物欲。



おも校の音楽授業に最適かも。
欲しい。
誰がため?
仕事柄、年度末になると行政用の書類書き作業が増える。

で、昔からいつも思うことだけど、「~宛」とか「~行」を、いちいち「~様」に修正するこの手間って、一体誰のための手間なんだろう?
この手間を挟むことで、一体誰が得をして、誰がハッピーになるんだろう?

マイナンバーカードは他人に見られないように厳重に管理してください、ってあんなに念を押されたのに、マイナンバーカードのコピーを添付して郵送しろっていうけど、それって「厳重な管理」に背かないのか?

非接触型キーで安心!ってエ〇オスさんは言うけど、それを使うために画面をあれこれタッチしなければいけないから、キー以外は全部思いっきり接触するんですけど、それでいいの?


デジタルなんだかアナログなんだか、この国の摩訶不思議の数々、相変わらず意味わからん。
あがらない年始。
2024年になって早半月。
1日の北陸地震や航空機の事故等々があり、なんだか気分がずしんと重くて、何かを書く気が起きずにいた。

輪島キリモトの皆さんとは昔から仲良くしていただいている関係で、ご家族やスタッフの方々の安全を知り、せめてもの安堵感もあれば、被害の深刻さをニュースやネットで知るたびに、犠牲となられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復興を願うばかり。

航空機の事故では、犠牲になった動物たちに心が張り裂けそうになり、つぶやいた石田ゆり子さんを叩きまくる世の中の腐った闇の深さがさらに気持ちを重くする。
パーティ券問題から始まった政治の世界の茶番にはもう何かを言う気力すら起きない。


なんだろう。
なんだかなあ。
いろんなことが嫌になる。
いろんなことが、とてもすごくアホらしく感じる。
もう全部どうでもいいや。
そんな風に思う瞬間もある。

でも、家族がいて、おも校の子どもたちがいて、生きていく理由や根拠なんていくらでも見つかるけど、今はまだどうしても、気分があがらない。
あけましておめでとうございます



あけましておめでとうございます。
旧年中も大変お世話になりました。
私たちの活動に対するご理解とご協力に感謝いたします。

今年はドラゴン(辰)の年。
ドラゴンブルームスは今年も新たなことへ挑戦しつづけます。
2024年も、どうかよろしくお願いします。
皆様にとって、2024年も素敵な一年でありますように。



Happy new year!
Thank you very much for all your help during the past year.
Thank you for your understanding and cooperation in our activities.

This year is the year of the dragon(Tatsu-Doshi).
Dragonblooms will continue to take on new challenges this year.
We look forward to your continued support in 2024.
I hope 2024 will be a wonderful year for everyone.
ありがとう、2023年。



2023年も大変お世話になりました。
僕の活動に対し、ご理解とご協力をいただきました方々には心よりお礼申し上げます。
ありがとうございました。

2000年に独立して以降、たくさんの出会いと別れを繰り返し、まわりに助けてもらいっぱなしではありましたが、なんとか今日まで歩き続けてこれました。
決して大きな何かを成し遂げられたわけではありませんが、その道のりは、とても恵まれた日々だったと思います。

2023年は、それまでの自身の活動を鑑みて立てた仮説をもとに、今後の可能性を検証してきた一年でした。
若い世代との協働からは、多くの発見と学びがありました。
おも校の子どもたちもどんどん増えて、やるべきことの輪郭がはっきりと見えてきたようにも思います。

加えて、SNSをやめてブログに戻ったり、アシスタントがいらない仕事のやり方を模索したり、慌ただしくも冷静に、情熱を持ちながらもゆっくりと、丁寧を心掛けながらも全力で駆け抜け、解像度をあげることに全力で取り組んだ一年でもありました。

結果、今後はさらに余計なものをどんどんそぎ落として、より小さく、より本質的な活動に注力していくことになろうかと思います。
そんなわけで、2024年も日々を楽しみながら、いざ参ります。

2024年も、皆々様方にとって、ハッピーな一年でありますように。
教育にお金をかける、とは?
文部科学省が2023年12月22日に公表した「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、精神疾患を理由に病気休職した教職員数は6539人で過去最多となった。

日本の教育現場では、いったい何が起こっているのか。

そんな中、学校の先生たちと話をするたびに、ブラック企業並にきつい仕事を、それでも子どもたちを想う気持ちを忘れずにいたいと言う純粋な瞳と想いに感銘を受ける一方で、やっぱりまだまだ、方法論よりも、精神論や感情論にかなり頼りきってる感が否めないなと感じます。

その中でも特に問題だなと感じるのは、どう考えても無理ゲーな状況の中で、それでもまだ教師のスキルをあげることに重きを置いている点。
もっともっと私たちも勉強して、教師としての腕をあげていかないといけないなと思っています、といえば聞こえはいいのかもしれないけど、すでにコップの水はとうに溢れているのに、そこにまだ何かを足そうとして、いやいやそれはさずがに無理があるんじゃないのかな、と思う。

コップの水がもうすでに溢れているんだから、もっとスキルを磨いて、そうやってその水をもっと良い水に入れ替えるんだとしても、それによってやっぱりこぼれてしまう水がかなりあるわけで、そのこぼれた水の親はたまったもんじゃないと思うんです。
だからまずやらなければいけないのは、コップの水を減らすことなんじゃないのかな。
余計な仕事や行事やPTAや指導要綱やらやら、削れるものやことはまだまだいっぱいあると思う。

コップの水があふれていることを見て見ぬふりしながら、それでもなお、水を足そうとしていること自体が、最も無責任なことなのだと気づいてほしい。
失われた信頼を取り戻すべく、という名目で、まださらに何かを足そうとするのであれば、日本の教育はますます疲弊し、壊れ、崩れ、明るい未来なんて夢のまた夢。
そのツケは、そのまままるごと、子どもたちに覆いかぶさる。

だからまずはコップの水を減らすこと。
そのうえで、教師のスキルに頼るんじゃなく、どの先生でも同じようなレベルで授業が行えるような仕組みや仕掛けを早急に作るべきです。
そのために、お金や人材や先進技術をつぎ込むことこそが、教育にお金をかける、ということだと思います。
財産
商売だろうと何だろうと、ほかの誰かもしてることを自分のほうがちょっと上手くできたとして、そんなことでずいぶんと偉そぶってる人よりも、どんなに小さなことでも、まだ誰もしてないことに挑める人って、僕は素敵だと思うけどな。

大丈夫。
あなたがしているそれはきっと、かけがえのない財産になるから。
Merry Christmas 2023



今宵、優しく誰かを想うあなたのことを、きっと誰かも想ってる。


世代間で受け継がれていく、優しさのバトンリレー。

どうか、素敵な夜を。
強さと弱さ
落ちないことが強さではなく、落ちたときに這い上がろうとすることが強さ。
落ちたことが弱さではなく、落ちたときに這い上がろうとしないことが弱さ。

落ちたことを見て見ぬふりして、現実から目を背けるな。
誰だって落ちる。
つまづく。
転ぶ。
間違う。

そのこと自体は弱さでもなんでもなく、人間だという証拠。
大事なのは、そこからどう立ち上がるか。
ひとりで無理なら誰かとでいい。
誰かは人間である必要もない。
複雑と単純
複雑である、ということは、単純ではない、ということではなく、単純な部分もあるし、そうじゃない部分もある、という意味の複雑。

複雑か単純か、なんてそんな単純な話ではないのです。
税金
仕事柄、色々な人たちと仕事をしますが、若くてもベテランでも、「税金」に対して少々間違った解釈をしている経営者が目につきます。
税金は、どっかから勝手に湧いてくるものではなく、他の誰かに負担させることによって捻出されてきています。

もちろん、経営者本人も多額の税金を負担しているわけですが、政治家や経営者が税金を無駄に使えば使うほど、将来、やがて僕の娘たちが大人になったときに、彼女たちがそのツケを払わされることになる。

そこには、強い憤りを感じます。
鬼と仏
うちには、子どもたちと交わした5つのルールがあり、それを守れなかったときは、はっきりとしっかりと叱ります。
ただし、夫婦で決めているルールは、2人同時に叱らないこと。
どっちがか鬼になっているときは、どっちかが仏の役をして逃げ場を作っといてあげる。

でも、鬼と仏はいいけど、決して、敵と味方にわかれてはいけません。
ママに叱られた子どもがパパに泣きついてきたとして、最悪なのは、

「かわいそうに。ママもあんな言い方しなくてもいいのにね。ちょっと失敗しちゃっただけなのにねえ。」

これは明らかに、ママは敵、パパは味方、という構図になってしまい、NGです。
こういう場合は、

「よしよし。怒られて怖かったね。でもダメなことしたんだから怒られても仕方ないね。次からは守れるようにしないとね。もう一回ママにちゃんと謝っておいで。」

とかかな。

だって親はどちらも、いつだって子どもの味方ですから。
経営者としての「品」と「質」
デザイナーという仕事柄、あらゆるジャンルの経営者の方たちとたくさん仕事をしてきた。

事業としての結果を存分に出しながら、かつ、その言葉や行動の中に、「未来・子ども達・環境」などのキーワードが頻繁に出てくる経営者の方は揃いも揃ってみんな素敵な人だった。
そういう経営者の方との仕事は毎回いつも楽しいし、自然と優秀なクリエイター達が集まってくる。

反面、そうじゃない経験者のもとからは優秀なクリエイターがどんどん去っていき、結果、社長のイエスマンしか残らない。


お金の使い方に、経営者としての「品」と「質」があらわれる。
防災
今年も防災訓練の時期。

毎度思うことだけど、あちこちで聞かれる防災プランのなんと非現実的なことか。
少子高齢化がここまで進んで、今後さらに深刻になっていくってのに、災害が起きてから避難所へ高齢者がそんな短時間でどうやって行けと言うのか。

「高い所へ逃げる」をやめて、「完全防水仕様の地下シェルターに降りる」ほうが確実に命が守れそうな気がする。
「一家に一部屋、地下シェルター。」を常識にしなければいけない時代ではないか。
新しい学校のリーダーズ



新しい学校のリーダーズが大人気のようですが、このネーミングを見聞きするたびに、「新しい学校」の「リーダー」のことなのか、それとも、「学校」の「新しいリーダー」のことなのか、どっちのこと?って思うのは僕が立派なおじさんだからなのでしょう。
好みのタイプ
世のほとんどの人にはそれぞれ、異性(または同性)の好みのタイプがあると思う。

それはいいとして、問題は、好みの人を目の前にすると、あからさまにパフォーマンスが落ちること。
そうではない人に対する、冴えわたるトークやあれやこれが、好みの人の前ではまるでポンコツ。
それ故に犯した失態は数しれず、毎度同じように自己嫌悪に苛まれる。

子どもの頃からのこの特性が、51歳になっても変わらないってことはつまり、この先も一生そうなんだろうな(涙)。

でもたぶん、自然体の自分でいられる相手との時間のほうが、なんだかんだ言っても楽しいんだろうな、とも思う。
巷でよく耳にする話
ダメになったときに、周りの奴らが手のひらを返したように去っていった。
それを糧に、今に見てろよ!の気持ちだけで這い上がってきた。

って話をよく聞きますよね。

まるで美談かのように聞こえる話ではありますが、この手の話の半分くらいは、会社の業績が良かった時の周りへの態度が悪すぎた可能性もあるんじゃないか?
本当に、去っていったほうばかりが悪いのか?
周りが去っていったのは、会社の業績が悪くなったことだけが理由だろうか?
と思うことがしばしば。

自分も含め、そこんところが大事かなと。
51歳



本日(24日)、51歳になりました。
年が明けてからも鬼スケジュール。
こわいくらいに日々が駆け抜けていきます。

あいかわらず世の中はクソとラブのごった煮で、いいこともあればそうじゃないことも普通にあります。
三重県でデザインやクリエイティブの本質にこだわりすぎると、周りから浮いて孤立していくこともあるけど、味のしない頑張りと薄っぺらいポジティブをふりまいて、ニコニコ笑ってごまかしながら生きていくのは苦手だし、やっぱり僕には、結局目を背けてるだけの肯定よりも、どうにかする方法を見つける否定のほうが肌に合う。

とはいえ僕ももう51歳。
「クリエイティブ風」なあれやこれに吐き気を我慢して目くじら立てるくらいなら、静かにそこから離れればいいだけのこと。

尊敬する人たちがみな、ひとつ年を重ねるごとに、ひとつ静かさを身にまとい、人生をどんどんとシンプルにしていくように、生きてさえいればちゃんと明日はやってくるんだから、ただただそれを、静かに待てばいい。

クリエイティブに生きることに職種や役職は関係がないし、どこにいて、誰といて、何をしていようと、自分の手から生まれる創造性とそのクオリティを、ただただ大切にすればいい。


やれっこないことでもがき続けた20代。
やれることで見つけてもらえた30代。
やりたいことに挑ませてもらった40代。
50代はきっと、やるべきことをやる時間だろう。


常に時代を楽しむこと。
冒険心を忘れないこと。
学びを止めないこと。
クオリティにこだわること。
スティーブジョブズの思考を持って、高田純次さんのようにふるまい、生きること。

51歳を楽しもう。
さらば、2022年。



2022年12月30日、快晴の三重。
今年も色んなことがあったけど、2022年も残すところ、あと2日。
今年もまた新たな出会いもあれば別れもあり、楽しいことも、そうじゃないことも色々とあったけど、そういうの全部ひっくるめて、人生は味わい深く、愛おしく、楽しい。
お世話になった皆様、本当にありがとうございました。

今年は念願叶って、小さな小さな学校を作ることが出来た。
小さいけれど、冒険と希望がいっぱい詰まったおもちゃ箱のようなプロジェクト。
ご協力いただいた方々には感謝しかありません。
本当にありがとうございました。
来年もどうぞ、お力添えをよろしくお願いいたします。


三重県に帰ってきて、来年で10年。
当時に比べ、三重県にも素敵な活動をしてるデザイナーやクリエイター達がずいぶんと増えてきたように思う。

この10年間、僕は僕なりに種を蒔いてきたつもりだったけど、どれだけがんばって種を蒔いても、それが育つ良質な土や土壌がないと花は咲かないんだと、それを痛いほど思い知らされてきた10年だった。

だからこそ、来年51歳になる今の僕の役目は、三重県の若い世代のデザイナーやクリエイター達がもっと存分に活躍できる環境や、彼ら彼女らが蒔く種がちゃんと育つ良質な土壌づくり、土づくり、そういう裏方的なデザインの活動なのだと思う。

デザインの重要性やクリエイティブの必要性、デザイナーの存在価値などなど、それを三重県の人にもっと知ってもらうこと、上手に活用してもらうこと、そういう土壌や土づくりが必要だし、僕自身、三重に帰ってきたときにそれがなくてすごく苦労したからこそ、僕や僕の仲間達がその役割を担える存在になれればいいなと思う。


2022年も、本当にお疲れ様でした。
どちらさまもよいお年をー!
It's A Wonderful Life


もう何回目かわからないけど、今宵もまた、大切な人たちを思い浮かべながら観ます。

みなさんも、ハッピーなクリスマスを。