障がい者交流促進事業



このたび、三重県の「障がい者交流促進事業」のコンペに参加し、正式にうちの会社が受託させていただくことになりました。
障がい者交流促進事業とは、津市の総合文化センター内に新しくできる、ステップアップカフェ事業(仮称)と同様、障がい者雇用率が全国最下位の三重県がその脱却に取り組む事業であり、当社が担うのは、障がい者雇用を促進するために、一般社会や雇用する側である企業に対して、障がいに対する正しい理解と柔軟な思考・対応力を向上させるとともに、誰もが働きやすい環境づくりにつながる取り組みを拡げる支援員(コーディネーター)を育成していくことです。
まあ、わかりやすく言えば、色々な分野の方のご協力を得ながら、様々な取り組みを通して、障害を持った人達にとって、住みやすく、働きやすく、生きやすい環境をデザインしていくプロジェクト、ということです。
 
本事業自体は平成28年までの取り組みですが、その後は「バードライク・プロジェクト」として、引き続きコーディネート事業を展開していく予定です。
デザイン事務所がなぜ?と思われる方もいらっしゃるでしょう。
その答えは今後の取り組みの中であきらかにしていきます。
もちろん、デザイン事務所が取り組むからには、これまでの障がい者支援事業のイメージとは異なった取り組みになるはずです。
雨の日には
雨の日には雨の日にしか得られない何かがある。
それを見つけられた時、無性に嬉しくなる。
雲のアート、風の匂い、葉っぱの形、虫の背中の模様。
まだまだ吸収しなければいけないものがここにもいっぱい。
もっと時間がほしいなあ。
訓練
昨年、ある若者に「クリエイティブな人になるためにはどんな訓練が必要ですか」と聞かれたことがありました。
そんなものは知らない、と言いたいところでしたが(笑)、それじゃああまりにも冷たいので、参考になるかどうかは全くわからないけど、日頃から僕がやっていることの中からひとつ紹介しました。

本当になんてことないことだけど、何かを捨てる時に、もう一度だけ何かに再利用できないかを考えてから捨てるようにしています。
それは、たばこの空き箱でもそう、ヤクルトの容器でもそう、チュッパチャプスの棒でもそう、ペットボトルでもそう。
とにかくどんな物でも、もう一度だけ利用法を考えてみる。
これを「訓練」と呼ぶのかどうかはわからないけど、あくまでも参考までに、と。
96回目の甲子園
96回目の甲子園。
三重高校が初の決勝進出も、残念ながら準優勝で幕を閉じました。
でもすごいことです。
胸を張って帰ってきてほしいと思います。

大阪桐蔭、優勝おめでとう。
いい試合でした。
戦いは戦いでも、こういう平和な戦いはやっぱりいいものですね。

そういえば、さだまさしさんの「甲子園」という歌の歌詞に、こんな言葉がありましたね。

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3000幾つの参加チームの中で
たったの一度も負けないチームはひとつだけ
でも多分君は知ってる
敗れて消えたチームも
負けた回数はたったの一度だけだって事をね
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現代では参加校数は約4000校に増えたけど、敗れて消えたチームが負けた回数は、やっぱりたったの一度だけ。
だからこそ重い。
次にがんばればいいよ、なんて言葉は、あまりうかつに使ってはいけませんね。
その一瞬は、やっぱりその一瞬しかないと思います。
もちろん、結果がすべてじゃないし、かと言ってプロセスだけを重視するのもちょっと違う。
確かなことは、三重高校の彼らが、一生に一度だけの夏を全力で駆け抜けた、ただそれだけのこと。
そしてそれが、ものすごく大事。

三重高校野球部、そしてそれを本気で応援した全ての人達、お疲れ様でした。
三重県人にとって、今年の夏はいつもよりいい夏になったのではないでしょうか。
いつものビールがさらに美味しく感じられたことでしょう。
それを静かに祝おう。
そして感謝しよう。
この夏の出来事が、彼らのこれからの人生にとって、自分自身を支えるよき想い出になるよう、願っています。

三重高校のみんな、いい試合を本当にありがとう~!
まな板





2011年の震災のあと、デザインで三重県の食と農業をサポートしていこうと立ち上げたプロジェクトが「のとわ」。
伊勢うどんはその代表的な存在だけど、立ち上げ当初にデザインしたほかの商品もいくつかある。

その中のひとつに、まな板があった。
デザインして、サンプルを作ってもらったけど、結局、生産におけるコストが見合わず、あえなく中断したまま。
いつかは世に出してあげたいと思っていたけど、なかなか難しそうです。

B5サイズとA4サイズの2サイズで、縁を斜めにカットしてあるので、まな板を持ち上げやすい。
企画立ち上げ当初は、三重県の間伐材を使って作る予定だった。

このまな板の制作工程は、おおまかに言うと、

(1) 四角いヒノキを準備する
(2) 機械で側面を斜めにカットする
(3) 丸い穴をあけて、サンドペーパーで角を丁寧に丸くしていく

の3つです。
現在の僕の考えは、この3番の工程を、三重県の障がい者の方の作業所でしてもらって、のとわブランドではなく、バードライクのブランドで販売できないかなあと考えています。
機械や刃物を使うことなく、サンドペーパー作業だけの3番の作業ならば、複数の作業所で作ってもらえるだろうし、そうすれば生産量の問題もクリアできるのではないかなと。
3番の穴空けは、2番の工程時の工場でしてもらうか、僕が担当してもいいし。

また、ヒノキを作ったまな板は世の中にたくさんありますが、専門家の方によると、もともとヒノキは傷がつきやすく、その傷のところからカビが生えてくるそうなので、堅くて傷がつきにくい尾鷲ヒノキならば、ヒノキでもまな板として使えるんじゃないか、ということでした。
なので、現段階では、尾鷲ヒノキが最有力候補ですが、大紀町や大台町のヒノキも、傷やカビの実験をしてみたいと思います。

なんとか商品化できればなあと、希望を持って取り組みたいと思います。
また続報をご報告しますね。
今年の4月に、多気町の小学校で「夢」というテーマで授業をさせていただいた。
その講義のあと、児童達が感想文を書いてくれて、その中の2人の女の子の感想文が青年の主張みたいなものに選ばれた。
彼女達には叶えたい大切な夢があって、それを追いかける勇気をもらったと言ってくれた。
僕のつたない言葉で、子ども達の夢の背中を押せたのだとすれば、素直に嬉しい。
さらに9月は大台町の高校で、10月は再度多気町の小学校で、同じく「夢」というテーマで授業をさせていただくことになった。

近年、キャリア教育というものの重要度が高まった影響で、こういう依頼が増えてきた。
おそらく、僕がしていることや、僕が発行している「ミエノコ」というフリーマガジンがそれにもってこいってことなんだと思うんですが、ふと思うのは、周りの人からは、僕は夢を叶えた人に見えているってことなのかなあと。
まあ、それはそれで嬉しいことではあるんだけど、もちろん全然、叶えるどころか、まだまだ夢中で追いかけてる只中にいる身だし、本当に夢を叶えることが出来たスーパースターな人達はギャラが高くて呼んでこれないですからね(笑)。

とにかく、授業が進むにつれてどんどん輝きだしてくる子ども達のまぶしいくらいにキッラキラしてるあの目と笑顔を見ると、こちらがたくさんの元気をもらえます。
考えてみればあの子達には、可能性しかないもんなあ。
まぶしいはずです。

よく、夢じゃだめだ、目的(または目標)を持たないと!って言う人がいますが、僕としては、目的(または目標)は、日々挑んでいくカリキュラムであって、夢は、僕の人生という名の道を照らしてくれるものだと思うんです。
だから、どっちも大事なんだけど、夢のない人生なんてものはつまらなくて嫌です。

僕は今、42歳。
人生80年とすれば、すでに復路を走り出しているわけだ。
やりたくないことをやっているヒマはない。
全身全霊で夢を追いかけて、いつかは夢を叶えたいと思います。

というわけで、感想文が選ばれた女の子にプレゼントしたウォルトディズニー氏の言葉を、いつまでも夢を追い続ける全てのドリーマー達と、僕自身にも、改めて。

「夢を見ることができるなら、それは実現できるんだ。いつだって忘れないでほしい。何もかも、全ては一匹のねずみから始まったということを。(by ウォルト・ディズニー)」
デザイン物産2014
渋谷ヒカリエで開催中の「デザイン物産2014」。
47都道府県に伝わる伝統工芸と食品の「原点」と「進化」の展示会。
三重県ブースでは、丸川商店の松阪木綿と伊勢うどんをご紹介いただいております。

「真っ当なリ・デザインの在り方(ナガオカ氏)」を問う、生産者もデザイナーもそうでない方も必見の物産展です。
お近くにお越しの際はぜひお立ち寄りください。

そういえば、僕が松阪木綿や伊勢うどんを新しくデザインした時、「あいつは伝統を壊しにきた黒船だ」的に言われたこともありましたねえ。
今では全く気にならなくなりましたが(笑)。
とにかく僕は、松阪木綿や伊勢うどんを真っ当に進化させたいと願い、デザイン事務所でありながら、自ら小売業のブランドも立ち上げ、これまでまさに五里霧中の挑戦の日々でした。
そしてそれは今後も続くだろうし、「リ・デザイン」するたびに色々言われるかもしれませんが、僕らの挑戦は、まだまだまだまだ、続くのです!

▼デザイン物産2014
http://www.hikarie8.com/d47museum/2014/07/-2014.shtml