はるかのひまわり

めぐりめぐって、三重県のうちの庭にもやってきた、「はるかのひまわり」が、見事な花を咲かせました。
阪神淡路大震災で亡くなった神戸市の当時小学6年生だった「加藤はるか」ちゃんが、生前、かわいがっていた隣の家のオウムに与えていたひまわりの種が芽を出し、阪神淡路大震災後の夏に、たくさんの花を咲かせました。
それはやがて、「震災復興のシンボル」として「はるかのひまわり」と呼ばれるようになり、そのヒマワリからとった種が復興の象徴として神戸から全国各地におくられ育てられてきました。
そして東日本大震災。神戸から東日本の被災地へも、復興祈願のシンボルとして、たくさんのひまわりの種が送られ、やがて全国へと広がっていき、めぐりめぐって、三重県のうちの庭でも、見事に咲いた、というわけです。
連日の暑さの中、太陽に向かって力強く立つその姿は、「大丈夫。大丈夫。」と笑顔で見守ってくれる、はるかちゃんそのものなんだろうなと感じます。
きっときっと、乗り越えていける。
きっときっと、いいこともたくさんやってくる。
我が家でも、このひわまりを毎年欠かさず、咲かせていきたいと思います。
出会ったこともない、見知らぬはるかちゃんとの、でもすごくすごく大切な、約束です。
https://www.facebook.com/haruka.project
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