同窓会

今日、久しぶりに開催された高校時代の同窓会に参加してきた。
中には、高校を卒業して以来、34年ぶりに再会した同級生もいた。
同窓会のたびに思うけど、それぞれ見た目は変わったとて、一瞬であの頃の気持ちに戻れる不思議は何なんだろう。
みんなそれぞれ、高校を卒業してからのこの34年間、色んなものを乗り越えて、笑って、泣いて、生きてきたんだと思う。
昔話に花が咲き、お互いの健康を気遣い合い、またしばしのお別れ。
楽しい時間だった。
帰り道、真夜中の車中。
音楽を止めて、窓を開けて、さっきまでの宴と、これまでの34年間をぼんやりと思い返す。
僕自身、高校卒業後、社会に出て、歳をとり、50代になってからは人付き合いに対する考え方もずいぶん変わってきたと思う。
仕事やプロジェクト関係の付き合いや近所付き合いとかを除けば、今現在の僕の人付き合いのルールは以下の2つ。
1)気を遣わず、無言でも苦にならず、一緒にいて安心できる居場所感を感じられる(感じさせてくれる)関係
2)学べたり、刺激があったり、お互いにその先へと何らかの発展や前進が見込める関係
時々は過去を振り返りながらも、発展や刺激のない関係は、やがて自然とフェードアウトしていくものだと思う。
今日再会できたメンバーの中にも、今日が最後の再会となる人もいるだろう。
だからこそ、みんなハッピーな人生をと、心から願う。
今回、会いたかった人の何人かには会えた。
それ以外の会いたい人には、なんでだろう、もう会えないような、そんな気もする。
それでも、またいつか、もしも会えたらなんて言おう。
フジファブの「若者のすべて」の歌詞みたい。
土台が大事って話。

世間はGW真っただ中。
おも校の開校日は月曜日と水曜日ですが、祝日に重なるとその日はお休みになります。
そういうわけで、GW中は週1回の開校日になってしまうわけですが、そうなると課題も出てきます。
おも校が最も重視しているのは、人としての土台作り。
農業とか園芸の「土壌」作りみたいなものですが、週2日しかない開校日が週1日になると、どうしても子ども達のリズムに多少の乱れが出てきます。
多少の乱れくらいはどうってことない、という気持ちもありますが、だからといって軽視することはできません。
例えば、ガソリン車と電気自動車のハイブリッド車を作るためには、「1+1=2」ではなく、1+1の答えを10にも100にもする超高度な技術力が必要です。
それと同じように、ガチガチに固めるのでもなく、かといって自由奔放にもしないのがおも校の特徴なわけですが、見た目や言葉で言うほど簡単ではなく、舞台裏ではかなり繊細なバランス感覚や調整技術が求められます。
なので、顔はニコニコしつつも、頭の中では「多少の乱れ」に対してアンテナを張りまくってたりします。
不登校という選択をした子ども達にとって、「自由」に過ごすことはそれほど難しいことではありません。
でも、自由度が増せば増すほど、自己責任度も同じように増えていくことを忘れてはなりません。
これはいわば、ボリュームを上げるフェーダーと同じ動き。
自由と自己責任は、ひとつのフェーダーで同時に上下します。
フリースクール等でキラキラとした楽しい時間を過ごし、少しずつ自主性や社会性を会得していく。
最初はレクリエーションにも参加できなかった子が、少しずつ仲間に打ち解けて笑顔を取り戻していく。
その子のペースで、一歩ずつゆっくりと成長していける環境。
それはとても素晴らしいことで、そういう環境や場所を求める子にとっての居場所は全国にどんどん増えています。
問題は、学校には行きたくない(行けない)けど、自由と不自由とが入り乱れる社会の荒波をスイスイと乗りこなしていける子を育てるためのメソッドや方法を持っている場所がまだまだ少ないこと。
普通の学校(一条校)とフリースクールの中間に位置する場所、必要な知識や学力や人間性やコミュニケーションスキルを学ぶ時間が、川遊びと同じくらいめちゃくちゃおもしろい場所。
そんな、まるでハイブリッド車のような学校や居場所がもっと必要です。
ただ、「スイスイと乗りこなす」とは、まわりや社会を全く気にせず自分のペース重視で生きていくこととは違います。
未来がどんな社会になるにせよ、そこに対応し、順応し、かといってロボットみたいな人間になるわけでもない。
心の中の世界や視野をどんどん広げ、状況を細かく分類して冷静に正しく把握し、どうでもいいことにムキにならず、無意味なことに一喜一憂することもなく、あくまでも「しなやか」に生きる人。
ちょうどいい量や規模の自分の幸せをちゃんと確保しつつ、社会やコミュニティの一員としての責務は、それ以外の余力で十分に対応していける人。
ただ批判するだけの人ではなく、嫌なことや苦手なことからただ逃げ続けるだけの人でもない。
スイスイと乗りこなす人とは、自分の未来を、自由にデザインしていける人のことです。
学歴社会を批判しても、それがすぐに変わるわけではありません。
本当の意味で変われるのは、もう少し先の未来なんだと思います。
そういうわけで、学歴を持たない者が背負う理不尽な苦労は、まだもう少し続きます。
かくいう僕も、最終学歴は高卒。
学力だけでいえば小卒かな、というレベルでした。
それでも、問題発見と解決のための「デザイン」と出会い、「乗りこなす」ことの意味や方法を学びました。
その副産物として、効率的に短期間でより多くを学ぶ術を知ることもできました。
だから、おも校の子ども達には「スイスイと乗りこなす人」になってほしいと思っています。
実際におも校の子ども達は、あちこちで常に笑い声が響く学び舎で、学ぶことのおもしろさや乗りこなすための方法を学んでいます。
そして、それらを可能にしているのが、土台。
どんなに見た目がおしゃれな建物でも、地盤がゆるかったり基礎が弱かったりしたら、震度1の地震でも倒壊してしまうでしょう。
一にも二にも、全てはしっかりとした土台があるからこそです。
