなら、優秀な教育環境がすでにたくさんあるんだから、それの真似をしても意味がない。
だから、僕が作りたい学校は、教科書がない教育ではなく、教科書がちゃんとおもしろい教育。
先生がいない教室ではなく、先生がちゃんとおもしろい教室。
何をするのも自由な学校ではなく、一緒に何かをするのがめちゃくちゃおもしろい学校。

「おもしろい学校」なんて、ただの理想にすぎない「夢物語」だと僕も思う。
でも、だから挑まないってのも僕らしくない。
とはいえ、「おもしろい学校」ってどうやれば作れるんだろうか。


オーエスワンを小脇に抱え、悩みは続くよ、どこまでも。
一緒に悩んでくれる人、この指止まれ。
熱中症
不覚にも先々週末に風邪を引き、そこへ来て体力が落ちている先週末に熱中症でダウン。
仕事が立て込んでいて疲れ果てていたとはいえ、ゴリアンデザイナーの僕を動けなくさせる威力。
自分が若くないことを痛感する。
絶好調とはいかないが、今日から少しずつ仕事を再開。

今回のことで多方面にご迷惑をかけた。
お詫びしてもしきれないが、今回のことだけじゃなく、やはりそろそろ仕事のやり方を変える時期だなと、ベッドでうーうーうなりながら改めて思った。

世の中には、バスの揺れ方で人生の意味がわかる人だっている。
熱が下がらず、体力が戻らず、手元に力が入らず、タバコを持つ手が震えたりコーヒーをこぼしたりキーを打ち間違えたり、こういうことの全部がメッセージだと思うほどファンタジスタでもロマンチストでもないけれど、何かを感じ取るには十分な週末だったと思う。

良質な仕事ってものは、有名だからとか歴史があるからとか経験豊富なベテランだからとかではなく、いつもパワー全開でエネルギッシュでパワフルで、自分が放つ光で回りを明るく照らしてしまえるような人のもとへ集中する。
そういう人は常に動き回り、常に考え、有言実行で結果を残していく。

だからこそ僕は、スタートアップの頃のように、もう一度やるべきことを選択し、それに集中しよう。
それがどれほど小規模でも、それがどれほど地味で目立たなくても、これぞ自分の仕事、と言い切れる仕事を心から楽しめば、結果はきっと後からついてくる。

小さく、狭く、深く、鋭く、ワクワクする音のなるほうへ。


でもまずは、体調管理ですね。
大好きな笑顔



天候が荒れた今日、毎年恒例の旧友の墓参りに。

妊娠中にガンが見つかり、2000年に27歳の若さで出産と同時に天国へ逝ってしまった陸上部のマネージャー。
最愛の子をその胸に抱くこともできず、さぞ無念だったろう。
母の命を引き継いだ息子も、今年で22歳か。

彼女の墓の前にいると、とても自然に、優しい気持ちになれる。
ご先祖様の墓参りでは、俺は大丈夫だから安心してね、といささかの虚勢もはるけれど、彼女の前だと弱さもズルさも全部を素直に出せる。

この前のアレ、俺は悪くないよな?
どう思う?おかしいだろ、アレ。
そんな風に、1年分のあれやこれやを彼女に愚痴る。
きっと彼女は笑ってる。

みんなが大好きだった彼女。
分け隔てなく包み込む彼女の人柄。
あの大好きだった笑顔に、また会いたい。
てるてる坊主



修学旅行を楽しみにしていた姉(いと・小6)のために、ちょっと夜更かしして「てるてる坊主」を作ってあげる妹(こと・小2)。
その甲斐あって、妹の姉を想う気持ちが通じたのか、今日はちゃんと晴れました。
今頃は、楽しみにしていた宿泊先の美味しい料理を満喫していることだろう。

誰かを想って、その人を笑顔にしたくて、心を込めて作るのが、モノづくりにおける一番大事なもの。
だからこそ、モノづくりの灯を消してはいけないのだ。

「ねえねの修学旅行が晴れて良かったね」と言う妹に、「ことのてるてる坊主のおかげやね」って言ったら、照れながらちょっと笑う。
ちょくちょく姉妹喧嘩もするけれど、誰かを想える優しい姉妹に育ってくれたことを、奥さんと祖父母たちと姉妹の友達たちに心から感謝。

娘(妹)よ、今夜だけは、明日ねえねが帰ってくるまでママを独り占めできる初めての時間を、心ゆくまで楽しんでおくれ。
この「てるてる坊主」は大事にとっておくからね。
消臭スプレー



トイレの消臭スプレーのラベルが家の雰囲気に合わない時は、自分で好きにデザインしなおしてしまいましょうー。

サイズを測ってデザインして印刷してカットして貼るだけ。
パソコンが使えない人は手書きで十分!
変にデザインされてるものよりもよっぽど自分らしい良さげな味が出る。

もちろん、何にも書いてない無地の紙とかでもOK。
いや、むしろそのほうがいいかもね。
うちも次回はそうしよう。
古き良きが、今時のスタイル。



今ならアリだなあ、1990年式の初代セルシオ。
もちろん、フルノーマルで。

同じく1990年式の初代エスティマも今なら大アリ。

今の僕のサファリも1990年式。

この頃のデザインが、今の時代にしっくりくる。
モックアップ作り



自分の仕事の中でも、モックアップ作りは「好きな作業ベスト3」に入るくらい楽しい。

そのために版型や木型が必要なら自分で作る。

時間を忘れて没頭してしまう大人の図画工作。
ひび割れて出来た石畳



コンクリートの床がひび割れるのを嫌がるオーナーさんが多いけど、僕は綺麗に塗り固められたコンクリートの床より、あえて薄く塗って、やがてひび割れて出来た自然の模様と石畳のほうが好き。
ひっそりとそこにあるもの



素敵なデザインは、何でもない日常の中に、ひっそりとそこにあるもの。

派手さもなく、映える要素もないけれど、そういうものから学べることは多いと思う。
深さ50センチの水槽



人の年齢を水槽に例えるなら、25歳の水槽は深さ25センチで、50歳の水槽は深さ50センチ。

ただ、あくまでも水槽はただの水槽であって、そこに並々に水が溜まっているかどうかはその人の生きてきた人生次第。

50センチの水槽に3センチしか水が溜まっていない人もいれば、水槽から溢れ出して池になってる人もいるだろう。

透き通った透明な水の人生もあれば、濁った水の人生もあるし、水槽に穴が空いていて水が溜まらない人生ってのもあるかも。

同じ透明でも、薬剤で無理やりにカルキを取り除いた透明ではなく、たっぷりの太陽光を浴び、常に水が入れ替わるような流れが生み出す自然の透明さがいい。

関係ないけど、たとえ海になれなかった人生だったとしても、水槽を飛び出す野望を捨てる必要はない。


とまあなんとなく、中庭のメダカにエサをやりながら、僕は僕の水槽とそこに注がれた水を想う。

僕の深さ50センチの水槽。
お風呂にするにはまだまだ浅いな。
50歳になりました



1972年4月24日午前7時42分。
50年前の今日に生まれ、ついに、いよいよ、とうとう、50歳になりました。

誕生日は産んでくれた両親に感謝をする日です。
産んでくれてありがとうって想えるのは、今が幸せだという証拠。
産んでくれた両親と、今の幸せをくれた全ての人たちに心から感謝します。


色々あった50年。
時に激しく、時に優しく。
とどまらぬ、まるで風のような人生。
大好きな人と一緒に、これからもずっと旅の途中。
それが心地いい。


父上、母上、本当にありがとう。
手を焼かせ続けたやんちゃ坊主も、とうとう50歳になりましたよ。
これからも健康で、笑顔を絶やさず、長生きしてください。
残りの10年をどう歩むか?



年度末をなんとか走り切り、時間の余裕も出来てきた今日この頃。
4月にはとうとう50回目の誕生日を迎える。
 
60歳をデザイナー人生のひとつの区切りと考え、残りのこの10年をどう歩むか、毎日毎日妄想する日々。
 
いつまで経っても満足できるデザインには到達できませんが、求めてくれる人のために走り、そばにいてくれる人のために歩む、そんな日々を大切にしていきたいと思います。
グレーな世界
車も壁も棚も飾りも文房具も、僕のまわりはグレー色だらけ。
僕がねずみ年生まれだからってわけじゃなく、単純に僕の一番好きな色だからなんだけど、グレーは「デザイン」ってものを一番よく表現している色だと思う。

世の中は、白が5%、黒が5%、残りの90%はグレーで出来ている、って誰かが言ってたけど、本当にそうだなと感じる。
だから、何かと白黒つけたがる人や、生きづらさを感じている人の大半は、このグレーに悩まされるんだろう。

政治の世界を見ればよくわかる。
どっちにも解釈できるように、ほとんどのことがグレーに作られている。
ピンチの時に、うまく逃げられるように。
まあ、これは悪い例だけど。


以前、代替案があるかないか、がアートとデザインの違いだと書いた。
デザインには常に代替案がある。
A案がダメならB案。
B案もダメならC案やD案やE案を生み出す。
だからこそ、グレーでないと成り立たない。

そう言うと、なんていいかげんでテキトーで曖昧なんだ、と思われそうだけど、僕はグレーな状態が心地いい。
おかげで、あらゆる意味で守備範囲はかなり広いほうだと思う。
それに、「テキトー」を辞書で調べると、「ある性質・状態・要求などに、ちょうどよく合うこと。ふさわしいこと。」とある。
だから別に悪いことじゃない。
グレーを「暗い・寂しい」と感じる人もたくさんいるけど、グレーは「静か」なところが、ちょうどいいんだと思う。
僕がグレーのニットを着ている女性に無条件で好感を持つのだって、たぶんそういう理由、なのかな?
僕が車を選ぶ時に、グレーかシルバーを最優先するのは、きっとそういう理由だと思う。
つやのないマットなグレーで、主役じゃなくても本当に実力や評価が高い人の事を指す「いぶし銀」って言葉もある。
なんかそういうの、いいと思う。


デザインを学ぶことは、グレーを学ぶことでもある。
それこそテキトーに、「グレデミー(グレー+アカデミー)」とでも名付けようか。
グレデミーで学べることは、もしかしたら白や黒よりもきっと真理で、生きづらい世の中を軽やかに生きていくための万能ツールだ。

グレーな世界を、どう走り、どう泳ぎ、どう飛ぶか。
全ての人がデザインを学ぶべき理由は、そんなところにもある。
モスのモッさん



僕は今、僕と同い年のモスのモッさんが3月いっぱいで引退のニュースになんだかよくわからない衝撃を受けてる。

https://bit.ly/3BoFwZh
クリエイティブな生き方
今あるもので満足しなさい?
今いる場所で咲きなさい?
そうできれば良かったけど、僕のような社会不適合者にはちょっとハードルが高い。

山があるなら超えていこう。
未経験のことだからこそ、まずは試してみよう。
こっちのほうが僕にはずっと楽。

こうでなければならない。
こうするのが一般常識だ。
そんな暮らしは、水槽の中みたいで息がつまる。


「欲しいものがわからないと、本当には欲しくないものに包囲されて暮らすことになる。」
(ファイト・クラブ)

本当に欲しいものは何なのか、本当に必要な人は誰なのか、本当に大切な真実はどこにあるのか、クリエイティブの視点を持っていない人にとっては、それが見えずらい世の中なのかもしれない。

クリエイターじゃなくても、クリエイティブな生き方はできるはずだ。
ミスマッチ



先日撮った、小さな漁港に放置されていた、はたらく車。
この当時の日産車は本当にかっこいい。
当時はさぞ活躍したんだろうけど、なんでこのままここに放置されることになったんだろう。

どんなに高級な車でも、燃料が入ってなければただの箱か飾り物。
車は自分で燃料を入れることができない。
だからどんなに優秀でも、燃料を入れてくれる人が不可欠なんだ。

悪いのは、役立たずになって放置された車ではない。
本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらず、そのまま放置して知らん顔してる人間のほう。
アイデアとデザイン、そしてそこに愛があれば、問題は必ず解決できる。


そういえば先日の打ち合わせで、「ミスマッチ」の話になった。
三重に戻ってきて一番驚いたのは、それまで知らなかった良い素材なモノの多さと、それを台無しにしているデザインとのミスマッチの多さ。
カッコ良さの基準は人それぞれ違うにせよ、せっかくの良い素材を、なんでわざわざカッコ悪くするのかと憤りを感じることが多かった。
ミスマッチなモノやコトを見るたびに、欠けているのはやっぱり、アイデアとデザインと愛なんだと感じる。

だけど、同じミスマッチでも、人同士や組織間のミスマッチはちょっと手強い。
ミスマッチによって苦しんでる人がたくさんいる。
お互いの努力や協力によってどうにかなる場合はそれでもいいけど、求めてるモノやコトが違うのに、泣いたり苦しんだりしながら、それでも我慢して続けなきゃいけない理由って何だろうか。
何のために、誰のために、それでもそれを続けなきゃいけないんだろうか。

アメリカの第2代大統領のジョン・アダムスは、「忍耐と辛抱強さがあれば、どんな困難も障害も乗り越えられる」と言ったけど、この言葉の真の狙いはバレバレだ。
それよりも、スティーブ・ジョブスの「時間は限られているのだから、他人の人生を生きて自分の時間を無駄に過ごしてはいけない」という言葉のほうがしっくりくる。

時を重ねてベストマッチになっていく場合もある。
でもそうじゃないなら、無理して続けなくてもいい。
別の道がきっとあるはずだから。

モノもコトも人も、ミスマッチのまんまじゃ誰もハッピーになれない。
モノもコトも人も、勇気やタイミング、アイデアやデザイン、そして愛が大切なんだ。

その車も、その素材も、その工芸も、その土地も、その人も、きっとハッピーになるために生まれてきたはず。
目の前の問題が、越えるべきハードルなのか避けるべき壁なのか、正しい判断が必要。
最後まで諦めずにそれを見つけ出すことが、僕らデザイナーの仕事なんだと思う。


あと2か月で僕も50歳。
子どもの頃なら格好の遊具となっただろうこの放置された車に手をかけて、がんばったのになあ、もう誰も気にとめてもくれないんだなあ、そんな風に声をかけて、こんなことに感傷的になってしまうほど、僕も年を取ったんだなあとしみじみ思った。

とある本の「50歳」に関するページで、
「どれだけ偉ぶっていても、愛される人にはかなわない。」
という、トヨタの広告のコピーが紹介されていた。

40代も色々あった。
あっという間だったと思う。
色んな人を愛したし、色んな人に愛された。
色んな人を傷つけたし、色んな人に傷つけられた。

ベストマッチだらけだったと言いたいけど、現実はそう上手くはいかない。
それぞれの人に、それぞれなりの愛や正義があって、でもそれが必ずマッチするとは限らない。
どれだけ愛しても届かないことだってあるし、どれだけ愛されたとしても、偉ぶってる人に勝てないシーンもある。

ただ、本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらずそのまま放置して知らん顔してるのは、あまりにも愛がない。
偉ぶれるほど偉くもないのなら、せめて次のベストマッチを考えてあげよう。
放置された車を愛してくれる誰かがきっとどこかにいる。
それがアイデアであり、デザインのはず。


デザイナーとしての僕の役目が終わるのはいつだろう。
もしもそのまま放置されるとしたら、自分で終わってることに気づいていないからかも知れない。
そうならないためにも、ミスマッチを我慢せず、別のベストマッチを探すのもひとつの手だ。
心から愛されたと言える50代を過ごすために。
波の音



シンドイ時は、海へ。
どっちかと言うと山派なんですが、徒歩圏内に山がないので残念。

子どもの頃は、松阪の実家の裏山が遊び場だったな。
木や葉っぱや昆虫や石とかの見事な模様を夢中になって見てた。
目を閉じて耳を澄ますと、色んな音が聴こえてきた。
自然のオーケストラ。
山登りやスキーとかにはあまり興味はないけど、小さな発見のための山遊びは今でもしたいな。


ただ波の音を聴く。
ただそれだけの時間。
贅沢な時間とかリフレッシュとか、そういうんじゃない。

ただひたすらに、ただ静かに、波の音を聴く。

ただ、それだけ。
激強打破



さあ、今日も愛車とともに、「激強打破」2本イッキ飲みでレッツゴーです。
アパート





やばい、かわいい。
このサインだけで、このアパートに住みたくなる。



先日、NHKのラジオ番組に出演させていただいた際の記念撮影。
担当アナウンサーの高橋美帆さんとは初対面でしたが、気さくでありながら気品があり、優しい声のとても素敵な女性でした。

こういう時にいつも感じますが、「声」の威力や魔法ってやっぱりあると思います。
僕は昔から、声だけでもその人のことが好きになれるほどの声フェチなので、特にそこに敏感なのかも知れませんが、心にすうーっと染みてくる声というのがあります。

昔から芝居の世界では、良い役者の素養として、1番大事なのは「声」で、2番目に「顔」、3番目が「姿」と言われているそうです。

演劇評論家の小田島氏も、「言葉は耳から頭へいくが、声は耳から胸にくる」と言っているし、アメリカの天文学者、ボーエルも、「声は第二の顔である」と言っている。

声に自信のない僕なんかは、なんだかそう考えるとちょっとへこんでしまいますが、確かに声の印象ってのは強いし、声だけで心をつかめる素敵な声の持ち主がうらやましく思います。

たぶん、普段から話す言葉や口調やトーンやボリュームや姿勢や行動によっても、声は良くなったり悪くなったりするんだろうなと思うし、姿勢を正して、良い言葉をたくさん話したほうが、声にも艶が出てくるようにも感じる。

ただ、声の出せない方達と比べると、僕なんかはコミュニケーションの際に「声」や「話す」ってことに頼りすぎてしまっている点は反省が必要で、身振り手振り、服装、表情、仕草、そういうことで伝える、読み取る、そういうスキルをもっと磨かないといけないなと思う。


収録されたものを聞き返してみて、僕のまあなんともしわがれた声よ、と落胆もしてしまいますが、この声は僕だけのもので、唯一のもの。
いつ声が出なくなるかも知れませんが、それまではこの声を大事にしていきたいと思います。
2022年



僕を「優しい」とか「暖かい」とか言ってくれる人がいる。
それは僕があなたのことが好きだから。
僕を「感じ悪い」とか「こわい」とか言ってる人がいる。
それは僕があなたのことを好きじゃないから。

今年も大好きな人たちとの時間を大切にしよう。
大好きだと思える人との新たな出会いを楽しみにしていよう。
その過程では色んなことが起こるだろうけど、物語にはつきものだから。

2022年も、どうせ相変わらずの僕でしょうが、何卒よろしくお願いいたします。
さよなら、2021年。
大好きな人には、遠慮せず、臆せず、わきまえずに、素直に大好きと言おう。
好きじゃない人や仕事からは、不安がらず、恐れず、悪びれず、すっぱりと距離を置こう。
楽しいと思えない仕事や心が動かない案件は、それを楽しいと思える誰かに代わってもらおう。
人が生まれてきたことに意味などなくて、生きていくうえでの意味を欲しがってるだけ。
だから最初から決まっていたと思わずに、自分で好きなように意味を作っていこう。
僕が生まれたのは君に出会うため、それでもいい。
私はここへ来るべくして来たのだ、それでもいい。
曲は勝手に生まれて、どこからともなく流れてくるから、あとは自分で自由に詩をつければ、それでいいんだと思う。

なんとなくそんなことを思った、2021年の年の瀬。
2021年も本当に色んなことがあって、新たな発見、ずっと思ってきたことの確証、良き出会いと別れ、ここで終わること、ここから始まること、時々心が追いつかなくなるほど、なんだかんだと目まぐるしい1年でした。

今年も本当にありがとうございました。
僕が大好きな人達にとって、今までで一番最高だったぜ!って思える2022年でありますように。

では、よいお年を!
アシスタントさん



独立して22年目。
毎日の僕のスケジュール管理、販売、接客、商品開発、企画立案、デザインのオペレーター業務などなど、破滅的に記憶力の乏しい僕をサポートするために常に同行し、募集要項に書いてなかったことばっかりやらされてるのに、愚痴を言うどころか、毎日楽しいです!っていつも笑顔でこたえてくれる、東京時代から数えて三代目となる、今の僕のアシスタントさん。

当たり前だけど、感謝しかない。
環境としての親



前回に続き、子どもというキーワードで思うことは他にもあります。
僕はただのデザイナーであって、子どもの専門化でもなければ、何か根拠があるわけでもないし、それぞれの家庭にはそれぞれの事情があることも承知しながら、あくまでも個人的な考察として書きます。


例えば、親からの愛情の貯金があまりにも不足したまま大人になってしまった人が、その不足分を恋愛や仕事などで必死に埋めようとするけれど、そもそも口座が違うのでそこに求めていた愛情は貯金されず、不足は不足のままいつまでも埋められずに病んでいくケースが僕のまわりでもわりとあるなと。

もちろん、親は親なりに一生懸命に愛情を注いできたのかも知れません。
でも問題は、子どもが求めているものと違うものをいくら一生懸命に注いでも満たされることは決してないということ。

確かに、心の健康は「環境」によるところが大きいのかも知れません。
ただ問題は、親である自分自身を「環境」に含めていない場合が結構あること。

例えば、映画とかで、母親が愛する子どものために環境を変えなきゃと言ってダメ夫と離婚して見知らぬ土地へ引っ越して再出発、という場合に、もしも問題の「本質」が母親自身にもあった場合は、どんなに環境を変えても、どこまで遠くへ行ったとしても解決はしません。
この場合の問題の本質とは、母親がアル中だとか、そういう意味でのダメ親ってことじゃなくて、子どもにとっては、ママと一緒にいる時間がもっと欲しいとか、話をただ聞いてほしいだけ、だったりします。

ですが、子どものために一生懸命に働けば、必然的に子どもと一緒にいれる時間が少なくなります。
このジレンマを軽率に語ることはできませんが、果たして子どもがそれをちゃんと理解できるかどうか。


デザインは「装飾」ではなく、問題を正しく見つけ出し、それを見事に解決するためのツールです。
ビジネスの世界でも、この「環境」の設定がズレているケースをよく見聞きします。

例えば、社長が社長自身を「環境」に含めていない場合、人を変えようが設備を変えようが場所を変えようが、根本にある問題は変わりません。
もちろん、社長の会社ですから社長の自由なんだけど、問題の本質が「そこ」にあることを確信しながら、小手先の解決にいくら取り組んだとて、劇的な変化はなかなか起こせません。

ましてやそれが家庭のこととなると、ロジカルに論理的に建設的にとはなかなかいかないのが普通。
子どもが心に何を抱えているのか、それを子ども自身が完璧に説明できるわけがありません。

先述のケースでは、その子どもが親のことを心底大好きな場合が多いのも特徴です。
そして、勘の鋭い子は大好きな親を困らせたくないと自身を律しようともがきますが、子どもですから、うまくいかずに心と体のバランスを崩したりします。
そんな時に、この子には学校が合わないとか、友達づきあいが苦手だからとか、常に問題を親自身から離して考える人が多いことが気になります。
ましてや、この子は我慢強くて理解が早くて手のかからない子だから助かる、なんて悠長に言ってていいものなのかなと。

頭ではわかっているつもりでも、自身も「環境」の一部であることを正しく認識できている人は意外と少なく、だからこそ、自分から見えている景色ではなく、相手から見えている景色をちゃんと想像できる想像力が必要不可欠。
相手の視点の先には自分がいます。
それがちゃんと想像できれば、「環境を変える」ってことに自分自身も含まれていることがわかるはずです。


自分は誰よりも頑張っている。
そのことは決して否定しません。
でもやっぱり、相手が求めているものと違うものをいくら一生懸命に注いでも、満たされることは決してないのです。

子どもの目には、自分はどう写っているでしょうか。
「機嫌がいい」と「優しい」をはき違えてしまっていないでしょうか。
豊かな想像力がないと、事実ばかりに目を奪われて、真実が見えなくなってしまう。
それはとても怖いことだと思います。

仕方なく不足のままで大人になってしまった人にとって大切なのは、何が問題の本質で、どうすれば正しい方法で「他のもの」で不足を埋められるかを一緒にデザインしてくれる人に出逢えるかどうかだと思います。

もっと複雑で、決して安易に語れることじゃない。
それも重々承知です。
ただ、間違いなく親から子への「連鎖」は存在します。
どこかの段階で誰かが断ち切るまで。


長々と偉そうに書きましたが、あくまでもひとつの意見。
皆さんの中で、考えるきっかけのひとつになれば幸いです。
お祭り



お叱りを受ける覚悟で書きますが、僕はこれまで、「文化」が大事とあちこちで何度も言ってきました。
少々大げさかも知れませんが、文化は私たちの暮らしや未来にとって、大切なものです。

ですが一方で、文化とは程遠い、文化のふりした悪しき風習もあるように思います。
それがよく表れているのが、文化の象徴のひとつである「お祭り」ではないかと。

個人的な経験則ですが、良い祭りとダメなお祭りを何が分けるのかは、子どもたちの扱い方を見ればわかる気がします。
だけど、子どもたちを大切にしているお祭りを、僕はあまり見たことがありません。


例えば、僕が育った地域には、家を建てた時やお祭りの際に、高いところから餅やお菓子をまく「もちまき」という風習があります。
もとは災いを払うために行われた散餅の儀が由来で、山口県では、「餅ひろい世界選手権」まであるそうな。
三重県では、家を建てた際に「もちまき」をするところはかなり減ったと思うけど、お祭りでは今でも時々見かけます。

一見すると良い風習に見えますが、実際は、まるで何かに憑りつかれたかのように、飛んでくる餅に必死で飛びついて、恐ろしい形相で大人たちが餅を奪い合う凄惨な光景があって、周りが見えなくなっている大人たちが暴走し、餅ではなくお菓子をキャッチするために前のほうに寄ってきている子どもたちをなぎ倒して餅に飛びつくバカ野郎が必ずひとりやふたりはいたりします。
泣き出す子どもや、ケガをする子ども、子どもの代わりに必死でお菓子に飛びついてあげているお父さんたち、etc。

子どもたちが安心してこの文化を楽しめるように、専用ゾーンを設けている「もちまき」はほとんどないんじゃないでしょうか。
それに、この激しさも文化のひとつで、これも良き思い出となるのだ、これこそ祭りの醍醐味だ、そうやって大人の階段をのぼるのじゃー、などとほざく大人には呆れてものが言えません。

例えば、かの有名な「ねぶた祭」などはどうでしょう。
子どもたち専用の、会場で一番ねぶたがよく見える一番の特等席を用意してあげているのでしょうか。
僕には、一番前を大人たちが独占しているイメージしかありませんが、実際はどうなんでしょう。

花火大会だってそうです。
議員か誰か知らないけど、そういう大人が特等席にいたって何の意味もありません。
その場所こそ、子どもたちに譲ってあげるべきではないでしょうか。

祭りの会場には様々な出店があって、かき氷やポテトなどはどこも行列ができています。
祭りの楽しさを演出する大切な風習ですが、これも、子どもたちには優先権があってしかりだと思います。
だけど、子どもしか興味のない出店以外は、どこのお祭りも「平等」に大人も子どもも同じ列に並びます。
それは良いことだという意見もわかりますが、見直してもいい常識ではないかとさえ感じます。

もちろん、お祭りが大好きな子ども達もたくさんいるし、大人達が楽しんでいるのを見て、いつか自分も大人になったら、あんな風にお祭りを盛り上げるんだと、それを楽しみに大人になっていく子ども達がいることも知っています。
ですが、そうやってうまくいっているお祭りが全国にいくつあるでしょうか。
多くの子ども達にとってのお祭りの楽しみは、出店、友達、恋人、賑やかな雰囲気、とかが多いのではないかな。
そのお祭りにはどんな歴史や意味があるのか、それを楽しみながら知ってほしいと思うし、そうでなければもったいないと感じます。

文化とは「つないでいくもの」で、大人優先で楽しめるように設計されたお祭りは、いずれ消えてなくなると思う。
もちろん、子どもたちが十分に楽しめる工夫があるお祭りもあるはずだと思うし、そういうお祭りがもっともっと増えてほしい。

本来伝えたい文化の良さを伝えられず、本来味わってほしい文化の楽しさを味あわせてあげられなくて、どうやって文化をつないでいけるというのか。
だれがそんなものをつないでいきたいと思うのか。

極論かも知れないけど、子どもたちが一番楽しめる工夫がしてある祭りでなければ、それをする意味などないと、僕は思う。
長女の11歳の誕生日



12月10日は長女の11歳の誕生日でした。
妹(7歳)から、大好きが溢れてる手紙とプレゼントをもらって本気で喜び抱き合う11歳と7歳のやりとりを見ていると、姉妹ってなんだかいいなあって思います。


伝える言葉は何年経っても同じ言葉。
生まれてきてくれて、本当にありがとう。
僕の人生に、こんなにも素敵な宝物を、ありがとう。
笑った顔



We know from daily life that we exist for other people first of all, for whose smiles and well-being our own happiness depends.
(ほかの誰かの元気な笑顔のために自分が生きていることを、私たちは知っている。それは自分の幸福を支えてくれているんだ)
By アルベルト・アインシュタイン


家族、アシスタント、友達、クライアント等々、1日1回は必ず誰かを大笑いさせること。
たぶん僕の唯一のルーティーン。

中学生の頃、笑った顔が気持ち悪いと冗談交じりに言われてから、写真ではかたくなに笑わないでいた。
そして大人になって、あなたの笑った顔が好き、と言ってくれた女性と結婚した。

笑う門に、いくら待っても福が来なくたってかまわない。
とびっきりの気持ち悪い笑顔で、こっちから迎えに行ってやる。

ご迷惑でしょうが、これからも、くだらないことばっかり言ってるふざけたオヤジで生きていきます!
奥の細道



コロナ以前へ「戻ろう」とする人たちと、コロナ時代の先へ「進もう」とする人たちと、その狭間でうろたえ、迷い、留まる人たちと。


月日は二度と還らぬ旅人であり、行きかう年もまた同じ。
船頭として舟の上で人生を過ごす人、馬子として愛馬と共に老いていく人、かれらは毎日が旅であり、旅が住いなのだ。
(奥の細道)

川の流れは絶えることはなく、それでいてそこを流れる水は、同じもとの水ではない。
川のよどみに浮かぶ水の泡は、一方では消え、また一方ではできて、そのまま長くとどまっている例はない。
世の中に生きている人とその人たちの住処もまた、ちょうどこの川の流れや水の泡のようなものである。
(方丈記)


できるなら、僕もそうでありたい。
もめんノート



今夜はお通夜、明日は告別式。
身近な人の死は、自分の残された時間について考えさせられる。

亡くなったあとはあとで、色々と残された問題や課題も多い。
やはり故人が、生前のうちに色々と決めていってもらえると助かります。

ところで、我が故郷の松阪市には、500年続く伝統工芸「松阪もめん」がありますが、この「もめん」と、残された家族で揉めないでね、という意味の「揉めん」を掛け合わせた、「もめんノート」という名のエンディングノートがあるそうです。

ただ、「死人に口なし」とはよく言ったもので、本人は家族葬を希望していたのに、結局大掛かりな葬儀になってしまうパターンって多いので、エンディングノートにどこまでの効力があるのかは不明ですが、それでも、何かしらの意志は示しておいたほうがいいのかなと思います。


上の娘は、「もめんノート」と聞いて、「おっぱいが揉めん」と言ってひとりでゲラゲラ笑い転げてますが、こういう強靭なメンタルの持ち主はきっと後悔のない人生を送るのでしょうね。

羨ましい。


▼伊勢新聞の記事
https://www.isenp.co.jp/2020/09/01/49445/
たろか星人



松阪牛などで有名な僕が生まれ育った愛すべき故郷、三重県松阪市。
そこで暮らす松阪人を、別名「たろか星人」と僕は呼んでいる。

「教えたろか?」
「代わりにやったろか?」
「反対側、持っとったろか?」
「後で持ってきたろか?」
「お茶いれたろか?」
「呼んできたろか?」
などなど、悪意はないだろうが、とにかく押しつけがましい。

その後、25歳から東京で暮らすようになって、その違いに衝撃を受けた。

「お教えしましょうか?」
「私が代わりましょうか?」
「反対側、持ってましょうか?」
「後で持ってきましょうか?」
「お茶いれましょうか?」
「呼んできましょうか?」
などなど、とにかく押しつけがましくない。
なんてスマートなシティなんだと、よし、これからは俺も真似をしよう!と心に決めた。

それから24年後、三重県へ戻ってきて8年が経った今、ついつい僕も、「たろか星人」がひょっこりはんする。
もちろん悪意などないが、慣れというのは本当に恐ろしいものだ。
皆さんも、お気をつけて。
ドS度診断
息抜きにネットで見つけた「ドS度診断」。
項目に何個当てはまるか、だそうで、見事に全問パーフェクトで当てはまり、「真性のドS」との診断。

もちろん、とうの昔から自覚しております。
さらに、うお座の人にはドM気質の方が多いようで、僕とは相性がいいそうです。

うお座の方、お友達になりましょう(笑)。
伝統と発展



ファッションには縁もゆかりもない人生を送ってきたし、まるで興味もない僕が、「VOGUE」を定期購読していることはこれまでにも何度かお伝えしてきた。

思うにファッションとは、カルチャーや時代のメッセージを伝える最も優れたメッセンジャーだと思う。

昨日もネットニュースの中で、シースルーは、多くの人が「自己開示(見られたい)欲」を求めている時代に流行する、とあったことからも、その時代の匂いや情緒を色濃く反映しているものなのだなと、ど素人の僕のものすごく浅い考えだと思うけど、そう感じる。

折しも、今号のVOGUEのテーマは「TRADITION AND PROGRESS/伝統と発展」。
カバーには、「伝統は可能性の宝箱」とある。

いつも楽しみにしている編集長のコラム欄には、「伝統があるからこそ進歩もある。(中略)人こそが伝統をつなぎ、新たな伝統を紡いでゆく存在である。」と書かれていた。

ファッションが「時代」を映す鏡であるなら、ファッションが伝統技術や伝統工芸からいまだに多くのことを学び得ようとしていることに心が躍る。
伝統工芸の再興を夢見る僕にとって、ファッションは多くのヒントを与えてくれる。
出来ればその流れで僕の服のセンスも向上すればいいんだけど、残念ながらそれは別の問題のようだ。

以前、ネットで、VOGUEは商業主義の三流雑誌だと言うコメントを見たことがある。
VOGUEが三流なのか、では何が一流なのかは僕にはさっぱりわからない。

学びの種は無限なのだから、VOGUEからでも、町内誌からでも、学べることはたくさんある。

例えば今号のVOGUEの中で、色々な伝統工芸品を、種類別ではなく、ポップ、ナチュラル、ミックス、モダンなどのカテゴリーで分けて紹介していた。
これは、伝統工芸のお店を作る際にも大いにヒントになると思う。

松阪木綿か伊勢型紙か、ではなく、ポップかモダンかで分けてご紹介することで、新たな魅力の発見に繋がるかも知れない。
まあ、そんな単純なものではないとお叱りを受けるかも知れないけど、それぐらい単純にすることで見えてくることもきっとあると思う。
価値があるなら、未来はある。



昔から、それこそ子どもの頃から、家に余ってる材料で時々何か作る。
今時、安くてもっとかっこいいものがいくらでも売ってるけど、できる限り自分の手で作りたい。
プロじゃないから上手ではないけど、「自分の手で作ること」は大切にしたいと思う。

僕にとっては、パソコンでデザインするのも、DTMで音楽を作るのも、大工道具で何かを作るのも、全て同じ感覚。
料理は一切できないけど、20年以上髪の毛も自分で切ってるし、ガス以外の工事は全て自分で行える。

だからこそ、職人をリスペクトする。
彼ら彼女らが生み出す匠の技と至高の品々に大いなる憧れを抱きながら、下手くそな自前の家具を、でも心から楽しんで作る。
伝統工芸に心が惹かれるのは、下手くそな自分だからこそ実感するモノづくりの素晴らしさと大変さが伝わるから。

匠の技を途絶えさせてはいけない。
伝統工芸でインターネットはできないし、伝統工芸で4Kの動画は撮れない。
でも、だからこその価値がそこにあるはずだし、それを感じられるうちは、自分は大丈夫だと信じることができる。

日々、妄想はどんどん広がる。
三重県の伝統工芸と職人の技が生み出す品々だけを売るショップを開きたい。
でも決して、いかにも伝統工芸です的な空間ではなく、一方的な情報や歴史の押し売りショップでもない。
職人の匠な技を、おもちゃや雑貨に変えただけのお店でもない。
伝統工芸の雰囲気だけを売るお店でもない。
時代錯誤なコンセプトショップでもないし、レトロを売りたいわけでもない。

伝統工芸にそこまで興味がない人も、時々行きたくなるお店。
職人たちと共に生み出す、時代の感覚を宿した新しい魅力的なプロダクト達。
環境に配慮した取り組み。
そこに行くことが、そこにいることが、そこで商品を買うことが、そこの商品を持っていることが、ほんの少し誇らしげで、ほんのちょっと心地よくなるお店。

伝統工芸界のMITメディアラボ的な役割も担いたい。
最新技術がふんだんに使われているお店。
売り方や買い方も、新しい仕組みがあるお店。
アーティストとのコラボ等を企画したり、新たな製品の制作を依頼して、それぞれの伝統工芸をアップデートしていきたい。
そこで働くスタッフは、商品の販売員であると同時に、伝統工芸を未来へと繋げていくための研究員であり、自らが革新を起こすクリエイター。
そのための教育や指導を積極的に行っていく場所。

大切な人を連れていきたくなるお店。
大事な人へのとびっきりの贈り物が見つかるお店。
お子さんも入れるお店。
知識と知性が身につくお店。
いつも新しい発見があるお店。
人の温もりや暖かさを感じられるお店。
視野が広くなるお店。
ゴミが出ないお店。
町の自慢になるお店。
値引きやセールをしないお店。
色々な体験ができるお店。
背筋をちょっと伸ばしたくなるお店。
いつも清潔なお店。

大好きな人と、一緒に行きたいお店。
大好きな人が、よく行くお店。
そんな、三重県の伝統工芸だけを集めたショップを作りたい。

31年前の旧車に乗りながら、最新のガジェットも大好き。
MacもiPhoneも使うし、WindowsもAndroidも使う。
白黒映画も大好きだし、最新のSF映画も見逃さない。
そんな僕だからこそ作れる、伝統工芸のショップがきっとある。

でも多くの人が、そんなお店は作れっこないと言う。
作れても続けていけないだろうと言う。
そんな事業に誰も手を貸さないし、一番手を出してはいけないジャンルだ、と教えてくれた人もいる。

ほんとにそうなのかな。

下手くそな僕の家具も、愛着を身にまとい、今日も僕の役に立ってくれている。
その健気な姿を一度でも愛してしまったら、それは一生の宝物になる。
この気持ちには、きっと価値がある。
価値があるなら、未来は必ずあるはずだ。

いや、未来こそ、自分たちの手で作るもの。
モノづくりは、ミライづくりなのだ。
ビジョン



経営にビジョン(理想)は欠かせません。
ですが、ビジョン(理想)を考えるのが苦手だという経営者の方は意外と多いです。
思うに、それはきっと「妄想」への抵抗感があるのではないかと思うんです。

例えば、「どこでもドア」は漫画の世界の話であって、本気で語るものではない、と思いがちだったりしますが、でも、全ての未来は、「あんなこといいな。できたらいいな。」から始まるものです。

妄想を語ると、それを笑う人がいます。
その積み重ねから、妄想を話すこと、そもそも妄想すること自体が恥ずかしいことだと思う人が増えてしまったのかも知れません。

僕はスタッフにもクライアントさんにも、「全ての可能性を否定しないこと」と言い続けてきました。
多くの人が、すぐに「それはない」と色々な可能性をすぐに否定してしまいます。
でもそれでは、当たり前のものしか生まれません。

例えば僕は、毎日黒い服を来て、31年まえのグレーのサファリに乗って、現在の家の内装も基本グレー。
そんな僕が新しく家を建てるとして、そんな僕に、もしも建築家が「外壁はピンクにしましょう!」と笑顔で言ってきたとしたら、普通なら食い気味で「あり得ない!」と即刻却下するでしょう。
でも、最終的には選ばなかったとしても、まずは否定しないこと。

実際にピンクにしたらどうなるのか。
悪いことは大体創造がつくけど、良い面があるとしたら、それはどんなことだろう。
この僕にピンクを進めてきた建築家の狙いは何だろう。
そうやって、全ての可能性をまずは否定せずに受け止めてみる。
そうすることで、なぜ僕は黒い服ばかり着るのか、なぜグレーが好きなのか、僕は何を求めていて、何を欲しているのか、その理由は何なのか、そうやって、解像度がどんどんあがっていって、自分のことがもっとよくわかってくるし、それをどんどん言語化できるようにもなっていきます。

人が想像できることは、人が必ず実現できる。
(ジュール・ヴェルヌ)

ビジョン(理想)を思い描くことは決して怖いことではありません。
だからもっと自由に妄想しましょう。
あっでも、ビジョン(理想)も大事ですが、「現在値(地ではありません)」を正しく把握することはもっともっと大事です。
これについてはまた改めて。
ブランディング



ずいぶん前から、打ち合わせの時は決まって、どこに向けて売るか、ターゲットはどんな層だ、という話も大事だけど、その前に、この子(商品だったりサービスだったり)に一番似合う服はどんな服なのかをちゃんと考えましょうよ、という話をいつもする。

つまり、マーケティングも大事だけど、それ以前にもっとブランディングを大切にするべきだと、すいぶんと前から言い続けてきました。
もちろん、マーケティングがダメと言っているわけではなく、マーケティングをしてからブランディングではなく、これからはその逆の順序のほうが時代に合うのではないか、というのが僕の考えでした。

ですが世の中は、どこもかしこもマーケティング主導で進んでいるので、はいはいと相手にされないことが多かった。
でも、こんなやり方がずっと続くわけがない、と本気で思っていたので、飽きも懲りもせず、そう言い続けてきました。

そして今、その想いはより一層強くなっている自分がいます。
ただし、「ブランディング」を間違って捉えているデザイナーさんも企業さんも多いのが日本。
だから今いち効果が出ない、と思われてしまうのかも知れません。

ちゃんとブランディングすれば、必ず効果が出る。
僕の実績の中にも、まずはブランディングをちゃんとやってから、そのあとでマーケティングを実践して、売り上げが3倍にも4倍にもなった商品がいくつもあります。
大切なのは、ブランディングとマーケティングのバランスと順番とタイミング。
これからの時代は特にそうだと感じます。
だからこれからも、飽きも懲りもせず、言い続けていきたいと思います。
2021.10.16 09:46 | Permanent Link | 日記・デザイン
絶空半蔵



三重県を代表するお酒のひとつ、大田酒造さんの「半蔵」。
その半蔵と三重問屋のコラボ商品「絶空半蔵」のラベルをデザインさせていただきました。

半蔵といえば忍者の服部半蔵。
その服部家の家紋にもなっている2本の矢をちょっとデフォルメ。

絶空半蔵は、温度管理が難しく、手間暇のかかる伝統的な木桶で丁寧に作られたお酒。
シンプルなラベルですが、飲んだ時の味の印象とラベルのデザインの印象が一致することを心がけて、すっきりしゃきっと、でもなめらかで爽やかで奥ゆかしい感じ、なデザインにしました。

ぜひに。
2021.09.28 04:21 | Permanent Link | 日記・デザイン
unfe



乳がんの手術などで失ってしまった乳輪・乳頭を、皮膚に色素を注入することによって再建する技術を、パラメディカル・アートメイク、と言う。
乳輪・乳頭以外にも、乳房の再建、外傷、火傷、皮膚疾患、白斑などの、手術では再建が困難な治療をアートメイクの技術を用いて行う最先端の治療方法だ。

この分野に15年以上も前から取り組んでいる業界の先駆者が、築地育美さんという三重県津市出身の女性。
今でこそ、乳輪・乳頭の再建において、日本で最も多くの症例を持つ業界トップの技術力を誇る彼女だけど、ここまでの道のりは決して平坦ではなく、今までに重ねたパイオニアならではの苦労は数知れない。

この業界へ進んだきっかけは、当時、看護師として担当していた19歳の女性が乳がんの手術で乳輪・乳頭を失い、「こんなんじゃもう、一生彼氏もできへんよなあ・・・」と寂しく下を向いて泣いている姿を見たこと。

どんな言葉を、どうかけてあげればいいのかわからず、彼女自身も、自分の無知に苦しんだ。

こんな辛い思いをする女性をひとりでも減らしたい。「生まれたままの姿」ではなく、「自分らしくいられること」こそが「ありのまま」であり、何かが欠けているのではなく、それも含めて自分らしさなのだと、誰もが自然に思える社会を実現したい。そのためにも、まずは暗闇から抜け出して、自分のことをもっと好きになって、心から笑顔になれる日常を取り戻してほしい。そう心に決めて、彼女の挑戦がはじまった。


今回僕は、共通の知り合いから紹介を受けて、彼女が立ち上げる乳輪・乳頭の再建を専門で行う新ブランド「unfe(アンフェ)」の立ち上げをプロデュースすることになった。

まずはネーミングとロゴを制作。
彼女の話をたくさん聞いて、僕の頭に浮かんできたキーワードは、
「unfearing(恐れない)」
「unfeigned(誠実に)」
「unfenced(邪魔するものはない)」
「unfetter(自由に)」
「unfettered(縛られない)」
など。
そこから、それらに共通する「unfe(アンフェ)」をブランド名とした。

ロゴマークは、「u」「n」「f」「e」の文字を組み合わせ、それを左右対称とすることで、右と左、本物の乳輪と見分けがつかないほどの高い技術力を表現した。
ロゴが少し傾いているのは、逆風や向かい風にも負けないしなやかさを表現したかったから。


乳輪・乳頭は再建できる。
そういう選択肢があることを、もっと多くの人に知ってほしい。
そのために、今後もやらなければいけないことがたくさんあるけど、クリエイティブの力で、彼女のこの偉大なる挑戦を支えていければと思う。

unfe medical design
https://unfe.jp
2021.09.26 01:24 | Permanent Link | 日記・デザイン
日事記



2006年から2年間の試行錯誤を経て、2008年に販売を開始した丸川商店オリジナル10年日記帳「日事記(ひじき)」。

先日の「マツコの知らない世界」にて、KREVAさんがご紹介してくださった影響はまだ続いています。
番組内で商品名(日事記)が出たわけでも、KREVAさんが口にしたわけでもないのに、メディアってすごいですね。

ネットで検索してみると、「マツコの知らない世界」の放送以降に出来たであろう日事記に関する新しいページをいくつか発見。
どれも好意的な内容を書いていただけているので、スタッフ一同、感謝感激の日々です。

発売当初から多数のショップさんに日事記を卸して販売していただいていますが、その中のひとつ、ZUTTO(東京)さんの日事記の紹介ページは何回見ても飽きません。

メーカーである丸川商店の日事記のページの何十倍もの情報量(笑)。
本当に使ってくれているんだなあ、という熱量がちゃんと伝わってきます。

ZUTTOさんの日事記のページにも書いてありましたが、日事記は1日1行のスタイルなので、気負わずに続けられる日記です。
ですが、無理に毎日、何かを書かなければと思う必要もありません。
何も書かない日があったとしても、それもよし。
次の年にその空白を目にして、何も書くことがなかったのか、それ以外の理由か、いずれにせよ、そこに自分は確かに存在していたし、そうやって歩いてきた道を思い返すことはできます。

人は忘れることで生きていける。
人は振り返ることで生きかえす。

日事記が大切にしている「本の佇まい」は、日事記がただの記録帳ではなく、そこに綴られていくものは、「自分の人生=物語」だと考えるからです。

世界でたったひとつの、あなただけの10年物語。
コロナや災害で悲しいニュースも多いですが、10年後はきっと世界中が笑顔であふれる日々でありますように。


▼ ZUTTOさんの紹介ページ
https://www.zutto.co.jp/blog/category/howtouse/704

▼日事記の紹介サイト
https://hijiki.storeinfo.jp/
マツコの知らない世界



2021年8月31日放送の「マツコの知らない世界」にて、HIPHOPアーティストのKREVAさんより、丸川商店の10年日記帳「日事記(ひじき)」をご紹介いただきました。

近年、日記をつけることによる身体や生活へのメリットが世界中で言われるようになり、さらに、ステイホームの影響もあってか、日記をはじめる人が増えていると聞きます。

2008年にリリースした丸川商店の日事記は、自分が欲しいと思える日記帳がない、だったら作ろう!と、勢いだけで作った商品でした。

10年分の今日を記していくこのスタイルは、当時ではまだ珍しかったように思います。

KREVAさんがおっしゃった、「365日日記」というフレーズがすごくチャーミングだったので、僕もこれからはこの「365日日記」というフレーズを使わせていただこうと思います。

これからも、真摯にモノづくりを続けていきたいと思います。
KREVAさん、そして僕と同い年のマツコさん、ありがとうございましたー!

▼日事記
https://hijiki.storeinfo.jp

▼丸川商店
https://www.mrkw.jp
例えば、捉えなおす。
例えば、捉えなおす。

58+24は、60+22と同じ答え。
自分にとって都合のいい問いに変えてやる。
そうすれば数字を嫌いにならなくてすむかもしれない。

デザインで問題を解決するときも、その問題を、自分の都合のいい形に捉えなおしてみる。
それは、形や色やジャンルやタイミングかも知れない。
とにかく、楽に対処できるものに置き換える。
そうすれば、解決のアイデアも出やすくなる。

苦手なものを、がんばって乗り越えるのも大事だけど、得意なものに捉えなおすことも、時には大事。

「問い」を捉えなおす。
「問い」を再設計する。

教科書やマニュアルはいったん閉じて、こうじゃなきゃって思いこみも捨てて、有名デザイナーや有名ブランドの例はこの際無視して、肩の力を抜いて、深呼吸して、上手くやろうとせずに、楽しんでできる方法を考えてみる。

デザインは楽しい。
デザイナーも、ノンデザイナーも、デザインが「わかる」人が増えたら、世界はもっと素敵になると思う。
49歳の誕生日



本日2021年4月24日、無事に49歳の誕生日を迎えることができました。

順風満帆とは程遠い49年間でしたが、遠回りをしてきたおかげで、様々な景色や風景に触れることができたかなと思います。
40代最後、という意識はあまりなく、50代の素敵なお兄さんお姉さん達がまわりにたくさんいるので、むしろ50代への日々が楽しみです。

子どもたちへのデザイン教育をはじめて6年目になりますが、授業の中で必ず伝えていることが3つあります。

1)想像できることは実現できる。だから最後まであきらめない。
2)したことの後悔より、しなかったことの後悔のほうがずっと辛い。だから失敗を恐れずに挑む。
3)素敵な恋の想い出と学びは、人生最後の日まで自分を支えてくれる。だから大いに恋して、大いに学ぶ。

これらは全部、僕自身の失敗と後悔から得た教訓であり、今でもずっと自分に課している課題でもあります。

40代最後の年。
そして50代へ。
これからも大いに学んで、目一杯に楽しみたいと思います。


世界中の4月24日生まれの人へ、誕生日おめでとう!
大切な人がそばにいるなら、今すぐ抱きしめよう。
逢いたい人がいるなら、今すぐ走り出せ!

産んでくれた両親に、心から感謝。
ありがとう。
簡素・質素



最近、「簡素」や「質素」という言葉の味わいや意味や価値が、ここ数年ですごく変わってきたなあと感じます。

かつて「簡素・質素」というワードは、貧乏くさい、とか、安っぽいとか、どこかネガティブな印象で語られることが多く、そこに「シンプル」というキラキラワードが、「簡素・質素」ではない、もっと洗練された、静寂や奥深さ、鋭さ、なめらかさなどの上質感を身にまとって来日してきて、それが一気に広まっていきました。

ただし、僕もシンプルなものが大好きですが、ここ数年のデザインの流れを見ると、シンプルの本来の意味とはかけ離れているのではないか?と疑問に思うデザインが散見されるようになり、よくわからず使っているデザイナーも多いように感じて、残念に思うことが増えてきました。

そんな中で、かつてはネガティブな印象だった「簡素・質素」という概念が、かつてのそれとは意味も解釈も味わいも手触りも耳障りも変化して再注目されるようになり、度を越えて道を外れた「シンプル」に警鐘を鳴らす存在のように感じるのです。

さらに言えば、「わびさび」や「用の美」ともニュアンスが微妙に違う気がして、なんていうか、もっと大きい視点で捉えるべきテーマなのではないでしょうか。

つまり、簡素であり質素であることは、これからの時代においては決してネガティブなことではなく、その言葉の奥には、「モノのあるべき姿」が宿っていて、時代が何週かして、簡素でいい、質素でいい、ともっと堂々と言ってもいいというか、シンプルよりももっと硬派で大切でかっこいい存在として語ってもいい時代になってきたのではないか、と思います。

これからの「簡素・質素」。
よくよく研究して、見極めてみたいテーマです。
月が綺麗ですね



前回、僕が主宰しているデザインスクール「WIPE ACADEMIA」で、ここ数か月にわたって「知性(創造的知性)」について学んでいる、ということを書きました。
俗にいう、「何を言うかが、知識。何を言わないかが、知性。」であるならば、「何をデザインするかが、知識。何をデザインしないかが、知性。」とも言えます。

今回はせっかくなので、特別に、実際にレッスンで使用した題材をもとに、皆さんとも考えてみたいと思います。
紙とペンをご用意いただき、「走っている人」の絵を描いてみてください。
上手下手は関係ありません。
構図や書き方などは自由です。


ここでのポイントは、「何を描けば、走っている、と見えるか」です。
多くの人は、横線をシャシャっと描いて、進んでいる様子を表現したり、汗が飛び散っている様子を描いたりして、走っている、と伝えているのではないかと思います。
ここまでは、「知識」です。

では、知性とは、「何を描かないか」なので、例えばシルエットだけで表現したり、止まっている人の前を何かが高速で横切った様子を描いて、見えないけど走っている人の存在を伝えようとしたり、つまりは、走っている人を描かないで、走っている人の存在を描く、ということだと言えます。
よく、「風」を表現する、あれです。

夏目漱石は、「愛してる」という言葉を使わずに、「月が綺麗ですね」という言葉で表現しました。
歌手のさだまさしさんの歌には、そのことを言わずに、そのことを伝える、という手法がたくさん見られます。
これらはまさに、知性である、と言えそうです。

もちろん、知性は知識がないと生まれないので、知識量はすごく大事です。
「知識」に命を吹き込み、熱量を持たせ、情緒豊かに、想像力を刺激する、それが知性なのだと思います。

「WIPE ACADEMIA」は、デザイナーだけのためのスクールではありません。
実際に、デザイナー以外にも、女性経営者や子育て中の女性の方もいらっしゃいます。
デザインは、デザイナーだけのものではありません。
この世の中で、デザインに関係のない人も場所も存在しません。
子育てでも、子どもに「何を言うか」ではなく、「何を言わないか」を実践することで、子どもの自発的な行動を促す効果が期待できます。
会社経営者の方であれば、社員教育にも応用できるでしょう。
「デザイン」は、目的ではなく、それぞれの目的を達成するための、最適な手段なのです。

次回のアカデミアでは、さらに知性を深く掘り下げ、知性を得るには、そしてそれをどう活用するべきかを学び、センスを磨くレッスンを行いたいと思います。
2021.04.20 06:15 | Permanent Link | 日記・デザイン
知性



僕が主宰するデザインスクール「WIPE ACADEMIA」では、ここ数か月、ずっと「知性(創造的知性)」をテーマに学んでいます。

日本を代表するファッションデザイナーのおひとり、菊池武夫さんも、「センスを磨くには、知性しかない」とおっしゃっているように、これからのデザイナーには、知識以上の知性が、これまで以上に不可欠だと思うのです。

よく、何を言うかが知識、何を言わないかが知性、とか言いますが、要は、物事や状況や関係性の本質を見事にズバリと見抜く力であり、何をして何をしないかの判断が適切であり、心に届くラブレターを書くためになくてはならないもの、です。

創造的知性が高い、ということは、問題提起や問題解決におけるデザインスキルが高い、ということと同じ。
「時には●●」とか「ここは敢えて●●」という立ち振る舞い方が絶妙で、頭の回転スピードも速く、かつ柔らかい。

菊池武夫さんのセンスや知性には一生かかっても到底追いつけませんが、アカデミア生たちと一緒に、もう少し、知性について学んでみたいと思います。
2021.04.19 05:42 | Permanent Link | 日記・デザイン
人を追わない



俳優、ウィル・スミスの言葉。

「Don't chase people. Be yourself, do your own thing, and work hard. The right people, the ones who really belong in your lie, will come to you. And stay.」
「人を追わない。自分らしく自分のことを一生懸命する。正しい人、君の人生に本当にいるべき人は君の元にやってきて留まる」


いい言葉。
だけど、人を追わない、のではなく、臆病者ゆえに、追うべき人を追えなかった場合はどうなるのか。
「どこ」にいるか、ではなく、「だれ」といるかで、人生も仕事も、物語は大きく変わっていく。

臆病さと勇気。
人としても、デザイナーとしても、生きていくうえでとても重要なキーワードだと思う。
目の前の、わずか32インチの世界だけが、人生の全てではないのだから。

休みもなく、息つく暇もなく、持ちうる知性と感性に、落胆と感謝の日々。
過去と未来、時間軸を自在にコントロールする能力が求められる、デザイナーという生き方。
誰かの夢の実現をお手伝いし、その夢が叶うことで、僕らは息をさせてもらえている。
想像力と創造力、デザイナーがいない世の中なんて、とてもじゃないが考えられない。

とてもとても、大切な仕事だと信じてる。

なんだか冷え込む日曜の夜。
今日はもう、仕事は終わりにしよう。
日々、デザインたれ!



イチローが4000本以上のヒットを打つために、どれだけバッドを振ってきただろう。
カズが200以上のゴールを決めるために、どれだけボールを蹴ってきただろう。
「本番」の打席もシュートチャンスも、そう多くはない。
その数少ないチャンスをものにできたのは、決して才能だけではなく、誰にも負けないほどの練習量があったからだろう。

じゃあ、デザイナーはどうか。
「本番」、つまり、「実際に依頼を受けた仕事」の数は、どれだけ忙しくても、月に何千件をこなせるわけじゃない。
「本番」の打席もシュートチャンスもそう多くはない中で、どうやって実績を積んでいくのか。

その答えは、「どれくらいデザインが好きか」で決まるんだと思う。

学校の先生なら、「本番」が練習でもあり、失敗しながら成長していけるのかもしれない。
でも、外科医の医者が失敗すれば、その患者を死なせてしまう。
カメラマンなら、プライベートでもいっぱい写真を撮って練習量を増やせるだろうし、料理人だってそうだろう。
でも、パイロットが「本番」だけで実績を積もうとしても、それは無理。
失敗すれば、何百人が死んでしまう。

僕のような商業デザイナーはどうか。
大きな事務所の新人なら、失敗しながら成長できるだろう。
でも僕のような個人事務所は、失敗が続けば仕事を失う。
クライアントを死なせてしまうことはなくても、大きな損害を与えてしまうことになる。

若い頃、誰にも頼まれてないのに、ソニーやアップルの新しいロゴを作ってみたり、ビートルズの新作アルバムのジャケットをデザインしてみたりしてた頃が懐かしい。
毎日毎日、あらゆる職種の架空の仕事を設定して、何十何百ととにかく作り続けた。
忙しくなったあとでも、まちの中で何かを発見した時、車の中でアイデアを思いついた時、カフェで誰かと話してる時だって、頭の中でデザインのソフトを立ち上げて、頭の中でデザインをはじめた。

その体験が、その練習量が、今の僕を支えてる。
イチローやカズのような才能がないから、それでもまだまだ足りないんだけど、奇跡的に今までやってこれたのは、恵まれた出会いと、運の強さと、練習量だと思う。

独学でデザインを学び、未経験のままデザイン事務所を立ち上げたのが20代。
今でも、プロフィールに書けるような賞なんて何もないし、有名なデザイナーでもない。
でも、デザインが好きだ。
ものすごく、デザインが好き。
だから今でも、時間を見つけて練習を積む。
それは義務ではなく、欠かせない習慣のようなもの。
または、おまじない、なのかもしれない。


今月で49歳。
僕ももう若くはない。
ずっとアシスタントデザイナーを募集してるけど、いまだに見つからないから、後継者を育てたくても育てられないのがすごく残念だし、心残り。
だから、世の中の名前も知らない若きデザイナー達に、無名のおっさんからエールを贈ろう。

デザインの力で、世の中をもっともっと素敵にしておくれ。
常に「今が一番いい時代」って言える世の中にしておくれ。

若きデザイナー諸君、日々、デザインたれ!
配管工事



商業デザイナーに休みなどありません。
日曜日だろうと仕事です。

で、今日の最初の仕事は、雨降りの中、自宅の水道の配管工事。
ライフラインの修理は最優先事項ですからね。


皆様、よい日曜日を。
100年は長い。



毎年恒例の怒涛の年度末(3月)をなんとか乗り越え、少しだけひと息つけそうな4月になりました。
案の定、3月は体調もメンタルもとにかくボロボロ。
常にイライラして、わけのわからない所が猛烈に痛くなったり、そのせいでまた眠れなかったり、生活が荒れ、ストレスの症状が総動員でパレードです。

こんな時はいつも、暴飲暴食しながらNetflixとかの映画を観まくることでなんとかやり過ごすしかないんですが、もちろん、いい習慣とは言えません。
でも、何もしないでいると気が狂いそうになるので、いけないと思いつつもやめられない。
ただ、原因はわかってるので、なんとか対策を見つけたいと思います。


ところで、最近観た映画の中で印象に残っているのは、「シングストリート」という映画。
特に、弱い者いじめばかりしてる奴に、主人公が言い放った言葉、「お前は壊すだけで、何も作れない。」というセリフは印象深かった。

クリエイティブは、創造と破壊の繰り返し。
壊しては作り、また壊しては、また作る。
ただ壊すだけでは、クリエイティブとは言えません。
でも残念ながら日本では、質の高いクリエイティブでも、あっという間に消費されてしまいます。

生前、師匠が「100年続くデザインを。」と言ってましたが、それは本当に難題です。
「100年続くデザイン」とはつまり、「100年愛され続けるデザイン」ということ。
じゃあそういうものをデザイナーとして生み出せているか、と自分に問えば、言葉に詰まる。

「お前は壊すだけで、何も作れない。」という主人公のセリフがずっと耳から離れず、僕ももしかしたら、ただ壊しているだけで、実は何も作れていないんじゃないか、とまた不安になる。


師匠、100年は長いよ・・・。
なんとか復活。



丸1日寝て、なんとか復活。
鼻だけまだぐずぐず言ってるけど、まあ大丈夫。

それにしても、「睡眠」ってやっぱりすごいですね。
ちゃんと寝れば、大抵のことは大丈夫。

特に僕の場合、昔から、三大欲求のバランスが崩れた時に必ず体調やメンタルを崩します。
もうこれは100%そうなる。

みなさんもお気をつけあそばせ。
ダウン。



肉体的にも精神的にもダウン。
風邪もブリ返して、体調最悪。

今日明日でなんとかしますので、とりあえず、寝ます。


ううう・・・。
招待状



仕事がまだまだ溜まってますが、たった今、次女(6歳)から直接、招待状をもらいました。
これは仕事なんてしてる場合ではありません。

ということで、行ってきまーす!
楽しみ!
世界が平和でありますように



あいかわらず与党の失態が続きますね。
「記憶にございません」なんて生き恥さらす為に一生懸命勉強してきたわけじゃあるまいし、生き恥さらしてでも守らなきゃいけないものがあるんだろうけど、もうまともな感覚を失ってしまってるんだろうな、この人達は。
そうしなければいけない「政治」って、一体何なんだろう。

こういうニュースを見るたびに、僕の奥さんは言います。
「総理大臣もオリンピックの会長も何もかも全部、芦田愛菜ちゃんだったらいいのに!」

これには強く賛同します。


今日も世界が平和でありますように。
初心忘るべからず。



かいだ製麺所さんの新しい3種類の伊勢うどんのパッケージとネーミングを担当させていただきました。
普段はあまり自分がした仕事をご紹介することはしないんですが、ご紹介するってことはつまり、そう、良くも悪くも、何かあるわけです。

今回は、僕がデザインした全体的な雰囲気は残しつつも、文字のサイズや字間&行間や余白等を印刷会社のインハウスデザイナーによって勝手に修正されてしまう、という事態が発生し、裏面に関しては、一番最初に印刷会社がしたデザインを全て僕が作り直したにも関わらず、最初の印刷会社バージョンに戻ってしまっているというあってはならないショックな出来事が起こり、でもそれに僕が気づいたのが、もうすでに販売がスタートしてしまっていたあとだったのでどうすることもできず、という悲しい案件となってしまいました。

付き合いの長いクライアントさんだったとはいえ、あまりの忙しさにかまけてしまった僕のチェック不足がまねいた悲劇であり、それは大いに反省すべきことですが、小さな文字のサイズくらい、裏面くらい、それくらいは別にいいだろう、という判断がなされたのだとしたら、たとえインハウスデザイナーだとしても、同じデザイナーを名乗る者としてあってはならない行為です。
もちろん、インハウスデザイナーはただのオペレーター業務をしたにすぎず、上司から言われるがままだったのかも知れませんが、こういうことが普通に起きるから、デザイナーを国家試験にすべきだと本気で思うわけです。


という、悲しい案件となってしまいましたが、肝心のうどん自体はめちゃくちゃ美味しいので、現在のパッケージの在庫を早くなくして、増刷の際にデザインをやり直すためにも、もしもどこかで見かけたら、抱えきれないくらいに買ってください(笑)。

初心忘るべからず。
今後はさらに最後の最後の最後までチェックを怠らず、まあそれでも事件は起きたりするものですが、うるさいデザイナーだなと思われても、そこは徹底していきたいと思います。


反省、反省、ああ、へこむ。
頼むから、運命のアシスタントさん、早く僕と出会っておくれ。
若者よ
ある所に、無知で経験も乏しく、力も信用もお金もない、でもハートだけは熱い若者がいたとする。
彼は、「三重県」とか「日本」とか、とにかくモノゴトを広く捉えたがる。
一方で、酸いも甘いも知ってる、経験も力もお金も信用もある、そんなとある大人がいたとして、彼はいつも「自社」とか「地域」とか、モノゴトを小さく捉える。

三重県に戻ってきて感じたことのひとつが、このズレ。
このズレを正さないと、三重県のリブランディングはきっとうまくいかないと思う。

もちろん、若者が大きな夢を追いかけることには大いに賛成だし、大人が足元を大切にするのは、人生は思ったよりも短く、だからこそ意味のない無駄な戦いを避け、大局をしっかりとつかんだうえで、モノゴトをスムーズに動かしていくことの大切さを知ってるからだってことも理解してる。

けれど、実際に問題や課題を解決していくためには、若者はスピード感をもって小さくはじめ、大人は持てる力を発揮して、さらなる巨人たちと戦うことも大事だと思う。
若者が巨人に挑み、惨敗し、諦めることを覚え、うつむいた視線の先で足元の草花に癒され、それを大切に守ることの尊さを知り、世の平和を願いながら余生を送る。
例えばそんな感じだったとしても、でもそれじゃあ問題や課題はなかなか解決できないし、若者が惨敗するのは、ロールモデルとなる大人になかなか出会えないからだし、特に田舎ではその傾向が強いように感じる。

僕自身がそうであったように、いつの時代も、大局が見えてない若者は無謀だし、無知だし、甘いし、うぬぼれてるし、でもだからこそのパワーもあって、こういう熱量をうまく引き出して活用できるシステムや大人が必要だよなあと思う。

ついでに言うと、マーケティングの人達は群れたがり、クリエイティブの人達は孤立したがる。
このズレも問題ですよね。
モノゴトを動かしていくには、どちらか一方ではダメで、ブランディング、マーケティング、テクニカル、プロモーション、ビジネスなどなど、色々な要素が同時に一緒に動かないとなかなか成果は出ない。
大企業ならこれら全てのセクションを持ってるから有利だけど、持たざる者たちはお互いにチームを組んでやるしかない。
問題は、誰もが主導権を持ちたがるから、そもそも大きなチームをつくること自体が想像以上に難しいってこと。
みんな、故郷をもっと良くしたいっていう想いは一緒なのに、人間のエゴが邪魔をする、のかな。
もちろん、僕も含めてですが。

でも、例えば、全ての人が、それぞれ別々の方法でも構わないから、共通の認識や同じ旗印を持って活動することができれば、もしかしたら大局を動かせるかも知れない。
その指針を定め、そのために自分に出来ることを、小さくてもいいし大きくてもいいから、とにかく行動し続けること。
かつて諸先輩方と立ち上げた、「三重基準会議(Mie Standard Conference)」というプロジェクトの目的はそれだったと思うけど、その活動も止まったままだ。

アメリカのことわざ「If every man would sweep before his own door, The city would soon be clean.(みんなが自分の家の前をキレイにすれば、町はあっという間にきれいになる)」っていうのもそういうことだと思うし、こんな簡単なことがこんなにも難しいってこと自体が、一番の問題なんだと思う。

そういえば、アフリカのことわざ「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.(早く行きたければ、ひとりで行け。遠くまで行きたければ、みんなで行け。)」ってのも、そのどっちかではなく、ちょうどいい塩梅って出来ないのかなあと思ったりもします。


若者よ 君は旅立つ
東へと向かう列車で
華やいだ街で見つけたい
贈り物ってなに?
君が贈りたい物と
相手が欲しい物が
ズレてる限り
うまくはいかないのに・・・
松阪木綿のハンカチーフください
涙で顔が藍色に染まってしまうけど・・・


そして最終的には、僕の奥さんがいつも言ってる、「無理に決めたりまとめたり束ねたりしようとせず、みんなそれぞれが正しいことをして、それがやがて、知らない間に三重県のためになっていればラッキーぐらいでちょうどいい」のかも知れません。
バレンタイン



今年のバレンタインも、娘たち(小4と年長)が手作りクッキーを作ってくれました。
僕にとっては、世界で一番美味しいクッキーです。

もう数年もしたら、どこぞの馬の骨野郎にチョコを渡したりするんだろうなって思うと複雑ではありますが、女芸人な娘たちのおかげで、毎日毎日笑い転げられる最高に楽しい人生を過ごせていることに、こちらこそ、心からありがとうを贈りたい。

まあ、メッセージを読む限り、もっともっと働け、ということだと思うので、老体にムチを打って、まだまだがんばります!
建国記念日



今日は建国記念日。
建国をしのび、国を愛する心をやしなう日。

どうやってやしなうの?と聞きたくなってしまう日に、森さん辞任の意向のニュース。
そりゃそうなるだろうな。
この滑稽な茶番こそが今の日本。
時代が終わり、時代は変わり、時代が始まる。

いつの時代も、若者たちは言う。
こんな腐った時代に、
こんなクレイジーな国に、
なぜ僕らは生まれてきたのか、と。

でも、
戦争を知ってるおじいちゃんとおばあちゃんが今でも生きていたなら、きっとこう言うだろう。
昔に比べたら「今」はずいぶん良くなった、と。
世界中で繰り返されてきた真っ黒な歴史の証人たちも言うだろう。
「今」の一体何が不満なのか?と。

生まれた時から身分が決まっていた時代。
肌の色だけで、まるでゲームのように簡単に殺される時代。
自由に恋愛ができなかった時代。
結婚相手を自分の意志で選べなかった時代。
平均寿命が30代だった時代。

人を殺し、女性を犯し、動物を迫害し、自然を壊し続けてきた人類。
今でもそれはゼロではないけど、でも「ずいぶん良くなった」のは確かだろう。

「昔」の中でしか生きれない人達には、さぞ「今」は生きにくい時代だと思う。
こんなにも便利で豊かになったのに、「昔」を恋しいとさえ思うだろう。

子どもの頃に腹を抱えて笑い転げた経験があれば、人はその時の中で一生をさまよう。
どんなに貧しくとも、どんなに不便であっても、笑い転げたその「今」を、人は決して消し去ることができない。
一瞬で心を奪われたあの恋から、何年も何十年も離れられなくなるみたいに。
だから僕は、「時代」の匂いに誘われて、古い車や物に惹かれてしまうのだろう。

ついていけない自分を認めず、ついていかない道を選ぶ。
それが悪いわけじゃないけど、だからって「昔」を持ち出すのはセンスが悪い。
今頃森さんはぼやいてるだろうな。
あの頃は良かった、と。


でも、それでも、「今」を生きよう。
ちゃんと「今」を、最高にしよう。

娘たちにはこう言ってあげたい。
完璧にはほど遠いけど、それでも「今」が一番、最高の時代なんだよと。
そう言える時代でなければならない。
そう言い切れる自信がないからこそ、そうであってほしいと願う。


さあ、今を生きよう。楽しもう。
今日も子ども達と一緒に、笑い転げよう!
きっとそれが、「建国記念日」の正しい過ごし方だと思うから。
サファリ







先日、新しい相棒が我が家に仲間入り。
僕がまだ「日産」というブランドが好きだった頃の車。

31年前(1990年式)の車ですが、現在の走行距離は6万キロ代なのでまだまだ走れます。
今後、ノーマルのデザインの良さを台無しにしない程度に少しずつ手を入れていきたいと思います。

ニュー相棒よ、これから一緒に楽しい思い出をたくさん作っていこう。
どうぞ末永くよろしくね。

そして、現在の日産自動車の中の方々へ。
「やっちゃえ日産」なんてズレまくったことを言ってる場合ではありません。
あなた達は、こんなにも楽しい車を作れる力を持っているのです。
どうかそのことを忘れないでください。
DESIGN THINK ABOUT



東京で16年過ごし、故郷の三重県に戻ってきてから8年。
色んな人のおかげで、様々な案件に携わらせていただいてきて、伊勢志摩サミットの時も大事な役目を与えてもらえたりしたけど、僕レベルのデザイナーなんて世の中にそれこそ無数にいるわけで、もっとすんごいデザイナーが若い人の中から現れてくれないと、「三重県」のブランディングは成功しない。

だから若手を育てようと動いてきたけれど、その活動の中で痛感したのは、三重県から外へ出たクリエイター達に、三重県でもこんな面白いことができるんだよ、いつか三重県に戻ってきてね、と堂々と言える何かが必要で、彼ら彼女らの才能を思いっきり発揮できる場を、まずはここにいる僕らが作らないといけないよなということ。

今の三重県のままじゃ、戻ってきたいと思えなくても仕方ないもんね。
戻っても才能を無駄にするだけ、戻って何をするの?って実際言われたことあるし。


そのために今年は、三重県内で3つのプロジェクトを立ち上げる。
そして、そのためにも、僕はまだまだ学ばないといけない。

だからまずは、毎月最低でも1人ずつ、日本全国の大好きなクリエイターさんや各分野の専門家さん達に会いに行って、デザインの視点で、デザインのことや教育のことや色々な話を聞かせてもらって学ばせていただこうと思う。

もちろん、リモートでもいいんだけど、その場の空気を感じたいし、その人のゆかりの地やルーツも見てみたい。
で、せっかくだし、その対談の話を聞きたいと思う人もきっといるだろうから、それを動画で撮影して配信できたらいいなと。

どうせならこの行脚にも名前をつけたいなと思い、「DESIGN THINK ABOUT」に。
なんだかおかしな英語だけど、それはまあいいとして、基本的には緊急事態宣言が出されていない地域の方から会いにいきたいと思います。

まずはやっぱり、大好きな真喜志さんに会いに沖縄からスタート、がいいなあ。
沖縄の方、渡航費の足しになるような沖縄での案件があったらぜひご紹介ください(笑)!

詳細はまたご報告させていただきますが、同行メンバーも募集してますので、ご興味のある方はご連絡を。


さあ、今年は動くぞ!
もちろん、コロナ対策は万全に。