お祭り



お叱りを受ける覚悟で書きますが、僕はこれまで、「文化」が大事とあちこちで何度も言ってきました。
少々大げさかも知れませんが、文化は私たちの暮らしや未来にとって、大切なものです。

ですが一方で、文化とは程遠い、文化のふりした悪しき風習もあるように思います。
それがよく表れているのが、文化の象徴のひとつである「お祭り」ではないかと。

個人的な経験則ですが、良い祭りとダメなお祭りを何が分けるのかは、子どもたちの扱い方を見ればわかる気がします。
だけど、子どもたちを大切にしているお祭りを、僕はあまり見たことがありません。


例えば、僕が育った地域には、家を建てた時やお祭りの際に、高いところから餅やお菓子をまく「もちまき」という風習があります。
もとは災いを払うために行われた散餅の儀が由来で、山口県では、「餅ひろい世界選手権」まであるそうな。
三重県では、家を建てた際に「もちまき」をするところはかなり減ったと思うけど、お祭りでは今でも時々見かけます。

一見すると良い風習に見えますが、実際は、まるで何かに憑りつかれたかのように、飛んでくる餅に必死で飛びついて、恐ろしい形相で大人たちが餅を奪い合う凄惨な光景があって、周りが見えなくなっている大人たちが暴走し、餅ではなくお菓子をキャッチするために前のほうに寄ってきている子どもたちをなぎ倒して餅に飛びつくバカ野郎が必ずひとりやふたりはいたりします。
泣き出す子どもや、ケガをする子ども、子どもの代わりに必死でお菓子に飛びついてあげているお父さんたち、etc。

子どもたちが安心してこの文化を楽しめるように、専用ゾーンを設けている「もちまき」はほとんどないんじゃないでしょうか。
それに、この激しさも文化のひとつで、これも良き思い出となるのだ、これこそ祭りの醍醐味だ、そうやって大人の階段をのぼるのじゃー、などとほざく大人には呆れてものが言えません。

例えば、かの有名な「ねぶた祭」などはどうでしょう。
子どもたち専用の、会場で一番ねぶたがよく見える一番の特等席を用意してあげているのでしょうか。
僕には、一番前を大人たちが独占しているイメージしかありませんが、実際はどうなんでしょう。

花火大会だってそうです。
議員か誰か知らないけど、そういう大人が特等席にいたって何の意味もありません。
その場所こそ、子どもたちに譲ってあげるべきではないでしょうか。

祭りの会場には様々な出店があって、かき氷やポテトなどはどこも行列ができています。
祭りの楽しさを演出する大切な風習ですが、これも、子どもたちには優先権があってしかりだと思います。
だけど、子どもしか興味のない出店以外は、どこのお祭りも「平等」に大人も子どもも同じ列に並びます。
それは良いことだという意見もわかりますが、見直してもいい常識ではないかとさえ感じます。

もちろん、お祭りが大好きな子ども達もたくさんいるし、大人達が楽しんでいるのを見て、いつか自分も大人になったら、あんな風にお祭りを盛り上げるんだと、それを楽しみに大人になっていく子ども達がいることも知っています。
ですが、そうやってうまくいっているお祭りが全国にいくつあるでしょうか。
多くの子ども達にとってのお祭りの楽しみは、出店、友達、恋人、賑やかな雰囲気、とかが多いのではないかな。
そのお祭りにはどんな歴史や意味があるのか、それを楽しみながら知ってほしいと思うし、そうでなければもったいないと感じます。

文化とは「つないでいくもの」で、大人優先で楽しめるように設計されたお祭りは、いずれ消えてなくなると思う。
もちろん、子どもたちが十分に楽しめる工夫があるお祭りもあるはずだと思うし、そういうお祭りがもっともっと増えてほしい。

本来伝えたい文化の良さを伝えられず、本来味わってほしい文化の楽しさを味あわせてあげられなくて、どうやって文化をつないでいけるというのか。
だれがそんなものをつないでいきたいと思うのか。

極論かも知れないけど、子どもたちが一番楽しめる工夫がしてある祭りでなければ、それをする意味などないと、僕は思う。
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