かっこいい大人
反面教師には次々と出会えるのに、学びたい大人達にはなかなか会えない。
自分の思い通りにならない相手だとわかった途端、全力で潰しにくるじーさん達が本当にうざい。
持ち物が多い人間は失う恐怖から逃れられず、それでも足らない場合は奪いにいく。

まわりのイエスマン達は洗脳できても、王様は裸だと言える若者もいるんだよ。
そういう若者の邪魔をして、いったい何がしたいんだか。

かっこ悪いじーさん達は放っておいて、かっこいい大人に会いに行こう。

かっこいい大人になれるように。
日事記



丸川商店の最初のオリジナル商品は、松阪木綿で装丁した10年日記帳の日事記(ひじき)。
「日々の出来事を記す」という意味でこの名前をつけた。
日付と罫線だけのシンプルな日記帳。
1年が1段。
それが10段あるから10年日記。
日記を書くとき、必ず去年までの日記を目にすることになる。
2006年から試行錯誤を繰り返して、2年後の2008年6月10日にようやく完成。
「あなただけの、10年物語」というコンセプトで販売を開始して、今日で丸6年がたった。

日事記は、僕らにいろんな出会いを引き合わせてくれた。
アメリカから、娘の結婚のお祝いにしたいから購入したいという英文のメールがきたときは対応にあせった。

丸川商店のサイトでご購入していただいた場合は、メッセージカードを無料で作成している。
いろんな人が、いろんな想いをもって、大切な人へ日事記を贈る。

僕らはそれを見るたびに、この日記帳を作って本当によかったと、心から思う。
長年連れ添った奥様へのプレゼント、子どもが生まれた人へのプレゼント、長年待ち望んだ我が子の誕生、結婚式、就職、定年退職、母の日、父の日、などなど、日事記を贈る相手もシーンもそれぞれみんな違うけど、共通しているのは、「あなたのこれからの10年が、幸せな日々でありますように」と、そんな暖かい想いを込めて、日事記を贈られること。
もちろん、自分用にご購入下さる方も、10年後に笑って読み返す日を、心から楽しみにされているはず。

1日の終わりに、今日という日を短い言葉で記録する。
来年の今日、その言葉をどんな場所で、どんな気持ちで読み返すだろう。
今日もきっといろんな人が、いろんな場所で、自分だけの人生の物語を日事記の中で積み重ねているはず。

これからもきっと、ずっと。

そうそう、日記をつけるという行為は、科学的に見ても良いことのようですよ。


▼丸川商店「日事記」のページ
http://www.marukawashoooten.com/hijiki.html
 
▼科学的にも証明された、日記を書き続ける実用的なメリット
http://www.lifehacker.jp/2014/06/140604journal.html
大阪



ハロー大阪。
明日から、阪急うめだ7階にて、丸川商店が参上です!
お近くにお越しの際はお立ち寄りください。
デザイナー丸川竜也の仕事 無事終了



津市のボルボックスで開催した「tatsuya maruakwa archives ~デザイナー丸川竜也の仕事~」も無事に終了。
ご来場いただいた皆さん、本当にありがとうございました。

色々と新たな出会いもあって、楽しい日々でした。
中でも、デザイナー志望の高校3年生の女の子やデザインを専攻している大学生の子達と出会って、色々な話ができたことがすごく良かったと思います。
偉そうなことが言える立場ではありませんが、僕が実際に経験して感じたことや学んだことを少し手渡すことができたのではないかと思います。
彼ら彼女らは、三重県をどんどんかっこよくしていってくれるでしょう。
期待しています。

さて、僕は僕で色々な気づきがあったイベントでした。
あいかわらず時間も予算もない中で、デザイナーとしての自分の現状を考えるいいきっかけになりました。
最近は、ソフトもハードもどちらの仕事もいただいて、それはすごくありがたいことですが、もう少し、プロダクトのデザインにもしっかりと時間を取りたいなあと思っています。

ある方から、今の僕は、僕の潜在能力の4分の1しか出力していない、というお言葉をいただきました。
残りの4分の3をちゃんと出せるように、ここからは100%ではなく、150%でいきます!
薬の飲ませ方
3歳の娘の高熱が数日経っても下がらず病院へ。
ウィルス性のものらしく粉の薬が処方された。

薬を作る技術がこれだけ進歩してるのに、薬の飲ませ方は全然進歩しない。

子どもの薬の飲ませ方、これデザインしないとって感じですよ、世のデザイナーのみなさん。
tatsuya marukawa archives



本日、「tatsuya marukawa archives」、無事に初日を迎えました。
ミエノコ第3号ゲストの伊藤圭祐くんも来てくれました!

さてさて、ふざけているわけでもなく、時代を錯誤しているわけでもなく、自分の顔になんでわざわざ落書きしたのか、そしてダンボールでデコってるのはなぜか、それは全て、今回のテーマでもある「デザインって誰のもの?」に関連した理由があってのことですが、全容は土曜日のトークショーにてお話します!

ぜひお越しください。
大台町長さんと。



先日、三重県多気郡大台町の尾上町長さんと面談させていただきました。
大台町もほかと同様、止まらない人口減少に苦しんでいます。
僕に何ができるかわかりませんが、一緒に盛り上げていければいいなと思っています。
デザインは誰のもの?



津市のボルボックスで開催する僕の個人展が、いよいよ明日からとなりました。
土曜日にはトークショーもやります。

トークのテーマは「デザインは誰のもの?」。
僕が普段思っていること、気にしていること、気になっていることなどをご紹介しながら、来場者のみなさんと一緒に考えてみたいと思います。

ぜひ、会いにきてください。
会期中は、デザイン相談会も開催しています。
人生をかける意味
「本当に自分はこれをしたいのか?」

古い記事だけど、こういう活動を続けている、こういう人のこういう言葉には勇気をもらいます。
他人頼みかよって言われたらそうなんだけど、こんな人でもそう思うんだなあって、そう思う。

この人の活動や経験と僕のそれでは比べ物にならないけど、僕も今、僕なりに色々なことをやっていて、器用貧乏の典型みたいなことも言われて、全部が中途半端じゃねえかと思われたって、本当に自分はこれをしたいのかと自分でも不安になりながら、それでも、今思うことをやっていくしかないんじゃないかって思うんです。

結果がどうであれ、自分が行く道のプロセス。
それを大事にしながら。

望む望まないに関係なく、所詮自分の道を行くのは、自分なんだから。

▼人生をかける意味
https://logmi.jp/business/articles/1955


ところで今日は、大切な人の誕生日。
おめでとう。
ゴリラ化



テーブルに手をつくとき、気がつくとゴリラや猿のような手のつき方になっている。
いよいよ退化しているのか、それとももしかして、進化なのか?

僕はやっぱり、ゴリラが好き。
卒業アルバム



久しぶりに高校の卒業アルバムを引っ張り出してみた。
そこには、当時の彼女のメッセージや、面倒かけっぱなしだった先生からのエールや、ずっと好きだった子からのメッセージや、仲がよかった友達からのメッセージなどなど、懐かしい想い出が書き綴られていた。

やりたい放題させてもらって、中には失敗もあるけど、それ自体にはもう後悔はなくて、今でも後悔してるのは、やっぱり、やらなかったことのほうだ。

人間は、やった後悔より、やらなかった後悔のほうが強く残る、というのは本当にそうだと思う。
最近はとくに強くそう思うようになった気がする。


「おい、おっさん。俺の未来なんやから、ほんま頼むで。」
アルバムの中の僕に、そう言われている気がした。
ごきげんさん
見えてきた、見えてきた。
覚悟を決めたら、見えてきた。

頭痛で頭が割れそうに痛いけど、なんだかやけに、ごきげんモード。

何か僕に頼むなら、ごきげんな今のうちですよ~。
松阪もめんの手織りのストール


丸川商店の商品に、「フアヲ」という松阪もめんの手織りのストールがあります。
フアヲはいろんな縁をつないでくれたストールで、その中でも、特に印象に残っている出逢いがありました。

それは、2010年の銀座手仕事直売所に参加中のこと。
なんとも優しい眼差しでフアヲをご覧いただいていた80歳代と思われるおばあさまから、とても素敵なお言葉をいただきました。

「色使いも風合いも手触りもネーミングも、この商品は全てが完璧。とても美しい。私は最近、108歳の母の長い看病を終えたばかりで、お金をそっちに全部使っちゃったから、残念だけど買うことが出来なくて、でも、この商品を織り上げた方にぜひともお伝えください、心が洗われる想いがするくらい素敵な商品だって。こんな綺麗なものを見させてもらえて、本当にありがとうございます。本当にいいものに出会わせてもらえたわ。」

僕はウルってするくらい、真っ直ぐに心が震えました。
お客様の中には、作り手へのリスペクトがない人もいて、そういう人は商品を「雑」に扱っていかれる方も結構いる中で、このおばあさまは、むしろ僕達よりも、このフアヲを優しく優しく撫でておられた。

僕は想像してみた。
残念ながら亡くなられた108歳のお母様と、娘であるこのおばあさまが、お揃いでこのフアヲを巻いている姿。
おばあさまがお帰りになられた後もしばらく、僕はあったかくて優しい光に包まれたような不思議な感覚のままでいて、そしてハッと思った。
ああ、プレゼントすればよかった、そうだ、このフアヲは、ああいう方にこそお使いいただくべきものなんだ、そういう想いで、このフアヲを作ったんだから。

次の日も、その次の日も、あのおばあさまがもう一度会場に現れてくれないかといつも思いながら店頭に立った。
なんとかもう一度、フアヲに会いにきてくださいって、祈りながら。
でも、それも叶わず、イベントは終わってしまった。

今考えたら、僕の思いつきはなんとも失礼な行為だったかも知れない。
きっとあのおばあさまも、受け取ってはくれなかったことだろう。
生意気で出過ぎた思いつきだったが、それでも、フアヲを作って、これほど良かったと思ったのははじめてだった。
本当にフアヲを作って良かった。

この先、あのおばあさまに再会できるかどうかはわからない。
マスクをされていたので、残念ながらお顔もはっきりとは見れなかった。
もちろん、名前も何もわからない。
でも、僕はこの先、あのおばあさまのために、フアヲを作り続けていこうと思う。
いつかきっと、あのあばあさまに再会して、とびきりのフアヲと、心からのありがとうをお贈りするために。
もちろん、フアヲを待ってくれている方々のために、フアヲを巻いてほしいと僕らが願う方々のために、フアヲ自身が、暖めてあげたいと願う全ての方々のためにも。

名もしらぬ貴女へ、こちらこそ、本当にありがとうございました。
きっときっと、貴女にまた、逢えますように。
僕らはきっときっと、毎年あの場所で、フアヲを持って、再会できる日をお待ちしています。
三重県の桜
今年の三重県の桜も、もうそろそろ最後かなあ。
今年の桜もきれいでした。

そういえば、こんな言葉がありましたね。
「桜は、散ることを知りながら、咲くことを恐れない」
日暮真三氏(コピーライター)

僕たちも、咲くことを恐れずに歩んでいきたいですね。
来年もまた、綺麗な花を咲かせていられますように。
デザイナーらしさ
デザイナーっぽくないですよね、と言われるたびに、デザイナーらしいってどういうの?、と聞き返したくなる。
返ってくる答えはわかってるけど。

俗に言う、デザイナーらしいっていうことより、これからも、自分らしい生き方を通させていただきます。
入園式



今日は娘の入園式。
園長先生やご来賓の方々がみんな口をそろえて「おめでとうございます」と言ってくれるけど、なんだか腑に落ちず、違和感を感じる僕。

いろいろ考えてみた結果、あの違和感は、親の手を少しずつ離れていくことの寂しさが原因だと気づいた。
何がおめでたいんだ、と。

夕方、お迎えにいった時に、走ってくる娘を抱きしめて、もう2度とおまえを離さない!とか言ってしまいそうで怖い・・・。
そうやって娘にうざがられていくんだろうなあ・・・。

何度も言うことだけど、お願いだから、ゆっくり成長してくれ。
何をしないか
何をするか、ではなく、何をしないか、について、もっともっと本気で考えてみます。
必要な人
例えばそこに、長年放棄されて荒れている畑があったとして、ある人は、

「こんなに荒れてしまった土でも、○○という花なら咲かすことができるし、この花なら売れると思うので、○○花を育てましょう。」

と言い、

またある人は、「この畑の立地や大きさは、○○を建てるのにピッタリだし、○○ができたら経済も潤うと思うので、この畑はつぶしてしまって、○○を建てましょう!」

と言う。

どちらも優れたアイデアだし、決して間違ってはいないと思う。

でも、もしかしたら、荒れた畑に別の何かをあてるのではなく、もう一度、丁寧に耕すことからはじめて、土を生き返らせるその行為そのものを、かっこいいイベントに仕立ててみせて、若い人達が、自ら耕したくなるようなそんな仕掛けを作れる人がいたとして、でも、そういう取り組みってかなり地味で、結果が出るのに時間もかかるので、理解はされにくいとは思うけど、そういう人こそが、今の三重県に本当に必要な人かもしれないなと思ったりしてます。

そしてそれこそが、デザインなのでは、とも。
柳宗理
僕がデザインを嫌いにならずに済んだのは、柳宗理さんのおかげです。
この人の存在がなければ、今でも僕がデザインを学ぼうって思えなかったと思います。

迷うといつも、柳宗理さんの本や作品集を眺めます。
柳宗理さんに関しては賛否両論あるようですが、僕にとってはヒーローなのです。
RP WORKS



行ってきました、RP WORKS。
すばらしい!
作る人の感性やセンスや技術によって、輝きは何倍にもなる。
伊勢木綿らしさには全くこだわらず、自分が感じたままを素直に表現した、という涼子ちゃんの言葉の「本当の真意」を、それを見た松阪木綿の関係者の人たちがどれくらい理解できるだろうか。