新聞掲載(訂正)
ごめんなさい。
来週20日の金曜日の中日新聞(東海版+東京新聞)の夕刊でした〜。
買ってしまった人、ごめんなさい。
僕もそのひとりです・・・。
来週20日の金曜日の中日新聞(東海版+東京新聞)の夕刊でした〜。
買ってしまった人、ごめんなさい。
僕もそのひとりです・・・。
幅さんと。
ミスユニバース三重大会



本日は、ミエノコ第3号のゲスト、津軽三味線の伊藤圭佑くんがゲスト出演したミスユニバース三重大会にご招待いただき、行ってまいりました。
招待客ということで、審査員の後ろといういい席をご用意いただきました。
久しぶりの華やかな世界。
完全にアウェーでしたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。
ただ、デザイナーの身としては、ツギハギのランウェイやカーテン調の布や会場全体のアートワークの安っぽさが気になります。
最後は順位を間違えて発表してしまうという、いろんな意味で「地方感満載」の大会でした。
まあ、楽しかったんで問題はないんですけどね。
僕が絶対グランプリだと思っていた女性は残念ながら代表に選ばれませんでした。
非常に残念。
でも、代表に選ばれた女性も、本当に素晴らしい方です。
世界大会への道は簡単ではないでしょうけど、三重県代表として、がんばっていただきたいと思います。
応援してま~す!
楽しんで越えていく術
地元の子ども達のためのプロジェクトを立ち上げた。
地元の方々と協同しながらの作業は、時に楽しくあり、時に大変なこともある。
保守的な層が多い地方では、こちらの真意をご理解いただくことが結構難しい。
苦しいことから逃げてはいけないという意見にはもちろん賛成だけど、僕の立場としては、苦しさに耐える強さより、楽しんで越えていく術を、子ども達にも知ってほしいと思う。
これを正しく伝えるのは、本当に難しい。
地元の方々と協同しながらの作業は、時に楽しくあり、時に大変なこともある。
保守的な層が多い地方では、こちらの真意をご理解いただくことが結構難しい。
苦しいことから逃げてはいけないという意見にはもちろん賛成だけど、僕の立場としては、苦しさに耐える強さより、楽しんで越えていく術を、子ども達にも知ってほしいと思う。
これを正しく伝えるのは、本当に難しい。
出立の地
3歳のカメラマン
傾奇者
怒涛のスケジュールも、ようやく峠を超えた。
考えてみたら、三重に戻ってきてからひたすら全力で走ってきて、松阪木綿をはじめとする伝統工芸の再興プロジェクトや、商品のパッケージやブランディング、最近は複数の町おこし的なプロジェクトに携わっている中で、いろんな新しい出会いがあって、味方になってくれる人もたくさん出来たけど、まるで外敵かのごとく、裏で口撃されることもずいぶん増えた。
もともと松阪という場所は、出る杭を徹底的に叩く町だということは昔から暗黙で知られているし、それが本当だったことは、この短い期間でも全身で実感してきた。
ただみんな、それを口にしないだけ。
僕はそれを言ってしまうので叩かれるんだろうな。
以前、ある社長に言われた言葉を今でも忘れていない。
「松阪市はすでに腐りきってる。あんな町を救っても、何の意味もない」。
残念ながら、返す言葉がなかった。
唯一返せた言葉は、「それでも僕は、自分のふるさとを諦めるわけにはいきません。」だった。
そんな風に言われていることや、地元の松阪木綿が県外ではどのような評価を下されているか、どれくらい遅れをとっているか、それをまともに伝えると、見事に嫌われる。
30年後や50年後の松阪木綿の話しがまともに出来ない。
伝承だけじゃいずれ消えてしまうってことを言える空気じゃない。
今の松阪木綿のダメな所を、覚悟を持って否定していかないと、継承なんて夢のまた夢だ。
松阪木綿が若い世代に受け継がれていないのは、誰が見たって事実。
なぜ今の人達は、松阪木綿ではなく、ユニクロを買うのか。
そのことについて、なんでもっと真剣に語り合えないんだろうか。
馬鹿げた話しだと、なんで一蹴できるんだろうか。
だったらなんで、松阪木綿をもっと広めたい、なんて平気な顔で言えるんだろうか。
僕を傾奇者だと揶揄する人がいるならそれでもいいんです。
もっともっとかぶいて、大きな大きな渦を作りたいと思います。
あいつはただの壊し屋だと非難する人がいるならそれもいいです。
時には、一度壊して、もう一度初めから作りなおしていく勇気も必要なんだと思います。
偉そうなことを言う以上、僕は僕なりに必死で走っていきます。
考えてみたら、三重に戻ってきてからひたすら全力で走ってきて、松阪木綿をはじめとする伝統工芸の再興プロジェクトや、商品のパッケージやブランディング、最近は複数の町おこし的なプロジェクトに携わっている中で、いろんな新しい出会いがあって、味方になってくれる人もたくさん出来たけど、まるで外敵かのごとく、裏で口撃されることもずいぶん増えた。
もともと松阪という場所は、出る杭を徹底的に叩く町だということは昔から暗黙で知られているし、それが本当だったことは、この短い期間でも全身で実感してきた。
ただみんな、それを口にしないだけ。
僕はそれを言ってしまうので叩かれるんだろうな。
以前、ある社長に言われた言葉を今でも忘れていない。
「松阪市はすでに腐りきってる。あんな町を救っても、何の意味もない」。
残念ながら、返す言葉がなかった。
唯一返せた言葉は、「それでも僕は、自分のふるさとを諦めるわけにはいきません。」だった。
そんな風に言われていることや、地元の松阪木綿が県外ではどのような評価を下されているか、どれくらい遅れをとっているか、それをまともに伝えると、見事に嫌われる。
30年後や50年後の松阪木綿の話しがまともに出来ない。
伝承だけじゃいずれ消えてしまうってことを言える空気じゃない。
今の松阪木綿のダメな所を、覚悟を持って否定していかないと、継承なんて夢のまた夢だ。
松阪木綿が若い世代に受け継がれていないのは、誰が見たって事実。
なぜ今の人達は、松阪木綿ではなく、ユニクロを買うのか。
そのことについて、なんでもっと真剣に語り合えないんだろうか。
馬鹿げた話しだと、なんで一蹴できるんだろうか。
だったらなんで、松阪木綿をもっと広めたい、なんて平気な顔で言えるんだろうか。
僕を傾奇者だと揶揄する人がいるならそれでもいいんです。
もっともっとかぶいて、大きな大きな渦を作りたいと思います。
あいつはただの壊し屋だと非難する人がいるならそれもいいです。
時には、一度壊して、もう一度初めから作りなおしていく勇気も必要なんだと思います。
偉そうなことを言う以上、僕は僕なりに必死で走っていきます。
松阪木綿フェスティバル
松阪木綿フェスティバルの座談会に参加させていただきました。
松阪市長、富士宮の元市長、松阪市議、手織りの方々、商店街の方々、中学の校長と中学生たち、高校の教師と高校生たち、そして僕も交えて、松阪木綿のことについて語り合いました。
短い時間だったので、みんなそれぞれの想いが沿うこともあれば交差することもありでしたが、こういう場を持てる松阪市は、まだまだ捨てちゃもんじゃないなと思いました。
高校生たちも、自分たちの想いを市長にぶつけたり、大人の方々からアドバイスをもらったり、想いをうまく伝えられない場面では歯がゆい想いもあっただろうけど、いい経験になったと思います。
ただ、十分な予備知識も持たない彼ら彼女らに、いきなり意見を求めるやり方にはちょっと疑問を持ちました。
本来ならば、パネラーというよりは、大人たちが語り合う話をじっくりとリスナー席で聞いたうえで、自分たちが実際にどう感じたかを話してもらうべきだったようにも思います。
まあでも、定期的にこういう場を持つと市長も約束してくれたので、次はもっと勉強して挑んでくるでしょう。
それでいいと思います。
松阪木綿は、他の伝統工芸と同様に、様々な問題や課題を抱えています。
それでも、松阪木綿における僕の目的は、次の世代に繋ぐことのみなので、こうして直接子どもたちと、松阪木綿のことについて語り合えるということは、今までを考えたら、大きな前進です。
松阪木綿の着物を着せてもらうことは大変いいことですが、21世紀の現代の松阪木綿が存在しない、いわゆる昔のままの松阪木綿しかない状況では、なんだか虚しささえ感じてしまうのです。
彼ら彼女らが、本当に着たいと思える松阪木綿や身につけたいと思えるものを生み出さなければ、この文化はやがて、かなり近い将来に、消えてしまうでしょう。
進化しないものには、衰退の道しかありません。
若い世代が、ユニクロのステテコにしようか、それとも松阪木綿のステテコにしようか、伊勢木綿のステテコもいいな、となるような、そんな未来を必ず実現したいと、本気で思います。
松阪市長、富士宮の元市長、松阪市議、手織りの方々、商店街の方々、中学の校長と中学生たち、高校の教師と高校生たち、そして僕も交えて、松阪木綿のことについて語り合いました。
短い時間だったので、みんなそれぞれの想いが沿うこともあれば交差することもありでしたが、こういう場を持てる松阪市は、まだまだ捨てちゃもんじゃないなと思いました。
高校生たちも、自分たちの想いを市長にぶつけたり、大人の方々からアドバイスをもらったり、想いをうまく伝えられない場面では歯がゆい想いもあっただろうけど、いい経験になったと思います。
ただ、十分な予備知識も持たない彼ら彼女らに、いきなり意見を求めるやり方にはちょっと疑問を持ちました。
本来ならば、パネラーというよりは、大人たちが語り合う話をじっくりとリスナー席で聞いたうえで、自分たちが実際にどう感じたかを話してもらうべきだったようにも思います。
まあでも、定期的にこういう場を持つと市長も約束してくれたので、次はもっと勉強して挑んでくるでしょう。
それでいいと思います。
松阪木綿は、他の伝統工芸と同様に、様々な問題や課題を抱えています。
それでも、松阪木綿における僕の目的は、次の世代に繋ぐことのみなので、こうして直接子どもたちと、松阪木綿のことについて語り合えるということは、今までを考えたら、大きな前進です。
松阪木綿の着物を着せてもらうことは大変いいことですが、21世紀の現代の松阪木綿が存在しない、いわゆる昔のままの松阪木綿しかない状況では、なんだか虚しささえ感じてしまうのです。
彼ら彼女らが、本当に着たいと思える松阪木綿や身につけたいと思えるものを生み出さなければ、この文化はやがて、かなり近い将来に、消えてしまうでしょう。
進化しないものには、衰退の道しかありません。
若い世代が、ユニクロのステテコにしようか、それとも松阪木綿のステテコにしようか、伊勢木綿のステテコもいいな、となるような、そんな未来を必ず実現したいと、本気で思います。
こんにゃく
今日だけは。
今日は、ずっと好きだった女優さんがついに結婚したというニュースを受け、精一杯に祝福したうえで、ひっそりと悲しむために、一旦作業を中断して、寝ます。
火垂るの墓
仕事の資料集めのために、「火垂るの墓」を改めて観た。
子どもにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげることが、親にとってものすごく大きな幸せなんだってことが今ならよくわかる。
母親の家に行くと、今だにびっくりするほどの量のご飯を用意してくれる意味もよくわかる。
おかげいつも、食べ過ぎてしまうけど。
子どもにお腹いっぱいご飯を食べさせてあげることが、親にとってものすごく大きな幸せなんだってことが今ならよくわかる。
母親の家に行くと、今だにびっくりするほどの量のご飯を用意してくれる意味もよくわかる。
おかげいつも、食べ過ぎてしまうけど。
何屋?
四日市ドームの設営をとりあえず他の人にまかせて、今から多気町で講演してきます。
大道具モードから、デザイナーモードへシフトです。
僕がいったい何屋なのか、母親が未だに理解できないのも仕方ないね。
大道具モードから、デザイナーモードへシフトです。
僕がいったい何屋なのか、母親が未だに理解できないのも仕方ないね。
継承
今日も、ある女性記者のかたと、松阪市と松阪木綿について、語り合った。
毎日毎日、どこかで誰かと、自らのプロジェクトについて語り合っているけど、こと松阪市と松阪木綿のことになると、どうしても「怒り」が混じってしまう。
松阪市と松阪木綿は、一体誰へ、そしてどこへ向かおうとしているのか。
僕にはさっぱり、わからない。
「伝承」はもうお腹いっぱい。
「継承」しようよ、もういい加減。
毎日毎日、どこかで誰かと、自らのプロジェクトについて語り合っているけど、こと松阪市と松阪木綿のことになると、どうしても「怒り」が混じってしまう。
松阪市と松阪木綿は、一体誰へ、そしてどこへ向かおうとしているのか。
僕にはさっぱり、わからない。
「伝承」はもうお腹いっぱい。
「継承」しようよ、もういい加減。
祥子さん

昨日は東京出張で三重テラスで打ち合わせ。
その後、現在、武蔵大学の2年生の大前祥子さんに、ミエノコについての取材を受けてきました。
彼女はメディア社会学科に所属していて、フリーペーパーという表現方法について取材をされていて、渋谷パルコに設置してあるミエノコをご覧いただき、内容に共感をしてくれたとのことで、今回の出会いとなりました。
大前さんとは、年の差21歳差にして、夢について大いに語り合い、あっという間に時間が過ぎた、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
将来は、広告業界へ進むとのことで、おそらくは、電通とか博報堂とか、そういうところへ行かれるんだと想像しますが、どこに行っても、心に灯った火が消えないように、現在の熱い想いをずっと胸に持ったままでいてほしいなと思います。
いやあ~、それにしても、「未来を語る」って楽しいな~!
大前さん、ありがとう!
お互いにがんばりましょう!
これからもずっと、ミエノコという冊子が、いろんな人の心に火を灯す存在で在り続けられるように、がんばります!
母の口癖
20代の時に東京へ出た。
地元を出るその日、駅まで見送りに来てくれた母はずっと泣いていた。
離れてほしくないと、最後の最後まで言い続けてた。
帰省するたびに、母はとても喜んでくれた。
毎回、僕が好きなものを食べきれないほど用意してくれた。
東京へ戻るときはまた、決まっていつも泣いていた。
母の口癖は、「もうこっちへ帰ってきたら?」。
東京にいた16年の間、ずっと言い続けてた。
昨年、三重に戻ると告げたとき、母はとても喜んでくれた。
ずいぶんと長く、待たせてしまったな。
これからはもう、見送りで母を泣かせることも、遠く離れて暮らすこともない。
母に親孝行ができるとしたら、授けてくれたこの人生を楽しむこと。
生まれてきて本当に良かったと、心から思えるくらいに。
産んでくれて、本当にありがとうって、言えるくらいに。
僕は今、人生を最高に楽しんでいる。
大好きな母がくれた、この人生を。
長生きしてね、おかん。
地元を出るその日、駅まで見送りに来てくれた母はずっと泣いていた。
離れてほしくないと、最後の最後まで言い続けてた。
帰省するたびに、母はとても喜んでくれた。
毎回、僕が好きなものを食べきれないほど用意してくれた。
東京へ戻るときはまた、決まっていつも泣いていた。
母の口癖は、「もうこっちへ帰ってきたら?」。
東京にいた16年の間、ずっと言い続けてた。
昨年、三重に戻ると告げたとき、母はとても喜んでくれた。
ずいぶんと長く、待たせてしまったな。
これからはもう、見送りで母を泣かせることも、遠く離れて暮らすこともない。
母に親孝行ができるとしたら、授けてくれたこの人生を楽しむこと。
生まれてきて本当に良かったと、心から思えるくらいに。
産んでくれて、本当にありがとうって、言えるくらいに。
僕は今、人生を最高に楽しんでいる。
大好きな母がくれた、この人生を。
長生きしてね、おかん。
松阪高校生と。

先日、松阪高校の寺村先生から、うちの生徒で、伝統工芸に興味を持っている子達がいるので、話しを聞いてあげていただけませんか、というお電話をいただき、昨日、子供たちとのミーティングに行ってきました。
現在、松阪高校の2年生である、中川君と上野君から、「伝統工芸を現代に活かしていくにはどうすればいいですか?」や「伝統工芸をビジネスに繋げていくにはどうすればいいですか?」という質問を受け、僕なりの意見をお話させていただきました。
他にも、鋭い質問があったり、全く関係のない話しもあったりで、あっという間に2時間ほど経過して、次の約束にギリギリ間に合うくらいまで、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。
その前日は、津市のロータリークラブで講演させていただいたので、1日でかなりの年齢差がありますが(笑)、若い世代のまぶしいくらいのキラキラした目を見ると、思わず嬉しくて力が入ってしまいます(笑)。
あの子たちの目を見ていると、三重県もまだまだ希望が持てるなあと感じました。
これから色々と課題や難関もあるでしょうけど、飛び越えるべきハードルと、避けるべき壁をきちんと見極めながら、道の先の光にたどり着いてほしいと思います。
まあ、僕と違って、彼らには「学」がありますから、遠回りだらけの僕のようにはならないでしょうけど(笑)。
こういう子供たちのサポートを、これからもどんどんとしていきたいと強く思いました。
そういう機会を作ってくれた寺村先生に心から感謝致します。
いい生徒の存在には、必ず、いい先生の存在があります。
きっと、寺村先生との出会いがあってこその、彼らの「キラキラ」なんだと思います。
こんな言葉もあります。
平凡な教師は、言って聞かせる。
良い教師は、説明する。
優秀な教師は、やってみせる。
偉大な教師は、子どもの心に火をつける。
僕にも、心に火をつけてくれる、そんな「ミスターチャッカマン」な先生の存在がありました。
教育の世界も、半沢直樹ばりに、ぐちゃぐちゃした世界でしょうけど、寺村先生にも、負けずに生徒達の心に火をつける「ミスター・チャッカマン」でいてほしいと思います。
そして僕も、子供たちの心に火をつける活動を、これからも全力で続けていきたいと思います。
ファイヤ~!
二匹のオオカミ
ある日、一人の老人が、孫たちを集めて、人生について、こう語った。
「よいかな、人間の心なかには、オオカミが二匹、すみついている。その2匹のオオカミが、わしの中でも、常に悲惨な戦いを繰り広げている。
一匹は、悪いオオカミだ。それは、恐れであり、怒りであり、ねたみであり、嘆きであり、後悔であり、強欲であり、ごう慢であり、自己憐憫であり、あやまちであり、敵意であり、劣等感であり、嘘であり、うぬぼれであり、自尊心であり、競争心であり、優越感であり、そしてエゴだ。
で、もう一匹の方は、よいオオカミで、それは、よろこびであり、平和であり、愛であり、希望であり、分けあいであり、おだやかさであり、謙遜であり、優しさであり、思いやりであり、慈悲の心であり、友情であり、共感であり、寛大で広い心であり、真理であり、哀れみであり、そして信頼だ。
わしの中でこの二匹のオオカミが絶えず争いあっているように、おまえたちの中でも、同じ闘いが起きているんだ。それはまた、全ての人たちの心の中でも起こっていることなんだぞ。」
孫たちはしばし黙ったまま、その言葉の意味を考えていた。
やがて子供の一人が老人にたずねた。
「で、どちらのオオカミが勝つの?」
老人は答えた。
「それは、おまえがエサを与えるオオカミの方さ。」
「よいかな、人間の心なかには、オオカミが二匹、すみついている。その2匹のオオカミが、わしの中でも、常に悲惨な戦いを繰り広げている。
一匹は、悪いオオカミだ。それは、恐れであり、怒りであり、ねたみであり、嘆きであり、後悔であり、強欲であり、ごう慢であり、自己憐憫であり、あやまちであり、敵意であり、劣等感であり、嘘であり、うぬぼれであり、自尊心であり、競争心であり、優越感であり、そしてエゴだ。
で、もう一匹の方は、よいオオカミで、それは、よろこびであり、平和であり、愛であり、希望であり、分けあいであり、おだやかさであり、謙遜であり、優しさであり、思いやりであり、慈悲の心であり、友情であり、共感であり、寛大で広い心であり、真理であり、哀れみであり、そして信頼だ。
わしの中でこの二匹のオオカミが絶えず争いあっているように、おまえたちの中でも、同じ闘いが起きているんだ。それはまた、全ての人たちの心の中でも起こっていることなんだぞ。」
孫たちはしばし黙ったまま、その言葉の意味を考えていた。
やがて子供の一人が老人にたずねた。
「で、どちらのオオカミが勝つの?」
老人は答えた。
「それは、おまえがエサを与えるオオカミの方さ。」
厄年
銀座手仕事直売所が大盛況のうちに終了し、三重に戻って、どっと疲れが出たのか、不覚にも風邪を引いて寝込んでます。
東京日本橋にオープンした三重テラスには、僕がデザインを担当させて頂いた、伊勢うどんとこんにゃくとお米も販売されています。
どれもめちゃくちゃおいしいので、ぜひお買い求め下さい。
お米は、通常のキロ売りではなく、2合とか3合とかの合売りなのでわかりやすくなってます。
そうそう、伊勢うどんは早速の完売!
ありがたいですね〜。
すでに追加補充してきましたので、お買い求めはお早めに。
あ〜、頭がボーッとする。
節々痛い。
それでなくても腰痛いのに。
厄年って恐ろしい。
東京日本橋にオープンした三重テラスには、僕がデザインを担当させて頂いた、伊勢うどんとこんにゃくとお米も販売されています。
どれもめちゃくちゃおいしいので、ぜひお買い求め下さい。
お米は、通常のキロ売りではなく、2合とか3合とかの合売りなのでわかりやすくなってます。
そうそう、伊勢うどんは早速の完売!
ありがたいですね〜。
すでに追加補充してきましたので、お買い求めはお早めに。
あ〜、頭がボーッとする。
節々痛い。
それでなくても腰痛いのに。
厄年って恐ろしい。






