地球



次女(5歳)が描いた、地球。

なんだかグッときたので、スキャンして永久保存。
呼子



ふらりと初めて立ち寄った焼肉屋さんの味も接客もすごく良かった件。
このお店、かなりオススメです。
漫画



1984年11月11日、第2刷発行。

あの時代、健康な男の子が小学校6年生にもなれば、自分で単行本を作ったりするものです。
それが例え、「〇〇の拳」のもろ過ぎるへったクソな模倣だとしても、デザインだって音楽だって、創造性は、まず真似ることから始まるものなのさ。

それにしても、顔の表情を描くのは難しいのと、せめてまんま「〇〇の拳」になってしまわぬようにと、主人公をマスクマンにしたのは、まあ、我ながらいいアイデアだ(笑)。
若き職人たちと。



昨日、伊勢型紙の那須さんと、伊賀組紐の松島くんと共に、伊勢新聞社の取材を受けました。
昔から職人への憧れと尊敬を抱いていた僕にとって、次世代を担っていく若き2人の職人との対談は刺激になりました。

とかくメディアは、「非効率だろうと手作業にこだわる職人魂」とか言って、職人をアーティスト扱いしたがるわけですが、彼ら彼女らはあくまでも職人であって、黙々と、淡々と、職人という生き方を積み重ねているだけ。
非効率とか効率とか以前に、機械には出来ないから、手作業でしか出来ないから、だからただ、そうしているだけの話。
現場をよく知らないまま上辺だけをすくって、いかにもな物語に仕立て上げるのは、職人達に失礼だし、困らせるだけだと思う。

彼らはアーティストでも、ナルシストでもない。
だからこそ価値があり、だからこそ、かっこいいのです。

これからの時代、多くの人が、伝統工芸は消えていく運命だと言うけれど、僕はそうは思わない。
今の時代のニュータイプな若者達は、すぐにゴミになる偽物よりも、ずっと長く使える本物を求めてる。
ただし、若者がひょいと変えるような値段じゃないから手が出せないだけ。
ならば、伝統工芸側の工夫とアイデアで、何とかするしかない。
サブスクやシェアリングの仕組みを採用してみるとか、思い切って「お試し期間」を設けて、試してから買える仕組みにしてみるとか、まだまだ方法はあると思う。

鉛筆の基本的な形は、それが誕生してから今までの間、ほとんど変わっていません。
それは、使い手である人間の手の形が、ほとんど変わっていないから。
反対に、人間の生活スタイルは、時代と共にどんどんと変わってきました。
であれば、そこに関係するプロダクトもまた、変わっていく必要があるのではないかと思う。

変えるべき所は変える。
変えない所は変えない。
もう一度、その原点の意味に立ち返ろう。
未来は自分で創れる



その昔、友人と飲食店を立ち上げた。
客足は順調だったし、売上も伸びてたけど、僕は、ある問題を重要視して、オープンから5ヶ月目に、店を閉めることを提案した。
彼は首を振らず、その後も何回も話し合いをしたけど、彼の意見を尊重して、営業を続けることにした。

でも結局、オープンから9ヶ月目に、店を閉めた。
借金だけが残り、それ以外にも色々なものを失ったけど、不思議と今は、少しも後悔していない。
店を閉めたことも、店を始めたことも、全部。


高校野球で、佐々木投手を登板させなかった監督がめちゃくちゃ叩かれてる。
弱った者をここぞとばかりに叩きまくって気を晴らしてるクソ野郎共には心底吐き気がするけど、今回の監督の決断が正しかったかどうかなんて、今の時点では誰にもわからない。

店を閉めるかどうかでさえ、毎日のように悩んだのに、溢れんばかりの可能性を秘めた少年の、これからの人生を左右しかねない決断なんて、気が狂いそうになる。

ゲームを続けるのか降りるのか、タオルを投げるのか投げないのか、その判断はとてつなく難しいし、それを判断しなければいけない立場の底なしの苦しみは計り知れない。
この監督は、とても勇気がある人だと思う。
でも、だからといって、正しいかどうかは、判断できない。
今回の件が、正しかったのかどうかは、その後の佐々木投手の生き方によって決まる。

人生は、挑戦と選択の積み重ねで出来ていて、過去の意味は、未来の在り方で変わるんだ。
これで腐ってしまったら、それは間違っていたってことかも知れないし、今回のことを糧にして更に飛躍していけば、正解だったといえる。


未来は自分で創れる。
デザインはそのためにある。
何をしないか
それがどんな業界であれ、僕が尊敬するトップランナー達はみな、「何をするか」よりも、「何をしないか」の明確な意思があり、ぶれてない。
柳宗理や三宅一生がしないこと、坂本龍一や山下達郎がしないこと、明石家さんまや松本人志がしないこと、中井貴一や樹木希林がしないこと、三浦知良やイチローがしないこと、などなど。

人の「質」を計るとき、その人がどんなコミュニティに属しているか、その人のまわりにどんな人達が多くいるか、そういうことも判断材料になり得る。
特に、奥さんであれ、恋人であれ、パートナーであれ、一番近くにいる人がどんな人であるかは、その人の属性をはっきりと示していると思う。

もしもあなたが、自分の「質」をより良くしたいと思うなら、自分がどうありたいか、どんな自分になりたいか、まずはそのビジョンを明確に持つこと。
その上で、それを叶えるためにはやっぱり、「そういう人達」といる時間をより多く持つことが大切だと思う。
最初は不釣り合いでも、場違いでも構わない。
やがてその環境が、僕やあなたの「質」を育てる。

尊敬する人や目標とする人が「しないこと」を、まずは真似て、自分も「しない」。
そのあとで、なぜ「しない」のかの理由と本質を徹底的に考える。
理由なんて、あとから考えればいい。

服装や持ち物ではなく、人やメディアの評価でもない。
かっこいいとチヤホヤされてる人よりも、その人をチヤホヤしてる側の人の「質」をよく見ること。
キレイな言葉に騙されず、常に本質を見抜ける人になるためには、「何をしないか」の観察がとても大切なんじゃないだろうか。
深夜高速



22年前の1997年6月19日、生まれ故郷の三重県から東京へ引っ越した。
現在の奥さんと友人2人の4人で、トラックとバンを借りて自分達で荷物を運んだ。

フラワーカンパニーズの「深夜高速」はまだリリースされてなかったけど、あの歌みたいに、荷物と一緒に、たくさんの希望とたくさんの不安を荷台に積んで、東名を走った。
その時に借りたアパートはもうないけど、楽しいことも辛いことも、お腹一杯に味わった。

東名を走るトラックの中の僕らは、間違いなくキラキラしていて、でもあの頃の僕らには、今の自分を想像することはできなかったな。
思っていた道のりとは少し違うけど、まあ、良しとしよう。

あの頃の自分にとっては、それが人生最大の挑戦だったと思う。
だいぶ歳をとったけど、あの頃の自分に負けないように、がっかりされないように、これからも、ずっと挑み続けよう。
茶道
何気なくふと、デザイナーが茶道から学べることについて考えてみた。

きっと茶道は「五感」で味わうもの。
その中でも特に、耳で味わうもの、ではないだろうかと、ど素人ながらに思う。

デザイナーである僕らは、さもわかったかのように「五感」を語りがちだけど、茶道のそれに比べたら、それこそ浅い。
茶道にはいくつもの所作があり、そのひとつひとつの意味を考えるのではなく、無心でひたすらにそれを繰り返していったその先で、ようやく、その意味に出会える「己」を持つことができる。

ど素人の僕なんぞが見たら、美しいというよりも、あまりにも多い「無駄な動き」に目がいってしまう。
その無駄なほどの美しさにこだわり続けること、そしてそれを徹底的にカラダに染みこませること、その「己」になるために必要なのが、苦行とも思えるあの無数の所作なのか。

だからたぶん、「無数の(無駄に見える)所作がある」ということがとても大切なことで、アーティストではない僕らデザイナーには、表現よりもまずは精神的にも肉体的にも「己」を持つこと、が必要なのではないのかな、と。

どこぞのクリエイティブ・ディレクターしかり、馴染みのない横文字を使って、自分に酔う姿は、滑稽以外の何者でもない。
デザイナーの使命は、茶道の達人になることではないけれど、本質を見抜く、という目的においては、共通項がないわけじゃない。

利休さんには見えていたもの、聞こえていた音。
アタマで考えずに、身を委ね、溶ける。
意味がわかるのは、ずっとずっと、その先のこと。
アタマではなく、体がひとりでに、動く。
そうやって、本質へと導いてくれる。
きっと茶道とは、それを教えてくれる「道」なのかなあと思う。
カルチャー



対向する何台かの車から、「この先でねずみ捕りやってるよ。気をつけてね。」という意味のパッシング(ライトをチカチカ)の合図。

いいか悪いかは別として、こういうカルチャーは好きです。
ブランド



商品名を書かなくても、それが何であるかがすぐわかる商品というものがあります。
ブランドとは、たくさんの時間を経て、確かな信頼を積み上げてきたものだけに与えられる称号なのです。
では、テクニカルな視点から見て、それらの意匠に関する共通点や方式みたいなものはあるのでしょうか?
もちろん、シンプルにすればいい、シンプルが大事、とかいう単純な話では決してありません。
では、どうすれば?

僕が主宰するデザインスクールでは、そんなことをノンデザイナーさんにもお伝えしています。
何か怪しいもの



アートではありません。
打ち合わせ時のメモです。

何か怪しいものを製造するつもりではありませんのでご心配なく。
癒やしの習慣化



何かとストレスを抱えざるえない現代社会を生きている僕らですが、だからこそ、自分で自分を癒やしてあげる時間や方法を持つことが大切です。
晴れた日にはウォーキングを、雨の日には好きな本や映画を観て、よく笑い、よく泣き、よく食べて、夜はゆっくりとお風呂に入り、睡眠をしっかりとる。
簡単なことのはずなのに、それもままならないほどの忙しい人生を走り続けていれば、ココロとカラダも、誰だっていつかは壊れてしまう。
そんな時は、何かをきっかけに「癒やしの習慣化」を取り入れてみることが大事です。

三重県伊勢市で、大人気のリラクゼーションサロンを運営する「リバル伊勢」さんは、日頃の疲れでこわばったココロとカラダを、どうすればほぐし、癒やすことができるかを知り尽くしているプロ。
カラダの疲れがなくなると、ココロまで風船みたいに軽くなります。

そんなリバル伊勢さんが、これまでサロンでしか味わえなかった癒やしの時間を、家庭でも堪能していただきたいという想いで立ち上げた新しいブランドが「LIBAL(リバル)」で、僕は「LIBAL」というネーミングの考案とロゴのデザイン、そして、現在開発中の、三重県産の天然素材をふんだんに使用した「ボディ・クリーム」と「バス・エッセンス(入浴剤)」のパッケージデザインも担当させていただきました。

容器の素材や全体の予算などの制約の中でのデザインは簡単ではありませんでしたが、実際に何度もお風呂で体験させていただけたことは嬉しい産物でした(笑)。
その実体験の中で気づいたことですが、手元にバス・エッセンスがあれば、そこに「意識」が生まれ、それが「行動」へとつながります。
これはデザインの活動においても同じことが言えますが、何かを「習慣化」してやるには、手元に「それ」があることがすごく有効でした。
この「癒やしの習慣化」は、皆さんにもお勧めします。

そして、何度も体験させてもらったバス・エッセンスの商品化を目指して、本日より、クラウドファンディングがスタートしましたので、ぜひとも皆さんのご支援をお願い致します!


▼詳しくは下記のサイトをご覧ください!
https://www.makuake.com/project/libal_ise/


カラダの疲れがとれて、ココロが軽くなると、人は自然と優しくなるそうです。
誰にだって、悲しい出来事はあるし、時間を戻したいと思うこともあります。
目を背けたくなるような事件や事故が相次いでいますが、もっと自然に、もっと優しく毎日を生きていけたら、と、そんなことを願いながら、溜まりまくっている仕事からちょっとだけ目を背けて(クライアントさん、ごめんなさい)、今夜もゆっくりとお風呂に入りたいと思います。
墓参り



今日は、中学の時の同級生の命日が近いので、毎年恒例の墓参り。

彼女は、素敵な旦那様と出会って結婚した数年後、念願だった妊娠と同時にガンが見つかり、お腹の子のために抗がん剤を拒否して、なんとか無事に出産した直後、生まれたばかりの息子をその胸に抱くこともなく、天国へと旅立ってしまいました。

中学時代、陸上部のマネージャーだった彼女は、気立てがよくて、分け隔てなく誰にも優しくて、笑顔がとっても素敵な、みんなに愛された女性でした。


まだ誰も君のことを忘れてないし、俺もずっと忘れることはない。
君が命をかけて産んだ最愛の息子も、今年で20歳になりますね。
無念だったのか、それとも、無事に産めたことだけで満足だったのか。
いつかまた会えたら、教えてね。
速読は禁物



デザイナーとしての僕的には、「速読」は禁物だと思っています。
それが小説であれ、ビジネス本であれ、漫画であれ、写真集であれ、装丁のデザインや紙質から、ひとつひとつの文字や言葉のリズムから、行間や余白や句読点から、作者が感じていたであろう手触りや匂いや息づかいや情景などを丁寧に思い浮かべながら、でも最後は僕の自分勝手な解釈で、しっとりと、じっくりと、味わいます。

あくまでも面白い本であったなら、と思われがちですが、そこはあまり関係がなく、何らかの興味を持って手にとった本なのであれば、結果的に面白くてもそうじゃなくても、「本を味わう」という、いつもの僕のスタイルで迎え入れるだけ。
それに、面白かったー!と感動できる本なんて、そうそうあるものじゃないし。

さあ、今回の本はどうでしょうか。

というわけで、今夜は作業をやめて、読書にふけります。
2019.06.05 06:33 | Permanent Link | 日記・デザイン
それが、デザインだろう。



デザインの本で、その輪郭を知り、デザイン以外の本で、その本質に触れる。
モノゴトの本質に出会うための鍵は、いつだって、その外にある。


愛とは何かを学ぶなら、聖書を捨てて、ブルーハーツを聴くといい。
ロックの本質を知りたければ、シャツに着替えて、クラシックのコンサートに行くといい。

それが、デザインだろう。
人生は風船のよう



伊勢市でリラクゼーションサロンを運営されているリバル伊勢さんが立ち上げた新ブランドのブランド名の考案とロゴマークのデザインを担当させていただきました。
結果的に、その名前が「リバル伊勢」という会社名にもなりました!

オーナーご夫妻から、「一人でも多くの方の1日がんばった疲れをほぐしてあげたい」という、僕の汚れきった心を反省させられるようなあったかい想いを受け、真っ先に僕の中に浮かんだのは「風船」のイメージ。

僕個人の勝手な解釈ですが、鳥の羽根はひらひらと「落ちてくる」イメージがあるけど、風船はふわふわと「浮かんでいく」イメージがあって、サロンを出る時には、まるで風船になったような、身も心も軽~くなってもらいたいなあと考え、いつものごとく、まずはイメージを膨らませる恒例の文章作りからスタート。

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人生は風船のようです。
時々は、縛る紐から手を離し、
高く、自由に、ふわふわと舞う時間が必要です。
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という文章を書き、そこから、「人生は風船のよう=Life is like a balloon」となり、「Life」と「Like」の「LI」と「Balloon」を合わせて「LIBAL(リバル)」。
ロゴマークも、風船がふわふわと舞い上がっていく、その残像のイメージです。


この新ブランド「リバル」から、三重県産の天然素材をふんだんに使ったボディ・クリームとバス・エッセンスが新登場します。
これまではサロンでしか体験できなかった極上の癒やしが、これからはご自宅でも体験できるわけです。
僕も自宅のお風呂でバス・エッセンスを体験してみましたが、潤い肌が続く続く!
次の日までしっとりしてました。

もちろん、それぞれのパッケージのデザインも担当させていただきました。
さらに、バス・エッセンスは近々クラウドファンディングに挑戦の予定。
詳細は追ってご案内させていただきまーす!
挑戦と選択の積み重ね



先日の松本人志さんのツイートですが、まさにその通りだと思います。
禅の修行ならまだしも、子どもではない社会人にとって、「ルーティーン」だけを繰り返しても成長できません。

デザイナーにも同じことが言えて、出来ることをいくら繰り返しても、それ以上の成長率は微々たるもの。
自分より強い奴に挑むことが美学だった昭和男としては、自分がまだ出来ないことに挑むことで、何度も転ぶし、激しく傷ついたとして、それでしか自分の成長を確かなものに出来ないのではないか、と思うわけです。

そういう機会がない、と情けないことをいうデザイナーもいますが、ないなら作る、が基本です。
僕には、慕っているデザイナーはいても、これといった師匠という存在がいません。
師匠がいれば、もっともっと早く成長できたのだろうと思います。
まして、美大も芸大もデザイン事務所に勤めたこともない僕には、自分でトライ&エラーを繰り返すことでしか、学びの機会はありませんでした。

ミエノコというフリーマガジンを作る時も、どういう紙質がいいのか、コストはどれくらいかかるのか、どういう形なら無駄がないのかを、未だにトライ&エラーしてるので、毎回形が違う!そんな雑誌は普通ない!ひとつに決めろ!とよく突っ込まれます。

これまでの「挑み賃」の金額を考えると気絶しそうになりますが、そこから得られたもの全部が今の僕の財産なわけです。
まあ、そんなこと言うとまた、今の若いデザイナー達に煙たがれると思いますけど。

人生は挑戦と選択の積み重ね。
未来は、挑戦してきたものと選択してきたものの通りにしかなりません。
転売ヤー?



2008年に製作、販売をスタートした、僕の小売りのブランド「丸川商店」のオリジナル10年日記帳「日事記(ひじき)」ですが、卸していないショップで、定価よりも高く売られているって、どういうこと?

注文が入ってから、僕が卸してるショップの中のどこかで定価で買って、それを販売(転売)してる、ってこと?
さらに、うちのサイトの写真と説明分をそのまま使ってるって、これはいくらなんでも訴えてもいいのではないか?
伊勢



今日は、伊勢市にある、住宅・店舗デザイン・施工の「toiro lifestyle design labo」さんの建物をお借りして、クライアントの商品撮影をしました。
代表の西山さんも建物もわんこも素敵で、気持ちよく撮影させていただけました。

次の打ち合わせの時間が迫ってたので、インスタ用に写真を撮ってくるのをすっかり忘れてました。
なので、西山さんに承諾を得たうえで、トイロさんのインスタ写真を拝借。
家や店舗を建てる時は、トイロの西山さんにご相談を!

そんなこんなで、久しぶりの伊勢を満喫するヒマもなく津市へ大急ぎで帰りました。
トイロさんがある場所の近くは、たくさんお世話になったフジサト動物病院があったり、そこからさらに先へ行くと、高校時代の元カノの元実家がある場所だったり、とにかく伊勢市には青い春の思い出がありすぎるくらいにいっぱい。

今度こそはゆっくり伊勢を堪能したいものです。
2019.05.21 10:37 | Permanent Link | 日記・デザイン
草刈正雄



アルマーニも半纏作ってたのか、と本気で思ってしまうほど、草刈正雄さんが着ると、パッチも、ももひきも、長靴も、何でもイタリアンの高級品に見えてしまうのは僕だけだろうか。