TSULEE BOOK HOTEL

三重県津市美杉町に、使われなくなった古民家をリノベーションした、「TSULEE BOOK HOTEL(ツリー・ブック・ホテル)」という名の、ちょっと変わったホテルがある。
「TSULEE」とは、津市の「TSU」と、森に住む人という意味の「LEE」を掛け合わせた造語。
このホテルは、本を読むことに特化したホテルだ。
建物の1階には、ホテルの受付を兼ねたカフェとショップがあり、ホテル利用者でなくても利用できる。
カフェでは、三重県の食材のみを使ったメニューを中心に、自家焙煎コーヒーやお酒類も充実している。
ショップには、地元美杉町の新鮮な野菜や、三重県内の様々な名産品が並ぶ。
カフェとガラスで仕切られたとなりのスペースには、5000冊を超える本がすらりと並ぶ。
本の貸し出しは自由で、コーヒーを飲みながら読書をたっぷりと楽しむことができる。
部屋はすべて2階にある。
築100年近い古民家は、ベースこそ和風だが、英語で書かれたサインやグラフィック、それに、ライトやソファーなど、海外のテイストがバランスよく馴染んでいる。
部屋も決して広くはないが、シンプルに、でもセンスよくデザインされていて好感が持てた。
もっとも目を引くのが、部屋の横幅いっぱいにとられた大きな窓。
その向こうに広がる圧倒的な自然の風景は、まるで1枚の絵のようだ。
足を伸ばすことができる大きなソファーも、まっすぐにその窓に向けて配置してある。
大自然の借景を堪能しながら、お気に入りの本を読む。
もちろん、BGMは鳥の声や川のせせらぎ。
時折、風にゆれた木々達が、ザーザーと声をあげるが、不快な音は何もない。
新鮮だったのは、ホテルの部屋なのにテレビがないこと。
でも、何も問題はない。
食事は、1階のカフェへ行くか、または、内線の電話で注文して、部屋まで届けてもらうこともできる。
大浴場などはなく、それぞれの部屋にあるシャワールームを利用する。
夜になれば、大きな窓からは、満天の星空が望める。
最小限の灯りだけを灯し、星空に包まれながら、本を読む。
なんという贅沢な時間だろうか。
このホテルには、本を楽しみための工夫がたくさんあって、逆に言えば、それ以外の設備やサービスが何もない。
田舎に泊まる、というと、アウトドアを満喫しないと行けないような風潮があるが、正直、僕は苦手だ。
嫌いではないけれど、もともと田舎で育っている僕は、わざわざお金を出してまでくり出す気にはなれない。
都会から田舎へ車でやってきて、川辺でバーベキューを楽しみながらはしゃぐことは悪いことではないけれど、それよりも、田舎の最大の良さは、その「静けさ」だと思う。
「何もない」からこその静けさは、本の世界に没頭するのに適している。
皆さんもぜひ、お気に入りの本を持って、田舎が誇るべき最高のラグジュアリーを堪能してみてはいかがでしょうか。
とまあ、実際は、TSULEE BOOK HOTELなどは存在せず、ただの僕の初夢でしたが、こういうホテルがあれば、鉛のように腰の重い僕でも、行ってみたいなあと思う。
さてさて、今年も相変わらず、ぼちぼちとがんばっていきますので、何卒、暖かい目で宜しくお願い致します。
おかえり。ただいま。
開け閉めボタン

長らく、エレベーターの開け閉めボタンのデザインがわかりにくくて、一瞬どっちなのか迷ったりして間違えやすい、という問題があちらこちらで議論されてきたわけですが、現在でも、新しい定番や常識になりそうなアイデアやデザインはなさそうです。
とりあえず文字を併用したりして対策が取られてきましたが、それでは何のためのマークなのか。
結局、シンプルな三角の向きで表現するのがわかりづらいなら、ちゃんと矢印で表現するしかないのではないか、または、マル(あける)とバツ(しめる)のほうがわかりやすいんじゃないか、とか、僕も僕なりに色々と考えてきました。
そんな中、「アップル・パーク」の建設がいよいよスタートし、僕はきっとそこに設置されるエレベーターのボタンには、アップルらしい、何か新しいアイデアやデザインが試されているはずだ、と大いに期待しました。
そして最近、ようやく少しずつ、内部の映像が紹介されはじめてきてて、僕は真っ先にエレベーターが写っている映像を探してみました。
で、結果としては、やはりというか、結局、世界共通のあのマークを採用したのかあと、なんだかちょっと残念な気持ち。
まあ、もしかしたら法律で決められていたりして変えられなかったのかもしれないけど。
それでも、くるりと半回転していくエレベーターはおもしろいけど、ボタンのデザイン、本当にそのままでよかったんでしょうかねえ、アップルさん。
▼動画
https://www.youtube.com/watch?v=LVdk6mXfjno
ポップで楽しいデザイン。
なんか、どれも楽しげでいい。
僕とは畑が全然違うけど、なんかこう、楽しく、さりげなく、問題や課題を解決するのって、言葉で言うのは簡単だけど、実現するのは結構難しい。
ポップで楽しいデザイン。
進む道は違えど、大いに勉強させていただきます。
さて、日本の伝統工芸はどうか。
伝統という見えない壁で自分達を守っている「つもり」の人たちがまだまだはびこる業界。
自分達の「サビ」を落とそうともせず、海の風の塩分のせいにしてばかり。
伝統を守っているのではなく、それ以上のものを創り出す勇気がないだけでは?
道のりは、果てしなく、険しく、遠い。
http://design-compe.jp/nominate2017
僕とは畑が全然違うけど、なんかこう、楽しく、さりげなく、問題や課題を解決するのって、言葉で言うのは簡単だけど、実現するのは結構難しい。
ポップで楽しいデザイン。
進む道は違えど、大いに勉強させていただきます。
さて、日本の伝統工芸はどうか。
伝統という見えない壁で自分達を守っている「つもり」の人たちがまだまだはびこる業界。
自分達の「サビ」を落とそうともせず、海の風の塩分のせいにしてばかり。
伝統を守っているのではなく、それ以上のものを創り出す勇気がないだけでは?
道のりは、果てしなく、険しく、遠い。
http://design-compe.jp/nominate2017
軽キャン
一昨年のデザインセミナーで、
「近年、若者の車離れがちょっとした問題になっていますが、センスのいい軽キャンパーがあれば売れると思う。東京の若者達は近い将来、車に住み始めるだろうから。」
という話しをした時、おじさん達はポカンとしていたのに対して、少し若い世代の人達の反応はよかった。
今でもこの考え方は変わらないけど、いかんせん、世の中のキャンピング系の車のセンスはどうにもおじさん臭いものばかり。
これじゃあ若者には響かないだろうな。
おじさん達がおじさん目線で作ったキャンパーで週末を楽しむのは大いにいいことだと思うけど、おじさん目線ではなく、若者目線や女性目線の軽キャンパーもあればいいのになあと思う。
いつかはデザインしてみたい。
http://gigazine.net/news/20170903-live-in-car/
「近年、若者の車離れがちょっとした問題になっていますが、センスのいい軽キャンパーがあれば売れると思う。東京の若者達は近い将来、車に住み始めるだろうから。」
という話しをした時、おじさん達はポカンとしていたのに対して、少し若い世代の人達の反応はよかった。
今でもこの考え方は変わらないけど、いかんせん、世の中のキャンピング系の車のセンスはどうにもおじさん臭いものばかり。
これじゃあ若者には響かないだろうな。
おじさん達がおじさん目線で作ったキャンパーで週末を楽しむのは大いにいいことだと思うけど、おじさん目線ではなく、若者目線や女性目線の軽キャンパーもあればいいのになあと思う。
いつかはデザインしてみたい。
http://gigazine.net/news/20170903-live-in-car/
つなぐひと。
大好きな妹、ウナの記事。
「商品をデザインして、売るだけの時代は終わりました。これからは、どのように次につないでいくか。」
まったくもってその通り。
デザイナーの仕事の本質は、ちゃんと次につながったその瞬間までを含めた全てにある。
そこまで責任を持てずに手を出せるほど、甘い仕事じゃなかったはずなんだ、本当は。
僕は昔、SyuRoを初めてみた時に、たまらなくワクワクした。
「SyuRoが動けば時代が動く」と彼女に言った時、からかわないでと彼女は笑った。
でも、お世辞を言ったわけでも、もちろん、からかっているわけでもない。
本当にそう思ったし、実際、そうなってきていると思う。
デザインが単なる職業ではなく、生き方である人。
彼女の想いや熱量は、確実に次世代を巻き込み、時代を変え、動かしていくはずだ。
http://www.newsweekjapan.jp/nippon/season2/2017/08/197702_1.php
「商品をデザインして、売るだけの時代は終わりました。これからは、どのように次につないでいくか。」
まったくもってその通り。
デザイナーの仕事の本質は、ちゃんと次につながったその瞬間までを含めた全てにある。
そこまで責任を持てずに手を出せるほど、甘い仕事じゃなかったはずなんだ、本当は。
僕は昔、SyuRoを初めてみた時に、たまらなくワクワクした。
「SyuRoが動けば時代が動く」と彼女に言った時、からかわないでと彼女は笑った。
でも、お世辞を言ったわけでも、もちろん、からかっているわけでもない。
本当にそう思ったし、実際、そうなってきていると思う。
デザインが単なる職業ではなく、生き方である人。
彼女の想いや熱量は、確実に次世代を巻き込み、時代を変え、動かしていくはずだ。
http://www.newsweekjapan.jp/nippon/season2/2017/08/197702_1.php
本気の証拠
その町の小学校や中学校のキレイ度を見ればだいたいわかる。
小学校がキレイな町は、本気で未来を思ってる証拠。
反対に小学校が汚い町は、未来のことを本気で思ってない証拠。
町をおこすなら、まずは町の人みんなで協力して、小学校や中学校の壁(外も中も)をキレイに塗り直そう!
小学校がキレイな町は、本気で未来を思ってる証拠。
反対に小学校が汚い町は、未来のことを本気で思ってない証拠。
町をおこすなら、まずは町の人みんなで協力して、小学校や中学校の壁(外も中も)をキレイに塗り直そう!
老眼鏡
本居宣長

今日は、丸川商店の商品を販売していただいている「本居宣長記念館」に在庫の補充へ行ってきました。
本居宣長と言えば、現存する日本最古の歴史書「古事記」の解読に成功し、約35年をかけて「古事記伝」44巻を執筆したことで知られる、松阪が生んだ物学びの天才。
意外と知らない人も多いけど、映画監督「小津安二郎」とは縁戚関係にあたる。
本居宣長という人は、知れば知るほど、先見性に富んだ、ものすごくクリエイティブな人だったんだなあと思う。
それと同時に、だからこそ、現代の本居宣長の扱われ方には、正直疑問も感じる。
本居宣長の肖像画と言えば、決まってあの、なんとも根暗っぽい冴えない面持ちの絵。
きっと天国で、彼は「やめてくれ」と思っている気がしてならない。
きっと彼は、もっと未来を生きている。
そんな気がする。
いつか天国で出会えたら、常に先を見つめてきたそのまなざしに、現代の世界はどのように写っているのかを、聞いてみたい。
松阪という町は、本居宣長だけでなく、三井高利など、多くの優れたクリエイター達を多く輩出してきた。
そもそも、松阪を作った「蒲生氏郷」自体が優れたクリエイターだったから当然と言えば当然なのかも知れない。
そこでひとつ提案。
多くの優れたクリエイター達を生み出してきた松阪市を、「クリエイティブな町」としてPRしていくために、全国から優れたアイデアを募集する「ノリナガ・クリエイティブ・アワード(仮)」みたいなコンテストを開いてみたらどうだろう。
そうすれば、若い子達も、もっと蒲生氏郷や本居宣長や三井高利などに興味や誇りを持てるんじゃないかな。
さてさて、GWなどというお祭りとは無縁の僕ですが、しばらく風邪気味でダル重だった体調もようやく持ち直してきたので、お待たせしているクライアント様方に怒られないように、そろそろエンジンかけてがんばります。
45歳の誕生日

本日、無事に45歳になりました。
誕生日は、産んでくれた両親に感謝する日でもあります。
朝から母親にありがとうと伝えました。
が、父親に伝えるのを忘れてました(笑)。
今年は社名も変わり、事務所も移転し、長女が小学一年生になり、色々なことがまさに心機一転の年です。
毎度のことですが、自分の本当にやるべきことが何なのかにいつも悩み、迷い、でも時には喜び、そうやって七転八倒しながら、ゴロゴロと転がりながら生きていますが、良き家族や友人達に恵まれた僕の人生は、無数の幸せに彩られた、幸福な日々です。
これからも、焦らずとも、やりたいことをやっていきたいと思います。
写真は、僕のへその緒が入っている箱です。
裏面には、産まれた日や時間、身長や体重などが書かれています。
確かにこの世に産まれて、今、45年が経ったことの奇跡に、心から感謝です。
娘達と。
作家モノ
東京の片隅で小さなデザイン事務所を立ち上げて17年。
年を追うごとに、デザインを学んでいく度に、僕の好みや趣向も変わっていきました。
例えば「作家モノ」。
昔は作家モノの器を集めていました。
どれも作家それぞれの個性が表現されていて、エネルギーが溢れていました。
でも、いつの頃からか、それぞれの作家モノ達が、それぞれのエネルギーを放出しあって、まるで喧嘩してるように感じられて、目には見えないそのエネルギーが飛び交う空間に、息がつまりそうになりました。
そしていつしか、作家モノを買わないようになってしまいました。
今でも作家モノは嫌いではありませんが、どうしても、その強すぎる主張に疲れてしまいます。
例えば「自然素材」。
これもちょっと苦手になってしまいました。
もちろん自然は大好きですが、家の中にあるテーブルや椅子や棚や小物などに使われている木材などの自然素材を見ているうちに、本来、自然の中にあるそれの姿との違いに、なんだか切ない気持ちになってしまいます。
やっぱり木は、山の中のあの姿こそであって、窮屈な家の中の感じが、なんだか切ないのです。
本来あるべき姿。
それを人間が道具として、飾りとして利用してきた歴史を否定するつもりは全くありません。
むしろ大好きです。
ただ、切ないのです。
だから僕は年々、身の回りのものに自然素材のものを選ばなくなってきてしまいました。
人工物のほうが、気負いなく、切ない気持ちが起こりません。
でも、人工物の多くは、やがて大量のゴミとなります。
これはダメです。
だから、100均で買ったものでも、壊れたら直して使います。
本来の使い道が出来なくなった場合も、子どものおもちゃなどに改造して使い続けます。
本当なら、作り手の想いが詰まった作品が一番です。
本当なら、自然に帰すことのできる自然素材が一番です。
それで問題ない人は絶対にそれらを選ぶべきです。
でも僕は、苦しくなって、切なくなります。
ただ、また何年かしたら、元に戻るかも知れません。
それまでは、工業製品達と折り合いをつけながら暮らしていきます。
年を追うごとに、デザインを学んでいく度に、僕の好みや趣向も変わっていきました。
例えば「作家モノ」。
昔は作家モノの器を集めていました。
どれも作家それぞれの個性が表現されていて、エネルギーが溢れていました。
でも、いつの頃からか、それぞれの作家モノ達が、それぞれのエネルギーを放出しあって、まるで喧嘩してるように感じられて、目には見えないそのエネルギーが飛び交う空間に、息がつまりそうになりました。
そしていつしか、作家モノを買わないようになってしまいました。
今でも作家モノは嫌いではありませんが、どうしても、その強すぎる主張に疲れてしまいます。
例えば「自然素材」。
これもちょっと苦手になってしまいました。
もちろん自然は大好きですが、家の中にあるテーブルや椅子や棚や小物などに使われている木材などの自然素材を見ているうちに、本来、自然の中にあるそれの姿との違いに、なんだか切ない気持ちになってしまいます。
やっぱり木は、山の中のあの姿こそであって、窮屈な家の中の感じが、なんだか切ないのです。
本来あるべき姿。
それを人間が道具として、飾りとして利用してきた歴史を否定するつもりは全くありません。
むしろ大好きです。
ただ、切ないのです。
だから僕は年々、身の回りのものに自然素材のものを選ばなくなってきてしまいました。
人工物のほうが、気負いなく、切ない気持ちが起こりません。
でも、人工物の多くは、やがて大量のゴミとなります。
これはダメです。
だから、100均で買ったものでも、壊れたら直して使います。
本来の使い道が出来なくなった場合も、子どものおもちゃなどに改造して使い続けます。
本当なら、作り手の想いが詰まった作品が一番です。
本当なら、自然に帰すことのできる自然素材が一番です。
それで問題ない人は絶対にそれらを選ぶべきです。
でも僕は、苦しくなって、切なくなります。
ただ、また何年かしたら、元に戻るかも知れません。
それまでは、工業製品達と折り合いをつけながら暮らしていきます。
ほっとイブニングみえ
三重県民様限定の告知です。
今週3月30日木曜日の夕方に放送されます「NHK ほっとイブニングみえ」にて、僕がデザインした擬革紙のカバの折り紙が紹介されます。
僕も少ししゃべってますので、夕方の家族団らんのお時間、よろしければご覧ください。
それと、昨日27日の中日新聞に僕の記事が掲載されているようで、メッセンジャーなどで何人かの方からご連絡をいただいたのですが、実は僕はまだ見ていないので返答に困っております。
知り合いに新聞を確保しておいてくれるよう頼んだので、落ち着いたら見てみることにします。
http://www.nhk.or.jp/tsu/program/b-det0000.html
今週3月30日木曜日の夕方に放送されます「NHK ほっとイブニングみえ」にて、僕がデザインした擬革紙のカバの折り紙が紹介されます。
僕も少ししゃべってますので、夕方の家族団らんのお時間、よろしければご覧ください。
それと、昨日27日の中日新聞に僕の記事が掲載されているようで、メッセンジャーなどで何人かの方からご連絡をいただいたのですが、実は僕はまだ見ていないので返答に困っております。
知り合いに新聞を確保しておいてくれるよう頼んだので、落ち着いたら見てみることにします。
http://www.nhk.or.jp/tsu/program/b-det0000.html
2017.03.28 03:44
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| お知らせ
影を撮る
撮影は「影を撮る」と書く。
美味しいは「美しい味」と書く。
どうすれば正しくできるのか、その答えはすでにそこにある。
そういえば、漢字の「裏」の中に、「表」が隠れている、というのもあったな。
日本語は本当に面白い。
僕らの想像を軽~く超えていくだけの圧倒的な創造性に満ちている。
正しいデザインの答えも、きっとすでに、そこにある。
それに気づける野郎でありたい。
美味しいは「美しい味」と書く。
どうすれば正しくできるのか、その答えはすでにそこにある。
そういえば、漢字の「裏」の中に、「表」が隠れている、というのもあったな。
日本語は本当に面白い。
僕らの想像を軽~く超えていくだけの圧倒的な創造性に満ちている。
正しいデザインの答えも、きっとすでに、そこにある。
それに気づける野郎でありたい。
W124

引っ越しの日が近づいてきました。
事務所の移転もいれると、今までかれこれ10回以上引っ越ししてます。
でもこれは僕にとってはとても大事なことだったんだと思います。
ひとつの所にずっといて、そこにしっかりと根を張れる人に憧れながら、でも僕は旅をするように暮らしていく、最近では、暮らすように旅をする、っていうのかな、そのほうが僕の性格には合ってるんだと思います。
完全にうろ覚えですが、昔何かで、「人は故郷とは別の場所に生まれて、本当の故郷を探す旅をする。それが人生。」とかなんとか、そんな感じの言葉がありました。
僕はまさに、そんな感じで生きてきたように思います。
今度の引っ越しもワクワクしてますが、唯一残念なのが、駐車場問題によって愛車の1台を手放さなければならないこと。
ちなみにその車は、96年式メルセデス・ベンツのステーションワゴン、E300・ディーゼルターボ。
今から21年前の車です。
走行距離ももうすぐ23万キロ!
でも毎日の通勤にもガンガン使えます。
21年経っても足腰はバリバリ強いし、高速安定性はハンパありません。
ディーゼルだからリッター13キロ~15キロ走ってとっても経済的!
さすがに古い外車なんで、購入した価格はめちゃくちゃ安いです(笑)。
日本の軽自動車のほうが全然高い。
ほんとです。
知らない方もいらっしゃると思うので一応解説しておきますが、このベンツは、いわゆる「W124」というシリーズで、「もっともベンツらしい最後のベンツ」と賞賛されているモデルです。
「最善か無か」というメルセデスが堅持してきた妥協を許さない哲学にもとづいて造られた最後のモデル、とも。
それに、W124は歴代のメルセデスの中で最も成功を収めたモデルでもあります。
現在絶好調のマツダをブレイクさせたきっかけは「スカイアクティブ・テクノロジー」という優れた走行性能でしたが、このスカイアクティブ・テクノロジーを研究するにあたり、マツダはこのW124を開発の参考車両として購入しています。
そしてスバルも、研究のためにこのW124を購入している。
最新の技術を開発する為に、20年も30年も前の車を参考にしていることが証明しているのは、このW124がいかに優れた車だったか、ということ。
このW124を発表した時、あまりの完成度に世界中の自動車メーカーが白旗をあげたそうで、でもその中で、ひとつのメーカーだけは、白旗をあげつつも、全く別の解釈で反撃に成功したことがある。
それが、トヨタのセルシオ。
W124は、エンジン音を完全に消すのではなく、どのくらい聞こえれば邪魔ではなく、W124の優雅なエンジン音をどのくらい聞かせるか、にかなりこだわって作られた車だったけど、セルシオが取った策は「全部消してしまえ」だった。
その静寂性を全面に売り込んで、しかもすごく安くて、あり得ないほどのコストパフォーマンスの良さが受け、結果、セルシオは大成功。
その大成功ぶりは尋常ではなく、ベンツでさえも、方向転換を余儀なくされた。
時代の流れに逆らえず、コストダウンが命題となり、その後発表された「W210」のシリーズが最悪の出来。
もちろん、販売台数も伸びず、悲惨な結果に。
一気にメルセデスのブランド力が弱まった。
このベンツの完成度は本当に高い。
デザインも文句なしにかっこいい。
手放すのが本当に残念だけど、仕方ない。
あっ、もし欲しいって人がいたらご連絡を。
もうすぐでお別れ。
サヨナラ~ベンツくん。
50万キロ目指して、次のオーナーとお幸せに!
デザイナーのエージェント
海外では、グラフィックデザイナーやインテリアデザイナーなど、各分野のデザイナー達が一同に所属する、デザイナー達のエージェント的な役割の事務所があるそうで、日本でもそういうのが必要だなあと最近思う。
三重県のような田舎では、事業者や生産者にとって、自分達に合う良いデザイナーを探すことは結構むずかしいことで、だいたいが、所属している商工会の担当者に相談して、マッチングしてもらう、みたいなケースが多かったりするらしいけど、商工会が知ってるデザイナーの数もそんなに大したことはないし、そもそも商工会の担当者がデザインの内容を完璧に理解して、その案件にあうデザイナーを選別できるほどの知識を持ってないことが多いと思う。
マッチングサイトとかはあるんだろうけど、田舎の事業者や生産者にしてみれば、そもそもデザイナーに「違い」や「得手不得手」があることなどわからないし、どういうデザイナーが自分達にぴったりのデザイナーなのかを判断できないわけです。
なので結局、提示された見積金額の安いところを選んだりするわけですが、そうやってミスマッチがおきて、結局お金も時間も無駄になってしまったりします。
例えば、三重県のデザイナー達が多数所属する団体があって、事業者や生産者や商工会の担当者達が、その団体に相談して、その団体の担当者が所属しているデザイナーの中から案件にあったデザイナーを選出して紹介する、みたいなシステムがそろそろ三重県にも必要なのかもしれません。
デザイナー達からの会費や案件毎の手数料とかを使って、デザイン力の向上やデザイナーの成長に役立つことに使って、そうやって三重県全体のデザイン力を高めていくことが必須な気がします。
さらに、所属するデザイナー達にとっても、営業が苦手なデザイナーもいるわけで、そういう意味でも役に立つシステムかも知れません。
実際、センスのあるデザイナー、よりも、センスはないけど営業は得意、とか、テンプレート使いまくりとかのデザイン(もどき)会社が仕事をたくさん取っていく、なんてことが多いようにも見えます。
もしかしたら僕が知らないだけで、そういう団体がもう三重県にもあるのかも知れないけど、選出を担当する人物のセンスが相当肝心になってきますよね。
そう考えると、三重県にはまだ、それに見あう団体やシステムがないように思うんです。
もし僕がこういう団体を作るとしたら、営業が得意なビジネスマンを探さないといけないですね。
商工会や企業に団体の存在を売り込み、安定して案件を取ってこれる人。
今年はそういう人とも出会いたいなあ。
三重県のような田舎では、事業者や生産者にとって、自分達に合う良いデザイナーを探すことは結構むずかしいことで、だいたいが、所属している商工会の担当者に相談して、マッチングしてもらう、みたいなケースが多かったりするらしいけど、商工会が知ってるデザイナーの数もそんなに大したことはないし、そもそも商工会の担当者がデザインの内容を完璧に理解して、その案件にあうデザイナーを選別できるほどの知識を持ってないことが多いと思う。
マッチングサイトとかはあるんだろうけど、田舎の事業者や生産者にしてみれば、そもそもデザイナーに「違い」や「得手不得手」があることなどわからないし、どういうデザイナーが自分達にぴったりのデザイナーなのかを判断できないわけです。
なので結局、提示された見積金額の安いところを選んだりするわけですが、そうやってミスマッチがおきて、結局お金も時間も無駄になってしまったりします。
例えば、三重県のデザイナー達が多数所属する団体があって、事業者や生産者や商工会の担当者達が、その団体に相談して、その団体の担当者が所属しているデザイナーの中から案件にあったデザイナーを選出して紹介する、みたいなシステムがそろそろ三重県にも必要なのかもしれません。
デザイナー達からの会費や案件毎の手数料とかを使って、デザイン力の向上やデザイナーの成長に役立つことに使って、そうやって三重県全体のデザイン力を高めていくことが必須な気がします。
さらに、所属するデザイナー達にとっても、営業が苦手なデザイナーもいるわけで、そういう意味でも役に立つシステムかも知れません。
実際、センスのあるデザイナー、よりも、センスはないけど営業は得意、とか、テンプレート使いまくりとかのデザイン(もどき)会社が仕事をたくさん取っていく、なんてことが多いようにも見えます。
もしかしたら僕が知らないだけで、そういう団体がもう三重県にもあるのかも知れないけど、選出を担当する人物のセンスが相当肝心になってきますよね。
そう考えると、三重県にはまだ、それに見あう団体やシステムがないように思うんです。
もし僕がこういう団体を作るとしたら、営業が得意なビジネスマンを探さないといけないですね。
商工会や企業に団体の存在を売り込み、安定して案件を取ってこれる人。
今年はそういう人とも出会いたいなあ。
運の無駄遣い
近況報告



三重に戻っています。
近況報告を兼ねて、ご報告。
1月12日に、デザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の全5回のうちの3回目の授業が行われました。
3回目のテーマは「変化」でした。
僕がデザイナーとして、対象となる物事の「本質」を見つけるためにやることのひとつに、「キャラづけ」や「特徴やキーワードのあぶり出し」とかがあります。
問題の本質はどこにあるのか、それを見つけるためには、表面だけを見たり、安易にひっくり返してみたりするだけではうまくいきません。
そういう時は、思い切って、全く別の物に置き換えて考えてみることがあります。
そこで3回目の授業では、「空」「ビル」「群衆」の3つのテーマを、それぞれ「料理」に置き換えてみることにしました。
空には雲があり、その雲はわたがし(わたあめ)みたいだ、という誰でも思いつく簡単な置き換えの入口を用意しておくことで、奥へと進みやすいのではないか、と考えました。
案の定、雲をわたがしに置き換えた子どももいましたが、「ビル」を、「形」や「作るコストが高い」や「倒れない工夫」などのキーワードを探しだし、「ウェディングケーキ」に置き換えてみたり、「群衆」を、「見た目」や「臭そう」や「ゴチャゴチャ」などのキーワードを探しだし、「納豆」に置き換えてみたり、なかなか面白い結果となりました。
ここで大切なのは、置き換えた答えを見つけることではありません。
なので、「わたがし」や「ウェディングケーキ」や「納豆」を探し出すことではなく、問題に関連するキーワードをどれだけ見つけることができるかが大切なポイントです。
問題を擬人化してキャラづけしてみたり、特徴やキーワードをたくさんあぶり出すことで、問題の「本質」を見つけ出す。
商品のパッケージをデザインする時も同じです。
その商品には、どんな服を着せてあげるのがもっとも正しいのか、それを見つけ出すためには、その商品について、深く深く理解する必要があります。
そのためのキーワード探しであり、それを疑似体験してもらったわけです。
1月18日は、レクサスが主催する「レクサス・ニュー・タクミ・プロジェクト」の最終プレゼンが東京で行われました。
この1年間、レクサスにバックアップしてもらいながら、全国から選出された52名の匠達が新たなプロダクトの制作に挑戦してきたわけですが、おそらくは最年長ではないかと思う僕にとっても、大変いい経験をさせてもらったなあと思います。
自信が強まったポイントもあれば、大いに反省すべきポイントもあり、いくつになっても、新しい何かに挑戦できること、そしてそこから多くのことを学べることに、心から感謝したいと改めて感じました。
ここで得た経験を無駄にせず、今後の活動に活かしていきたいと思います。
来年以降もこのプロジェクトは続くそうですので、第2期生の方々には、大いにがんばってもらいたいなあと思います。
1月19日は、デザイン教育プロジェクト「DESIGNED BY CHILDREN ~デザインを手にいれたコドモたち~」の全5回のうちの4回目の授業でした。
4回目のテーマは「解決」。
自分達が暮らす地域が抱える、「少子高齢化」「遊休農地(放棄地)」「空き家」「獣害」「若者の地元離れ」などの問題に対して、これまで3回にわたって学んできたデザインの視点を活かし、その解決策を考えてみる授業です。
全5回のうちで、一番難しいテーマではありましたが、意外にもみんな、楽しんでやってくれたのでホッとしました。
何の解決策にもならない答えもありましたが、なかなか面白い発想もありました。
例えば、「少子高齢化」のテーマに取り組んだ子どもたちから、若者が減って老人だけになり、労働力が減るのであれば、ロボットに働いてもらって、それを観光資源にして若い人達を呼び込めば、労働力も補えるし、若者も増えるのではないだろうか、という意見があったので、ちょっと意地悪な質問をしてみました。
「ロボットが主の労働力になった町に若者が移住してきても、今度はその若者達の仕事がないよね」、と。
あ~そうか~とちょっと落ち込む子ども達。
そこで、ロボットが働き、人々も収入を得る方法を考えてみたらどうか、と提案してみました。
ヒントをくださいと言うので、アパート経営を例にして、「貸す」ことで収入を得る方法もあるよね、と話しをしました。
そこから色々考えて、ロボットをオーナー製にして、そのロボットを企業に貸し出して対価をもらえば、収入が得られるのではないか、となりました。
つまりは、それぞれの作業用ロボットの開発や制作に個人オーナーが出資して、それを企業に貸すことで、賃借料が発生する、という仕組み。
企業もロボット開発のコストを抑えることができます。
これもなかなか面白いアイデアだなあと思います。
さらに、「遊休農地」のテーマに取り組んでいた子ども達からもヒントをくださいと言われたので、言葉の捉え方を変えてみたらどうか、と提案してみました。
「遊んでるし、休んでる、ダメダメな農地」ではなく、「遊べるし休めるイケイケな農地」と捉えてみることで、何か見えてくるものはないかな、と。
そこからは、さすが子ども達、遊びのこととなると色々なアイデアが出てきました。
そして、僕が個人的にすごく嬉しかったことは、毎回、授業の感想を書いてくれるんですが、その中で、ある女の子が「デザイナーになってみたい」と書いてくれたことでした。
この教育プロジェクトは、決して職業としてのデザイナーを育てることが目的ではありません。
日々、自分達の身の回りに起こる色々な問題や課題に対して、デザイナーの視点やデザイン思考がその解決の役に立てること、そして、視点を変えてみることで、自分達が暮らす町の本当の価値に気がついて、もっともっと地元を好きになってくれるんじゃないか、というのが目的です。
サラリーマンになっても、公務員になっても、自営業でも、アーティストでも、どんな職業についたとしても、「デザイナーの視点」は、何かと役に立ちます。
だから、デザイナーを育てたいわけじゃない、と本気で思っていますが、実際、デザイナーの視点やデザインのことを学んだことで、自分もデザイナーになってみたくなった、と言ってもらえると、やっぱり嬉しいわけです。単純ですが(笑)。
さてさて、次回は全5回の最終回。
僕が教壇に立って行う授業です。
これまでの4回を総評し、今、僕が子ども達に伝えたいことを、まっすぐに話してきます。
それを受けて、子ども達は今度はどんな感想をもってくれるかが、本当に楽しみです。
お金にならない、いつか花を咲かせるかもしれないたった一粒の種を蒔く、そんな弱々しいプロジェクトですが、来年以降も続けていけるように、最後までしっかりと走り抜けたいと思います。
外国人には虫の声が聞こえない
「違うがゆえに独創的なものが生まれる」
本当にそう思う。
日本はデザイナーの数が世界でもっとも多い国だけど、デザインのレベルは低い、とは昔からよく言われてきたこと。
でもこれって、あがる土俵を間違えているからだと僕は思う。
アインシュタインの有名な言葉がある。
「人は誰もが天才である。しかし魚に木を登らせようとするのなら、その魚は一生、自分が愚かだと信じて生きていかなくてはならないだろう」。
日本人には日本のデザインがある。
この国にも、誇るべき文化がたくさん残っている。
日本のデザイナーは、そこに立ち返るべきだと思う。
そしてそれこそが、海外が日本のデザイナーに日々求めていることだから。
http://www.mag2.com/p/news/233784
本当にそう思う。
日本はデザイナーの数が世界でもっとも多い国だけど、デザインのレベルは低い、とは昔からよく言われてきたこと。
でもこれって、あがる土俵を間違えているからだと僕は思う。
アインシュタインの有名な言葉がある。
「人は誰もが天才である。しかし魚に木を登らせようとするのなら、その魚は一生、自分が愚かだと信じて生きていかなくてはならないだろう」。
日本人には日本のデザインがある。
この国にも、誇るべき文化がたくさん残っている。
日本のデザイナーは、そこに立ち返るべきだと思う。
そしてそれこそが、海外が日本のデザイナーに日々求めていることだから。
http://www.mag2.com/p/news/233784





