ゴリラでも風邪をひく

どうやら風邪を引いてしまったようだ。
仕事をしようにも、どうにも体が動かないんで、今は真夜中だし、ちょうどよい機会だから、あれこれ良からぬことを考えてみよう。
今までたくさん失敗してきた。
その都度、恥もたくさんかいてきた。
おかげで面の皮が分厚くもなったけど、そんな自分にも怖いものはある。
お化けだ幽霊だではない。
そんなものははなから信じちゃいないんで、怖くもなんともない。
夜中に墓場でぐっすり眠ることだってできるだろう。
お化けではなく熊が出てくるぞ、というのなら話は別だが、僕が怖いのは、いつなんどき倒れるやもしれぬ日々の体調。
50代のフリーランス(ひとり会社)にとって、健康問題は死活問題。
替えがいないゆえに、倒れでもしたら全部が止まってしまう。
風邪を引いたりケガをしたりするたびに、人徳を積まずに生きてきてしまったことを痛感する。
頼れる先を育てておくべきだったし、チームや仲間を作っておくべきだったと後悔もする。
世の中にとっての僕の替えなどは吐いて捨てるほどいるが、家族にとっての僕は僕しかいないのだ。
打ち合わせに向かう途中の信号待ち。
フロントガラス越しに、真っ黒に日焼けした、小柄で少々腰の曲がった交通整理のおじいさんをぼんやり眺める。
あちこちから車がくる交差点でパニくってるのか、汗で顔を光らせながら、まるで怒っているかのように赤と白の旗を振る。
制服のサイズが合っていないこのおじいさんにも、「PERFECT DAYS」な物語がきっとあるんだろう。
残念ながら、このおじいさんの物語に、お金を払ってくれる人はたぶんいない。
花をほめる人は多いが、その根をほめる人は少ない。
田舎で細々と働く50代のフリーランスの実情は、スイートでもスマートでもない。
このおじいさんに、そう遠くはない未来の自分を重ねる。
僕だったら、もうちょっと優しく旗を振ってあげたいなあ。
背筋を伸ばして、軽く会釈して、スマートに。
自由業者は、いつだって孤独と淘汰の綱渡り。
選んできた道を悔やんではいないが、意地やプライドで支えていくのにも限界はある。
いつかは倒れる。
いつかは消える。
それは明日か、それとも20年後か。
それでも、生きることにこだわって生きていこう。
風邪ごときで生死を考える必要はないが、こんなものに動きを止められてたまるか。
起きあがる度に多少はフラつくが、そんなものはツバでもつけとけば勝手に治る。
難病と闘っている人たちに比べたら、こんなものはハエが止まった程度のものだ。
明日のことなど誰にもわからない。
良くないかもしれないけど、悪くないかもしれない。
相変わらず、意地を張って生きていこう。
おも校3周年

教育デザインのプロジェクトとして、2022年11月1日に開校した「地立おもしろい学校(おも校)」が、丸3年を迎えた。
早いものである。
早すぎて、何をしてきたのを思い出すのに少し時間がかかる。
石の上にも三年と言うが、転がる石には苔は生えない、の言葉の通り、おも校は、石の上に3年間じっと座っていたわけではなく、あちこちにぶつかりながらも転がり続けてきた3年間だった。
おかげで苔も生えず、角も削られて丸くなり、ずいぶんといい形に整ってきたのではないかと思う。
おも校の開校から今日まで、本当にたくさんの方々に助けていただいた。
その中でも特に、MさんとKさんには心から感謝をしている。
そんなお二人から、3周年の贈り物として、「ゴリちょ(ゴリラみたいな理事長の略)」と刺繍された素敵なハンドタオルを頂いた。
最初からずっと変わらないお二人の気遣いと心遣い。
この二人の女性がいなければ、おも校は立ち上がることすらできなかった。
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3年の間、なんでもない古民家には、絶えることのない子どもたちと大人たちの笑い声があった。
叱られて泣いてる子もいれば、出来なかったことが出来るようになってうれし涙を流す子もいた。
おも校のスタッフが守らなければならないことのひとつは、子ども達がいつおも校へ来ても、いつもと変わらない僕らでいること。
今日は機嫌が悪いかな、とか、今日は大丈夫そうだな、とか、そんな思いをさせることなく、いつ行っても、変わらない、相変わらずな僕らで迎える。
大人の世界も色々あるので、簡単ではないけれど、おも校の子ども達との大事な約束。
おも校へ通う子ども達は、いわゆる「不登校」の子ども達。
少しつまづいてしまったかも知れないが、おも校へ通う彼ら彼女らの目は、世間一般のイメージとは違って、決して光を失ってはいない。
外の世界の光がまぶしすぎて、暗闇へと逃げ込んだとて、そこからもう一度、人生をデザインし直せばいい。
もっと自分を知って、もっと知識と経験を得て、今度はちゃんと作戦を立てて、コンパスと地図と道具と仲間を手に入れて、何度でも立ち上がって歩き出せばいい。
「装飾」はデザインではなくスタイリング。
デザインは、色んな「困った」を解決するための最良の道具。
そしてデザインは、転ばないためにあるのではなく、立ち上がるためにあるものだ。
おも校は、おも校と家庭がチームを組んで、その子に合ったプランを実行する形式ゆえ、親御さんたちのご理解とご協力が欠かせない。
さらに、親御さんたち自身が、「デザインの視点と考え方」を学ぶ学科も設けており、その授業に臨む際の親御さんたちの真剣なまなざしには、こちらの背がピンと伸びる思いだ。
よく学ばせ、よく遊ばせ、よく食べさせ、よく寝かす。
現在の社会においてはもはや当たり前ではなくなってしまった子育てにおける不変の礎。
子育てにも不登校にも、たったひとつの正解など存在しない。
だから悩む。
だから苦しい。
それでも、ゆっくりでも、転がり続けていくしかない。
親も子も、自分で自分をあきらめてしまったら、そこで終わってしまうのだから。
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短いようで長いような、長いようで短いような、そんな、親御さんたちと子どもたちと僕らの3年間。
子ども達には、ひざっこぞうの土を払って、涙と鼻水を拭いて、でっかい空を見上げて、自分の未来をデザインしていってほしいなと思う。
小さな小さな学校の、大きな大きな挑戦と冒険。
MさんやKさんたちが一緒なら、この先もどんな困難も乗り越えていける気がする。
今日の日中は、知り合いだけの小さな3周年パーティーを開いた。
在校生だけではなく、おも校を卒業した子ども達も来てくれて、とても素敵な時間を過ごすことが出来た。
その日は、奥さんと長女と次女が用事で出掛けていたので、夜、ひとりで梅酒を飲んで再度お祝い。
おも校を作って本当に良かったなあと、改めて噛み締めた夜でした。
これからも、「おも(面・顔)」が「しろく(白く・明るく)」なる体験に満ちた学校であり続けたいと思います。
今後とも、末永く、おも校をよろしくお願いいたします。