卒業制作展にて。


三重県ではまだまだ少ない「デザイン科」がある高校のひとつ、三重県立飯野高校応用デザイン科の卒業制作展へ、家族揃って初めて行ってきました。

生徒たち個々の作品はどれも力作揃い。
ものづくりの苦労と楽しさを感じ取れる素敵な作品たちでした。
もちろん、「デザイン」の定義づけには「?」はあるけど、それを問うのは野暮ってものです。

ただひとつ気になったのは、個々の作品の良さを引き出す「空間のデザイン」が残念だったこと。
作品をどのように並べるか、並べる順番、視線や目線の誘導、何の横に何を置くべきか、照明の工夫などなど、言うなれば最も大事な「空間のデザイン」が最も疎かになってしまっていた点が悔やまれます。

生徒たち個々の作品は素晴らしかった。
ということは、学校や先生側の、大人側の問題かなと思う。
決して予算の問題ではなく、工夫やセンスの問題。

欲を言えば、個々の作品をデザインする「制作のグループ」と、それらをどう見せるかを担当する「空間をデザインするグループ」があっても良かったと思う。
空間のデザインは、それ自体が作品。
その視点が、学校側や大人側に欠けているのではないか、と思う。

これからの時代にとても必要な視点。
木ばかり見て、森を見ていない。
木は学べても、森をどう見せるかを学べる学科がさらにあると、子ども達にとってもなおいいのになと感じた。

あとは、生徒同士のコラボ的な作品もあると良かったかな。
服飾デザインのマネキンもよくあるタイプのものだったので、人型以外のマネキンとか、マネキンの顔だけが猫になっているとか、その猫の頭を作る誰かと、服を作る誰かの合作があってもおもしろかった気がします。

「醜い私を~」というサブタイトルがついた日本画は、購入したいなと思うレベルのものでした。
三重県から、たくさんのクリエイターやアーティストが育っていく未来を夢見て、生徒たちの今後のさらなるご活躍を期待しています。



卒業制作展のあとは、石水博物館へ移動して、「NIGOと半泥子展」へ。
どれも見入ってしまうほどの素敵な作品ばかり。

娘たちには、作品を見ている自分たちも、その空間のデザインの一部であることを忘れないように行動すること、それと、展示されている作品を理解しようとする必要も、それらを好きになる必要もないけど、作品をひとつひとつ見て、心のシャッターを切って記憶の箱に入れておくように、とアドバイス。

東京にいる時はしょっちゅうできていたこういう体験が、三重県ではなかなかできないのが本当に寂しい。
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