お手伝い



今日も天気がいいので、プール遊び、ではなく、先週の大雨で補修した箇所のペンキの下地塗りをお願いしました。

次女(6歳)はすぐに飽きてしまうけど、長女(10歳)はこういうことをさせるとすごく優秀。
ちゃんと自分で工夫するし、もともと絵を描くのも好きだし、文化的なもの全般への興味も高い。

がんばれー。
それぞれの道



懐かしい写真を整理していると、会話の内容までは思い出せませんが、その時その日の音や匂いが蘇ってきます。
大学に行っていない僕にとっては、最終学歴である高校での思い出が一番濃く残っていて、嫌な思い出もあったはずですが、思い出すのは心地いい風や匂いのするシーンが多い。

例えばこの写真は、バンド仲間達と校内でしょっちゅうミニライブみたいなものをしていた時の写真。
先生たちも目をつぶってくれてたし、それを楽しみにしてくれている子たちがたくさんいた。
今の僕では考えられない、勘違いしてしまいそうなくらいの、なんともいい時代でした(笑)。


時々こうして振り返ると、確かに今の僕につながっている道や足跡が見えてきます。
そしてその事実に背中を押されて、また歩き出そうと思える。
なぜなら、これまでの時間の価値は、これからの時間が決めるから。
今の僕には、そしてこれからの僕にも、振り返ると続くすべてのシーンをちゃんといい思い出にする責任があるわけです。

大好きだったあの子のこと、中途半端で投げ出してしまった陸上のこと、僕が嫌いな奴らのこと、僕のことが嫌いな奴らのこと、一緒に泣いてくれた高校の先生のこと、ダルかった授業、一緒に抜け出した屋上、なんだかんだ言っても、やっぱりキラキラしてた全部の時間。

だから時々、こうしてきちんと振り返る。
これも大切なルーティンワークです。


色々なことを乗り越えてきた古い靴は心から感謝して脱ぎ捨てて、新しい靴でバシッと決めて、前を向いてまた歩き出そう。

僕も、あなたも、君も、それぞれの道を。
ミナ本



面白くて、数時間で読み切ってしまった、皆川さんの「生きる はたらく つくる」。
ジャンルこそ違えど、僕が奥さんが連日連夜語り合った自分たちのやりたかったこと、そして出来なかったことが、全部つまってた。
僕の中で、「皆川さんの人柄」だけではとても表現しきれなかったミナの世界観がどうやって育ってきたのかが、この本でようやく理解できた気がする。

肌寒いくらいの真夜中でも、読み進めるごとに全身の熱量が高くなっていくのを感じた。
もう遅すぎるかも知れないけど、もう一度だけ、自分たちのブランドをつくること、育てることに、挑んでみたくなった。
あの頃には出来なかったことが、今ならできるかも知れない。
あの頃には出会えなかった人とも、今なら出会えるかも知れない。
それよりもまず、僕と僕の奥さんが、2人で作りたかった世界と、もう一度だけ向き合ってみたい、そんな風に思えた。

ものづくりの本質、醍醐味、厳しさも含めた楽しさ。
僕は今まで、こだわりが強すぎる、とか、難しいことはいいからさ、とか、色んなことを色んな人に言われてきたし、丸く収まってればよかった場面でも、ものづくりやデザインを理解しようとさえしない相手の言動に黙ってることができない性格。
そのせいで、無駄な対立も生んできたと思うし、もらえたはずの仕事をたくさん失ってきた。

僕には、「人柄」とか「人徳」とか、確かにそういうものが欠けているんだろう。
それでも、僕には確かに見えているものがあった。
言葉や形で正しく的確に表現できない無力さが今でも本当に嫌になるけれど、僕には確かに見えているものがあったんだ。
誰にも理解できない、のではなく、理解してもらえる力がなかっただけ。
だから、代わりにそれを言葉や形にしてくれる仲間をずっと求めてきたけど、ここでも、「人柄」や「人徳」の欠如が重く立ちふさがる。

ミナ・ペルホネンに、田中景子さんと長江青さんがいたように、僕には、その2人の役割をこなしてくれる奥さんがいる。
独立したての極貧生活にも、思うようにいかないことでイライラする僕にも、彼女は常にそばにいて、放り出すことも、逃げ出すこともせず、まっすぐに向き合ってくれた。
何日もかけた作品に、迷うことなくダメ出ししてくる。
でも、その指摘はいつも正しい。
だから、いつの頃からか、彼女さえいいと言ってくれたら、もうそれで十分だと思えるようになった。
今でも、それは変わらぬまま。
彼女がいいと言ってくれたものは、絶対に間違いがない。
そう確信できるほど信頼してる、唯一無二のパートナーだ。

東京ではチヨに、三重に戻ってからはリナに出会えた。
給料とは呼べないくらいのほんのちょっとのお金しか出してあげられなかったのに、彼女たちはうちで働く毎日が楽しいと言ってくれた。
2人ともすごく優秀で、ほかの事務所に行けばエースになれる人たちだ。
彼女たちがいてくれなかったら、間違いなく今の僕はいない。
僕の人生の中で、この2人との出会いは最高の宝物。
もっともっと、一緒にいたかったなあ。
もっともっと、一緒に見たい風景があった。
僕がもし自伝を書いたら、本の半分はこの2人のことで埋まると思う。
皆川さんの本を読んで、改めて、チヨとリナに、心からありがとうって思った。

無地の服ばかり着て、ファッションにはめちゃくちゃ疎い僕でも、ミナ・ペルホネンの世界観が放つ心地よさは伝わってくる。
いい本と出合えた。
もう一度、って思えた。
これからも、丸くならずに尖っていこう。
自分の直感と本能をもっと信じてやろう。
周りの人は、ものすごく迷惑だろうけど(笑)。
景色と風景



三重県に戻ってきてから、「目的と手段」という言葉を使うシーンが増えた。
なにも、どこぞのコンサルみたいに、ただそう言いたいだけなのとは意味が違う。
本当にそう言わざる得ないことが多いのです。

そして、「目的と手段」と同じくらい口にする機会が増えたワードは、「景色と風景」。
あくまでも僕個人の勝手な解釈ですが、似て非なるこの景色と風景、ものすごく雑に言ってしまえば、目に見えるものを景色、それに加えて目に見えないものも含めたのが風景だと考えています。
つまり、風景には、その土地の「文化」が含まれていて、目に見えるものと目に見えないものが常にセットになっていると考える必要があります。

よく、家族の風景と言いますが、家族の景色とはあまり言いません。
それは、そこに文化、風習、関係性などのドラマやストーリがあるからです。
どっちがいいとか悪いとか、そういう話ではなく、その中から、見た目の部分だけを抜き出したのが景色なんだと思います。

なので、いきなり風景を作ることは不可能です。
文化やドラマが育っていないうちは、まだ風景にはなれません。
楽しいことだけでもないでしょう。
悲しい歴史や辛い出来事もあったはず。
風景とは、その積み重ね以外の何ものでもなく、最初はただの景色だったものが、やがてそう呼ばれるもの、であるはずです。

さらに、たとえ同じ場所に立っていても、そこがいくら歴史のある場所でも、ある人にとってはただの景色で、ある人にとっては風景だったりします。
同じものを見ているつもりでも、実際に見えているものは全然違う。
まるで、だまし絵のように。
そこがズレている関係は、遅かれ早かれ道を分かつことになります。


三重県には、素晴らしい景色も風景もたくさんあります。
なのに、それらが正しく活かされているとは思えません。
きっとそれは、景色と風景の違いが理解されていないのと、理解する術を持たないからでしょう。
学校でも教わらないし、そもそもそれを教えられる先生なんてほとんどいません。

三重県だけではないと思いますが、そこに素敵な文化が生まれ育つ土壌ができていない。
いや、かつてはあったのかも知れませんが、今の状況を見ると、育てるつもりがないようにさえ思えます。
誰もが結局は、自分のことばかり。
木だけを見て、森を見ていないし、感じようともしない。
狭い世界しか知らない人、広い世界を知ろうともしない人ほど、「みんなを」とか「みんなで」という言葉を軽々しく使う。
多様性の本当の厳しさを知っている人は、その言葉の重みを知っています。
デザインは、根っこからデザインして、はじめてデザインと呼ばれるのです。

そして僕らの仕事は、まさに風景を作っていくこと。
長く続く仕組みを考え、登場人物のために大まかな道筋や、舞台、ステージ、小物、時間などを丁寧にデザインする。
あとは、そこに色々なドラマが生まれ、やがて風景と呼ばれるまで、寄り添っていきます。
それがモノであれ、場所であれ、人であれ。
だから時間もかかるし、手間もかかる。
なかなか理解してもらえないことですが、それが真実です。


やがて風景と呼ばれるもの。
そこに寄り添う仕事。
ドラマのない人も場所も存在しない。
そこには必ずストーリーが生まれ、育っている。

息を合わせて、手を繋いで、どうせなら、素敵な風景をご一緒に。
いすゞ





今ではトラックのイメージしか無いいすゞ自動車にも、かつてはこんなに素敵な車があったわけです。

色々な事情があって現代の車では表現できないわけですが、この時代特有の優美さには、デザイナーとして学ぶべきことがたくさんあります。
ゴリラがいっぱい



三鷹の森はジブリでいっぱいだろうけど、僕のデスクはゴリラ好きの僕のために娘たちがプレゼントしてくれたゴリラや、父の日のたびに長女が自作してくれたアクセサリーでいっぱい。
貫きたい志



昔、雑誌の取材で、「デザイナーを辞めたいと思ったことはありますか?」と聞かれ、「はい、何度もあります。いつも考えてます。」と即答して驚かれたことがある。

誤解を恐れずに言えば、今でも変わらず、常にそう思ってる。
デザインが嫌いになってしまう前に辞めなきゃな、と。

そういえば僕の恩師は、信じた道をまっすぐに進むため、保身に走らず覚悟を持って役目を果たすために、いつでも懐に辞表を持っている、と表現してた。
自分の信じた道、自分のやるべきこと、ありたい自分の姿、貫きたい志。
叶えたい未来のために、時に体制を欺いたとしても、決して自分の心だけには嘘をつくな、と。

なぜ?どうして?と問いまくる子どもはウザがられる。
僕はたぶん、そういうタイプのデザイナー。
そんなことはどうでもいい、って親の声が聞こえてくる。
子どもは元来、哲学くさい生き物で、大人になるにつれ、消えていく。
デザイナーはどっちでいるべきだろう。


高校の体育祭の時の写真が出てきた。
夕日のオレンジ色か、それともただ色褪せたのか、みかん色のその写真の僕は、一番先頭で、ちょうど最終コーナーをまわってる所。

でも、30年以上経った今でも、まだゴールできていない気がする。
ゴールがまだ見つかっていないのか、そもそもゴールなんて存在しないのか。
誰かに託されたはずの、右手のバトン。
自分の信じた道、自分のやるべきこと、ありたい自分の姿、貫きたい志。
三重問屋プロジェクト



クリエイティブディレクターとして関わらせていただいている三重県志摩市の地域商社「三重問屋」から、本日、7月1日に、三重県川越町の早川酒造部さんとのコラボ第一弾として、「朝(あさつ)」という名の日本酒がリリースされました!

7月1日は、日本酒業界では酒造年度元旦だそうで、この日の発表を目指してチーム一丸となって取り組んできました。

蔵元である早川酒造部の早川社長と竹内さんから、このお酒はどんな料理にも合うさっぱりとした味が特徴で、いわゆる高級酒とかではなく、最高の「食卓の定番酒」でありたいんです、とお聞きし、実際に現場を見学させていただき、そこからデザインのテーマを決め、要となるストーリーを組み立て、試行錯誤の末に「朝(あさつ)」というネーミングを考え、ラベルをデザインしました。

特別な日に飲むシャンパンも素敵ですが、「朝(あさつ)」には、なんでもないごく普通の日々を、でも、だからこそ祝おうよ、というテーマを設定しました。
そこで、一見地味に見えるデザインですが、どんな食卓にも合うように、「俺はここにいるぜ!」っていう特別な主張はせず、控えめでありながら、でも上質なデザインを心がけました。

もっとも大切にしたのは、味とデザインの印象が一致すること。
似合わない服を着せず、「朝(あさつ)」らしい振る舞いと佇まいを表現したつもりです。


あけない夜はない。
「朝(あさつ)」を飲まない夜もない。
そんな食卓の定番酒として、長く愛されるお酒になるように、これからも丁寧に育てていきたいと思います。

今後も第二弾、第三弾と新しい商品が生まれていくと思いますので、お楽しみに。


発売開始は、7月7日。
下記の特約店にて一斉に販売開始されます。
ぜひぜひ、お買い求めくださいませ!

【特約販売店】
四日市:福田屋酒店
鈴鹿市:太田屋
亀山市:山形屋酒店
津 市:マスダ
伊賀市:ナガタヤ
伊賀市:リカーショップヒラオカ
伊勢市:ニコマート
伊勢市:酒のあおき
伊勢市:田所酒販
鳥羽市:丸佐ハロー店
志摩市:べんのや酒店
志摩市:KANPAIISESHIMA


▼ 三重問屋
https://miedonya.jp/

▼ KANPAIISESHIMA
https://jizake-mie.jp/
しじみの白スラブ



形のみならず、名前まで色んなところで真似をされて何かと話題の丸川商店オリジナルの「しじみ」に、ついに、いや、ようやく、「白スラブ」がラインナップに加わりました。

使いやすさはそのままに、これまでの藍染よりもグッと涼し気で、これからの季節に最適です。

もちろん、男女問わずお使いいただけますので、僕とお揃いが嫌でなければチェックしてみてください。


▼丸川商店
https://www.mrkw.jp