ミスマッチ

先日撮った、小さな漁港に放置されていた、はたらく車。
この当時の日産車は本当にかっこいい。
当時はさぞ活躍したんだろうけど、なんでこのままここに放置されることになったんだろう。
どんなに高級な車でも、燃料が入ってなければただの箱か飾り物。
車は自分で燃料を入れることができない。
だからどんなに優秀でも、燃料を入れてくれる人が不可欠なんだ。
悪いのは、役立たずになって放置された車ではない。
本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらず、そのまま放置して知らん顔してる人間のほう。
アイデアとデザイン、そしてそこに愛があれば、問題は必ず解決できる。
そういえば先日の打ち合わせで、「ミスマッチ」の話になった。
三重に戻ってきて一番驚いたのは、それまで知らなかった良い素材なモノの多さと、それを台無しにしているデザインとのミスマッチの多さ。
カッコ良さの基準は人それぞれ違うにせよ、せっかくの良い素材を、なんでわざわざカッコ悪くするのかと憤りを感じることが多かった。
ミスマッチなモノやコトを見るたびに、欠けているのはやっぱり、アイデアとデザインと愛なんだと感じる。
だけど、同じミスマッチでも、人同士や組織間のミスマッチはちょっと手強い。
ミスマッチによって苦しんでる人がたくさんいる。
お互いの努力や協力によってどうにかなる場合はそれでもいいけど、求めてるモノやコトが違うのに、泣いたり苦しんだりしながら、それでも我慢して続けなきゃいけない理由って何だろうか。
何のために、誰のために、それでもそれを続けなきゃいけないんだろうか。
アメリカの第2代大統領のジョン・アダムスは、「忍耐と辛抱強さがあれば、どんな困難も障害も乗り越えられる」と言ったけど、この言葉の真の狙いはバレバレだ。
それよりも、スティーブ・ジョブスの「時間は限られているのだから、他人の人生を生きて自分の時間を無駄に過ごしてはいけない」という言葉のほうがしっくりくる。
時を重ねてベストマッチになっていく場合もある。
でもそうじゃないなら、無理して続けなくてもいい。
別の道がきっとあるはずだから。
モノもコトも人も、ミスマッチのまんまじゃ誰もハッピーになれない。
モノもコトも人も、勇気やタイミング、アイデアやデザイン、そして愛が大切なんだ。
その車も、その素材も、その工芸も、その土地も、その人も、きっとハッピーになるために生まれてきたはず。
目の前の問題が、越えるべきハードルなのか避けるべき壁なのか、正しい判断が必要。
最後まで諦めずにそれを見つけ出すことが、僕らデザイナーの仕事なんだと思う。
あと2か月で僕も50歳。
子どもの頃なら格好の遊具となっただろうこの放置された車に手をかけて、がんばったのになあ、もう誰も気にとめてもくれないんだなあ、そんな風に声をかけて、こんなことに感傷的になってしまうほど、僕も年を取ったんだなあとしみじみ思った。
とある本の「50歳」に関するページで、
「どれだけ偉ぶっていても、愛される人にはかなわない。」
という、トヨタの広告のコピーが紹介されていた。
40代も色々あった。
あっという間だったと思う。
色んな人を愛したし、色んな人に愛された。
色んな人を傷つけたし、色んな人に傷つけられた。
ベストマッチだらけだったと言いたいけど、現実はそう上手くはいかない。
それぞれの人に、それぞれなりの愛や正義があって、でもそれが必ずマッチするとは限らない。
どれだけ愛しても届かないことだってあるし、どれだけ愛されたとしても、偉ぶってる人に勝てないシーンもある。
ただ、本来の役目は終わったとしても、別の役割を与えてもやらずそのまま放置して知らん顔してるのは、あまりにも愛がない。
偉ぶれるほど偉くもないのなら、せめて次のベストマッチを考えてあげよう。
放置された車を愛してくれる誰かがきっとどこかにいる。
それがアイデアであり、デザインのはず。
デザイナーとしての僕の役目が終わるのはいつだろう。
もしもそのまま放置されるとしたら、自分で終わってることに気づいていないからかも知れない。
そうならないためにも、ミスマッチを我慢せず、別のベストマッチを探すのもひとつの手だ。
心から愛されたと言える50代を過ごすために。
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