手作りの学校
おも校(地立おもしろい学校)が開校して1か月以上が経過。
一条校でもオルタナティブでもない、「デザイン教育実践校」という新たな試みの真意をすぐに理解してもらえるわけではないけど、それでも少しずつ、僕らの挑戦と冒険を共に楽しんでくれる人達の輪が生まれてきたように思う。

おも校は今はまだ、まずは打席に立って、バットにボールを当てられるようになろうとしている段階。
でも、よちよち歩きだからこその面白さもたくさんある。

子ども達を見ていると、昨日までできなかったことが今日できるようになったことの喜びを、改めて思い出す。
大人になるにつれ、50も過ぎると、昨日までできていたことが今日はできなくなってしまったことが少しずつ増えていく。

その点、おも校のように、すでに完成された大きなプロジェクトではない分、毎日ひとつずつモノやコトが増えていき、まるで彼女と同棲したての、最初はテーブルもなく段ボールとかをテーブルにして、それがやがてテーブルや食器や家電やカーテンが揃っていって、そのひとつひとつにいちいち二人で喜んで、はしゃいで、ちょっとずつ「暮らし」が積み重なっていくみたいな、あのなんともいえない、ものすごくささやかだけど、ものすごくあったかい小さな幸せの「ぬくもり」に似ているような気がして、なんだかいいなーこういうの、って思う。


今月はいよいよ、食堂のテーブルがキャンプ用の仮のテーブルから、寄付していただいたちゃんとしたダイニングテーブルに変わる。
カーテン作りもそろそろ始まるみたいだし、学科クラスの教室もいよいよ作り始められる。
21日は子ども達主催の、手作りのささやかなクリスマスパーティー!
来月以降は、図書室の本棚や職員室のテーブルも完成するだろう。

ゴミ箱もまだ段ボールで代用してる箇所もあるし、ポストだってまだ穴があいたまま。
ほかにもまだまだ手付かずの箇所がいっぱいあるけど、それらがひとつずつ完成していくたびに、みんなで喜んで、はしゃいで、そんなみんなの笑顔がそこにある限り、おも校はきっと、前へ前へと進んでいける。

手作りの学校。
もう一度、忘れかけていたあの「ぬくもり」に触れられる、大人にとってのおも校は、そういう場所でもあります。
光り輝く影
おも校(地立おもしろい学校)が開校してもうすぐ1ヶ月。
「教育」という底なし沼から、たくさんのことを学ぶ日々。


「自由」は素晴らしい。
でも「自由」っていったいなんだろう?

したくないことはしなくてもいい。
これは本当に自由だろうか?
できなかったことができるようになったうえで、それをするかしないかを選択できることが、本当の自由なんじゃないのかな。

「多様性」は素晴らしい。
でも「多様性」っていったいなんだろう?

多様性に寛容といいつつ、多様性を認めろーとデモ行進する人たちは、果たして多様性に寛容といえるだろうか?
多様性に寛容ではない人たちに対しても寛容になれなければ、それももう、否定と同じ。

フリースクールやオルタナティブスクールに通えば登校とみなす、という国の妥協案が実現しても、数字のマジックで、不登校児の「数」が減ったように見せたいだけ。


なぜ「撮影」が、「光を撮る」ではなく、「影を撮る」と書くのか。
影がなければ、それはただの「真っ白な闇」。
おも校がおもしろいのは、そこにちゃんと、「光り輝く影」があるから。

一条校(国が認めた学校)でもなく、オルタナティブスクールでもないのが、おも校。
大人達にこそ、その違いの本当の意味を知ってほしい。

広告業界の人間だからこそ作った学校の、その役割を。
デザインモンスター


過去、僕のことを「デザインモンスター」と呼んでくれた優しい人がいましたが、僕のような偽物ではなく、世の中には本物のデザインモンスターがうじゃうじゃといて、僕の中では、その中の頂点にキングとして君臨しているのが柳宗理さんであり、他にも世代を問わず、すごい才能たちが世界中でたくさん生まれてきていて、発想力というよりは、実現力の圧倒的な差にうならされている日々です。

僕は昔から、自分が常に一番下(底辺)だと思ってデザインをしてきました。
常に最下位。

それは、下は一切見ず、上だけを見て、上と自分の差をどうすれば縮められるかをいつも考えてきたからで、イメージとしては、地面を蹴り上げ、上へ上へと舞い上がっていくのではなく、僕の場合は、地面ごと上に上がっていく感じ。
なので、どれだけ上に上がれても、常に自分が一番底辺、最下位なのです。

もしかするとネガティブな発想に思われるかも知れませんが、僕としてはこれ以上ないほどにポジティブな感覚。
一番下っ端、一番底辺にいるからこそ、上を目指し続けられる。

よく、ジャンルを問わず一流の人達は、「もっとうまくなりたいと常に思っている」と言いますが、若い頃は、それをかっこつけた発言かと思った時もあったけど、この年齢になると、本当に素直にそう思うもんなんだなというのがよくわかります。
そしてこの発言は、自分を常に一番下だと思うからこその、チョー前向き、チョー上向きな言葉なんだと思うんです。


三重県から本物のデザインモンスターが生まれるその日のために、僕は僕のできる全力で、少しでも道づくりに貢献したい。
そのためにも、もっともっと、デザインがうまくなりたい。
いつまで経っても下手くそな自分をしっかりと受け入れつつ、明日は今日よりも1ミリ進んでいたい。

それはきっと、じいさんになろうが車椅子に乗ろうが寝たきりになろうが、一生続く見果てぬ旅なのだと思います。
成美さん



夜のおも校(写真は体育館)もなかなかのもの。
ただ、夜は誰もいないので、ライトアップする機会は現在皆無(笑)。
なんか夜のイベントでもしようかな。

ところで、先日のおも校の開校式でもそうでしたが、昔から日本では、同じ会社等の身内を紹介する際、たとえ年下であろうと後輩であろうと部下であろうと、上司の苗字に敬称を付けずに呼ぶのが通例です。
「弊社代表、丸川から~」というように。

僕は昔からずっとこれに違和感を感じていて、これはいわばビジネスマナーなので、これをしないと失礼にあたる相手や不快な思いをする人がいるから、失礼のないように、という意味で続けられている慣習なわけですが、これをそうしないと果たして一体、誰が、どんな風に不快なのでしょうか?

実際にたくさんの人に不快な思いをさせてしまうのであれば、ぜひとも続けていくべきことだと思いますが、誰に対して失礼にあたるのかも正直よくわからない。

身内を下げることが美学であった昔の日本のなごりかも知れませんが、例えば、とんねるずのノリさんは、奥さんのことを、どこでも、誰に対しても、「成美さん」って言ってるそうだし、なんかそういうのでいいと思う。

そもそもおも校に、そういう慣習はどうにも似合わないので、今後はひとつずつ、おも校らしい感じでやっていきたいと思います。


そうそう、どなたかの家に、昔ながらの応接セット(ソファーとか椅子とか)、余ってないですか?
もし余ってたら、おも校へ譲ってくださいませ。
よろしくお願いいたします。

明日は長靴履いて「おも山」へ行ってきまーす!
おも校開校



先日、教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」の曽原校が無事に開校。
工事やら掃除やら、みんな忙しいのに時間を作ってご協力いただいた「おもじろーず(おも校応援団)」のメンバーの方々には、言葉にならないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。
そして、ささやかな開校式にもたくさんの方々にお集まりいただき、これまでの苦労がいっぺんに報われる素敵な開校式となりました。

開校式でのノベルティとして、三重県津市美里町のパン屋さん「チクネ」さんに作っていただいたおもじろーパンと、東京時代のアシスタントで一番弟子の千容ちゃんと旦那のツトムくんから開校記念にとプレゼントしてもらったおも校シールをおすそ分け。
なんと、その後「チクネ」さんにて、おもじろーパンが販売開始とな。
このパン、めっちゃ美味しいです!


最初の企画書を作ったのが今年の3月。
メンバーを集め、実際にプロジェクトがスタートしたのが7月。
それからわずか4か月での開校。
正直、ここ数か月は目が回る怒涛の日々でした。

昼間はおも校の作業や打ち合わせや会議、夜中に通常のデザイン業務や制作、新プロジェクトの企画作り、開発メンバーとの共同作業などなど。
体はボロボロ、制作が遅れ、クライアントの皆さんをお待たせしつづけているにも関わらず、思うように制作が進まず、納得がいく企画やアイデアがなかなか出ないことのビックなストレス。
今日もまだ軽い目まいや立ち眩みが続いていますが、まあダマしダマしいけるうちはまだ大丈夫だろうから、なんとかこのまま走り抜けたいと思います。


実際に学校がスタートしてみて、この企画を立ち上げて良かったと心から思う。
責任も大きいし、やることも膨大だし、お金もじゃんじゃん消えていくけど、自分たちで作った小さな学校で、小さな校庭で、小さな畑で、小さな体育館で、それでも元気よく走り回ってる子ども達を見てると、全部の苦労が吹っ飛んで、やっぱり「学校」っていいなあと思った。
一般的な公立校では学校を好きになれなかった子ども達にも、おも校に来てそう感じてもらえる場所になれたらいいな。

とにかくまずは、子ども達、そしてママ達にとって、「普通に息ができる場所」になること。
普通に息ができるまでに、1日でそうなれる子もいれば、1年かかる子もいるだろうけど、そこは本人のペースで大丈夫。

その後は、色々な遊びを通して、デザインの視点と考え方を自由に使いこなし、未来を自分で創っていける、そんな子ども達をゆっくりと育てていきたい。

よく、フリースクールと混同される方もいるけど、おも校は「自由に生きる」というよりは、「不自由をどう活かすか」を遊びの中から見つけていく場所。

今後少しずつ、おも校の子ども達も増え、おもじろーずのメンバーも増え、笑顔を取り戻すママ達も増えていくはず。
そのために、ボロボロの体にムチを入れて全力で取り組んでいきたいと思います。

来週はご好意によりご提供していただいた山、その名も「おも山」へ、子ども達とおもじろーずのメンバー達とで遊びに、そして学びに行ってきます。
体、もつかな・・・。

今のところ、月曜日と水曜日は開校しておりますので、お気軽に遊びにいらしてください。
散歩に行ったり山に行ったりして留守にしてる時もありますけどねー(笑)。


休校日の今日も昼間はおも校の作業でした。
ひと通り作業を終え、ひとり、体育館の壁に書かれたオモジローを見ながら、僕自身、「デザイン」と出会えて本当に良かったと心から思った、そんな日でした。

さあ、今日も夜は制作、制作、制作。
頭痛薬をかっ込んで、いざ!
小さな学校の大きな挑戦



もしかすると色物企画だと思われがちな「デザイン教育実践校 地立おもしろい学校(おも校)」ですが、プロジェクトの内容も参加している人たちもいたって本気のプロジェクトです。

おも校は、「おもしろい(面白い)」の語源のとおり、暗くて長いトンネルや暗闇から抜け出して、困っている子ども達の目の前(面)をパッと明るく(白く)照らせる仕組みづくりと場所づくりの場。

「デザイン教育実践校」と名付けた理由も、それを実現させるためにデザインの視点と考え方をフルに活用するためです。

不登校やひきこもりの問題がいよいよ深刻化する中で、おも校では、セーブ・ザ・チルドレンならぬ、セーブ・ザ・ペアレンツ、特に「ママ」たちの力になることが、子ども達を救う大切な手段だと考えています。

「困っている子ども」の背景には、きっと「困っているママ」がいる。
困っているママたちを救うことができれば、もっとたくさんの子どもたちを救うことができる。

さて、ママたちを苦しめている問題の根源は何か?
それをデザインの視点と考え方で突き止め、解決していきたい。
そして、おも校の企画と並行して、ママたちがおも校でできる仕事をたくさん生み出していけるプロジェクトも同時に進めていきたいと思っています。


そんなおも校ですが、いよいよ開校の日(11月1日)が迫ってきました。
ですが、開き直るしかないほどに、準備が追いついていません(笑)。
さあ、いよいよあなたの出番ですよ!
何のおもてなしも出来ませんが、18日または21日のどちらかで手伝いにいけるよー、という方がもしいらっしゃいましたらご連絡ください。
力仕事もまだまだあるので、男性の方のご参加も大歓迎です。

それと、本やおもちゃや家具や家電などをご寄付いただけるとさらに助かります!
あつかましいお願いばかりですが、何卒よろしくお願い申し上げます。


小さな学校の大きな挑戦。
挑戦の英訳は「Challenge(チャレンジ)」ではなく、現代では「Risk Taking(リスクテイク)」のほうが本来の意味に近い、という記事もありました。
これからも様々なリスクが立ちはだかるでしょうが、恐れずひるまず、子ども達と一緒にがっはっは!と笑い飛ばしながら、素敵な道を創っていきたいと思います。
d desgin travel MIE号





先日無事に発売された「d desgin travel MIE号」にてご紹介していただきました。

しかも、インタビュー記事だけでなく、本の中のあちらこちらで、丸川商店の商品等をたくさん紹介してくださっていて、心から感謝。

そして、インタビューの際に、僕のことなんかより、「擬革紙」や「みのりや」や「おも校」のことを紹介してほしいという、編集の意向を無視したワガママな希望もちゃんと叶えてくれていて、重ねて感謝です。


それにしても、こんなに素敵な観光ガイドは今まで三重県にはありませんでしたね。
あらためて、三重県っていいとこだなあとしみじみ。
まだご覧になられていない方は、D&DEPERTMENT さんのネットショップ、または10月21日からの全国販売にてお買い求めいただけますので、ぜひに。

▼D&DEPERTMENT
https://www.d-department.com/item/D_DESIGN_TRAVEL_MIE.html

本の価値を下げぬよう、これからも精進してまいります。
ありがとうございましたー!
白と黒とグレーと。
今まさに日本中で沸き起こっている「教育を変えよう!」の大きなムーブメント。
それはそれでタイミングだし、良いことだと思いますが、ブームになってしまうことの懸念も多くの人が感じていることだと思います。

果たして、うちの「地立おもしろい学校(おも校)」も含め、10年後も残っているプロジェクトはいくつあるでしょうか。
そしてその中で、本当に教育を変えることができたプロジェクトは生まれるでしょうか。

いくら日本の教育が旧態依然だとしても、それでなければ困る事情や理由や人達や勢力がたくさんいて、その壁はとてつもなく分厚く高い。
だからこそ、目を向けるべきものや変えるべきことや救うべき人や倒すべき相手を間違えると、1塁へ走らないといけないのに全力で3塁に向かって走ることになり、ただの徒労で終わってしまいかねません。

元首相を殺しても、かえって彼(元首相)をヒーローにしてしまうだけ。
見えるところに、ラスボスはいません。
もっと言えば、本当のラスボスは向こう側にいるのではなく、ずっとこっち側にいる。
だから見えないんだけど、そのことに気づいていないことこそが、このラスボスの本当の恐ろしさです。
反対側から見ることができる「デザインの視点」が必要なのは、そのためでもあります。


教育を変えようとするプロジェクトに関わる人たちの多くは、僕のような下衆系ではなく、本当に高い志と優しい心と純粋な想いを持っている人達。
ウソでも嫌味でもなんでもなく、本当に尊敬もするし、あこがれもある。
でも、だからこそ、余計なお世話なんだけど、ちょっと心配でもあります。

例えばあなたなら、結婚相手には、自分によく似た人を選ぶか、自分にはない部分を持っている人を選ぶか、どちらでしょうか。
もちろん、どちらもと答える人が多いと思いますが、何対何かのバランスが大事です。

そして難しいのは、「自分によく似た」と「自分にはない部分」をどのように定義づけるかです。
僕個人としては、好きなものや好みよりも、何に腹が立つか、や、何を許せないか、について共感できることが大事かなと思うし、「自分にはない部分」が何なのか、どういうものなのかの見極めも欠かせません。

恋人の時は、自分によく似た人でないと心地よくないとしても、例えば結婚して子どもが生まれたりすると、「自分によく似た」と「自分にはない部分」がそれぞれ強みでもあり、同時に大きな弊害となる場合も少なくないのではないでしょうか。

教育を変えようとする優しい人達の多くは、かつて自分も同じ境遇だったという人が多いと思いますが、だからこそ出来ることと、だからこそ出来ないことをしっかりと把握する必要があるように感じます。

誤解を恐れずに言えば、「自分によく似た」人達の集団にしかない強さと弱さがあり、ひどい目にあっている子ども達のために大人と戦う子ども、ではなく、大人と戦う大人が必要で、子ども達を逃がしてあげるだけでなく、その元凶の正体をもっと熟知する必要もあるように思うのです。

自分も子どもになってそばに寄り添える「白」と、それを食い物にしようとする元凶を、時には真正面から、時にはあざとく多方面からぶっ倒せる「黒」。
そしてそれを繋ぐ「グレー」の3つがバランスよく揃っているプロジェクトは、きっとずっと残っていける。

おも校でいえば、本校校長の森松さんやその仲間達はまぶしいほどに真っ白で、僕は漆黒の真っ黒(笑)。
「撮光」ではなく「撮影」と言うように、影の黒さが、白をさらに白くする。
このバランスがおも校の強みなんだと思います。
あとは、それが混ざり合ってぼやけてしまわないためのグレーをちゃんと整備して、彼女達がずっと真っ白でいられるように、影である僕の黒さを磨いていけば、10年後のおも校はかなりおもしろいことになっているはずです。


お年頃ゆえ、あっと言う間に1年が過ぎていく今日この頃。
となると10年後もあっと言う間。
ぼやぼやしてる暇はありませんね。

老いも若きも、きばっていきまっしょい!
楽しみながら。
ドールハウス
答えのない時代とは、抽象化の時代とも言える気がして、正しく抽象化できるスキルが今後ますます重要になってくる気がします。
わかりやすさ至上主義時代が少し収まってきた今、カメラのピントを合わすように抽象と具体を自由に行き来できる「デザイン」という道具の重要度も増しているのではないでしょうか。

あいかわらず世の中には、げんなりするような嫌なニュースもたくさんあって、ごくごく個人的には、あんなにも大きな葬式をする意味がさっぱりわからないし、有名なアウトドアメーカーの社長だからってここまで叩かれる必要があるのかと疑問だし、信仰心のない僕には宗教にのめり込む心理も、多額の税金をもらいながら暴露話ばっかりしてる人もそれに群がる人の気持ちも、「無言の抵抗」とやらで花束を投げ捨てる人の存在意義もわからないし、こんな無意味な戦争をする理由など検討もつきません。

でも、これやあれやに、あれやこれやと文句を言ってる人がたくさんいますが、叩かれる方も叩く方も、それもこれも全ての元凶は「教育」。
だからこそ、あれやこれやと文句を言ってしまうほどに嫌なら、全国に数多ある何かしらの教育プロジェクトに参加または投資することをお勧めします。
「教育」がちゃんとデザインされれば、その嫌なことのほとんどが解消されるのではないでしょうか。

人は誰しも、気を抜くとすぐに表面だけで判断してしまう生き物です。
色々なバイアスがかかっているし、自分だけはバイアスに縛られていないというバイアスが一番やっかいだったりします。

僕がやっていることも、僕が言っていることも、僕が届けたいターゲットの人以外の人には耳障りも目障りも心地よくないのかも知れません。
でもそれで目的が果たせるならそれでいいし、それ以上のことが出来るセンスも才能も僕にはありません。

引いてみたり、寄ってみたり、ピントを変えるように抽象と具体を行き来する。
そうすれば見えてくるもの、そうしないと見えてこないこと、そういうものがたくさんあります。
「わからない」とか「知らない」という感情は、あっという間に「怖い」とか「気味悪い」に形を変えますが、そういう時はきっと、具体しか見ていなかったりする時だったりします。
もっと引いてみて森全体を、さらに引いてもっともっと全体を見渡してみれば、あれやこれやと文句を言うよりも、よく似たものをさらに増やすために多額のお金を使うことよりも、他にやることがこんなにもたくさんあるってことにも気がつけるんじゃないかな。
といいつつ、僕もこうやって文句を言ってますが(笑)。


だから、というと誤解されるかも知れませんが、小さな小さな学校を作ってみました。
ドールハウス程度じゃねえかと言われたらその通りで、このドールハウスが今の僕にできる最大級の大きさです。
もちろん、僕よりももっと上手にもっと大きな規模でできる力を持った人はたくさんいるはずですが、まあ、誰もやらないですよね。
でも、やらない善よりやる偽善、悪名は無名に勝る、たとえそれが「ハチドリのひとしずく」だとしても、何もしないよりは少しはマシなんじゃないかと自分では思っています。

この小さな小さな学校プロジェクトを起こしてみて、不登校児を知れば知るほど、彼ら彼女らが敏感に感じ取っている時代の変化と社会との歪みがさらに鮮明に見えるようになってきました。
僕も含め、僕らは大きな大きなミス犯してしまっていたのかも知れません。
彼ら彼女らのおかげで、解決すべきことの目星はついたので、時間はかかるかも知れませんがそれを確かめるために、子ども達と一緒に小さな種を蒔き続けていきたいと思います。


さあ、明日は土曜日ですがおも校に大集合の日。
残暑が少しは和らいでるといいんですが。
おも校のウェブサイト





今年の春ごろから準備を進めてきました、新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校(おも校)」のウェブサイトが公開されましたのでご報告いたします。

まだ準備中の部分も残っておりますが、11月の開校に向けて10月から入学希望者の面談を開始する予定ですので、このタイミングでの公開とさせていただきました。

今年の3月に最初の企画書を作り、そこからのこの半年間はずっと走りっぱなしの日々でしたが、開校の日が見える位置まで来ることができました。
それもこれも、たくさんの方のご協力があってこそですが、誰より、一緒に学校を作ろうぜ!と最初に声をかけた、千恵ちゃん(森松千恵)には、言葉に出来ないほどの感謝の気持ちでいっぱいです。

こんなわけのわからない企画に「おもしろそうですね。やりましょー!」とふたつ返事で快諾してくれて、それからは僕の何倍も動き回ってくれて、頼もしいのとありがたいので、もうすごく愛しい(笑)。

彼女には、おも校の副理事長と本校の校長(おも校の初代校長!)を兼任してもらうんですが、彼女がいる学校はきっと素敵な場所になるだろうなと思います。
そんな彼女に校長を依頼した時、「生きていれば校長先生をやる日も来るんだね」と言ったら、「はい、わたし大出世です!」と笑った笑顔がとても素敵でした。


さあ、小さな学校の大きな冒険と挑戦はまだまだこれから。
きっと色んなことがあるでしょうが、こんなに素敵な仲間達となら必ず乗り越えていける。

ここに通う子ども達にとっても、その親御さん達にとっても、はたまた悩める大人達にとっても、ここに来れば必ず大笑いできる宝物のような場所、そして、お気に入りの普段着のような心地いい場所に育てていきたいと思います。

もうすでに色んな企画を企て中。
続報をお楽しみに!


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school
サングラス日和
そういえば先月だったか先々月だったか、大好きなお笑い芸人の和牛さんが自身のラジオ番組で、リスナーからの、

「目の前の女性の胸元に目線がいきそうなのをグッとこらえて、相手の目を見て話すという頑張りに名前をつけていただきたいです」

という、僕も共感しかないこんなお願いに対して、

「あかんあかん見たらあかん、向こうも絶対わかるから。って思う時に、『ああ、今サングラスかけてたらなぁ』って思うよね。」ということで、最終的には「サングラス日和(びより)」と命名されました。

さすがは和牛さん。
ただ、僕の愛用のサングラスは目線がまるわかりの色の薄いタイプなので、僕は引き続き、グッとこらえて相手の目を見て話していきたいと思います。


三重の空は台風一過の秋晴れです。
さあ、今日もがんばっていきましょー!
Pマーク



駐車場の「P」マークを、知り合いのキッズたちが描いてくれた。

いい感じ。
空に向かってつぶやく日



僕にとって今日と明日は、空に向かってブツブツつぶやく日です。

師匠でもある大切なあの人には、近況報告とちょっとだけ愚痴と言葉に出来ないくらいの感謝を。
そして、大好きな愛犬には、ただただ愛してるよと。

いつかまた逢えるその日まで。
1日1大笑
ネットには、子育てに関する専門家のアドバイスがたくさんある。
中には耳が痛い内容もわりと多くて、

子どもに〇〇って叱ってはいけない
不登校児に言ってはいけない言葉
子どものやる気を引き出す言葉とやる気をなくさせる言葉
反抗期の子どもを激変させる魔法の言葉
あなたの〇〇が子どもももっとダメにする
急ぎなさい!って言ってはいけない10の理由

などなどなど、こういうのを読んで、自信をなくしたってお母さんやお父さんはわりといると思う。

でも、僕が思うに、叱っても怒っても急いでって言ってしまったとしても、その家庭の中に常に笑いと笑顔があるなら問題はないと思う。
なかなか言うとおりにしてくれなくても、何回も同じことを言わせても、急いでって言ってるのに全然急いでくれなくても、だからってそんなに無理してがんばって気負うことはないんじゃないかな。
子どもって基本、そういうもんだと思う。
無責任かも知れないけど、そんなことよりももっと大事なことがあるんじゃないかって思うんです。


僕の家では、朝起きてから夜寝るまで、ご飯の時もお風呂の時も一緒にゲームをする時も、僕や母親に叱られながらも、時には大声で、時には床を転げながら、家族みんなの大笑いと笑顔がいつもそこにある。

二人の娘はどちらも決して優等生とは言えないけど、とても愉快で独創的で、何よりすごく優しい心を持った子に育ってくれた。
それもきっと、生まれた時からそこに笑いと笑顔が充満してたからだと思う。

1日1回でも、涙を流して床を転げながら笑う時間が普通にあれば、もうそれだけでエブリシング大丈夫。
だからきっと親の大事な役目って、1日1回は子ども達を大笑いさせること、なんじゃないかと思う。

新しく立ち上げた教育プロジェクトでも、ここへ来れば必ず1回は大笑いできる、そんな場所にしたいなと思う。
おもしろい学校をつくろう!



「おもしろい学校をつくろう!」を合言葉に立ち上げた新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」。
「教育をデザインする」というコンセプトで企画を作りましたが、それっとどういうこと?ってお思いの方も多いことでしょう。


ところで、どんなに賢い人でもお金持ちでも、生きていれば何かしらの問題やトラブルに出くわします。
対処法は大きくわけて、がんばって乗り越えるか、スルーするか、の2択。

ただ、がんばって乗り越える派の人達の中には、自分の考えを押し付けたがる人もいます。
それが有効なシーンもありますが、精神論や根性論が苦手な人には敬遠されがちです。

反対に、死ぬくらいなら逃げればいい、ダメな自分だとしても気にせずいこー!、見たくないものは見なくていい、聞きたくないことは聞かなくていい、というのがスルー派だとして、この考え方に救われた人もたくさんいるはずです。

ただいつも思うのは、なぜにいつも両極端に分かれていくのかなってこと。
白か黒か、右か左か、上か下か、勝つか負けるか、向かうか逃げるか、生きるか死ぬか。
もちろん全員とは言いませんが、わりと多いんじゃないかと僕は思っています。

だから提案。

乗り越えるか、スルーするか、デザインするか。

つまり、乗り越える方法が有効な場合はそれを、スルーしたほうが有効な場合はスルーする。
両方を混ぜ合わせたほうが有効な場合はバランスを見てうまく和えていく。

でも、それをどう判断するの?という疑問もわきます。
どう判断して、どう活用して、次にどうつなげていくか。
それを手助けしてくれるのが、デザインの手法です。

「A」という行為があって、それは「B」という本当の目的があるうえでの手段としての「A」だとします。
でも、世の中には「A」そのものが目的になってしまう人がたくさんいます。
「B」という本来の目的があるのであれば、「A」でなくても「C」という方法でもいいはずなのに。

例えば「あいさつ」はどうでしょう。
あいさつは大切です。
それは間違いない。
でも「あいさつ」の真の目的を忘れて、とにかく角度や姿勢や声の大きさや表情ばかりをとやかく言う人がいます。
それが苦手な人はあいさつをしなくなる。
あいさつ自体が苦手になる。
でも、本来の目的を果たすことが最も大切であるならば、必ずしも大きな声である必要もきっちり45度である必要もありません。

モノゴトの本質である「B」を正しく見つけ出し、それをお互いが共有する。
両者のどちらかにガマンを強いるのではなく、どちらにとってもハッピーなアイデアを見つける。
そうやって新たな解としての「C」や「D」を生み出していく。
それを可能にしてくれるのが「デザイン」だと思います。

さっぱりわからん!とお叱りを受けそうですが、そういう「デザインの手法」を最大限に活用して教育や学校や学ぶということそのものをデザインしていく、それが10月の開校を目指している「地立おもしろい学校」という取り組みです。


いくら小さいプロジェクトとはいえ、企画の特性上、実際の運営には色々と大変なことがあります。
でもありがたいことに、「プロジェクトに参加したい!」や「入学したい!」という声をたくさんいただいているので、まあなんとかなるか、と楽観的に考えています。(やけくそではありません)

そもそも「地立おもしろい学校」って何なんだ?
何をする場所なのか?
どうやって運営していくのか?

開校までに決めなければいけないことがありまくってて、現在も絶賛バタバタもがき中。
それでも、僕らの取り組みを多くの方に知っていただき、日本中で僕らを待っててくれているだろうたくさんの人へ届けていきたいので、夏バテってる暇もなく、このまま脳みそフル回転で走ります!


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school


さあ、おもしろい学校を、つくるどー!
おもじろー







不安定な天気が続いておりますが、皆様お変わりなくお過ごしでしょうか。

さて、現在準備を進めております新しい教育プロジェクト「地立おもしろい学校」のエンブレム(校章)が決定いたしましたのでご報告させていただきます。

1)「OMOSHIROI(おもしろい)」の「O(オー)」の形(綺麗な丸じゃなくても構わない)
2)驚いた時の口の形(気づきや感動の前にはいつも驚きがある)
3)トンネルの向こうに見える光(暗闇から抜け出そう!)
4)明るい場所に出た時の小さくなった瞳孔(最初はまぶしいけどゆっくり慣れていけばいい)
5)井の中のカエルが見上げる小さな空(あの空へ飛び出そう!)
6)丸い形はどんな形にも変形できる(何者にだってなれるし、ならなくてもいい)
7)丸い形には行き止まりがない(ワクワクするほうへ歩いていこう!)
8)ドーナツみたいで美味しそう(美味しいは正義!)

などの意味がこもったエンブレムです。
ちなみに名前は「おもじろー」と申します。
国籍も性別もありません。
たぶん、いい奴だと思います。
以降、お見知りおきくださいますよう、何卒よろしくお願いいたします。


「おもしろい(面白い)」の語源は、暗闇を抜けて目の前(面)がパッと明るく(白い)なること。だからこそ「地立おもしろい学校」には、「ラボ」と「学校(本校と分校)」の2つの顔があります。
「ラボ」は、様々な分野のクリエイター達と一緒に、勉強や学びをどうすればもっと「おもしろく」できるかを研究し、開発するラボラトリーです。
「学校(本校と分校)」は、ラボが考えたアイデアやツールの実践と検証を行う場所であり、既存の学校の代わりとなる代替教育の場でもあります。
さらに、既存の小中高と連携し、協力し合い、ラボのアイデアやツールを実際に小中高の授業でも使用していただけるように準備していきたいと思っています。

「地立おもしろい学校」は、大人も子どももどちらでも入学できる学校として、地域とクリエイティブとみんなの力を合わせ、「学び」をデザインし直し、学ぶことのおもしろさに出会える場所でありたいと思っています。
今秋の開校を目指して、まだまだやることが山積みですが、仲間と共に歩む道は楽しさが勝ります。
とりあえず理事長(僕です)と副理事長と本校の校長先生だけは決定しましたが、それでもまだまだ人手も設備もあれもこれも、まるで足りていません。
もしもご興味のある方がいらっしゃましたら、おもじろー手拭いや、おもじろーTシャツを無理やり着させられる可能性がないとは言い切れませんが、どうか恥ずかしがらずにご参加ください。


▼地立おもしろい学校
https://omoshiroi.school


僕らが来ることを、きっとどこかで誰かが待っててくれている。
そう信じて、一歩一歩です。
おも校ミーティング



昨日、新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」の第ゼロ回となる最初のミーティングを、19歳~67歳の参加者6名(うち1名はZOOMで参加)にて開催しました。

年齢もバックグラウンドも違うバラエティに富んだメンバーにて、「誰とどう作るか?」の前に、もっとも大切な問いである、「なぜ作るのか?」について意見を交わし、改めて「地立おもしろい学校」の必要性を参加者全員で共有することができました。
他にも、既存の学校やオルタナティブ教育と何が違うのか、何が新しい取り組みなのか、目指すべきゴールはどこか、などを話し合い、全会一致でプロジェクトの始動が決定!
いよいよ本格的に動き出していきます!

次回の全体ミーティングは8月。
この時はさらに参加者を増やし、運営体制、役割分担、資金集め、生徒の募集方法など、より具体的な内容について協議していく予定ですので、教育関係者、各種クリエイター、他にも多彩なジャンルの方々に、賛同&参加していただけたら嬉しいなと思っています。

現在、「地立おもしろい学校」とは何なのかをご理解いただくためのウェブサイトを制作中です。
サイト内でも、企画に賛同し、参加していただけるメンバーさんを募集してまいりますので、そちらも何卒よろしくお願いいたします。
家訓



ニンテンドースイッチのコントローラーは割と壊れる。
修理に出したり買い替えたりすると結構な出費になるので、我が家では修理キットを使って毎回自分で修理しています。

職人だった父親の口癖は、無い物は作れ、足りないものは工夫しろ、でした。
その言葉をずっと守って生きてきたので、まずは自分で直してみる。
どうしてもダメなら修理に出す。

そしてこの家訓は、いずれ娘たちへと引き継いでいく。
の予定でしたが、自分でやってみる?と聞いたら、自分で壊したくせに、めんどーとかいいやがる。


父上、残念ながらこの家訓は、僕の代で終わりそうです。
DESIGNED BY CHILDREN 2022



2015年から三重県の勢和小学校(多気町)で毎年実施してきました、小学6年生を対象にしたデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の今年の日程も全て無事に終了!

記録のための写真やビデオを見返して毎年思うことは、いくら何でもいよいよ痩せなきゃなってことと、50代のごっついおっさんじゃなく30代のヤングなイケメンデザイナーがやるべきだなってことと、個性豊かな子ども達の変化。

自分の小学6年生の頃と今を比べること自体がナンセンスかも知れないけど、今の子ども達のすごい所は、ゲームに慣れ親しんでるからか、「理論」への理解がちゃんとあって、飲み込みがすごく早いこと。
でもその反面、無い物を生み出す想像力に関しては、昔の子どものほうが豊かだったようにも思う。

とにかく、「今」や「時代」とこうして触れ合える機会を与えてもらえてることに感謝したい。
この活動がもっともっと広がっていくようにがんばらないとな。

来年はカリキュラムを思い切って変えてみようと思う。
そして、僕の後を引き継いでくれる若手を育てよう。
誰か、立候補してくれる若者はいねーか?


勢和小学校の皆さん、今年もありがとうございましたー!
安心感
今日も暑い中、3件の打ち合わせ。
うちひとつは、クリエイティブディレクターとして全体の総括を担当する新事業のキックオフミーティングでした。

新事業のチームリーダーは25歳の若き女性起業家。
こういう時、僕が彼女たちに与えてあげるべきことは、これまでの知識量と経験値以上に、何よりも「安心感」だと思う。

このおっちゃんがいれば何とかなる。
何があっても、最後にはこのおっちゃんが何とかしてくれる。
そういう安心感を彼女たちに持ってもらうことが何よりも大事。


最後はおっちゃんが何とかするから、自分たちが信じる道をおもいっきり突き進んでほしい。