おも校ミーティング



昨日、新しいプロジェクト「地立おもしろい学校」の第ゼロ回となる最初のミーティングを、19歳~67歳の参加者6名(うち1名はZOOMで参加)にて開催しました。

年齢もバックグラウンドも違うバラエティに富んだメンバーにて、「誰とどう作るか?」の前に、もっとも大切な問いである、「なぜ作るのか?」について意見を交わし、改めて「地立おもしろい学校」の必要性を参加者全員で共有することができました。
他にも、既存の学校やオルタナティブ教育と何が違うのか、何が新しい取り組みなのか、目指すべきゴールはどこか、などを話し合い、全会一致でプロジェクトの始動が決定!
いよいよ本格的に動き出していきます!

次回の全体ミーティングは8月。
この時はさらに参加者を増やし、運営体制、役割分担、資金集め、生徒の募集方法など、より具体的な内容について協議していく予定ですので、教育関係者、各種クリエイター、他にも多彩なジャンルの方々に、賛同&参加していただけたら嬉しいなと思っています。

現在、「地立おもしろい学校」とは何なのかをご理解いただくためのウェブサイトを制作中です。
サイト内でも、企画に賛同し、参加していただけるメンバーさんを募集してまいりますので、そちらも何卒よろしくお願いいたします。
家訓



ニンテンドースイッチのコントローラーは割と壊れる。
修理に出したり買い替えたりすると結構な出費になるので、我が家では修理キットを使って毎回自分で修理しています。

職人だった父親の口癖は、無い物は作れ、足りないものは工夫しろ、でした。
その言葉をずっと守って生きてきたので、まずは自分で直してみる。
どうしてもダメなら修理に出す。

そしてこの家訓は、いずれ娘たちへと引き継いでいく。
の予定でしたが、自分でやってみる?と聞いたら、自分で壊したくせに、めんどーとかいいやがる。


父上、残念ながらこの家訓は、僕の代で終わりそうです。
DESIGNED BY CHILDREN 2022



2015年から三重県の勢和小学校(多気町)で毎年実施してきました、小学6年生を対象にしたデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の今年の日程も全て無事に終了!

記録のための写真やビデオを見返して毎年思うことは、いくら何でもいよいよ痩せなきゃなってことと、50代のごっついおっさんじゃなく30代のヤングなイケメンデザイナーがやるべきだなってことと、個性豊かな子ども達の変化。

自分の小学6年生の頃と今を比べること自体がナンセンスかも知れないけど、今の子ども達のすごい所は、ゲームに慣れ親しんでるからか、「理論」への理解がちゃんとあって、飲み込みがすごく早いこと。
でもその反面、無い物を生み出す想像力に関しては、昔の子どものほうが豊かだったようにも思う。

とにかく、「今」や「時代」とこうして触れ合える機会を与えてもらえてることに感謝したい。
この活動がもっともっと広がっていくようにがんばらないとな。

来年はカリキュラムを思い切って変えてみようと思う。
そして、僕の後を引き継いでくれる若手を育てよう。
誰か、立候補してくれる若者はいねーか?


勢和小学校の皆さん、今年もありがとうございましたー!
安心感
今日も暑い中、3件の打ち合わせ。
うちひとつは、クリエイティブディレクターとして全体の総括を担当する新事業のキックオフミーティングでした。

新事業のチームリーダーは25歳の若き女性起業家。
こういう時、僕が彼女たちに与えてあげるべきことは、これまでの知識量と経験値以上に、何よりも「安心感」だと思う。

このおっちゃんがいれば何とかなる。
何があっても、最後にはこのおっちゃんが何とかしてくれる。
そういう安心感を彼女たちに持ってもらうことが何よりも大事。


最後はおっちゃんが何とかするから、自分たちが信じる道をおもいっきり突き進んでほしい。
太らないチョコ
三重県内の中学校から、生徒たちが取り組んでいる防災企画にデザインの視点からアドバイスをするお役目をいただいた。
こうやって少しずつ地元三重県の教育にデザインで関われることが増えていくのは大変嬉しく光栄なこと。

通常、こういう企画の場合、子ども達ならではの視点が抜け落ちていることが多く、大人が考えそうなことを考えて、はいよくできました、と終わるのがオチ。
でも、子どもだから見えてくることがきっとあるし、子どもだから気づけることがもっとあるはず。
まして、実際に災害があった時は、真っ先に避難しなければいけないのが子ども達自身。
そういう視点から企画を考えられているかをアドバイスできればと思う。


近年、教育をデザインしようという動きはどんどん盛んになっている。
実際に「教育×エンターテインメント」な活動やサービスは世の中にたくさんあるし、それをテーマにベンチャー企業を立ち上げる若者もたくさんいる。
でも、そのわりには広まっている印象は少ないし、数年で撤退してしまうベンチャー企業も多いと聞く。
なぜだろうか?

要因は色々あると思うけど、やはり国が定める既存のルールという壁の圧倒的な高さと分厚さが原因だと思う。
通常、教育をエンタメ化した教材やゲーム要素を取り入れた授業などは、通常の教科とは別の「総合的学習の時間」という枠の中で行われることが多い。

ちなみに「総合的学習の時間」とは、「生徒(児童)が自主的に課題を見つけ出し、課題解決のための資質や能力の育成を目的とした探究学習の授業」で、小学校6年生の場合は年間70単位時間が割り当てられ、授業内容は学校や教師の裁量に任されいる。
ただ、任されているとはいえ、実際の現場ではそれほど自由度が高いとは思えない。
ましてや「総合的学習の時間」を魅力あるものにするためには、それなりのスキルを持った教師でなくては難しいと思う。

僕が行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」も「総合的学習の時間」を利用させてもらっているけど、こういう取り組みや授業が「総合的学習の時間」でしか出来ないこと自体が問題だと思う。

学校を変えたい!と思ったら学校の中にいては難しいのではないか。
本当に学校を変えたいのなら「学習指導要領」の鎖に縛られない別の場所を作るしかないのではないか。
文科省や学習指導要領の壁の高さを前に、たかがベンチャーはあまりにもか弱い。

新しく立ち上げようとしている「地立おもしろい学校」というプロジェクトは、子どものためだけの場所でもないし、大人のためだけの場所でもない。
不登校児や障がい児のための学校でもなく、おもしろい学校で学びたいと思う全ての人のための場所。
なので、不登校児も障がい児もミュージシャンもデザイナーもサラリーマンも医者もマジシャンもスポーツ選手もお笑い芸人も料理人も、みんなが普通に一緒にいて、みんなで一緒に学校をおもしろくしていく場所だ。

そんな「地立おもしろい学校」が、「教科書もあるし先生もいる学校」というスタイルにこだわっているのは、日本の学校そのものを全否定しているわけではなく、良い所はそのまま残してダメな所はおもいっきり変えていこう、と思うから。
僕は学校が嫌いじゃなかったし、「学校」というキーワードに紐づけされた大切な想い出がたくさんある。
僕はただ、学校をもっと素敵でおもしろい場所にしたいだけなのだ。

未来は子ども達がつくる、とよく言うけれど、赤を青に、右を左に、上を下に、急に変えられるわけじゃない。
未来を作るということは、少なからず「今」を否定することでもあるわけで、未来という理想のゴールを定めて、そこから逆算して今何をするべきか、何を残し何を変えていくべきかをいくら問うても、「過去」や「今」に固執する勢力がそれを全力で阻み、その巨大な壁の前にいくつもの志とベンチャー企業が沈んでいく。

1か月後に急に10キロ痩せられるわけじゃない。
今日のこのチョコ1個が、1か月後の10キロ減量へとつながる。
現状に固執する勢力達が、まだ見ぬ未来のために、今、このチョコ1個を取り上げられることに耐えられるだろうか?

でも、だからといって、声をあげ、プラカードを掲げて、無理やりにチョコを奪っても効果は薄い。
チョコが美味しくないと感じる仕掛けや、太らないチョコを新しく作ってあげるほうが、もっとチャンスが生まれるだろう。

それがデザインの役割であり、それが「地立おもしろい学校」なのだ。
続・おもしろい学校
前回に続き、おもしろい学校を作ろう!の件。
プロジェクトの名前は、公立でもなく私立でもなく、地域と一緒に育てていく学校なので、仮に、「地立 おもしろい学校(ちりつ おもしろいがっこう)」とする。
プロジェクトメンバーが集う拠点となる場所を探し中なので、空き家の情報、お待ちしております。

はてさて、おもしろい学校とはどんな学校なのか。

例えば、とある社会の授業。
先生がまず、タブレットでルーレットを回し、ランダムに出現する3つのキーワード(「自転車」「夕焼け」「ホッチキス」など)を決定する。
そのキーワードは、子ども達たちが言ってはいけない「NGワード」。
このNGワードを、チャイムが鳴るまでに子ども達に3つとも言わせたら、先生の勝ち。
ひとつでも残ってしまったら、子ども達の勝ち。

先生は、社会の授業を進めながら、どうやって「ホッチキス」という言葉を子ども達から引き出すのか。
子ども達は、無事にチャイムが鳴る終えるまでNGワードを言わずに済むだろうか。

これは家庭でも出来るので、夕飯時とかにぜひやってみてほしい。
ご飯を食べ終わるまでに、子ども達に3つのNGワードを言わせるのは至難の業。
もちろん、いつもの口癖とかをNGワードにしてしまうと、普通の会話もまともにできなくなってしまうのでダメ。
あくまでも、ランダムに出現するキーワードにすること。
もしも親が勝ったら、その日のお皿洗いは子ども達にしてもらおう。

このゲームで大切なことは、ギリギリのところで、先生または親が負けること。
負けたほうは、ちゃんとおもいっきり悔しがってください。


こういうことをすると、子ども達が勉強に集中できないだろ!という人がいるかもしれないけど、僕は逆だと思う。
この、ゲームのような授業がいざ始まると、子ども達はもう、先生やほかの子ども達の一言一句に集中せざる得ない。
なのでむしろ、感覚は研ぎ澄まされると思う。

こんな風に、100人のクリエイターがひとつずつアイデアを考えれば、100通りのおもしろい授業が作れるんじゃないかなと思う。


明日は、小学校で行っているデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」の2日目。
怖いくらいな暑さかも知れないので、熱中症対策を万全にしつつ、マスク越しでもわかる子ども達のキラキラした笑顔に会ってきます。
夢物語
先日からの熱中症の症状もひとまずおさまり、ひと安心。
経口補水液のオーエスワンを片時も手放さず、対策も万全。
ご迷惑を改めてお詫びし、ご心配とお心遣いに心から感謝します。

そんな中、前回の投稿で書いたとおり、今後、何を選択し何に集中すべきかを考える。
そのひとつは、「教育事業」だと思う。

これまで、三重県出身のクリエイターにロングインタビューする雑誌「MIENOKO」(2012~)、小学校で行うデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN~デザインを手にいれたコドモたち~」(2015~)、ノンデザイナーにもデザインの視点と考え方を教える、デザインを「わかりたい」人のためのデザインスクール「WIPE ACADEMIA」(2018~)、と3つの教育関連プロジェクトを実践してきた。

ただうちの会社では「教育事業」というカテゴリーに分類されるこれらのプロジェクトも、実態は不採算で「事業」なんて呼べるレベルには程遠い。

それなのにデザイナーになってからずっと「教育をデザインしたい」と言い続けてきたのは、デザインが装飾のためではなく、問題の本質を正しく見つけ出し、それを見事に解決できるツールであることを知ってから、世界中の様々な問題を見聞きするたびに、その問題の本質を掘り下げていくと、いつも必ず最後は「教育」につきあたってきたからだ。

そして懲りずにまた、4つ目の「教育事業」を立ち上げようと画策中。
それもずばり、学校を作ろう!ってプロジェクト。
まだ頭の中だけの話だけど、心の中の得体の知れない何かが僕にそれをやれと言う。
光り輝くアイデアはまだ見つからないけど、ワクワクしてる自分がそこにいる。

全部の根底にあるのは、いつだって「教育」だった。
でも僕自身、不登校だったわけでもないし、いじめられた経験があるわけでもないけど、学校がおもしろくならなきゃ、学ぶことが楽しくならなきゃ、分かることの喜びをたくさんの人が知らなきゃ、世の中が良くならない気がしてならない。

かつては僕らも子どもだった。
でも大人になるにつれ、子どものことがよくわからなくなっていく。
「時間」の理解ができていない小さい子どもに「あと5分しかないよ!急ぎなさい!」と言っても、「あと5分で終わり!」と言われても、5分がどういう長さなのかが感覚的にわからないから、その通りにできるわけがない。
大人の常識で子どもを叱っても、意味のわからない子どもにしてみればただただ怖いってだけで、全然おもしろくない。

子どもだけじゃない。
勉強が嫌いだった、学校が楽しくなかった、そういう大人がきっとたくさんいると思う。
きっと僕らは、「学ぶ楽しさ」を学ばずに、「分かるおもしろさ」を知らないままに、大人になってしまったのかもしれない。
でも、学ぶってことは、きっともっと楽しいもののはずだし、答えのもっと先のほうにある、僕らが本当に知りたかったことを知る術がどこかにあるはずだ。

「おもしろい」の定義は人それぞれだけど、そもそも「おもしろい」の語源は、暗闇から抜け出して目の前(面)がパッと明るく(白く)なることだ。
わからなかったことがわかった時の笑顔は学ぶことの楽しさに出会えた証だし、デザインで誰かの目の前をパッと明るく照らせたらとてもハッピー。
だから、おもしろい!って本気で思えるクリエイティブな学校を作ってみたいのだ。

モンテッソーリ、シュタイナー、フリースクール、ホームスクーリング。
世の中にはすでに優れた教育環境がたくさんある。
既存の学校にガマンして通うくらいなら、積極的にこれらのオルタナティブな教育環境を選択すべきだ。

でも僕が作るなら、優秀な教育環境がすでにたくさんあるんだから、それの真似をしても意味がない。
だから、僕が作りたい学校は、教科書がない教育ではなく、教科書がちゃんとおもしろい教育。
先生がいない教室ではなく、先生がちゃんとおもしろい教室。
何をするのも自由な学校ではなく、一緒に何かをするのがめちゃくちゃおもしろい学校。

「おもしろい学校」なんて、ただの理想にすぎない「夢物語」だと僕も思う。
でも、だから挑まないってのも僕らしくない。
とはいえ、「おもしろい学校」ってどうやれば作れるんだろうか。


オーエスワンを小脇に抱え、悩みは続くよ、どこまでも。
一緒に悩んでくれる人、この指止まれ。
熱中症
不覚にも先々週末に風邪を引き、そこへ来て体力が落ちている先週末に熱中症でダウン。
仕事が立て込んでいて疲れ果てていたとはいえ、ゴリアンデザイナーの僕を動けなくさせる威力。
自分が若くないことを痛感する。
絶好調とはいかないが、今日から少しずつ仕事を再開。

今回のことで多方面にご迷惑をかけた。
お詫びしてもしきれないが、今回のことだけじゃなく、やはりそろそろ仕事のやり方を変える時期だなと、ベッドでうーうーうなりながら改めて思った。

世の中には、バスの揺れ方で人生の意味がわかる人だっている。
熱が下がらず、体力が戻らず、手元に力が入らず、タバコを持つ手が震えたりコーヒーをこぼしたりキーを打ち間違えたり、こういうことの全部がメッセージだと思うほどファンタジスタでもロマンチストでもないけれど、何かを感じ取るには十分な週末だったと思う。

良質な仕事ってものは、有名だからとか歴史があるからとか経験豊富なベテランだからとかではなく、いつもパワー全開でエネルギッシュでパワフルで、自分が放つ光で回りを明るく照らしてしまえるような人のもとへ集中する。
そういう人は常に動き回り、常に考え、有言実行で結果を残していく。

だからこそ僕は、スタートアップの頃のように、もう一度やるべきことを選択し、それに集中しよう。
それがどれほど小規模でも、それがどれほど地味で目立たなくても、これぞ自分の仕事、と言い切れる仕事を心から楽しめば、結果はきっと後からついてくる。

小さく、狭く、深く、鋭く、ワクワクする音のなるほうへ。


でもまずは、体調管理ですね。
大好きな笑顔



天候が荒れた今日、毎年恒例の旧友の墓参りに。

妊娠中にガンが見つかり、2000年に27歳の若さで出産と同時に天国へ逝ってしまった陸上部のマネージャー。
最愛の子をその胸に抱くこともできず、さぞ無念だったろう。
母の命を引き継いだ息子も、今年で22歳か。

彼女の墓の前にいると、とても自然に、優しい気持ちになれる。
ご先祖様の墓参りでは、俺は大丈夫だから安心してね、といささかの虚勢もはるけれど、彼女の前だと弱さもズルさも全部を素直に出せる。

この前のアレ、俺は悪くないよな?
どう思う?おかしいだろ、アレ。
そんな風に、1年分のあれやこれやを彼女に愚痴る。
きっと彼女は笑ってる。

みんなが大好きだった彼女。
分け隔てなく包み込む彼女の人柄。
あの大好きだった笑顔に、また会いたい。
てるてる坊主



修学旅行を楽しみにしていた姉(いと・小6)のために、ちょっと夜更かしして「てるてる坊主」を作ってあげる妹(こと・小2)。
その甲斐あって、妹の姉を想う気持ちが通じたのか、今日はちゃんと晴れました。
今頃は、楽しみにしていた宿泊先の美味しい料理を満喫していることだろう。

誰かを想って、その人を笑顔にしたくて、心を込めて作るのが、モノづくりにおける一番大事なもの。
だからこそ、モノづくりの灯を消してはいけないのだ。

「ねえねの修学旅行が晴れて良かったね」と言う妹に、「ことのてるてる坊主のおかげやね」って言ったら、照れながらちょっと笑う。
ちょくちょく姉妹喧嘩もするけれど、誰かを想える優しい姉妹に育ってくれたことを、奥さんと祖父母たちと姉妹の友達たちに心から感謝。

娘(妹)よ、今夜だけは、明日ねえねが帰ってくるまでママを独り占めできる初めての時間を、心ゆくまで楽しんでおくれ。
この「てるてる坊主」は大事にとっておくからね。
消臭スプレー



トイレの消臭スプレーのラベルが家の雰囲気に合わない時は、自分で好きにデザインしなおしてしまいましょうー。

サイズを測ってデザインして印刷してカットして貼るだけ。
パソコンが使えない人は手書きで十分!
変にデザインされてるものよりもよっぽど自分らしい良さげな味が出る。

もちろん、何にも書いてない無地の紙とかでもOK。
いや、むしろそのほうがいいかもね。
うちも次回はそうしよう。
古き良きが、今時のスタイル。



今ならアリだなあ、1990年式の初代セルシオ。
もちろん、フルノーマルで。

同じく1990年式の初代エスティマも今なら大アリ。

今の僕のサファリも1990年式。

この頃のデザインが、今の時代にしっくりくる。
DBC 2022 日程決定





2015年から三重県の勢和小学校(多気町)で毎年実施してきました、小学6年生を対象にしたデザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の今年(2022年)の日程が決定しましたのでご案内させていただきます。

デザインの本来の役割は装飾ではなく、問題を正しく発見し、それらを見事に解決すること。
そのために必要な「デザインの視点と考え方」は、子ども達がこれから先の人生で出会う様々な問題の解決にとても役に立ちます。

短所を簡単に長所に変えられる仕組み、組み合わせで生まれる新しいアイデア、全方位の視点を手にいれる方法、などなど、時代に合わせて少しずつアップデートしてきた独自のカリキュラムで、よりわかりやすく、より楽しく、デザインの視点と考え方、そして、デザインそのものの面白さを、今年も6年生達と一緒に学んでみたいと思います。

全3回の授業は全て見学自由ですので、ご興味がある方はぜひご参加ください。
※参加費無料
※ご入館の際は必ずマスクをご着用ください
※ご入館の際に体温測定を行わせていただく場合がございます


デザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~ 2022」(全3回)
場所:勢和小学校(三重県多気郡多気町片野2343)※密を避けるため、体育館にて行います。

<1回目> 6月24日(金) 13:40-15:15
<2回目> 7月1日(金) 13:40-15:15
<3回目> 7月8日(金) 13:40-15:15
ものにはまわりがある展





「もの」には、それを取り巻く「まわり」がある。
日本各地域の「もの」の「まわり」を紹介するイベント、「ものにはまわりがある展」が渋谷ヒカリエ8階のd47 MUSEUMにて開催中です。

今回、三重県の選定を担当させていただき、亀山市関宿の「Jikonka」さんをご紹介させていただきました。

Jikonkaさんは、衣食住にまつわる道具たちを通して、作り手と伝え手の両方の視点から「暮らし」や「日々」の「まわり」を丁寧に伝え続けてきた、三重県にはなくてはならない存在。
その中でも今回は、Jikonkaさんが手掛ける「伊勢茶」の魅力とその「まわり」をご紹介しています。

お近くにお越しの際は、ぜひともお立ち寄りください。


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d47 MUSEUM 第30回展覧会
ものにはまわりがある展
「もの」の「まわり」と出会う14の旅
2022/5/16(月)~9/19(月・祝)
水曜休(祝日の場合は営業)
https://www.d-department.com/item/DD_EVENT_36789.html
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モックアップ作り



自分の仕事の中でも、モックアップ作りは「好きな作業ベスト3」に入るくらい楽しい。

そのために版型や木型が必要なら自分で作る。

時間を忘れて没頭してしまう大人の図画工作。
ひび割れて出来た石畳



コンクリートの床がひび割れるのを嫌がるオーナーさんが多いけど、僕は綺麗に塗り固められたコンクリートの床より、あえて薄く塗って、やがてひび割れて出来た自然の模様と石畳のほうが好き。
ひっそりとそこにあるもの



素敵なデザインは、何でもない日常の中に、ひっそりとそこにあるもの。

派手さもなく、映える要素もないけれど、そういうものから学べることは多いと思う。
深さ50センチの水槽



人の年齢を水槽に例えるなら、25歳の水槽は深さ25センチで、50歳の水槽は深さ50センチ。

ただ、あくまでも水槽はただの水槽であって、そこに並々に水が溜まっているかどうかはその人の生きてきた人生次第。

50センチの水槽に3センチしか水が溜まっていない人もいれば、水槽から溢れ出して池になってる人もいるだろう。

透き通った透明な水の人生もあれば、濁った水の人生もあるし、水槽に穴が空いていて水が溜まらない人生ってのもあるかも。

同じ透明でも、薬剤で無理やりにカルキを取り除いた透明ではなく、たっぷりの太陽光を浴び、常に水が入れ替わるような流れが生み出す自然の透明さがいい。

関係ないけど、たとえ海になれなかった人生だったとしても、水槽を飛び出す野望を捨てる必要はない。


とまあなんとなく、中庭のメダカにエサをやりながら、僕は僕の水槽とそこに注がれた水を想う。

僕の深さ50センチの水槽。
お風呂にするにはまだまだ浅いな。
50歳になりました



1972年4月24日午前7時42分。
50年前の今日に生まれ、ついに、いよいよ、とうとう、50歳になりました。

誕生日は産んでくれた両親に感謝をする日です。
産んでくれてありがとうって想えるのは、今が幸せだという証拠。
産んでくれた両親と、今の幸せをくれた全ての人たちに心から感謝します。


色々あった50年。
時に激しく、時に優しく。
とどまらぬ、まるで風のような人生。
大好きな人と一緒に、これからもずっと旅の途中。
それが心地いい。


父上、母上、本当にありがとう。
手を焼かせ続けたやんちゃ坊主も、とうとう50歳になりましたよ。
これからも健康で、笑顔を絶やさず、長生きしてください。
残りの10年をどう歩むか?



年度末をなんとか走り切り、時間の余裕も出来てきた今日この頃。
4月にはとうとう50回目の誕生日を迎える。
 
60歳をデザイナー人生のひとつの区切りと考え、残りのこの10年をどう歩むか、毎日毎日妄想する日々。
 
いつまで経っても満足できるデザインには到達できませんが、求めてくれる人のために走り、そばにいてくれる人のために歩む、そんな日々を大切にしていきたいと思います。